8月7日 月曜日 17週5日
引っ越しして3日目の今日は、母さんと優奈と一緒に出産する予定の病院にやってきた。
最近改築されたらしい建物はオシャレな外観で、ロビーは天井も高く開放的だった。
紹介状を受付で渡して番号の書かれた紙を受け取る。
「人多いねぇ」
待合ロビーは混み合っていた。
私は座らせて貰ったが、母さんと優奈は立ったままで少し申し訳なく思う。
「いいのよ、私たちはなんともないんだから」
ここでは特に妊婦を優先させるのは当たり前のような雰囲気があった。
小一時間ほど待たされて、ようやく番号を呼ばれる。尿検査、血圧、体重測定。
後は身長も……妊娠してから伸びてないけど。
問診は母さんと二人で受ける。
「如月アリスさん」
先生は女性だった。母さんと同じくらいの年齢くらいだろうか。男の人よりは気が楽かも。
先生は私を前にして少し戸惑っているようだった。
「ええと、日本語で……?」
「はい、大丈夫です」
私が返事するとほっとした様子だった。
「それにしても若いね。16歳、しかも双子か……」
先生は人差し指を口元にあてて難しい顔をする。
「とりあえず、状況を確認させてもらいますね」
お腹を出して、ベッドに横になった。
メジャーでお腹回りとお腹の下から出っ張りまでの大きさを測られる。
それから、お腹にぬるぬるしたものを塗られて、大きなスタンプのような器具がお腹にあてられた。
モニターに胎内の様子が白い影のように映し出される。
器具が動くと画面が移り変わって、人のパーツっぽいものがチラチラと見える。
「これが、顔」
ぼんやりと白っぽい顔が映っている。もぞもぞと動いていて、なんだかホラー映像みたい、なんて思うのは不謹慎だろうか。
「右側にいる子の体長は11cmくらいですね。体重は100gくらい」
マウスで画面を操作して長さを測って教えてくれる。
「体重もわかるんですか?」
「大体だけど、頭や胴体の大きさから計算できるのよ」
「へー」
器具が動いて、もう一人の子供を映す。
「左側の子は10cmの90gで少し小柄ね」
なんとなく、こっちの子がアリシアのような気がする。実際どうかはわからないけど……今度、翡翠が来たら教えてもらおう。
次に、足を診てもらう。妊娠中はむくみやすくなるからだそうだ。今のところ特に症状は出ていなかった。
一通り検査が終わった後、先生との話になる。
「出産は帝王切開を予定しています。問題はありますか?」
「いえ」
出産方法にこだわりは無い。産後の回復は自然分娩の方が早いみたいだけど、私には回復魔法というチートがあるので問題ない。
それから、体に関する質問に答えていく。
胎動を感じられるようになったことも報告する。一昨日の夜に始まった胎動は、昨日一日のうちに何度も感じていた。蹴られたり、うねうねーとしたりお腹の中でいっぱい動き回っているんだなってことがわかる。不思議な感覚だった。
その後は、出産時の入院や
一通り話が終わった頃合いで、
「アリスさんだけちょっと残ってもらっていいですか? お話したいことがありますので」
と、先生に言われた。
……なんだろう?
