異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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はじめての

5月5日 金曜日 4週2日

 

「……あれ? また寝てた? ごめん」

 

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 翡翠と一緒にくっついて話をしているうちに寝落ちしてしまうことが癖になってしまっていた。体に疲労が溜まっているからだと思うが、翡翠に申し訳ない。

 

「いいのよ、気にしないで」

 

 翡翠はそう言って私の後頭部を優しく撫でる。

 眼前に迫る翡翠の胸元は少し汗ばんでいて、甘い匂いが鼻孔をくすぐってきた。

 何もかもを放棄して、再び訪れたまどろみに身を任せてしまいたくなるけど、まだちゃんと翡翠と話ができてなかったので堪える。

 

「……えっと、どこまで話したっけ?」

 

「妊娠できたかもしれないということと、早く病院に行きたいってことは聞いたわ」

 

「そうなんだよ。母さんは今病院に行っても確認できるほど育ってないから、急いでも仕方ないって言うんだけど、はっきりしないと落ち着かなくて……私の中に子供の魂は見えないよね?」

 

「見えないわ。胎児に魂が宿るのは心拍が確認できた後、8週〜10週くらいだっていうのは前にも話したでしょう?」

 

「でも、万が一ってこともあるし……」

 

「大丈夫よ、今回アリスの基礎体温ははっきり分かれていたもの。予定日から大きくずれることはないと思うわ」

 

「そっか」

 

「それにあなたの中にあるアリシアの魂も今は安定しているから、安心して」

 

「わかった……ありがとう、翡翠」

 

 翡翠が不安を受けとめてくれることで、私は随分と救われていた。

 

「いろいろと考えるから心配になっちゃうのよ。今は何も考えずにママに甘えちゃいなさいな」

 

「う、うん」

 

 これからのことを思い浮かべて頬が熱くなる。赤ちゃんのように翡翠に甘える行為はすっかり習慣になっていた。

 恋人とはいえここまで他人に依存するのは普通じゃないと思うけれど、全く抗おうとする気持ちが湧いてこない。

 

「おいで」

 

 翡翠の胸元が緩められて、両手で抱き寄せられる。私は小さく丸くなって、赤ちゃんのように口づけた。

 

「ん…… 」

 

 全身が本能的な安心感に包まれる。なにもかも許してくれるような心地よさに微睡む。

 

 お腹の子──アリシアを無事に産むことができたら、私がこの安らぎを与えることになるのだろうか。

 

 ……自信がない。

 いろんな意味で足りてないと思うし。

 

 だけど、今は──なにもかも放り出して、この柔らかさに身を任せてしまおう。

 

5月8日 月曜日 4週5日

 

 ゴールデンウィークが明けて検診を受けられる日がやって来た。学校を休んだ私は、母さんの運転する車で隣町の産婦人科に向かう。

 学校にバレるのは不味いので、目立ちすぎる銀髪は黒髪のウィッグで隠し、伊達眼鏡を掛けて変装していた。

 問診に備えた前開きのブラウスとロングスカートは、少し大人っぽい桜色のトーン。

 学生な上に実年齢より幼く見られることも多い私が妊娠出産することで、周りから奇異な目で見られることは覚悟しているけれど、目立たないに越したことはない。

 

「堂々としていたら大丈夫よ」

 

 車の中で緊張する私に母さんが言った。

 

「そもそも産科と婦人科の両方があるんだから、あなたが診察を受けていてもおかしいことなんてないの」

 

 受診するのがどちらかなんてお医者さん以外にはわからない訳で、それを聞いて少し安心した。

 

 郊外の病院はお洒落な外観をした建物だった。

 受付をして問診票に記入する。何の目的で来たのかとか生理の状況とか性行の有無とか。質問の中に出産を希望するかという項目があり、二重丸をつけておいた。

 待合室には大人の女の人ばかりで、それも妊婦さんがほとんどだった。何でもない風にしていたけど、内心は落ち着かない。

 

 それから名前を呼ばれていくつか検査をした。

 体重測定、尿検査、血圧測定。

 その後、再び名前を呼ばれて一人で診察室に入る。

 

「ええと、如月アリスさん。出産希望……で良かったのですよね?」

 

「はい、間違いないです」

 

