異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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準備(その2)

「……まだ、怒ってるの?」

 

 優奈が困った表情で聞いてくる。

 

「怒ってないよ」

 

 怒ってない。全然怒ってやしない。

 

「ごめんってば。でも、今日の本番はあたしじゃないし……」

 

「わかってるから」

 

 ……もう、触れないで欲しい。

 

 さっきの浴室でのこと。

 優奈の丁寧なオイルマッサージを受けた俺は我慢ができなくなり、もやもやを晴らして欲しいとおねだりした。そうすれば、いつものように最後までしてくれる、そう思っていた。

 

「それはダメ」

 

 だけど、返ってきたのはまさかの拒絶の言葉で。

 

「だって、毛穴が開ききっちゃうと、塗り込んだオイルの効果が飛んでしまうからね」

 

 と、優奈にされた無慈悲な宣告。

 それからも中途半端に与え続けられる刺激は、まるで責め苦のようで。

 重なっていく切なさで頭の中がいっぱいになった俺は、もう一度優奈にお願いした。だけど、優奈はそれでもマッサージ以上のことはしてくれなくて。

 ついには、我慢できず自分で触ろうとしていたのを優奈に咎められる始末だった。

 

 冷静になってそれらの行為を思い返すと、恥ずかしいやらなさけないやらで自己嫌悪に陥ってしまい、お風呂を出てからの俺は口数が少なかった。

 

 今、俺は自分の部屋にある化粧台の前に座って、優奈にされるがまま着せ替え人形にされている。

 

「どう、このシュシュかわいいでしょ。ピンク色でベビードールとお揃いなのよ――つけてあげるね」

 

 後頭部でポニーテールで纏められた俺の銀色の髪は、ヘアゴムで括られて、ピンク色のシュシュで飾られた。

 

 お風呂あがりの脱衣所でシンプルな下着と勝負下着とどっちにするか迷っていたら、それを見た優奈に有無も言わさない勢いで勝負下着を選ばされたのが始まりだった。

 一緒に用意していたシンプルな肌着にもダメ出しをされて、優奈がいつの間にか持ってきた薄いピンク色のベビードールを着せられていた。

 ふりふりの花柄のレースがふわふわしてて、一見お人形さんのようにかわいらしいのに、透けて見える白い下着はとてもセクシーで、鏡に映った自分の姿を俺はしばらく直視できなかったくらいだ。

 

「次はメイクだね」

 

「化粧もするの……?」

 

 これからセックスするのに。

 汗で化粧が落ちたりしないのかな……?

 

 そんな疑問が顔に出てたようで、優奈は言葉を付け加える。

 

「大丈夫よ、化粧崩れしづらいやつを使うから。それにアリスはそのままでも十分かわいいから、軽く際立たせるくらいね」

 

「……わかった」

 

 それ以上考えるのがめんどくさくなった俺は、もう全部優奈に丸投げすることにした。

 その旨を優奈に告げると、彼女は一層張り切って俺を仕上げに掛かった。

 

 あどけない容姿に、織り交ぜられていく男を誘う色。少し間違えると滑稽になりそうなくらいの危ういバランス。

 

 蒼汰に抱かれるために整えられていく、鏡の向こう側の俺。

 

 気持ちはなんだかふわふわして。

 自分のことだという実感が湧いてこない。

 心と体のピントがズレているような違和感。

 

「鏡の国のアリス……なんて」

 

 ふと思いついた言葉を口にしてみる。

 我ながら安直な発想だ。

 

 何もかもがあべこべな鏡の国で、俺は少女となり、男に抱かれて子供をつくる。

 もしも、これが鏡の国だというのなら、俺は夢を見続けているのだろうか。そうだとしたら、いつから夢だったというのだろう。

 

 この世界に戻ったとき?

 それとも、異世界に行ったとき……?

 

 鏡に手を伸ばすと、鏡の中の少女も恐る恐る手を差し伸べてきて――鏡越しに手が触れ合う。

 ひんやりと冷たくて硬い鏡の感触で、俺は現実に引き戻される。

 

「……どうしたの?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 俺は小さく首を振ってから、優奈に心配させないように笑顔を見せた。

 

 馬鹿馬鹿しいことを考えてしまった。

 これは夢なんかじゃない。

 全部俺が自分自身で選択した現実だ。

 鏡の中の(アリス)に囚われたアリシアを取り戻すため。

 彼女と一緒の未来を迎えるために。

 

 そのためには蒼汰には射精して貰わないといけない。

 だから、ちゃんと興奮できるように普段と違う格好で雰囲気を作るのも大切なことだ。

 なにせ、中身は俺なのだから。

 

 ……ほんとに大丈夫なのかな?

 

 普段の俺がでないように口調も意識しないと。

 念の為、心の中でも私を使うようにしようか。

 

 服は白いノンスリーブのワンピースを優奈と二人で選んだ。

 母さんが買ってくれたものけど、あまりに少女趣味っぽい服だったから、試着だけしてクローゼットに入れっぱなしにしていたものだ。

 こういうの蒼汰が好きそうだと思ったし、優奈に言わせると背中にファスナーがあって脱がせやすいのも良いらしい。

 

「……そんなことまで気を使うの?」

 

「そりゃそうよ。服を脱がせて貰うのにまごついて微妙な雰囲気になったりしたら嫌でしょ? だいたい、アリスだって最初の頃は女性服の着方がわからないって四苦八苦してたじゃない。蒼兄がそのへん詳しいと思う?」

 

 納得した。

 

 ワンピースだけだとまだ少し肌寒いので、ネイビーのセーラーカラーがついた白のブラウスを上に羽織った。

 普段とは随分雰囲気の違う『私』のできあがりだ。

 

「うん、これで完成っと……かわいいわよ、アリス」

 

「ありがとう、優奈」

 

 最後に、アクセは少し迷ったけどいつも付けているひとつ揃いをつけることにした。

 左手の薬指にシルバーのツインリング。

 

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