不思議に思いつつ了承し、母さんを見送る。
「ごめんなさいね。どうしても、あなたの意思を確認しておきたくて」
「かまいませんけど……なんでしょう?」
「あなたかお腹の中の子供、どちらかしか助からない場合、あなたはどうしたいですか?」
「え、ええと……」
「双子の出産というのは大変なことです。初産で年齢も若く小柄であるあなたは特にリスクが高くなるわ。だから、もしもというときのことを考えておいてほしいの」
「……」
「返事は今すぐじゃなくていいから」
「いえ、それは大丈夫なんですが……」
「もう考えているの?」
「私はお腹の中の子供と約束したんです。自分の命を犠牲にしないって」
普通に考えて有り得ない話。先生は私がそういう決意をしていると捉えたようで話を続ける。
「つまり、あなたのことを優先するのね? それでいいと思うわ」
「いえ、そうじゃないんです」
先生が不思議な顔をする。
確かに、自分でも何言ってるんだろうなと思う。
「私は親不孝者でした。家族に迷惑ばかりかけて、それでも家族みんなが私のことを大切にしてくれてます」
父さん、母さん、優奈。
それから、蒼汰、翡翠、光博おじさん。
「だから……もしそうなったら、私は家族に謝らないといけません」
両膝の上の手をぎゅっと握る。
「どちらかしか助からない状況になったら、子供たちを優先してください。いろんな人に迷惑かけっぱなしで、子供たちにも無責任なことをしてしまいますが……」
「あなたはまだ若いわ。まだまだこれからがあるじゃない。生きていれば新しい出会いもーー」
先生は良い人なのだろう。
後から聞いた話なのだけど、先生には私と同じくらいの娘が居るらしい。だから、同じ母親の気持ちになって心配してくれたのだと思う。
私は首を振る。
「この子たちの代わりはいませんから」
私は子供だけど、それでも、やっぱり母親だから。
迷わないと言い切れるほど強くはないけれど、それでも。
子供たちは家族が育ててくれるだろう。
心配なのは残される家族のこと。
優奈との約束を破ってしまうことになる。育児も一番負担を掛けることになりそうだ。というか、私の替わりにと強引に蒼汰と結婚して、子供たちを自分の子として育てるくらいやりそうな気がする。
翡翠は自分自身を責め続けることになるだろう。子供の存在が彼女の救いとなるのか、責め苦となるのかはわからない。
そして、アリシア。許してくれないだろうなぁ……けど、こんなことになったのは私の我儘だから、最後まで責任を取らせて欲しい。
前とは違って、血の繋がりのある家族への転生になるから、君がこの世界で独りになることはないと思うから……
いや、まあ、死ぬって決まった訳じゃないけど。
念のため、遺書のようなものは書いておこう、全員に宛てたものを。
「……あなたの気持ちはわかりました。私たちは可能な限り母子共に無事出産できるよう、あなたをサポートします」
「よろしくお願いします」
診察を終えて待合ロビーに戻る。母さんと優奈から心配されたけど、大したことではないと誤魔化しておいた。
診察を終えて、料金を払うまでがまた長かった。人が多いロビーは冷房が効いているはずなのに蒸し暑くて空気が悪い。中にはいかにも風邪を引いてるっぽい咳をしている人もいて、マスクをしてくれば良かったと後悔した。
病気がうつらないといいのだけど。
8月9日 月曜日 18週0日
外に出ると暑いので、1日だらだらと過ごして夜。
お風呂の後でマタニティフォトを撮影する。
マタニティフォトとは横から撮ったお腹の写真で、優奈に言われて妊娠が判明した頃から毎週撮影してもらっているものだ。
お腹は先週よりも明らかに大きくなっていて、ぷっくらとした膨らみができていた。双子は急にお腹が大きくなると聞いていたけど、本当なんだなって思う。
撮った写真を見せて貰ったけど、下着こそ見切れているとは言え、幼い容姿の私がワンピースをたくし上げて妊娠していることが明らかなお腹を露わにした姿はとても背徳的でエッチだった。
妊婦をそういう風な目で見るのってどうかと思うけど、自分自身で見てもそう思えるのだから、これはもう仕方ないね。
蒼汰に画像を送ろうかなと一瞬考えてやめた。性癖を増やされても責任取れないからね。
そのことを軽い気持ちで優奈に話したらすごく怒られた。蒼汰の性癖がどうとかじゃなくて、送ることに対してだ。
「画像を他人に見られたらどうするの!」
かく言う優奈は自分のスマホに私が妊婦だとわかるような写真は一切残していないそうだ。少し前まで画像フォルダのサムネは私で埋まるくらいだったのに、だ。
「……ごめん」
優奈の言う通りだったので素直に反省する。
「……やめてよね。エッチな本を見せ合う男子みたいなノリで、自分の写真を送ろうとするの」
写真を撮ったら、マッサージタイムだ。
妊娠すると、いろんなところが急に大きくなるので、その分皮膚が伸びてしまう。そのときに亀裂ができて肌に残るのが妊娠線と呼ばれる物らしい。
急にお腹が大きくなる双子の妊娠は特にできやすいみたいだけど、今のところそれらしき物はできていない。優奈に毎日保湿クリームで入念にマッサージをしてもらっているおかげだろう。
このマッサージは毎日の癒しだ。
「んー、気持ちいい……」
けど、夏休みが終わって優奈が帰ったら自分でしないといけなくなるんだよね。
そう思ったら、なんだか心細く思えてきた。もしかしたら今の自分は結構優奈に依存してるのかも。
……大丈夫かな、私。