異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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魂転移

5月16日 火曜日 5週6日

 

 気持ち悪さで目覚める。というか、あまり眠れていない。トイレとベッドを往復していたら、いつの間にか力尽きていた。

 

 今日も学校を休んで、放課後まで横になって過ごした。つわりは昨日よりは落ち着いていて、その分眠気がやってきて、日中ずっと眠っていた。

 

 夕方に優奈が学校から帰ってきてから、アリシアの魂を胎児に移すために私たちは翡翠の家に向かう。

 

「なにも家族全員で来なくても……」

 

 優奈はともかくとして父さんと母さんも一緒だった。

 

「何があるかわからないんでしょ? 私達は何もできないかもしれないけど、せめて側にはいさせて」

 

「……わかった」

 

 そう言われると何も言い返せない。

 言葉少なに神社への道を歩く。

 

「……昔はよくこうして家族でこの道を歩いたっけ」

 

 あの頃と同じ視界で、家族の背中を見上げる。

 

「……大丈夫か?」

 

 父さんが心配して振り返っていた。

 無意識に立ち止まってしまっていたらしい。

 

「うん、平気」

 

 だけど、言葉とは裏腹に涙がぽろぽろこぼれてしまう。

 

「アリス……辛いのなら日を改めるか?」

 

「本当、大丈夫だから!」

 

 私は慌てて両手を振る。

 

「ただほんと……なんというか、いろいろ考えちゃって」

 

 自然に私の選択を受け入れて応援してくれる家族のこと。

 

 将来一緒にこの道をアリシアと一緒に歩けるのだろうかということ。

 

 ……そして、家族として受け入れることができなかったこの子のこと。

 

 ありがたくて、嬉しくて、悲しい。

 

 私は目をつむってお腹の前で両手を組んだ。

 

「どうしたの? 泣き笑いみたいな顔して」

 

「……私は幸せだなって」

 

 叶うなら、いつかちゃんとこの子を産んであげたい。私たちの家族として迎えてあげたい――そう思った。

 

 そのときに宿る魂は、この子に宿るはずの魂とは同じものではないのかもしれないけれど。

 

   ※ ※ ※

 

 そこは、神社の敷地内にある町内の寄り合い等で使われている集会所だった。個人的には男だった頃におじさんによく稽古をつけてもらっていた印象が強い。

 集会所には意外な人間が居た。

 

「げっ、エイモック……!?」

 

 エイモックが畳間の中心で胡座を組んで新聞を読んでいた。金髪碧眼にパンクっぽい服装の男が純和風の室内で寛いでいる姿は違和感しかない。

 

「なんだ、請われてわざわざ来てやったこの我《われ》にそのような態度は」

 

「だ、誰がそんな――!」

 

「私が呼んだの」

 

 巫女服姿の翡翠が傍らから出てきてそう答えた。

 

「翡翠!」

 

 あれほど、エイモックと関わるのは危険だと言ったのに。

 非難されることは承知の上だったのだろう、翡翠は私が声を上げても平然としていた。そんな私たちの様子をにやにやと見ているエイモックにイラッとする。

 

「あなたがエイモックさんですか?」

 

 横から父さんが声を掛けた。

 

「そうだ。貴様は?」

 

「私は如月幾男、アリスたちの父親です」

 

「ふん……」

 

「本日はお越し頂きありがとうございます。単刀直入にお伺いしますが、うちの娘たちのサポートをお願いできませんでしょうか?」

 

「今日は興味本位で来ただけだ。人助けなどするつもりはない。慈善事業をしてやる義理もないしな」

 

「では、メリットを提供するのであればいかがでしょう。さしあたって、あなたがこの世界で生きるために必要なものを」

 

「金か……?」

 

「それでも、それ以外でも」

 

「……ほほう? 我のことは聞いているのであろう。我は清廉潔白な身などではない。この国の法もいくつも犯している無法者なのだぞ?」

 

「――俺は親だから、娘たちの幸せのために清濁併せ呑むくらい覚悟してるさ。あなたはこの世界で唯一無二の闇魔法のエキスパートだ。私は魔法に関して門外漢で、娘たちの一大事に何もしてやれない……だから、あなたにお願いしたい」

 

「ふん……我一人が生きるには不自由はしてはいないが……貴様のような男に貸しを作っておくのも悪くはないか」

 

 エイモックはそう言って不敵に笑う。

 

「ありがとう。では、これは手付けということで」

 

