「アリスがしたいようにすればいいと思う。あたしは応援するよ」
学校から帰ってきた優奈に今日あったあれこれを説明すると、想像していた通りの反応が帰ってきて安心した。
「あたしはいつでもアリスの味方だからね」
「ありがとう、優奈」
「でも、そうなると説明と説得をしなきゃだね。うちの両親に蒼兄と翡翠姉、それからおじさんかぁ……」
二人してうーんと唸る。
「まずは蒼兄と翡翠姉かな」
「そうだね」
大人を説得するには材料が必要だ。子供たちの中で話がまとまっていることは、その大前提だろう。
話したいことがあるから家に行く旨スマホでメッセージを送ると、二人共から自分がそっちに行くから大人しく家で待つようにと帰ってきた。
「なんだか気を遣われるのって変な感じ」
「早く慣れてよね、アリスはもう自分だけの体じゃないんだから。無理するとお腹の赤ちゃんたちに響くよ」
「うん、気をつけるよ」
ありがちな台詞だけど、いざ自分が言われると新鮮な驚きがあった。
ベッドで横になって安静にごろごろしていると、蒼汰と翡翠がやってきた。
二人一緒に来たのにお互い視線を合わせようとしないあたり、兄妹仲は相変わらずらしい。
「おう、大事な話ってなんだ?」
「大丈夫、アリス? その……もしかして……」
ああ、魂が見える翡翠にはわかっちゃうんだ。
「えっと、お腹の中に赤ちゃんがもう一人居たんだ」
私がお腹をさすりながらそう言うと、翡翠は申し訳なさそうに顔を歪める。
「ごめんなさい。もしかしてと思っていたけど、確証がもてなくて私……」
「翡翠が謝ることなんてないよ。早く知ったからどうなるものでもないし……それより、私はこの子たちを産みたいと思っているんだ。それで、二人にも協力して貰えたら嬉しいのだけれど」
それから、双子を出産するリスクやそれに反対する母さんのこと。そして、私の気持ちを二人に説明した。
「そうか……それじゃあ、俺も覚悟を決めないとな。父親になるんだし」
話を聞いた蒼汰は、事も無げにそんなことを言う。
「ちょっ、ちょっと待って!? 産みたいのは私のわがままだから、無理に蒼汰が父親にならなくても――」
「でも、その子はアリシアさんと違って俺の子なんだろ? だったら、認知するのは当たり前じゃないか」
「そ、そうは言うけどさ……それだと、蒼汰が結婚できなくなっちゃうかもしれないんだよ?」
両家で話し合った結果、もし私が無事にアリシアの魂を移した子を出産できたときは、戸籍には母親だけ登録して、父親の名前は登録しないことにしていた。子供がいるとなれば蒼汰が将来女性と付き合ったり結婚したりするときの障害になるからだ。
「まぁ、大丈夫だろ」
それなのに蒼汰の態度は変わらない。
でも、ここはちゃんと話しておかないと。
「それは私のことが好きだから? でも、私はその気持ちに応えられないよ。蒼汰は親友で大切な人だけど、付き合うとか恋人とかは……考えられないもん」
突き放すような言い方になってしまうが、これは私の本音だった。中途半端な希望は残さない方がいい。今はいいかもしれないけど、先々後悔するかもしれないのは蒼汰なのだ。
「んー、それはあまり関係ないな」
「じゃあ、なんで、そんなにあっさり受け入れられるのさ」
「別にあっさりって訳じゃないぜ? もし、父親にならないままでその子が大きくなったら、俺はその子に顔向けできなくなっちまうだろ?」
「そ、それは……」
「いろんな事情で父親が居ない家庭はあるさ、望まれなかったりすることも。でも、この子はそうじゃないだろ? 俺とお前が望んだ結果のことだから。俺にも責任取らせてくれよ」
「……そうだね」
私は自分の都合ばかり考えていたけれど、蒼汰は産まれてくる子供のことを考えていた。親としての意識が足りないことを自覚させられて少しへこんだ。
「……それに、な。俺が本当に望んでいるのは恋人じゃないんじゃないかって最近気がついたんだ」
「……?」
「俺はお前と家族になりたい。いままで通り二人で遊んで馬鹿やれるような、そんな関係に」
「……家族? 元々蒼汰は大切な幼馴染だし、家族同然だとは思ってるけど……」
それは、今までと何が違うというのだろう。蒼汰が何を望んでいるのかがいまいちわからなかった。
「俺とお前は一番の親友だ。性別が変わってもそれは変わらなかったし、そのことが嬉しかった。けど、どちらかに恋人ができたら今まで通りって訳にはいかなくなるだろう?」
「……そう、かな?」
「そうだよ。少なくとも俺は嫌だぜ。彼女が幼馴染とはいえ男の家に一人で遊びに行ったりとかするの」
「それはーーそうかもしれないな」
「だから、今まで通りでいるために、お前と付き合えばいいんじゃないかって考えたんだ」
「ええと……抵抗はなかったの? だって、その……中身は俺なんだぜ?」
「正体がわかるまでは素直に惚れてたし、自分でも驚くくらいすんなり受け入れられたな。ちなみに男だった頃は微塵もそんな風には思ってなかったから、そこのところは勘違いしないでくれよ」
