11月15日 水曜日 32週0日
妊娠期間は2週間毎に壁があって、それを超える都度、死産や後遺症のリスクが下がると言われている。
22週以前の出産はほぼ生きられない
22週で生きられる可能性が出てきて
24週で生存率が半分くらいになり
26週で生存率が8割を超える
28週で1kgを超えてほぼ生存可能
30週で内臓がほとんど完成して
32週で排泄機能が備わる
34週で呼吸ができるように
36週で殆ど準備ができて
37週からは正産期となる
だから、少なくとも後2週間は頑張ろうと、自分に言い聞かせて日々を過ごしてきた。
今日で32週。後2週間頑張れば自力で呼吸ができるようになる。
数日前から張り止めの点滴の濃度がほぼマックスになっていた。
それに伴う副作用が酷くて、死んだ魚のようにベッドに横になっている。
アリサが1680g、アリシアが1396gになった。お腹は見るからにもうパンパンになっている。よくもまぁ、ここまで大きくなるものだと、自分でも関心するほどだ。
後2週間で自力呼吸ができるようになる。そうなればNICUに入ることもないかもしれない。狭いだろうけど、もう少しだけお腹の中で我慢してね。
11月19日 日曜日 32週4日
AM 3:00
夜中に痛みで目が覚めた。
赤ちゃんに蹴られたのではなく、お腹が張っているのとも違う。生理痛に似た内臓の痛みで、すぐに治まった。
そして、眠りに入りかけた頃、再度痛みがやってくる。
だけど、そんなに強い痛みではなかったこともあり、しばらくじーっとしていたら痛みは引いたので、眠気に任せて私は意識を手放した。
AM 7:00
違和感で目覚めた。
股間が濡れている感覚がある。
「もしかして、おねしょ……!?」
掛けシーツをめくってみると、パジャマの股間の部分とシーツが濡れていた。
お腹が大きくなってから、くしゃみしたときにおしっこが少し漏れたりとかはあったけど、お漏らししたことはなかったのに……
だけど、妊娠していると漏れやすくなるみたいだし……恥ずかしいけど、仕方ないよね。
そう思っていたら、なんだか違和感が。
アンモニアのにおいがしない?
それじゃあ、これは一体……?
お腹がずきっと痛む。夜中に感じたのと同じお腹がきゅっとなる痛み。
だけど、より強くなっている。
これってもしかして、陣痛というやつではないのだろうか。
それに、赤ちゃんが下に降りて来ているような気がする。
だったら、これは――
「……破水?」
私は震える手でナースコールのボタンを押した。
看護師さんはすぐに来てくれて、状況を伝えると応援が呼ばれた。
看護師さんたちが着替えとベッドの処理をしてくれて、私はお腹にモニターを取り付けられる。先生が来て診察が始まった。
「破水してますね。子宮口が4cm開いて、赤ちゃんが降りてきています。いつ産まれてもおかしくない状況です」
予想していたとはいえ、先生に告げられた事実に私はショックを受ける。
「幸い二人とも頭位なので、このまま通常分娩を試みてみましょう」
「……え?」
「張り止めの点滴を止めますので、数時間で張り替えしが来て陣痛が強くなると思います。それから、赤ちゃんの内蔵の発達を促すためにステロイドを投与します。質問はありますか?」
「えっと……その……帝王切開ではないんですか?」
「このまま通常分娩で出産した方が安全でしょう。もちろん、危険だと判断した場合は、緊急帝王切開手術に切り替えますが」
「そ、そうですか……」
そのとき、お腹の痛みがやってきた。
「……これが、陣痛」
AM 8:30
診察後、陣痛室で子宮が開いて出産の準備ができるまで待つことになった。
帝王切開のつもりでいたので、普通に出産する場合のことなんて知識がなかったので、陣痛の合間にスマホで調べる。
陣痛とは出産するために子宮が収縮する作用のことで、痛いときと痛くないときが交互に来る。
今は痛みを感じる時間は大体30秒くらいだけど、陣痛が進むとこれが1分くらいに伸びるらしい。そして、今は6分間隔のインターバルのは陣痛が進むにつれて短くなる。
簡単に言うと痛みは強くなり、時間は長くなり、インターバルは短くなるということだ。
しかも出産が順調でも半日程度かかるという。
うわぁ……
私の場合は朝の時点で陣痛が大分進んでいるようで、そこまでかからない可能性が高いというのが唯一の慰めだった。
助産師さんが痛みの逃し方を教えてくれた。長くゆっくりと息を吐き出すのが良いらしい。リラックスしたりするのが良いって言われたけど、なかなか難しい……
AM 11:00
陣痛が強くなってきた。お腹だけじゃなくて腰も痛い。
ただ、張り止めの薬が抜けてきたからか、ここ最近ずっと感じていた霞がかかったような感じがなくなって、意識がはっきりしてきた。
父さんと母さん、そして昨日からこっちに来ていた優奈が病院からの電話を受けて駆けつけてくれる。こういうときに家族が側に居てくれるのは本当に心強い。
PM 0:30
痛みはさらに強くなっている。
ご飯を出されたけど、帝王切開の可能性があるので私は食べられない。そもそも食欲自体が無かったけど。水分だけは陣痛の合間に採っている。ご飯は優奈が食べてくれたので無駄にしなくて済んだ。
この痛みを魔法で消せたらいいのに。
生理もそうだったけど、妊娠や出産における体の反応に魔法で干渉するのはあまり推奨されないそうだ。
もっとも、出産のときは魔法の補助を使うようで、温水プールのような場所に妊婦が入って、水中で水魔法を使った出産方法になるらしい。
アリシア自身出産の補助で何度か出産に立ち会ったことがあると聞いた。
ノウハウも無い状態でそれを試すつもりはなかったので、私の出産は現代医学に頼りっきりだけども。
ところで、助産師さんに「いきみたくなっても我慢してくださいね」と言われたけど、いきみたくなるってどんな感じだろう……?
