5月22日 月曜日 6週5日
魂の転移も無事に終わり。後はアリシアの魂が宿ったお腹の中の子を出産するだけ。
……そんな風に思っていた。
「もう一人いますね」
3度目となる妊婦健診のエコー検査で、病院の先生にそんなことを言われた。
妊娠しているのだから、お腹の中にもう一人居るのは当たり前なんじゃ……と思っていたら、そういうことではないらしい。
「前回は確認できなかった胎嚢がもうひとつあります。胎児の心拍も確認できました。双子です」
「えっ……双子?」
その意味を理解すると同時に頭が真っ白になる。
それから先生にいろいろ話しかけられたけど、私はしどろもどろになって反応できなかった。
見かねた母さんが応対してくれて、私は先生と母さんが話しているのを上の空で聞いていた。
帰りの車でもまだぼーっとしていて、つわりの気持ち悪さも相まって考えがまとまらない。
母さんも私の体調を確認するくらいで、今後のことについて話を振ってくることはなくて。まるで病院でのことは夢だったような……
「まぁ、そんな訳はないのだけれど」
家に帰ってきてお腹に気遣いながら自室のベッドに横になった私に、現実が容赦なく襲いかかってくる。
私の中に双子の赤ちゃんが居る。
アリシアの魂を転移させた胎児ともう一人。
「……どうしよう」
頭がぼーっとしている。
「……トイレ」
妊娠してからおしっこが近くなった。子供を産むために私の体は否応なしに変わっていく。
用を足して一階に降りる。
リビングには母さんが居て、私がテーブルに座ると紅茶を入れてくれた。
レモンが混じった紅茶のいい匂い。口をつけると、体に染みわたる暖かさにほっとする。
母さんはテーブルの向かい側に自分の分の紅茶を置いて座った。
「少しは落ち着いたかしら」
「……うん」
お茶を飲みながらしばし無言。母さんは急かすことなく私の発言を待ってくれている。
「母さん。私、どうすれば……」
ようやく出てきたのはそんな言葉だった。
「先生の話は聞いていた?」
「ごめん……頭に入ってない」
「仕方ないわ。思いもよらぬことでショックだったでしょうし」
母さんはそこで一旦話を中断して紅茶を口に運ぶ。カップを置く音がカチャリと響いた。
「先生の話によると、双子の出産はリスクが高くなるんだって……あなたは初産で小柄だから特に」
「うん」
私のお腹はとても小さい。ご飯も以前より全然量が少なくなった。
ここに子供が入ることも信じられないのに、それが二人だなんて想像すらできない。
「医学が進歩したと言ってもお産が命懸けな事に変わりはないわ。だから、ね……私は、手術で中の子を減らすのがいいと思うの」
「……え?」
母さんから出た思いもよらぬ提案に私は戸惑う。
「減らすって……どうやって?」
「薬を注射するのよ。そうすれば、もう一人に影響させずに中の子を減らすことができるわ」
「そんな、そんなのって……」
思わずお腹を押さえる。
手が震えていた。
「残酷に聞こえるかもしれないけど、無理をすれば、あなたとアリシアのどちらか――最悪、二人ともが命を落しかねないの」
母さんの表情に迷いはない。そのことが怖く思えて、私は顔を逸した。
「強要するつもりはないわ。だけど、私がそうしてほしいと望んでいるって事は覚えておいて。私はもう二度とあなたを失いたくない」
「……うん」
「直ぐに返事しなくていい。時間はまだあるから、よく考えて決めなさい」
話は終わりとばかりに、母さんは再びティーカップを口元に運ぶ。
私はしばらく俯いたまま動けなかった。
半分くらい残った紅茶の水面に映る自分自身が視界に入る――酷い顔をしていた。
やがて、私はなんとか立ち上がると、逃げ出すようにリビングから抜け出した。おぼつかない足取りのまま、二階の自分の部屋まで戻る。
お腹に気遣いながらベッドに横になった。
手は自然とお腹の上に。
しばらくそのまま、ぼーっと何も考えないですごす。
