異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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恋人デート

「ごめん、遅れた」

 

 待ち合わせをしていた翡翠への第一声は謝罪だった。

 

「気にしないで。急に誘ったのは私なんだし」

 

 そう言って微笑んだ彼女はいつもとは違う雰囲気だった。

 トレードマークのポニーテールは解かれて、ウェーブがかったロングヘアーがたなびいている。スラッと大人っぽいいつもの服装とは違う、かわいさを強調した年相応のガーリッシュな装いは、俺の好みのど真ん中を射抜いていた。

 

「……どうかした?」

 

 思わず固まっていた俺の様子を見て翡翠が小首を傾げる。

 

「いや、その……かわいい格好だったからびっくりしちゃって」

 

「やっぱり、私にはかわいすぎたかな?」

 

 不安そうに恥じらう姿がまた新鮮で。

 

「そんなことない、よく似合ってるよ! その、ごめん……私はこんな格好で」

 

 自分の姿を顧みて申し訳なくなる。

 翡翠はお洒落してメイクもきっちり気合が入っているのに、自分はすっぴんにシンプルなワンピースという近所にお買い物にでも行くような格好だった。

 

「ううん、こっちこそごめんね。その、どうしても今日は気合い入れたくなっちゃって……」

 

 そういえば、二人が付き合うようになってから初めてのデートだった。そりゃ、気合いも入るか。それじゃあ……

 

「ねぇ、翡翠はどこか行きたいところはある?」

 

「ううん、特にはないけど」

 

「だったら、春物を買うのに付き合ってもらっていいかな。せっかくだから翡翠に負けないくらいかわいいのが欲しい」

 

「私に無理に合わせなくても……って、そんなこと言っても気になるよね、ごめん」

 

「ううん、ちょうど買いたいって思ってたから。それに、翡翠が私のためにがんばってくれたんだから、私もそれに応えたいんだ」

 

「アリス……」

 

 最近になって気づいたことだけど、女子は他人の服装をよく見ている。今の私たちを女子目線で見たら随分とアンバランスに映るだろう。少なくともデートしているようには見えないはずで、それは嫌だった。

 

「まぁ、私が最初からちゃんとしてれば良かったんだけどね……」

 

 それもこれも、節操の無い誰かさんのせいで家に着替えに帰る時間がなくなって、マンションに置いてある普段着で来るしかなかったからだ。

 

「それと、翡翠にメイクを教えてもらってもいいかな? まだ私一人じゃ自信がなくて」

 

「だったら、一緒に初心者向けのコスメも見にいこうか」

 

「うん、お願い」

 

 そうしてデートが始まった。

 二人で街中のショップを巡って、ふんわりひらひらした桜色の上下を買い揃える。ちょうど春物のバーゲンをしていて手頃な価格で買えたのでラッキーだった。

 買った服のタグを取ってもらって更衣室で着替えた後、今度はそれに合う靴を探して別のお店へ。少しだけ背伸びができるヒール付きのミュールを購入して、スニーカーから履き替えた。

 

 その後は、コスメのお店で店員さんと翡翠のレクチャーを受けながらメイクに挑戦。自然な感じでポイントを際立たせるのが良いらしいのだけど、なかなかに難しい。

 店員さんに二人の関係を聞かれたとき、翡翠は自然に恋人だと答えていて、なんだかとても気恥ずかしかった。

 とっても可愛らしい彼女さんですね、だって……むぅ。

 商売上手な店員さんにすすめられて、リップをお互いに選んでプレゼントした。

 私がプレゼントされたのは、リップクリームを兼ねた自然な発色で、普段使いのできる学校につけて行ってもバレないだろうという物だった。

 翡翠には少し艶っぽい朱色の物を選んだ。

 

 ようやく並んで歩いても恥ずかしくない姿になって私は満足したけど、二人で街中を散策しているととにかく目立った。

 翡翠と指を絡めた恋人繋ぎをしているからというのもあるかもしれない。

 他人に見られるのはいまさらなので、そんなに気になることはないけど、ナンパされたりよくわからないスカウトを受けたりするのは困る。そういうのは翡翠が毅然と断ってくれたのでありがたい。

 

「この後どうしようか?」

 

 ランチのために入った喫茶店で翡翠に聞く。

 昔は互いの家にみんなで集まってテレビゲームやウィソをして遊ぶことが多かったけど、今の翡翠とは何をして遊ぶのがいいのだろう。

 

 ……カードゲームショップは無しだろうな。

 ゲーセンというのは、それなりにありかもしれない。

 

「その……私は二人で落ち着けるところに行きたい、な」

 

 翡翠は手で口元を隠しながら視線を反らして言った。

 心なしか顔が赤い。

 

「ええと、それって……」

 

