異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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アリスとその周辺(後)

 蒼汰が待つマンションの部屋を訪れたときには、すっかり日が暮れていた。

 

「お疲れ」

 

「おう」

 

 部屋に入ったとき、蒼汰はベッドに横になってスマホでゲームをしていた。

 事務机に牛丼の入ったビニール袋を置く。到着前のメッセージのやり取りで蒼汰からリクエストされた物だ。

 肩に下げたスポーツバッグを床に置いてから、流し台で手を洗った。

 

「先に食べてるよ?」

 

「ああ」

 

 袋から並盛の容器を取り出して蓋を開ける。食欲を唆られる匂いに、思わずほほが弛む。

 

「あ……飲み物忘れてた」

 

 立ち上がって冷蔵庫に取りに行く。コーラと……蒼汰はジンジャエールでいいだろう、多分。

 部屋に戻ったら、蒼汰が袋から特盛の容器を取り出していた。

 

「ん」

 

「サンキュな」

 

 ジンジャエールを受け取った蒼汰はそのままフローリングにどかっと腰を降ろして食べ始めた。

 私もデスクチェアに座って食事を開始する。

 

 牛丼を食べるのは久しぶりだった。

 以前は主に放課後の間食に食べていたけど、この体で同じことをすれば夕飯が食べられなくなってしまうので。

 

 今日から数日はマンションに外泊するつもりなので、夕飯は外で食べることになるだろう。

 これは以前から予定していたことだった。排卵予定日が近づいて妊娠する確率が高い今の時期に、時間を気にしないで集中できるように、と。

 

 お互い無言で食事が続く。

 いつもなら、ゲームとかアニメとかの雑談をしているのに、なんだか空気がぎくしゃくしていた。

 

「待たせちゃってごめん」

 

 食べ終わった頃合いをみて、私は蒼汰に謝罪する。

 

「……大丈夫だ」

 

 返事が来るまで少し間があった。流石に待たせすぎたかもしれない。蒼汰は放課後すぐにここに来ていたはずだ。

 それとも、さっきまで翡翠と会っていたことがバレているとか……?

 

「……今日はもう来ないんじゃないかと思ってた」

 

「どうして? してもらえないと困るのは私の方なのに」

 

「困る……そうだよな」

 

 蒼汰の表情が曇る。今の言い方は体だけが目的みたいに聞こえて、感じが悪かったかもしれない。

 

「今日は楽しみにしてたんだよ? その証拠にほら!」

 

 スポーツバッグの中身を蒼汰に見せながら言う。着替えの他にお菓子と携帯ゲーム機、それからウィソのデッキが入ったデッキケース複数と調整用のカード数千枚が入ったストレージボックスが入っていた。

 

「お前なぁ……」

 

 蒼汰はバッグの中身を見て苦笑する。

 

「へへ、蒼汰と一緒にお泊りするのって久しぶりだからね」

 

 楽しみにしていたのは本当のことだ。

 だけど、計画していたときは蒼汰に告白されるなんて思ってもいなかったのもまた事実で。

 

「昨日は、その……すまなかった。優奈に怒られたんだ。アリスが大変なときに悩みごとを増やさないでよって」

 

「ご、ごめん! 優奈は後で注意しておくから」

 

 優奈のやつ。私のことを考えてくれてのことだと思うけど、翡翠にも、蒼汰にも、ちょっと言い過ぎだ。

 

「いや、俺が悪かった。だから、その……昨日のことは忘れーー」

 

「忘れないよ」

 

 蒼汰の言いかけた言葉を先回りして拒否する。

 

「そんなこと言わないで。涼花の告白を断るくらいに蒼汰が真剣なのはわかるから……それを無かったことになんてしないでほしい。返事ができていない私が言うことじゃないと思うけど」

 

「……お前は嫌じゃないのか?」

 

「逆に聞くけど、私が男のままだったとして、蒼汰のことが好きって言ったらどうする?」

 

「びっくりするだろうな」

 

「……嫌?」

 

「嫌じゃないけど、戸惑うだろうな。そんなふうに考えたことなんてなかったし。だけど……受け入れられるかは別として真剣に応えたいと思う。どんな姿であれお前は俺の大切な親友だから」

 

 蒼汰の口から聞きたいことを聞けて満足した。

 

「私もまさにそんな気持ちだよ」

 

「そっか……なるほどな」

 

「だから、今は待っていてほしい。あ、いや、もし私に幻滅したり、他に好きな人ができたら遠慮しなくていいけど……」

 

「わかった。それじゃあ、それまでは今まで通りでいいか?」

 

「うん。だけどひとつだけ、お願いしたいことがあるんだ。蒼汰は今までその……しているとき、私への感情を抑えていたよね」

 