やがて、枕元のスマホを手に取って検索画面を立ち上げる。
最初に調べたのは、双子の出産のこと。
母体への負担が大きくなるだけじゃなくて、子供にも影響が出てくるかもしれない。流産や早産になるリスクも高くなるらしい。
それから、子供を減らすことについて。
胎児を減らす手術は減胎手術と言って、複数の子供を妊娠して出産のリスクが高い場合に行われるそうだ。
一般的には3人以上妊娠した場合に行われることが多いようだけど、私の場合は一人の出産ですらリスクが高くなるので、先生は私に手術を勧めたのだろう。
手術は大体妊娠11週に行われることが多いらしい。
今は7週手前なので手術をするなら約一ヶ月後になる。手術の予約があるからもっと早めに決めないといけないのだろうけど。
何故11週なのかというと、妊娠週数が少ないと流産になる危険性が高くなり、逆に妊娠12週からは死産扱いとなり死亡届が必要になるから、というのが主な理由らしい。
「死んだことにもならないんだ……」
記録に残らない命。
胸がチクリと痛む。
私はすでに生まれてくるはずだった命をひとつ奪っている。
「全部、私の我儘。私がアリシアにもう一度会いたいから……」
その為には手段を選ばない、そう決めた。
それを貫くのなら、答えは決まっている。
双子を出産しようとすれば、私だけじゃなくて、アリシアの命を危険に晒すことになるのだから。
それに蒼汰との関係も問題だ。
今は本当にギリギリのところにいると思う。これから適切な距離を置けば、初体験のことは思い出にして、二人の関係を元に戻せなくはないくらいの。
だけど、この子を産んでしまえば蒼汰を完全に父親にしてしまう。魂を転移させたアリシアを産むのと違ってごまかしはきかない。
蒼汰は責任を取ろうとするだろう。そうなれば、あいつが将来恋人を作ったり結婚するにあたっての大きな障害を作ってしまう。
「だけど、どうしたら……」
私はお腹を撫でる。
この中に赤ちゃんがいる。
最愛の人アリシアが宿った命。
そして、もうひとり。
私の子供。
――守らなきゃ。
「……え?」
自然に出てきた感情に戸惑う。
それは、いままで悩んでいたこととか、いろいろ調べたリスクのこととかを全部すっとばしていて。
だけど、一度出てきた想いは溢れ出して膨らんで、胸の中を埋め尽くしてしまう。
「――ああ」
生きていた。
エコーで見えた小さな影は、力強く脈動していて、必死にここにいると主張していた。
「諦めることなんて……できないよ」
可能性があるのなら。
リスクや問題、抱えないといけないことはいっぱいで。
でも――
「私は、産みたい」
親になることは覚悟していたはずだった。今まで何度も確認したし、確認もされた。
だけど、いまいち実感が沸かなかったのも事実だった。
産まれてくるのはアリシアで、彼女はずっと一緒に旅してきた俺の頼もしいパートナーだったから。
でも、この子は違う。
私の選択によっては消えてしまう、一人では生きていけない儚い命。
私の子供。
「だから、私が守らなきゃ」
アリシアにリスクを負わせてしまうけれど、そのことに対する罪悪感はそれほど無かった。
アリシアは減胎を望まない。そして、もしお腹の子を減らさないといけないのなら、かわりに自分を犠牲にして欲しいと彼女は願うはずだ。
「私の自分勝手な思い込みかもしれないけれど……」
多分、アリシアはわかってくれるはず。
そんな彼女だから、俺は――
私はお腹を撫でる。
切なくて、愛おしい感情が胸を締めつける。
迷惑は元よりかけている。家族、蒼汰、翡翠、そしてアリシアに。
それらは、全部アリシアにもう一度会いたいという私の我儘が原因だった。
「その我儘にもう一人分付け加えさせて貰おう」
いろいろと申し訳ない気持ちはあるけど、それでも――
「二人とも産んであげたいんだ」
だって、私はこの子たちの母親なのだから。