 うちの父親と同じくらいの年代と思われる男の先生は、私の姿を見て少しだけ戸惑いの表情を見せた後、問診票に視線を戻して話を再開する。

 基礎体温表を印刷したものを見せながら、自分がわかっている状態を先生に伝えると、良く勉強していると関心された。

 

「それでは内診をしますので、あちらに移動して下さい」

 

 そう言われて隣の部屋に移動する。

 そこはカーテンで仕切られた狭い部屋で、真ん中にリクライニングチェアのような椅子がどでんと置かれてた。

 

 看護師さんに下半身は何も着けないように指示されたので、ショーツを脱いでポシェットにしまってから籠に置いた。

 下着を脱いだことを伝えると、スカートをたくし上げて椅子に座るようにと言われたので、その通りにする。

 座ってじっとしていると、椅子が音を立てて動き始めた。

 入口の方を向いていた椅子は90度回転してカーテンで仕切られた方向に向きを変える。同時に背中が倒れていって、なんとなく歯医者さんを思い出したけど、歯医者さんと決定的に違うのは、脹脛で支えられた足が広げられながら持ち上げられていくところで。

 

(うわ……うわぁ……)

 

 下半身はカーテンの先に隠れてしまったけど、見えなくなった先には大股開きで丸出しになった下半身が晒されているはずだった。

 カーテンの向こうには先生と看護師さんがいる気配がする。

 

(うぅ……見られちゃってる……)

 

 ここまではっきりと見られたことなんて蒼汰相手ですらなかった。外気が直接肌に触れる感覚がなんとも心許ない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 先生に声を掛けられてビクッと体が震えた。

 

「は、はぃ!」

 

 ……恥ずかしくて死にそうです。

 

「それでは、指を入れますね」

 

「……!」

 

 先生の指があそこに触れて、ぐいっと入ってくる。当然ながら濡れているはずもないので痛い。

 

「狭いですね、ローション塗りますね」

 

「んーー!?」

 

 ぬるぬるとした冷たいのが塗り拡げられる。私は変な声が出ないようにするのに必死だった。

 

 指を奥まで容赦なく突っ込まれて、もう片方の手で下腹部を押さえられる。子宮の状態を確かめているらしい。

 

 続いて冷たい金属の器具を入れられて、中の状態を隅々まで確認されたりして、

 

(ひぃぃぃ……!)

 

 セックスよりもよほど恥ずかしい行為に、頭の中が沸騰してしまいそうだった。

 

 それから、超音波検査というものをした。

 これも棒状のセンサーを膣内に挿入するとのことで……うん、もう何でも来いだ。

 

 再び無の境地で耐えていると、診察台から見えるディスプレイに白黒の画像が映し出された。

 

「これがあなたの子宮です。胎嚢が確認できますね、黒いのがそうです。妊娠していますよ」

 

「は、はい」

 

 白い砂のような画面の中央に小さい豆のような黒い箇所があった。その中に、ほんのひと欠片白い点があって、これが胎児になるらしい。

 

 そこからは母さんも呼ばれて一緒に先生と話することになった。

 

 今確かに妊娠しているということ。

 だけど、この状態から流産する可能性は15%もあるらしい。この場合の原因は胎児側の理由によるものがほとんどで、母親にはどうしようもないことだと説明を受けた。

 胎児の心臓が動き出して心拍が確認できれば、流産する可能性は下がるだろうとのことだった。

 

 それから、私は低身長で赤ちゃんが通る骨盤が狭く、ハイリスク出産に該当するらしい。

 先生からは設備の整った病院でお腹を切る帝王切開での出産を勧められた。特に産む方法にこだわりはないので、そうしようかと思う。

 切り傷なら魔法で回復することもできるし。

 

 最後に来週の予約をして、初めての妊婦健診を終えた。

 

 いろいろと衝撃的なことが多くて、ぼーっとしてしまっていた。

 

「よかったわね、アリス」

 

 帰りの車の中で母さんに言われて、ようやく実感が湧いてくる。

 

 子供ができた。

 これでアリシアを救うことができる。

 

「ありがとう、母さん」

 

 いろんな人に助けられてここまでやってきた。

 ……もう一度、彼女に会えるんだ。

 

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