 その言葉の意味を一瞬遅れて理解する。

 その選択肢をなんで自分は想定していなかったのだろう。

 翡翠とは恋人になったのだから、そういう関係になるのはおかしいことではない。恋人になる前に贖罪として一晩翡翠に身体を委ねたこともあるくらいだし。

 今までしていなかったのは二人に順番に生理が来て機会を逃していたからというだけだったので、それが終わった以上お誘いがあるのは当然とも言える。

 

「……よ、よろしくお願いします」

 

 返事した声が上擦ってしまった。

 

「でも、どこで……?」

 

 あらためて二人きりになれる場所と考えると困ってしまう。

 今日はお互いの家に家族がいるだろうし、ホテルに入るのも難しい。調べたら中には監視カメラの無いカラオケもあるみたいだけど、どこがそうだなんて知らないし、カメラが無かったってリスクが無いわけじゃないし。

 

「お父様から借りているマンションは?」

 

 蒼汰とそういうことをしている場所に翡翠を連れ込むというのはどうなのだろう。

 それに――

 

「翡翠はそこでいいの?」

 

「そりゃ、気にくわないこともあるけど……人目を気にしないといけない場所よりはマシだわ」

 

 他に案も出てこなかったので、俺達は喫茶店から出てマンションに向かうことにした。

 二人で手を繋いで街中を言葉少なに歩く。

 握った翡翠の手はしっとりと冷たくなっていた。

 緊張を和ませるような会話ができたらいいんだけど、上手く言葉がでてこない。

 いつもと違う様子の翡翠にどぎまぎしている自分がいた。

 もう通いなれたマンションの共用部を先導して歩いて、借りている部屋の前に到着した。

 少しだけ緊張してドアを開けると、中には誰も居なくて胸を撫で下ろした。

 

 両親にはこの部屋に入ることはないと宣言されている。優奈も鍵を持っているけど、これは念の為に渡されているだけだ。

 それから、出てくるとき部屋に残っていた蒼汰には予めメッセージを送っておいた。

 翡翠と二人で部屋を使うことがバレるけど、知らずに鉢合わせしてしまったら、気まずいどころの話じゃない。

 

「へぇ、こんなところだったのね……」

 

 蒼汰が出かける前に片付けてくれたみたいで、目立つような痕跡はなかった。汚れが酷かったベッド周辺は予め浄化の魔法で清めていたから安心だ。

 

「それじゃあシャワー浴びてくるね」

 

 そう言い残して俺は翡翠を部屋に残してユニットバスに入る。

 翡翠とする前に絶対に身体を綺麗にしておきたかった。

 今朝は蒼汰がぎりぎりまで求めてきたせいで、デート前にシャワーを浴びれなかったからだ。

 香り付きの制汗剤でごまかしていたけど、翡翠とのデート中も匂いに気づかれるんじゃないか、正直気が気ではなかった。

 

 ……それにしても、昨日からここでシャワーを浴びるのはもう何度目なのだろう。

 少なくとも後一回は浴びることになるだろうし、肌がふやけてしまいそうだ。

 

 浴室から出ると入れ替わりで翡翠がシャワーを浴びる。翡翠が脱いでる姿を見てたら顔を赤らめて「……見ないで」と恥ずかしがられて、慌てて顔を背けた。

 綺麗なレースの入った上下揃いの水色の下着だった。

 

「そういえば、下着は買い忘れてたな」

 

 そういうところに気が回らない分、まだまだ女子力が低いのだろう。いずれにしても、バスタオル一枚巻いているだけの今に至っては関係ない。

 ……先にシャワー浴びておいて良かった。

 

 翡翠が浴室から出てきて、お互いバスタオル姿でベッドに並んで座った。湯気と一緒に立ち昇ってくる色気が半端なくて。ぼーっと眺めていたら翡翠に困った顔をされてしまった。

 今日の翡翠は温泉のときと違って俺に見られることを恥じらっていて、なんだかこっちも恥ずかしくなってしまう。

 

「ねぇ、今だけ幾人って呼んでもいい?」

 

「うん」

 

 それが、普段纏っている強さを意図的に取り除いた昔のままの翡翠の姿だってことに気づいていた。

 だから俺は、翡翠の望みを受け入れることにした。

 

「……幾人、私のはじめてをもらってほしい」

 

 その言葉に俺は覚悟を決めて頷く。

 翡翠がはじめて愛し合う相手として選んでくれたことをありがたく思うと同時に、自分の方はもう処女ではない事に申し訳ないという気持ちが湧き上がってくる。

 童貞ではあるけれど、それをなくすことはできないだろうし、同性同士でのカウントの仕方もわからないけど。

 

 だから、せめて良い初体験の記憶が残るようにしよう。

 

 俺は翡翠の頬に触れて顔を近づけていく。

 そして、誓いの証として唇を重ねた。

 

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