異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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翡翠との夜

 部屋に戻るとパジャマ姿の翡翠がベッドに横になってくつろいでいた。

 床には布団が引かれていて、多分母さんが持ってきてくれたのだろう。

 

「おかえりなさいアリス……遅かったのね」

 

 俺に気づいた翡翠は体を起こしながら言う。

 若干拗ねが混じった口調だった。

 

「わ、私は湯船にゆっくり浸かる方だから……」

 

 優奈と一緒に入っていたことは、わざわざ報告するようなことじゃないだろう。別にやましいことはないけど……

 

「そう……ところで、お風呂は優奈と一緒だったのよね?」

 

 だけど、翡翠はお見通しのようだった。

 

「ど、どうして――?」

 

「さっき優奈が宣言しに来たからね――今から一緒に入るんだって」

 

 優奈……えぇ……

 

「そんなに動揺してどうしたの? もしかして、恋人の私に言えないことでもしてた、とか……?」

 

 人差し指を下唇にあてて、笑顔で首を傾げる翡翠。

 

「し、してないよ!?」

 

 否定する声が思わず上ずってしまう。

 

「怪しいわねぇ……」

 

「ほ、本当だって!」

 

 翡翠と付き合うようになってからは、まだ優奈とそういうことはしていない。昼間のはマッサージだし、最後までしなかったのでノーカンで……いいよね?

 

「……ふふ、冗談よ。ちょっと意地悪したくなっただけ」

 

 問い詰め気味だった翡翠の口調が不意に柔らかくなる。

 

「ちなみに何をしていても責めるつもりはないから安心していいわ。二人の関係を私は認めているもの」

 

 え? ええと……

 

「翡翠はそれでいいの? 私が優奈としていること知ってるんだよね」

 

「ええ」

 

 あっさり受け入れられて逆に不安になる。

 普通に考えて恋人がその妹と肉体関係にあるのって嫌だろう。だから、優奈とは少し距離を置かないといけないって考えていたんだけど……

 

「優奈が私たちの仲を取り持つ代わりに、私は優奈がいままで通りの関係でいることを認める――二人で話し合ってそう決めたの」

 

「い、いつの間に……」

 

 本人不在でそんな協定が交わされていたなんて。

 

「アリスのことが一番大切なのは二人とも一緒だからね。あなたが一番大変な時期に周辺でごたごたするよりは、妥協できるところは妥協して、お互い協力することにしたの」

 

 翡翠らしい割り切りと言うべきなんだろうか?

 ……なんだか、複雑な心境だ。

 

「以前の優奈はあなたのことを拗らせていたけど、今の彼女が求めているのは姉妹としての関係だから……二人が仲良くすることに嫉妬はするけど不快ではないわ。もし、アリスが幾人のままだったら、受け入れられなかったと思うけど」

 

「……うん」

 

 翡翠の言うことはわかる気がした。

 兄と妹のままだったら、俺も優奈と一線を引いていたはずだ。

 そう考えると俺と優奈との関係はいろいろと偶然が重なって、落ち着くべきところに落ち着いたのかもしれない。

 

「それに、蒼汰がアリスに好き勝手している方が断然不快だから……それに比べたら、優奈のいちゃつきなんて笑って許せるわ」

 

「はは……」

 

 蒼汰の名前が出たとたんに声のトーンが低くなり、機嫌が悪くなる翡翠。

 少し蒼汰をフォローしてあげたほうが良さそうだ。

 

「蒼汰は私のためにしてくれているから……あまり、あいつのことを責めないであげてほしい」

 

 俺がそう言うと翡翠は一瞬おどろいた顔をして、それから、苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

「……責めたりなんてしないわ。そもそも、あいつを関わらせたのは私だもの。あいつは与えられた役割を果たしているだけだって、そんなことはわかってる。だから、そんな蒼汰の背中を刺すような真似はしないわよ」

 

 それを聞いて俺は安心した。

 『背中を撃つ』を若干現実的に言い間違えていた気もするけど、敢えて指摘するほどでもないだろう。

 ……大丈夫だよね、うん。

 

「それでも、不快なものは不快なの……アリスも、辛かったら私に吐き出してくれていいからね?」

 

「私は大丈夫だって」

 