 父さんは懐から封筒を取り出してエイモックの前に置いた。随分と厚さがある……もし、中身が1万円札だとしたら百万円くらいあるんじゃないだろうか。

 エイモックはそれを無造作に手で掴むと、ジャケットのポケットに突っ込んだ。半分封筒が出たままになっている。

 

『ちょ……父さん!? この男を信頼するっての?』

 

 父さんに念話で問い掛ける。

 

『信用するのは人格ではなく損得勘定だ。エイモックについては俺の方でいろいろ調べてみた。この男は無茶苦茶に見えて、本質的には実利を重んじる性格をしている』

 

『でも、私はできれば自分一人でやりたい……』

 

 アリシアの魂を他の誰にも触らせたくなかった。そのために自分に適正の無い闇魔法の練習までしてきたのだ。

 

『別に一人でできるならそれでいい。それにしても、魂を扱うなんて何が起こるかわからないんだ。何かがあったときに専門家が一緒に居た方が安心できる』

 

 いつ寝首を掻かれるのかわからなくて逆に不安なのだけど……まぁ、私に対する恨みがあれは晴らす機会は何度でもあっただろうし今更か。

 

『失敗なんてできない、だろ?』

 

『う、うん……』

 

 覚悟を決めよう。

 

 魂を転移させるための準備をする。

 集会所の入口に鍵をかけて、遮光カーテンを引いた後、中央に敷布団を整えた。

 建物に残ったのは最低限の人数、私の他には魂が見える翡翠と闇魔法が使えるエイモックの二人。

 これは、私が集中できるようにとのことだった。

 

 照明器具による灯りの下で、私は敷布団に横になり、セットアップの上着と肌着を一緒に胸元まで捲り上げた。

 ブラは既に外してあるので胸が直に外気に晒される。傍らに腰を下ろしたエイモックの不躾な視線が気になるが、無視する。

 

「ほぅ……少し見ないうちに随分体つきが変わったな。女になったということか」

 

「うるさいよ」

 

 エイモックをにらみつける。翡翠もエイモックを氷点下の視線をぶつけて無言で非難していた。

 

 エイモックが肩をすくめて心外と言った顔をする。どうやらあれで褒めたつもりだったらしい。このセクハラ野郎。

 

 ……気を取り直して。

 

 目を閉じて両方の手のひらを胸元に当てる。心臓の鼓動を感じつつ、手から体内に魔力を通して魂の状態を確認した。

 

「魂操作《ソウル・マニピュレータ》」

 

 手先から伸ばした魔法の手を自分の体内に静かに沈めていく。

 以前はわからなかったけど、ずぶずぶと体に埋まっていくイメージはアレに似ている。

 必死に体が反応してしまわないように抑える。

 

「んっ……」

 

 深呼吸しながら、ゆっくりと進める。

 冷静に心を落ち着けて。

 

「ふぁっ……!」

 

 不意に疑似手の指先が自分自身の魂に触れた。指の感覚を確かめるようにひと撫でしてみると、なんとも言えない感覚に全身がぴくんと震える。

 

「――っ」

 

 剥き出しの魂は敏感すぎて危険だ。

 自重しないと……今は一人で自室に居る訳じゃないのだ。

 それに今日の目的はこちらではない。

 

 疑似手を動かして、隅の方で弱々しく輝いて見える魂を手のひらで包み込んだ。アリシアの魂。優しく暖かいイメージが擬似手を通して伝わってくる。

 

 それから、胎児の鼓動を探った。

 だけど、直ぐには見つからない。体内に複数の鼓動があるせいで特定が難しいのだと思う。

 耳を澄まして聞き分けて、探り当てる。自分の中にあって自分ではない命の所在を。

 

『……あった』

 

 鼓動に合わせて明滅している暖かいイメージを体の内側に見つけた。存在がぶれているように感じるのは、自分自身との境界が曖昧だからだろうか?

 

 神経を研ぎませて胎児の輪郭を把握した。

 

 ここからが本番、心臓付近にあるアリシアの魂を動かして胎児に宿らせる作業となる。

 

 一旦深呼吸をして呼吸を整えると、魂を包み込んだ疑似手に同期している手を胸元からゆっくり下げていく。

 

 疑似手に包まれてアリシアの魂が動きだす。

 剥き出しの魂は、まるで殻のない生卵のように不安定で。一瞬の気の緩みが取り返しのつかないことになりかねなかった。

 

 慎重に慎重に、ゆっくりと動かしていく。

 緊張の連続。

 

 ようやく下腹部まで到達した。

 どれくらいの時間が経ったのかわからない。

 

