異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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二度目の夏

6月19日 月曜日 10週5日

 

 少しだけお腹がぽっこりと膨れてきた。まだまだ服を着たらわからない程度だけど。

 

 学校を休んで病院で一月ぶりの妊婦検診を受ける。

 エコーで見た胎児は、空豆のような形だったのが人っぽい形になっていて感動した。ちゃんと育っているのだ、二人とも。

 

 減胎手術をせずに二人を出産することは事前に母さんから電話で伝えてもらっていた。だから、今日はどこで出産するかの相談が主な話となる。

 と言っても、病院の先生との打ち合わせは基本的に母さんがしてくれるので、私はもっぱら話を聞いていたのだけど。

 

 学校に妊娠していることを隠すために、お腹が大きくなる妊娠中期以降は、地元から離れることにしている。

 元々は私の出身地になっている海外での出産も検討していたのだけどやめた。

 私は低身長かつ双子という難易度の高いハイリスク妊娠になるので、設備の整った国内の病院で出産に臨むのが良いのではないかという話になったからだ。

 

 母さんはそのことを「この子が落ち着ける環境で出産させたいと思っているんです」と先生に説明していた。

 先生はそれならと、心当たりの病院を紹介してくれた。その病院は、私は行ったことがないけど、有名な県庁所在地にあるようだ。

 父さんが現地の確認や住居の手配などを下調べをして、ここにするかどうか決めるらしい。

 

 病院の後はその足で市役所に向かった。病院で貰った妊娠届出書を提出するためだ。

 母さんや役所の人に手助けしてもらいながら届出を行う。役所の手続きを自分でしたのは初めてで、なんだか少し大人になった気がした。

 届出書の母親のところに私の名前を書くのはまだいいけれど、父親のところに蒼汰の名前を書くのは、なんだかとても複雑だった。

 追加の交付申請をして、母子健康手帳を2冊貰った。それは手のひらサイズの小冊子で、表紙には某有名キャラクターのイラストが入っている。

 ペラペラとページをめくると最初の方は妊娠のときの様子を、出産後は子供の成長を記録するようになっているらしい。

 予防接種の記録は大人になっても使うそうで、(幾人)の物は今でも母さんが大切に保管してあるとのことだった。

 まぁ、予防接種の記録はもう使えないのだけれど。今度、見せてもらおうっと。

 

 他にも大きい封筒を貰った。中にはいろいろと行政サービスやサポートなどの案内が入っている。

 その中に見覚えのある図柄のキーホルダーを見つけた。マタニティマーク、見た目で分かりづらい妊娠初期にそれとなく妊娠していることを周囲に伝えるための物だ。

 

 自分がこれを使う側になるなんてなぁ……想像もしていなかったよ、うん。

 

 だけど、学校では秘密にしている私が実際にこれを使うことは多分ないだろう。人に気遣って貰えない分は、自分で我が子を守らないとね。

 

6月23日 金曜日 11週2日

 

 この日の放課後、私は母さんに車で学校へ迎えに来てもらって、とある場所に向かった。

 そこは、海水浴場のある海岸、私が異世界から戻ってきた場所である。

 あの日からちょうど一年経ったことになる。

 

 私は制服姿のまま一人で海岸に佇む。海水浴にはまだ早い海岸は無人だった。

 母さんには車で待って貰っている。

 本当は一人で来たかったけれど、今の体で徒歩一時間くらいの距離を歩いて往復するのはダメだろう。

 

 特別理由がある訳じゃない。

 ただ、ここに来たかった。

 

「この一年、本当にいろいろあったなぁ……」

 

 アリシアの体になって、アリシアと一緒に過ごして、アリシアと別れて……それからアリシアとまた会うために子供を宿して。

 

「前にここに来たのは、クリスマスでエイモックと戦ったときだったっけ」

 

 そのときに凸凹になったコンクリートのステージは今はもう修復されている。

 この一年、異世界に行ったその前の一年と比べても負けず劣らずの波乱万丈さだった。

 

「……来年は一緒に来ような」

 

 お腹を撫でながら想う。

 無事に産まれていれば、来年は3人で来られるはずだ。私とアリシア、そしてもう一人の子供。

 

 目を閉じて、祈るように胸に手を当てる。

 

 アリシアが巫女をしていた水の神ミンスティアは生命を司る神で、その魔法や加護は出産にも及んでいた。

 

 異世界の神様。この祈りが届くのなら、あなたの眷属たる巫女とその兄弟を護りたまえ。

 

7月13日 木曜日 14週1日

 

 すっかり気候は夏めいて蒸し暑い日々が続いている。

 妊娠三ヶ月目に入ってつわりも大分落ち着いてきた。

 学校も特段変わったこともなく穏やかに過ごせている。体育のプールは当然ながら見学だったけれど……みんな涼しそうで羨ましい。

 