 心配性だなぁ……翡翠は。

 男なんて性欲の塊なんだから、蒼汰のことは不快もなにもあんなもんかなーくらいにしか思ってない。ちょっと回数は多かったけど、それはまぁ願ったり叶ったりだし。

 蒼汰が翡翠のメッセージに本気でびびってたのがちょっとかわいそうなくらいだ。

 

「でもそうだなぁ……蒼汰が死にそうな顔をしてたのは気になってたから、思ったより翡翠が冷静そうでほっとしたよ」

 

 だけど、翡翠は俺のその返事が気に入らなかったようで、頬を膨らませた。

 

「なんで、あいつのことばっかり……私、恋人なのに」

 

 翡翠の機嫌を損ねてしまったらしい。

 あちらも難しい兄妹関係のようだ。

 

「ごめん、その……」

 

 何と言えばいいのだろう?

 上手く言葉が出てこない。

 

「……抱っこ」

 

 そんな俺の様子に業を煮やしたのか、翡翠は両手を広げて直接的な要求を告げてきた。

 

「……アリス分が足りない」

 

 どうやら、言葉はどれも不正解だったらしい。

 俺は翡翠に近づいて、首とポニーテールとの隙間に両腕を差し入れた。翡翠も俺の背中に腕を回してきて、体ごと抱きかかえられる。

 抱き締めたはずなのに、今の俺は翡翠にしがみついてるようにしか見えないだろう……体格差が悲しい。

 まあ、他人の目はないし、気にしてもしかたない。

 それにしても、翡翠とくっついているのはとても気持ちいい。

 

 お互い無言のまま、体温を交わす時間が過ぎていく。

 

 手持ち無沙汰に俺は気まぐれに翡翠のポニーテールに触れた。

 絹のようなきめ細やかな手触りの黒髪は、手ですくうと、はらはら落ちていく。

 

「翡翠の髪はきれいだね……」

 

 この長さの髪でこの艶を維持するのにどれだけの手間暇を掛けているのだろう? 普段は魔法で手抜きすることが多い俺とは段違いの女子力だ。

 

「アリスの髪もすごくきれいよ」

 

 そう言いながら翡翠も俺の髪に触れてきた。

 後頭部から肩あたりの毛先まで、繰り返し髪を手で梳かれる。

 

「ねぇ、翡翠は長い方が好きだった?」

 

 ふと、思ったことを聞いてみる。

 

「……どうして?」

 

「だって、翡翠に相談せずに髪を切っちゃったから……」

 

 そんなことが今更気になった。もし長い方が好きだったら、悪いことをしてしまったかなぁって……

 

「私は今の髪型も好きよ、似合ってるわ。それと、私が髪を伸ばしてるのは、あなたが長い髪が好きだからよ」

 

「な、なんで、翡翠がそんなことを知ってるの!?」

 

「そんなのわかるよ。小学校のときに憧れてた先生とか、中学のときに好きだった先輩とか、あなたが好きになる相手はみんな髪長かったじゃない」

 

「そ、そうだっけ……」

 

 それらは、俺ですらあやふやな記憶だった。

 ……翡翠は本当によく憶えてるな。

 

「でもそうね……私も短くしてあなたとお揃いにしようかしら?」

 

「もったいないよ。せっかくきれいなのに……」

 

「アリスがそう言うのなら、やめておくね」

 

 翡翠はあっさりと取り下げた。

 当たり前のように翡翠は俺のことを優先してくれる。

 その気持ちはありがたいけど、俺はそれに相応するなにかを返せているのだろうかとも思ってしまう。

 翡翠のことは大切だ。

 でも、恋愛的な意味での好きという感情ではない。

 そんな俺と翡翠は今は恋人同士になっている。

 だけど――

 

 不意に上半身が離されて、両手でほっぺたを引っ張られた。

 

「ふぇ……?」

 

 翡翠の顔が真正面にある。

 

「また、他人(ひと)の心配してるでしょう?」

 

「ふぁひふりゅんりゃよ、ひしゅい《なにするんだよ、翡翠》」

 

 俺が文句を言うと、顔を摘んでいた手が開かれて、そのまま両手で頬を包み込まれた。

 

「今はあなた自身とアリシアのことだけを考えていればいいの。それ以外の細かいことは落ち着いてから考えましょう? 一旦全部保留して私を頼ってほしい……甘えていいんだよ?」