「……あっ」

 

 アリシアの魂を胎児にそっと押し当てると、しゅるしゅると胎児の中に魂が吸い込まれていった。

 

 心配になりながら様子を見ていると、胎児の中に収まった魂が落ち着いて穏やかな光を放ち始める。正確に言うとそんなイメージが伝わってきた。

 

「――終わったな」

 

 近くでエイモックの声がする。いつの間にかエイモックの手が私の肩に触れていた。途中から魔力を通すのが楽になった風に感じたのは多分エイモックが何かしてくれたおかげなのだろう。

 

「アリシアの魂が胎児に定着するのを確認したわ、お疲れ様……おめでとう、アリス」

 

 翡翠の声に安心して体中の力が抜ける。魔法を解除し疑似手を霧散させて、深く息を吐いた。

 

 翡翠が額の汗をハンカチで拭って、張り付いた髪の房を避けてくれた。めくれ上がったトップスを直してくれるのをされるがままに受けながら、手でお腹を撫でる。

 

「成功……したんだ……」

 

 ほっとした。

 登山で言うならまだ登山口に差し掛かったあたりかもしれないけれど、ここまでは来られたのだ。

 

 一通り私の身だしなみを整えてから、翡翠は立ち上がる。

 

「みんなを呼んでくるわね」

 

 宣言した後、翡翠はエイモックを何かいいたげに見るが、ヤツは我関せずで座ったままだった。翡翠は諦めて人を呼びに行くことにしたようだ。

 

「貴様はこれで良かったのか?」

 

 翡翠が立ち去って、エイモックと二人になったとたん、そう問いかけられた。

 

「どういうこと?」

 

「貴様は魔王様を打ち倒した英雄だ。本来であれば富も栄誉も思うがままであっただろうに」

 

「異世界《あっち》に未練はないよ。俺は元よりこの世界に帰るために戦ってたから」

 

「何も得ることもなく、自らの体すら失って不満はないのか。貴様の力があればこの世界を征することもできたのではないか?」

 

「特に興味はないな。俺が戦っていたのは他者を従えるためなんかじゃないし……あぁ、でも一人の女の子に良いところを見せたかったというのはあるかな?」

 

 彼女が居たから俺は戦えた。彼女の前では強がっていたいと思ったから頑張れた。

 ……結果は、随分と弱いところや情けないところも見られてしまったように思うけれど。

 

「それに、何も得られなかったわけじゃない。あっちでできた唯一の未練だった彼女が一緒に来てくれた」

 

「……それが、水の巫女なのか?」

 

「そうだよ」

 

 お腹を撫でながら言う。

 アリシアと異世界で生きるか、家族の居るこの世界に戻ってくるか、一年の冒険の中で俺は答えを出せないでいた。それだけアリシアの存在は俺の中で大きくなっていたのだ。

 

 こんなことになったけど、結果としてアリシアと家族を天秤にかけなくて済んで安心したのは事実だった。

 その分、アリシアには申し訳ないことをしたと思うけど。

 

「我には到底理解できぬ」

 

「仕方ないだろ、好きになったんだから」

 

「惚れた腫れたで魔王様は討たれたと言うのか、お前は?」

 

「んー、そうと言えばそうなるのかも?」

 

 実際のところそれ以外にも人々を救いたいとかそういう気持ちもあったけれど、一番はやっぱり、うん。

 

「くっ、くくっ! なんとも、いやはや……色恋、色恋か! はっ! ははっ! はーっはっはっ!」

 

 何かツボにはまったのか、エイモックはしばらく笑い続けていた。

 

「……気を悪くしたならすまん」

 

「気にするな……人族の未来のためとかそんなのより余程納得のいく答えだった」

 

 エイモックが立ち上がり背を向ける。

 

「帰るのか?」

 

「我の用事は終わったからな」

 

「……ありがとう」

 

「ふん……出産は人の生の中で最大級の苦行であると聞く。貴様は我を打ち倒したのだ、それくらいの試練は乗り越えてみせよ」

 

「……おう」

 

 背を向けたまま片手を上げて出ていくエイモック。すれ違いで優奈が慌てた表情でやってきたのは、さっきのエイモックの笑い声に驚いたからのようだ。

 蒼汰が出ていくエイモックに何か突っかかっているようだが相手にされていない。

 

 鮮やかな日常の喧騒を眺めながら、私は目を細める。お腹に触れながら目を閉じて一瞬、誰にも聞こえないように「またね」と小さく呟いた。

 

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