PM 4:00
いきみたいという感覚がわかった。
便意と似たような、外に出したくなる感じだ。
だけど、子宮が開ききるまでは、いきんではいけないらしい。出したいのに出せないというのは苦しみ。
いきみを逃すのに、優奈が握った拳でお尻のところを押してくれた。最初は少し戸惑ったけど、確かにそれで楽になった。そして、恥ずかしいと感じていられる余裕はすぐに無くなった。
陣痛の時間は1分程度、間隔は2分程度、優奈がアプリで大体の時間をカウントしてくれている。後、5秒、4、3、2――
「――うくっ」
声が、出ない。
うずくまってひたすら耐える。
意識が遠のきそうなほどの激痛。
生理痛を何倍にもしたかのような下腹部の痛み。
そして、骨をバキバキに砕かれているかのような腰の痛み。
「ひっひっふーで呼吸して!」
助産師さんが呼吸法を教えてくれる。
この呼吸法自体はなんでか知っていたけどこの場面で使うものだったんだ。
言われた通りに呼吸すると、気持ち楽になったような気がする。
呼吸を繰り返して痛みを逸らす。
額の脂汗を母さんが拭ってくれた。
優奈が背中をずっとさすってくれて、お尻を押してくれている。
PM 6:00
「あぁあああああああぁぁ」
痛い。
痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。
「ぐぁぁあぁぁあああぁ」
陣痛の合間に時計を確認しても、ほとんど時間は進んでしない。
いつになったら終わるんだ、これは。終わりが見えない。
「あああぁああああぁぁ」
嫌だ。もう嫌だ。
なんで男の俺がこんな思いをしなきゃいけないんだ。
助産師さんに帝王切開して欲しいと訴えても、もう少しがんばろうとしか言ってくれない。
お腹を切って終わるなら切って欲しい。
魔法があるから、体を切った傷の回復はなんとかなるんだ。
お腹を痛めて産むとかどうでもいいから、早く終わらせて欲しい。
そんな泣き言を優奈にこぼす。
「アリス、がんばろう? もう少しでアリシアに会えるんだよ!」
優奈の言葉で我を取り戻す。
そうだ、俺は……
「――う、くぅ……アリシアぁぁ!」
「そうだよ、アリシアだよっ!」
「……ぐぅ……うぅぅ、あああああぁぁ……!」
……
…………
これは、もう一度アリシアに会うための痛み。痛みが強くなるのは陣痛が進んでいる証拠だ……だったら、耐えられる。耐えてみせる。
うっ――
「ああああぁぁぁ、アリシア! アリシアっ!」
訳もわからなく叫んでいた。
痛くて叫ばずにはいられなかった。
そのとき、不意にお腹が内側から蹴られた。
この位置はーー
「ごめんーー忘れていた訳、じゃ、ないっ。アリサっ、アリサぁ! あなたにも会いたいっ!」
私の赤ちゃん。
妊娠してからずっとずっと一緒だった。
お腹の中で元気に反応してくれた赤ちゃん。
二人とも無事に産んであげるんだ。
絶対に。
「くぅぅぅぅぁぁあああ! 痛いっ! 痛い! 痛いぃぃぃ!!」
PM 7:00
内診で子宮口の開き具合を確認されて、ようやく子宮口が全開だと言われた。
やっと終わりが見えた、この苦痛から解放されるというのが正直な感想だった。
出産のため助産師に付き添われて分娩室に向かう。移動途中で陣痛が来て、その間は母さんと優奈に捕まってひたすら耐える。
陣痛の合間に母さんと優奈も立ち会って貰うように話をしていたので二人も一緒だ。
父さんには遠慮してもらった。
分娩台に乗せられて、お腹の上下に二つセンサーがベルトで固定された。点滴が腕に刺される。
そして、腰のあたりにあるグリップを握った。
「それじゃあ、いきんで下さい!」
と言われていきもうとするけれど、いざとなると力の入れ方がわからない。
困惑していると、助産師さんから指示が出た。
「深呼吸を二回してー」
吸う……吐く。吸う……吐く。
「大きく吸ってー」
大きく吸う。
「ちょっとだけ吐いて、そのまま息を止めて、いきんで!」
少し吐いて、息を止める。
「くぅ――!」
便秘のときのうんちをひり出すようなイメージで力を入れる。
……うんちが出たりしないかな?