 気づいたのは昨日。だけど、思い返してみれば心当たりがあった。蒼汰は私を抱きながら、時折気持ち良いのとは違う切ない表情をしていた。

 それはきっと好きな相手と繋がりながら、心はそうでないことを自覚したときの顔。

 後腐れのないセックスができて蒼汰はラッキーだろうくらいに考えていたのだけど、実際は好きな相手と体だけの関係を強要していたことになる。

 私には想像することしかできないけど、それは甘い拷問のように蒼汰を苦しめていたのじゃないだろうか。

 

 だから――

 

「私はもう蒼汰の気持ちを知っているから、我慢しなくていいよ」

 

「だけど、それだとお前に負担がかかるんじゃ……」

 

「ううん。堰き止めるから積もる想いに押し潰されそうになるってわかったから。私もその方が楽なんだ。だから、その……二人きりのときは蒼汰の気持ち受け入れてもいいかな? 中途半端なことをしてるって自分でも思うけど……」

 

 蒼汰のためなのか、私が楽になりたいのかもわからなかった。自分にとって都合の良い関係を押し付けているだけなのかもしれない。

 

 だけど私は、蒼汰があんな顔をして我慢するのを見たくなかった。

 

「……俺は構わない」

 

「ありがとう、蒼汰」

 

 私はほっと胸を撫で下ろす。

 妊娠するまで後何回するのかはわからないけど、せめてその間だけでも蒼汰の気持ちに応えよう。

 

 蒼汰が立ち上がって近づいてきた。

 

「キス、してもいいか?」

 

「え、ダメだよ」

 

「なんでだよ!? そういう雰囲気じゃないのか、今のは」

 

 断られるとは思ってなかったらしい蒼汰がずっこける。

 

「だって、牛丼食べたばかりだし……」

 

 空気を読んでほしい。というか部屋に牛丼の匂いが籠もっているので空気も入れ替えたい。

 

「じゃあ歯を磨いた後なら?」

 

「それなら、うん……」

 

「それじゃあ」

 

 早速とばかり行動する蒼汰。

 随分と待たせてしまったので悶々とさせてしまっていたのかもしれない。

 そう思いつつ、私も容器の片づけから始めることにする。蒼汰に求められるのは悪い気分ではなかった。

 

 あ、でも……

 

「えっと、シャワー浴びてもいい?」

 

「……ああ」

 

 翡翠と一緒に過ごした後、そのまま急いできたので一度シャワーを浴びてさっぱりしたかった。

 だから、蒼汰にはもう少しだけ待って貰うことにする。別に焦らすつもりはないのだ、決して。

 

 シャワーを浴びて、準備を終えた私は、バスタオル一枚でバスルームから出る。

 蒼汰にくっついてベッドにちょこんと腰を下ろした。

 微妙な沈黙が居心地悪くて。

 

「それじゃあ、キス……する?」

 

 と言ってみたものの、自分からキスするのはやっぱり抵抗がある。まあ、いいや。目をつぶって待っていれば向こうからしてくれるだろう……それくらいの甲斐性はあるよね?

 

「ん……」

 

 口先を突き出すようにして目を閉じる。変な顔になってないかな? 少し心配だ。

 

 唇にふにっとした感触。そのまま何度か啄むように重ねられるキス。

 ちゅっちゅと唇が音を奏でる。蒼汰の大きな手が伸びてきて、顎を支えるように指が回される。

 

「んっ……」

 

 唇が押し開かれて舌が口内に侵入してきた。絡みつく粘膜からゾクゾクとした快楽が伝えられてくる。蒼汰の両手で頭を包まれるように固定されて。

 

「ふぁ……んんぅ……」

 

 舌で頭の中を掻き回されているみたいで、思考が混濁して溶けていく。

 

「好きだ、アリス」

 

「――うん」

 

 今の精一杯で蒼汰の気持ちに応える。

 

 嬉しさ、辛さ、喜び、切なさ、苦しさ、様々な感情が入り混じったものが込み上げてきて。

 そうなると私は涙がこらえられなくなってしまう。

 

「アリス……」

 

「大丈夫、ごめんね……」

 

 私は心配そうにしている蒼汰の頭を撫でる。

 短くてトゲトゲとした髪がチクチクした。

 

「アリス、好きだ、好きなんだ――俺はっ!」

 

 大きな体が私に覆いかぶさってきて、私は抱きかかえられながらベッドに押し倒される。

 

「うん……ありがとう、蒼汰」

 

 蒼汰の手を重ねるようにして握ると、それが震えていることに気づいた。冷たく硬い手をほぐすように軽くぎゅっと何度か握る。

 体温が伝わるにつれて震えは消えていった。

 

 再び唇を奪われる。

 バスタオルがはだけられていく。

 強く、強く、抱きしめられて。

 

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