 産婦人科の先生に紹介して貰った病院で出産することに決めた。

 

 夏休みになれば家族全員で県外の仮住まいのマンションに引っ越すことになっている。

 そして、夏休みが終わったら、わたしと両親はそのまま残って優奈だけこっちに帰ってくる予定だ。

 

 と言っても女子高生の一人暮らしなんて危険すぎるので、優奈は蒼汰の家で寝泊りすることに家族同士での話し合いをして決まっていた。

 

 私は反対した。

 蒼汰と一つ屋根の下で暮らすなんて危険すぎると思ったからだ。だけど、他に良い代案もなくて、渋々同意するしかなかった。

 

「でもね、私は思うんだよ。蒼汰と一緒に優奈が住むなんて、肉食獣の檻に兎を放り込むようなものじゃないかって」

 

「……それを俺に言うのかよ」

 

 私の部屋に来ている蒼汰に愚痴ったら微妙な顔をされた。

 

「少しは親友を信頼しても良いんじゃないのか。大体、俺はついこないだ失恋したばかりなんだぜ。そんな簡単に切り替えられるかってーの」

 

「それはわかるけどね」

 

 だけど、恋愛と性欲は別物だ。そして、男は度々下半身で判断を誤ることを俺は知っている。後、蒼汰の性欲の強さは身をもって理解しているので。

 

「優奈からエッチしても良いって言われたら断れる?」

 

 優奈は私に協力してくれた蒼汰に相当恩義を感じている。

 そして、私に協力した結果悶々とすることになった蒼汰に、自分の体を差し出すことくらいしそうで心配なのだ。

 

「…………もちろん」

 

 その間はなんだ。

 なんで、顔を逸らす。

 

 さては、優奈が私と3人でエッチしても良いって言ったときのことを思い出してたな、このスケベ。

 

「……うん、十分にわかったよ」

 

 とはいえ、私は蒼汰を責められない。

 だって、私だって蒼汰の妹である翡翠に誘われて断りきれなかったから。いや、私の場合は性欲に負けた訳じゃないのだけれど。

 

「だから、私は蒼汰にオカズをあげることにしました」

 

「え!?」

 

「溜まってなければ、理性が勝てるでしょ? そう思ったので」

 

「え、ええと……?」

 

 突然の展開に蒼汰はついていけてないようで困惑していた。

 

「……欲しくないのなら別にいいけど?」

 

「欲しいです!」

 

 うんうん、人間素直が一番だ。

 幾人のときに集めたお宝本やDVDがダンボール一箱分くらいある。私にはもう必要のない物なので、それらをあげることにしよう。

 そう思っていたのだけど、

 

「じゃあ、お前の下着が欲しい」

 

「……ほへ?」

 

 下着、私の?

 なんで、ホワイ?

 

「オカズくれるんだろ? え……なんか間違ってたか?」

 

「えっと、そういうのとは思ってなくて……」

 

「ダメか?」

 

「ダメって訳じゃ……ないけど……」

 

 想定外の要求に頭の中がぐるぐる回ってる。

 

「ええと、蒼汰は私のこと家族って思ってるんじゃなかったっけ?」

 

 家族のことをオカズにするのってどうなのさ。

 

「それとこれとは別っていうか……義理の家族ってシチュも悪くないかなって」

 

「あー……」

 

 わかる。

 わかるけど、わかりたくなかった。

 

「大体それを言うなら、お前だって翡翠とそういうこと続けてるだろ?」

 

「そ、それは……」

 

 正確に言うとエッチはしていない。つわりでしんどかったし、何より妊娠してから性欲が消え失せていたから。

 だけど、翡翠のことをママって呼んで甘やかして貰うプレイは続けていた。

 恋人じゃなくて家族になったからと断ろうとしたのだけれど、「ママが家族なのは当たり前でしょ?」と言われて納得してしまい、そのまま……

 エッチな気分にはならないけれど、幼児退行して甘えるのって、とても安心して落ち着くんだ。おっぱいは偉大。

 

「とにかく、それさえあれば耐えられると思うんだ! 頼む!」

 

 そう言いながら、土下座までしてきた。

 ええ……なんでそんなに必死なの。

 

「まぁ、別に……いいけど」

 

「マジか!」

 

 私に実害はないし。

 妊活してたときは全部私の中に出してなんてお願いしてたくらいだし、私のこと考えて射精するのが癖になったのも、仕方ないと思う。

 むしろ、今まで私に何も要求して来なかったことを、褒めてあげても良いくらいだろう。

 

「でも、洗濯してるやつだからね」

 