 

 翡翠の手は頬から後頭部に移動して、優しく俺の顔を翡翠の胸元に導いてくれた。

 顔が翡翠の豊満な膨らみに受け止められる。パジャマに着替えたときにブラは外していたようで、寝間着の薄い生地越しに柔らかい感触が伝わってくる。

 

「十分甘えてると思うんだけど……」

 

 それも、ギブとテイクが釣り合わないほどに。

 

「まだまだよ。幾人は昔から強がりなんだから」

 

「そうかな?」

 

 このまま甘えつづけてると、いつの間にか翡翠への借りが積もって首が回らなくなりそうな気がする。

 

 ……だけど、確かに今は考えることが多すぎる。

 翡翠の言葉に甘えて先送りにさせてもらおうかな。

 

 俺は目を閉じて、心地良い感触に身を委ねる。

 翡翠に抱き締められたまま、赤ちゃんに戻ったような格好で。

 

「……ありがとう、翡翠」

 

「ううん、いいの」

 

 おっぱい……きもちいい。

 顔をスリスリしてふにふにを楽しむ。

 

 おっぱい……やっぱり大きいのいいなぁ。

 翡翠の手が背中を優しく撫でてくれている。

 

「ふぁ……」

 

 欠伸が出た。

 安心感に包まれて、急速に眠気がやって来る。

 思ったよりも疲れているのかもしれない、心も体も。

 

「そろそろ寝る……?」

 

「ん……」

 

 俺は翡翠の胸元で小さく首を振る。

 まだ、こうしていたかった。

 

「それじゃあ、このままベッドで一緒に横になろうか。それだったらいいでしょ?」

 

「ん……」

 

 俺は翡翠の胸元でこくりと頷く。

 おっぱいで眠れたら幸せだと思った。

 

「しょうがないなぁ……」

 

 そんなふうに言う翡翠の口調はだけど優しい。

 

「ほら、電気消すから一旦離れてね?」

 

 ベリっと翡翠の胸元から強制的に剥がされて、ベッドに転がされる。そのまま横になっていると、翡翠が立ち上がって照明の紐を引いた。部屋が暗闇に包まれる。

 電気が消えても翡翠はすぐには来なくて、もぞもぞと何かしている気配がした。

 そして、焦らされた後、翡翠が俺の隣にやってきた。

 

「お待たせ」

 

「ん……」

 

「もう大分眠そうね。それじゃあ、寝る前に――」

 

 翡翠の顔が顔の正面に来た。

 目をつむって顎をあげると、唇に柔らかい感触が一瞬触れる。

 触れるだけの優しいキス。

 

「それじゃあ、アリスちゃん。ネンネしましょうねー」

 

「んー……」

 

 子供をあやすように言われても抵抗する気もなくて。

 翡翠が胸元に誘導してくれて、もそもぞと動いてそれに従う。導かれた先で、ひんやりとすべやかな感触が触れた。

 

「……!」

 

 それは遮る物のない、絹のような素肌。

 どうやら、翡翠は電気を消した後、一旦上半身裸になってパジャマだけ羽織ったようだった。

 

「アリスが喜ぶかなって思って……」

 

 少し恥ずかしそうに言う翡翠は天使かと思った。

 

「おっぱい、すき……でも、寒くない?」

 

「しっかり毛布羽織るから平気よ。後はアリスが人間湯たんぽになってくれたら完璧かな?」

 

「ん……わかった」

 

 俺は翡翠にぴとーっとくっついて丸まる。

 翡翠の肌は少しだけひんやりとしていて、だけどすぐに俺の体温で暖められた。ふんわりと、優奈と違ういい匂いがする。

 ボディソープの匂いなのかな……?

 

「おやすみなさい、アリス」

 

「おやすみ、翡翠」

 

 疲れて眠くて気持ちよくて。

 思考が鈍化していく。

 

 おっぱい。ふにふに。

 きもちいい。しあわせ……

 

 本能のままに赤ちゃんがするようにして甘える。

 翡翠は当たり前のように受け入れてくれた。

 

「私はあなたに幸せになって欲しい。それが私の一番の望み……」

 

 翡翠の手が頭を撫でてくれている。

 俺はそのまま眠りについた。

 

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