その日の晩ご飯、一番乗りでリビングに降りてきた俺は、食卓に並んでいる物の中に一際目を引くものがあるのを発見した。
「あの、母さん……これって……」
引きつった顔で俺は台所で洗い物をしている母さんに尋ねる。
「お赤飯よ。初潮がきたなら家族でお祝いするのは当たり前じゃない」
そういえば、優奈のときも赤飯を食べた記憶がうっすらとある気がする。
当時の俺はまだ小学生で意味もわからなかったから、赤飯なんて珍しいくらいにしか思っていなかったけど……優奈がやたら恥ずかしがっていたという印象が残っている。
「……お祝いっていうけど、初潮ってめでたいことなの?」
俺にとっては煩わしいものでしかないように思える。
「それはそうよ。生理が来たということは子供を授かれるようになったということだもの。めでたいことだわ」
「う、うーん……私は子供を産む気なんて全く無いんだけど」
子供を産むなんて想像出来ない。何よりも男に抱かれると考えるだけで気持ち悪い。
いちゃいちゃするなら女の子としたい……これってレズになるのかな?
「今はそれでいいわよ。アリスの年齢で子供を産むことなんて考えられなくて当然よ。だけど、将来男の人を好きになってその人の子供を産みたいって思う日がアリスにも来るかもしれないわよ」
それは何気ない一言だったが、胸にチクリと来るものがあった。
俺はアリシアの体になった事で食べ物や服の好みが大なり小なり変化している。だから、この先心が体に馴染むことで。母さんの言うように男のことを好きになって子供を産みたいと思うようになるかもしれないと言われれば不安になる。
今は否定出来る。だけど5年後、10年後も同じように否定する俺でいられるかどうかはわからない。
知らないうちに体の内側から作り変えられているような、ぞわぞわした感覚がする。体の中でなにかが蠢いているような錯覚がして気持ちが悪くなる。
俺が俺で無くなってしまう、そんな恐怖が込み上げて来て思わず叫び出しそうになる。
「……大丈夫? 顔色悪いわよ」
俺を心配して母さんが声を掛けてくる。
「……ちょっと気持ちが悪いみたいで……みんなが来るまで座って休んでるね」
「あ、うん。まだ初日だからね。貧血に気をつけるのよ」
母さんは俺の体調不良を生理の症状によるものと思って疑っていないようだった。
その後のことはあまりよく憶えていない。
頭がぐるぐるして気持ちが悪く食欲もなかった。だけど、お祝いをしてくれるという母さんの気持ちを無下にしたくなくて、少しだけでもと頑張ってご飯を食べた。
――その後、吐き気が抑えられずに全部戻した。
※ ※ ※
『イクトさん、今日も精神同調を切るようにしますね』
ぐったりとベッドで横になっている俺に、アリシアはそう宣言する。
『ああ、今日は大丈夫だよ? ……さすがにこの状況でしたいとは思わないし』
『同調を切る日と切らない日を作ると……イクトさんがいつしたのか意識しちゃいますので、その……』
アリシアは言い辛そうに俺に告げる。それもそうか。他人のソロ活動の状況なんて把握したく無いよな。
それに、こんな最悪な体調のときにまで無理に同調する必要はないと思うし……
そんな風に思っているとアリシアの心配そうな声が聞こえてきた。
『イクトさんが今不安に思っている事、一度ご家族に相談してみては如何ですか?』
『な、なんで……?』
『わかりますよ、それくらい。単純に生理だけが原因で、こんなに体が辛くなるなんて思いませんから……イクトさんは辛いんですよね、心が』
だけど、認めることは出来ない。俺の悩みは女性になったことに起因するもので、アリシアがそのことを知ってしまえば責任を感じてしまうだろう。
下を向いて押し黙っているとアリシアが溜息をつくのがわかった。
『イクトさんの意地っ張り。今ほどわたしの体がないことを惜しんだ事はないです。体があればあなたを抱きしめることが出来たのに……』
アリシアは少し拗ねたような口調で言う。
『わたしはもう同調を切りますね。わたしが居ない方が話しやすいこともあると思いますし。……それで、明日には笑顔でおはようって言えるようになってると嬉しいです』
『……ごめん。おやすみアリシア』
『おやすみなさい、イクトさん』