「そ、そうか……」
蒼汰にとって、男の俺を好きになることと女になった私を好きになることは全然違うことのようだ。
私の主観ではあまり違いはないのだけど。
「だから、な。子供ができたら俺が父親でお前が母親で、そしたら、家族になるだろう? それだったら、これからもずっと変わらず一緒にいられるんじゃないかって」
「家族、か。うん……」
正直悪くないと思った。
変わらない関係でいられるというのには正直惹かれるものがある。蒼汰の言う不安は私も感じていたことだったから。
そんなとき――
「だ、だめぇ!!」
と、翡翠が声を上げた。
「だめよ、そんなの!? 家族だなんて! 蒼汰ばっかり、ずるいわ!」
「……翡翠」
普段冷静な翡翠が珍しく取り乱していた。
「蒼汰はそうやっていつも幾人を独り占めして……昔からそうだった。私だって幾人と遊びたかったのに! 恋人になって、今度こそ、ずっと一緒にいられるって思ったのに――!!」
俺たち四人は物心ついた頃から一緒に遊んでいた。だけど、小学校に上がってからは蒼汰を含めた男同士で遊ぶことが多くて、そのことで翡翠と優奈からは度々文句を言われていた。
その頃から長年積もった恨み辛みが噴出したようだった。
「だったらさ、お前も家族になればいいんじゃないか? 無理矢理の恋人なんかよりずっと良いと思うぞ」
「はぁ!?」
側で見ていてびびるほどの怒気が込められた翡翠の声。だけど、蒼汰は臆した様子もなく続ける。
「アリスが好きなのはアリシアさんだ。関係を押し付けたところで本当の恋人にはなれやしない。そんなことは、お前もわかっているんだろ?」
「そんなことない! 今はそうかもしれないけど、いつかはーー」
「このまま歪な関係を続ければぎくしゃくして、余計に距離が離れるだけだと思うぞ。俺はどんな形でもアリスを支えたい。だから、家族になりたいって思ったんだ」
「で、でも……私には何もないわ。蒼汰と違って子供の繋がりも、なにも……」
「前に言ってただろ。俺の子供は双子の妹であるお前の子供みたいなものだって」
「でも、そんなの……」
「母親が二人でいいじゃないか。俺が父親でアリスとお前が母親で、そんな感じで家族にならないか?」
「……アリスはどう考えているの?」
「二人と家族になれるなら、私は嬉しいよ」
それは、裏返せば恋人を続けることへの緩やかな拒絶の意思表示でもある。
恋人でいることが嫌な訳じゃない。ただ、翡翠の好きに対して、自分は満足に返せていないことが申し訳なかった。翡翠には申し訳ないけれど、やっぱり好きなのはアリシアだから……
ほんの少しの間沈黙して。
「……わかったわ」
やがて、いつも通りの口調で翡翠はそう答えた。
好きと言ってくれている翡翠の気持ちを拒絶するのは何度目だろう。こればかりは、何度経験しても慣れそうにない。
「はいはい、はーい! じゃあ、私も家族になるー! あたしだけ仲間外れは嫌だもん!」
重くなりかけた空気を破ったのは元気の良い優奈の声だった。
「……優奈は元から家族でしょうに」
「みんなで新しい家族を作るって話でしょ? だったらあたしも一緒がいい! 私もアリスの子供のお母さんになる!」
……おばさんって呼ばれたくないだけじゃないかな。
「私は別にいいけど」
二人も特に異議はないようで、この四人と産まれてくる子供で新しく家族を作ることになった。
と言っても、住むところはそれぞれの家のままだし、表面的には何が変わるという訳じゃない。とりあえず、高校卒業するまでは今のままで、それからのことは追い追い考えようということになった。
「それじゃあ、誓いの儀式をやろうよ!」
優奈がそんなことを言い出して。部活の出陣式のように、円陣を組んでみんなが右手を出して重ねる。
「それじゃあ、アリス。宣誓よろしく!」
「え!? わ、私……!?」
無理振りだ。ええと……
「私たちは家族になる。例えこの先、歩む道が別々になったとしても、私たちが家族であることに変わりはない」
そうあって欲しいと願いを込めて。
「これからしばらくは私が助けられてばかりになると思う……だけど、その分はいつか返せたらって思ってる」
「家族なんだから貸し借りなんて気にしないでいいわよ」
「だな」
目頭が熱くなる。
「……みんな、ありがとう。それから、産まれてくる子供たちのことも頼む。家族として、親として、見守ってくれると嬉しい」
三人の顔を見回す。全員が私を優しい目で見ていてなんだかくすぐったい。
「それじゃあ――これからもよろしく!」
手を押し込んでから跳ね上げた。
「よろしくー!」
「おう」
「よろしく」
それから、全員で母さんに報告に行った。
あなた達がそう決めたのならと、母さんは割とあっさり双子を産むことを認めてくれた。
その後、父さんやおじさんからの同意も得て、私たちは家族になった。