そんなことが少し頭をよぎったけど、すぐに気にする余裕なんてなくなった。
いきむと指示されるタイミングは陣痛に襲われているタイミングだったので、痛みに耐えつついきむので精一杯だったからだ。
後で聞いた話だと出産のときにうんちが出るということはままあるらしい。もしかしたら、知らないうちに出ていた可能性もある。確認するつもりもないからわからないけど。
痛みの中、助産師さんの指示に従ってひたすらいきむ。
繰り返しているうちに、なんとなく赤ちゃんを出口に押し出す感覚が掴めてきた。
PM 8:25
「頭が見えてきましたよ!」
と助産師さんに言われた。
まだ、出てこない。
PM 9:12
入院生活で落ちきった体力はもう限界で、意識は朦朧としていた。母さんや優奈の声を聞きながら、もう何度目かのいきみを繰り返す。
「少し切りますね」
と先生に言われて、なんでもいいからやってくれと頷く。
それから、そこを切られている感覚があったけど、特に痛みは感じなかった。
「はい、いきんで!」
助産師さんの言葉でほぼ無意識の反射でいきむ。
「頭が出てきましたよ! 後少し、がんばって!」
「がんばって、アリスっ!!」
「はい、いきんで!」
繰り返す。
「――っ!」
まだか……まだなのか……
「はい、いきまないでー! 手を胸に当てて、はっはっはって息してー!」
いきまなくていいの……? と、疑問に思いながらも言われた通りにする。
少しして、体の中からズルリと出ていく感覚がして。
「ふにゃぁ、ふにゃぁ……」
小さい声がした。
「産まれました! お姉ちゃん出てきましたよ!!」
ただ、呆然と。
「やったね、アリス!」
周りの反応を眺める。
PM 9:35
「じゃあ、妹ちゃんも頑張りましょう!」
助産師さんの言葉で現実に引き戻される。
まだ、一人が出てきただけだ。
終わった訳じゃない。
「二人目は道ができているから、早いですよ!」
そう言われてほっとする。
「妹ちゃんは頭位のまま! 心音オッケーです!」
先生に手を突っ込まれて中をぐりぐりされる。子供の位置を確認しているようだ。
うぐっ……痛い。
破水したみたいで、ばしゃっと水が流れ出る感触がした。
とたんに復活する陣痛。
それからはまるでジェットコースターのように。
「はい、そのまま、いきんでー!」
言われるがまま、いきんで。
今度は十分くらいで二人目が出てきた。
「ふにゃぁ、ふにゃぁ……」
産声が、聞こえる。
「うう……やったね、やったね、アリス……!」
「お疲れ様、アリス」
優奈も母さんも涙で顔がぼろぼろだ。
返事する気力もなかった。
疲れすぎて感情が動かない。
終わった……というのが、正直な今の気持ちだ。
だけど、そう思ったのは早計だった。
まだ、お腹の中に残っている胎盤を出さないといけないらしくて、お腹をぐいぐいと押された。
これ、痛い。
そして、弱い陣痛がまた来たかと思うと、肉の塊がどろりと……割とグロい。
それから子宮を収縮させるために腕が埋まるくらいお腹を押し込まれる。
それがまた痛くて、拷問かと思ったほど。
ダメ押しは切ったあそこの縫合。麻酔していたみたいだけど、結構切れてしまったのか、針が、刺さるのが、痛いっ!
一度終わったと思って安心してしまったから、その後の痛みを耐えられる強さは残っていなくて、情けないほどに悲鳴をあげまくった。
子供は産後すぐにNICUに行ったらしい。
顔もまだ見れていないけど、仕方ないと諦める。未熟児ではあるけれど、今のところ不安要素はでていないらしい。
アリサ1786g、アリシア1501g。
……育ちきるまで、お腹の中に居させてあげられなかったな。
という罪悪感と、無事産まれてきたことへの安堵と。
とにかく、今は早く休みたかった。