「これを使って」
翡翠がショルダーバッグから取り出したのはいわゆるペニスバンドというやつだった。
「バッグが大きいと思ってはいたけど、こんな物が入ってたんだ……」
「私のはじめてを幾人にあげたかったから」
翡顔を真っ赤にして恥じらう翡翠に対して、俺は引き攣った笑顔で応じるので精一杯だった。
「うわぁ……」
手に取って持ち上げてみる。
それは、光沢のある黒いベルトでできた紐の下着のような形状をしていた。股間部分にツルッとした黒いナスのような張り型がそそり立っている。
張り型の根本は股間を包み込むようなカーブを描いていて、内側にも小振りの張り出しがついていた。
「こっちとそっちで二人が繋がれるようになってるの」
「そ、そうなんだ……」
思わず声が引き攣る。
処女ではなくなったとはいえ、自分のそこに異物を挿入することの抵抗感がなくなったわけではない。
「こんなに大きいのが入るか不安に思う気持ちはわかるわ……だけど、私もがんばるから」
眉をしかめていると翡翠にそんな風に勘違いされた。
だけど、この張り型は以前の自分にあったモノと比べても控えめなサイズで、そこを気にしていた訳ではない。
蒼汰のがこれよりも二周り以上大きいと知ったら、翡翠はどんな顔をするだろう。
怒るかな? ……うん、怒りそうな気がする。
それで、『こんなのを入れようだなんてアリスを壊すつもりなの』とか『もっと小さくできないの』とか文句を言いそうだ。
「ふふっ」
そんなことを考えてしまい、思わず吹き出してしまった。
「……?」
そんな俺のことを不思議そうに見ている翡翠に、
「ああ、ごめん。なんでもない、大丈夫だから――」
と言い繕う。
翡翠は自分のことを心配してくれているのだから、笑ったりなんかしたら失礼だ。翡翠が男のモノの大きさがわからなくても当然だし、むしろ安心した。
「そ、そう……?」
だとしたら、より不安に思っているのは自分よりも未経験である翡翠の方だろう。ここは経験者である俺がリードするべきだと思う。
「これを使うにも、ちゃんと準備をしないとだね」
「あ、うん……」
「それじゃあ――はじめよう」
俺は翡翠をゆっくりベッドに押し倒した。
「大丈夫だから……私に任せて?」
「ん……」
不安そうに戸惑っている翡翠の頬に手を添えて唇を奪う。そのまま、翡翠の首筋を撫でるように指を這わせた。
翡翠の肌を隠すバスタオルを、プレゼントの包装を解く気分でゆっくりと外していく。仰向けの状態でも迫力のある胸の膨らみがぽよんと開放されて、俺は本能に誘われるがまま顔を近づけていった。
「あっ……」
自分のバスタオルは翡翠に外されて、肌と肌が直接触れ合う。
男のゴツゴツとした毛深い手足と違い、翡翠の柔らかくきめ細やかな手足は滑らかで、肌を重ねると寸分の隙間もなく密着した。身じろぎすると、絡み合った部分から心地良い感触と熱が伝わってくる。
「んっ……」
翡翠の手が私に触れてきて、全身に電気を流されたかのように体が弾けた。
翡翠にはもう私の弱いところを知られていて、あっという間にスイッチが入ってしまう。
欲しい刺激が与えられる幸福感に満たされる。
与えられる気持ちよさにそのまま身を委ねたくなる気持ちを、ぐっと押し留めた。今日は受身でいる訳にはいかない。
思えばこんな風に、お互いを気持ち良くする行為は随分ご無沙汰である。
蒼汰とは初体験のときに手で立たせたことがあるくらいで、それ以降は基本されるがままだったし、優奈とも最初の一回以外は、私だけを気持ち良くしてくれる一方的な行為しかしていなかった。
だけど、今日は私も頑張らないと、翡翠が痛い思いをすることになる。
だから、ローションも使って入念に準備した。
それから、身も心も溶け合うどろどろに混濁した時間を過ごして。
――俺は童貞を、翡翠は処女を喪った。
その瞬間、様々な感情が溢れ出してきた。
子供の頃からいつも一緒に居た翡翠。妹のように親しく思っていた彼女との思い出が走馬灯のように頭に過って。
翡翠への感謝や男としての達成感。
そして、拭いきれない後ろめたさや罪悪感。
翡翠の目元には涙があった。
体が辛いのか、それとも心――
そういえば、自分もはじめてのときは涙が出たんだっけ。
俺は人差し指で涙を拭う。
両腕を伸ばして翡翠の頭をぎゅと抱き抱えた。
それでも翡翠は気丈に大丈夫だからと俺に続きを促す。
こうして翡翠をくみしだいていると、彼女のすべてを支配しているような錯覚を抱いて、それがとても背徳的に思えて背筋がぞくぞくする興奮を覚えた。
……なるほど、蒼汰が夢中になる訳だ。
翡翠が耐える姿がまた扇情的で、俺の名前を呼ぶ翡翠に彼女の名前を呼んで応えながら、欲望をぶつけた。
それは、俺が彼女を苦しめている証左だというのに、俺は翡翠に甘えて自分の快楽を優先させた。
蒼汰のことなんて笑えない、ひとりよがりな行為。
だけど、翡翠は苦しそうにしながらも、笑顔ですべてを受け入れてくれた。
俺は子供のように翡翠にしがみつきながら、真っ白になるまでその行為に没頭した。
※ ※ ※
どうやら、少し意識が飛んでしまっていたらしい。
腰が軽くなっているのは翡翠がペニスバンドを外してくれたからのようだ。
欲望を吐き出し尽くしたからというのもあるだろう。
視線で翡翠を探すと既に翡翠は起き上がっているようだった。
翡翠はヘアゴムで髪をまとめて、いつものポニーテールに戻していた。動きに合わせて髪が揺れていて、俺はぼーっとそれを見ていた。
「……翡翠」
体は大丈夫なのだろうか?
傷になっているなら回復魔法をかけないと……
「起きたのね、アリス」
振り向いた翡翠はニコリと微笑んだ。
先程までの耐えながら与える女神のような慈悲に満ちた笑顔とは違う、猛禽類が獲物を狙うときのような微笑みで。
彼女が着けているのは私が今日プレゼントした朱いリップだろうか。それは彼女にとても似合っていて、妖艶な雰囲気を際立たせていた。
「――それじゃあ、次は私の番ね?」
翡翠の股間には先程まで私の腰にあったペニスバンドがついていて――
そこから先は、未知の領域だった。
心も体も全部求められるのは初めてで。
今まで辛いばかりと思っていた行為は、体の中にぽっかりとできていた空白が満たされるような充足感が得られるものに変わっていた。
それは、気持ちよすぎて苦しくて悲鳴をあげてしまうほど。
やめてと言っても、やめてくれなくて。
終わらない快感の波に飲み込まれて、溺れてしまいそうで怖かった。
翡翠はわざとリップの朱を私の白い肌に付けていった。その痕跡は全身に見当たらないところが無いくらいに。
それは、まるで私が翡翠の所有物であると主張しているかのような、求愛行為だった。
そして、同時に、私は女としての快楽を刻み込まれた。