 今履いてるやつをくれとかは無理。

 

「……わかった」

 

 そんな苦虫を噛み潰したような顔をするなよ、バカ。

 

「ええと、じゃあ……はい、どうぞ」

 

 私は立ち上がって、ベッドの向かいにあるタンスの真ん中にある引き出しを開けた。

 その中には、左から格子状に区切られた収納箱に入ったショーツ、畳まれた肌着、重ねて並べてあるブラの順番で私の下着が収められている。

 

「おぉ……」

 

 まるで宝箱を覗き込んでいるかのように、歓喜の表情を浮かべる蒼汰。

 

 気持ちはわからなくもないかな。

 正直、ちょっと引いてるけど。

 

「……それで、どれにするの?」

 

 私はなるべく感情を出さないようにして聞いた。

 

「好きなのを選んでいいのか?」

 

「黒いレースの以外だったら」

 

「お前こんなの持ってたんだ……すげぇ、エロいな」

 

「これ、アリシアに貰ったやつなんだ」

 

「そうか……その、ごめん」

 

「後、高いのはやめて欲しいかな……お金出してくれるならいいけど」

 

「それは大丈夫。普段使いの方が興奮するし」

 

「……左様で」

 

「あ、この縞パンって前にパンツ見せてもらったとき履いてたやつだよな!」

 

 薄いピンクに赤のストライプが入った縞パンを指差して蒼汰は言う。

 

「良く覚えてるね」

 

 忘れてもいいのに。

 ……私は忘れたい。

 

「このパンツと、後はお前が普段学校に行くときに着けてる下着を1セット欲しい」

 

「セット……ブラと肌着も?」

 

「おう、普段のお前自身を感じたいんだ」

 

 う、うーん……

 

 まぁ、いいや。

 深く考えないようにしよう。

 

「じゃあ、私が普段つけてるのでいいなら適当に選んじゃうよ?」

 

「それで構わない」

 

「じゃあ、これとこれとこれで……いい?」

 

 ワンポイントのリボンがついたハーフトップブラにキャミソール、それから3枚セットのショーツ。

 蒼汰の好みも考慮して、全部白に揃えておいた。

 

「おぉ……いいな。ぐっとくる」

 

 いい笑顔だこと。

 

「じゃあ、袋に入れるね」

 

 要らない紙袋を持ってきて、下着を入れていく。汚れてないか気になったけど、もし汚れていたとしても、こいつは喜ぶだけだろうし、もういいや。

 捨てたことにして、これらの存在は頭から消してしまおう。それがいい。

 

「……勃ってる」

 

 まだ、物欲しげにタンスを覗き込んでいる蒼汰のそこは座っていてもわかるくらいにテントを張っていた。

 

「こ、これは、その……仕方ないだろ……?」

 

「そだねぇ……」

 

 私は迷っていた。この節操なしが本当に下着くらいで我慢できるのかと。

 だめ押しで、もう少しくらいご褒美を与えておいた方が良いのかもしれない。

 

「それ、私が抜いてあげようか?」

 

「えっ!? い、いいのか!?」

 

 わかりやすい反応だなぁ……

 

「ご褒美があった方が頑張れると思うから」

 

「え、俺ってそんなに信用されてないの?」

 

「しなくても平気って言うならしないけど……?」

 

「して欲しい! 頑張る、頑張るから! お願いします! ご褒美欲しいです、アリス様!!」

 

「蒼汰、必死すぎ」

 

 男ってバカだなぁ……ちょっと面白い。男を手玉に取る楽しさが少しだけ分かった気がする。

 

「エッチはできないけど、それでいいのなら」

 

「問題なし!」

 

 本当は安定期になったらできなくもないみたいなんだけれど、子宮が収縮するという話もあるし、少しでもリスクは避けたい。

 それに、私自身がしたいと思えないのだ。

 

「手でするのでいい?」

 

「その……よかったら、口でしてもらえないか?」

 

「うーん、口かぁ……」

 

 お口の経験は無くはない。

 溺れるようなセックスをしていたときに、萎えたペニスを口で勃たせたりしたことはある。

 

 だけど、射精させるまではしたことはないし、何よりそのときと違って、今はめちゃめちゃ冷静だった。

 そんな状態で、男のアレを口に含むというのは、ちょっと……いや、かなり抵抗がある。

 

 でも、まぁ……蒼汰には我慢をさせてしまっている訳だし、お預けされた犬のようにそわそわしている姿はかわいそうでもある。

 妊娠雑誌にも、妊娠中のパートナーの性欲関係はちゃんと話し合おうと書いてあったし。

 なにより、大事な妹の貞操のためだ。多少の労苦は覚悟しよう。

 

「しょうがないなぁ……いいよ」

 


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