異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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女になるということ(その5)

 アリシアとの精神同調が切れた後、俺は一階に降りて客間の和室の襖戸をノックする。

 

「父さん、今大丈夫?」

 

「……アリスか。おう、入っていいぞ」

 

 襖戸を横に引いて部屋に入る。

 8帖の和室には小さめのちゃぶ台が中央に設置されており、そこに置かれたノートパソコンに向かって父さんは座っていた。

 部屋に入って、まず感じたのは香の匂いだった。

 

「……線香を上げているの?」

 

 そこにある仏壇は俺――如月幾人のもので、当然その中身はがらんどうだ。

 

「ん? ああ、これか。適度に香を焚いておかないと不自然に思われるからな」

 

「そうなんだ。てっきり、男としての俺を弔っているのかと思ったよ……初潮も来て俺はすっかり女になっちまったから」

 

 溜息と共に吐き出す。

 

「珍しいな、お前が体の事で愚痴を溢すなんて……その、いいのか?」

 

「ああ、アリシアは今精神同調を切って先に休んでいるから。それで、ちょっと相談があるんだけどいいかな?」

 

「ああ、いいぜ……ちょっとまってな」

 

 そう言うと父さんはノートパソコンを閉じて、席を立って部屋を出る。何かを取りに行ったようで、リビングから物音がしている。

 戻って来た父さんがお盆に乗っけて持ってきたのはビールとおつまみの晩酌セットだった。

 

「待たせたな。まあ、形だけでも付き合え」

 

 そう言って俺に手渡してきたのは、缶ビール風のノンアルコール飲料だった。

 

「苦いのは好きじゃないんだけど……」

 

 俺が幾人だった頃、何度か好奇心でビール風飲料を飲んだことはあるけれど、正直美味しいとは思えなかった。

 ……まあ、飲めなくもないけど。

 俺はプシュッと音を立ててプルタブを開ける。

 

「乾杯」

 

 父さんと手に持った缶を合わせると、ドゥムと鈍い音がした。ちなみに父さんが持っているのは正真正銘の缶ビールだ。

 俺はそのまま手に持った缶に口づける。

 

「に、苦っ……」

 

 口の中のものを飲み込んだ俺は、そのえぐさに思わず顔をしかめた。幾人の体だった頃よりも苦味の感じ方がキツい。

 一方父さんは缶を煽り飲むと、満足気に一気に息を吐く。

 

「かぁぁぁっ、この一杯が最高だねぇ!」

 

「……なんで、こんな苦いものを美味しいと思えるのかなぁ」

 

 ……アリシアならいったいどんな反応するのだろうか?

 渋い顔をしたアリシアの顔を想像して少し頬が緩む。

 

 俺はおつまみの小袋の中からナッツの詰め合わせを取り出して摘まむ。

 塩分で口の中が辛くなったところにビールを流し込んで潤すのはすっきりとして気持ち良かったけど、やっぱり後に残る苦味は慣れない。

 

 そんな俺の様子を父さんはビール片手に楽しそうに見ていた。

 

「……仕方ないだろ、この体は幾人のときよりも苦いのが苦手みたいなんだから。それより父さん、相談なんだけどいい?」

 

「おうよ」

 

 なんだか恥ずかしくなってしまい、俺はごまかすように本題に入る。

 

「不安なんだ……俺はずっと男で、アリシアの体になっても俺は俺のままだってそう思ってた」

 

 俺は缶を持った自分の手に視線を落としながら話をする。缶が大きく見える程に小さくて華奢な今の俺の手。

 

「だけど、いつの間にか幾人のときと感じ方や好みが違ってきてて、そのうち俺が俺でなくなるんじゃないかってそう思ったら怖くなって……」

 

 父さんはビールを一煽りして、少しだけ考えてから口を開いた。

 

「去年の男子高校生だったお前と、異世界から帰ってくる直前のお前は随分と変わっちまったんじゃないか?」

 

「そうだね……大分変わったと思う」

 

 1年間の過酷な体験は俺の性格に大分影響を与えていた。

 

「それじゃあ、どっちのお前もお前自身だと思うか?」

 

 父さんは不思議な事を聞く。

 

「どちらも俺自身で間違いないよ。俺が変わった経緯は俺自身が憶えてるから」

 

「それなら、そういうことじゃないか?」

 

「……え?」

 

「お前がどれだけ変わっても、お前がお前自身であることに変わりは無いってことだよ」

 

「……だけど、俺は今の俺は体の内側から変わってきてるんだ。知らないうちに心が体に作り変えられていて、俺は男の事を好むようになるかもしれない」

 

「そんなのは男だった頃だってあったろう? 思春期が来て精子が作られるようになると、体の欲求に合わせて心が女を求めるようになる。男だって股間に支配されてるんだ。それが子宮に変わっただけで体に支配されているのには変わりはないさ」

 

「……父さんは男に抱かれるかもしれないってのは平気なの? 俺は男に抱かれて子供を産むことになるかもしれないんだよ」

 

「男だったお前がそいつを不安に思う気持ちはわかる。だけど、それを選択するのは将来のお前自身だ。それに、女が全員男を好きになる訳じゃないさ。別にお前が今まで通り女を好きになっても構わないだろ?」

 

「……でも、それだと父さんも母さんも孫の顔が見られないよ」

 

「親ってのは子供の幸せが一番なんだよ。親は子供を育てる喜びを知ってるから、それを勧めたくなるし、孫を見たいってのもある。だけど、それもお前が幸せになってこそだ。お前の人生だ、お前のしたいようにするといい」

 

「幸せ……か」

 

 俺は俺のしたいようにすればいい。

 父さんのその言葉に、乗っていた心の重石が外れたような気がした。

 

「……で、正直どうなんだ女の体ってのは? もう、堪能したのか?」

 

 急に態度を変えて父さんはそんな事を聞く。

 セクハラ親父か。

 

「……良かったよ」

 

 ぽつりと俺はつぶやくように返す。

 

「そうか、そうか。好きな娘の体を自分で好きなように出来るってのも中々得難い経験だよなぁ……」

 

 そういえば、元々息子に対する父親としてはこんな感じだった。

 異世界から戻って以降はアリシアが居たから遠慮していたらしい。

 

「今の俺は女湯も入り放題だぜ。羨ましいだろ?」

 

「そいつはいいな……そういえば、今家族で温泉行くと俺ひとりが男湯なのか」

 

「家族風呂でよければ一緒に入っていいよ。まあ、優奈は嫌がるだろうけど……」

 

「マジか。じゃあ、今度家族で温泉旅行にでも行くか」

 

「久しぶりに背中を流してあげるよ」

 

「そいつは楽しみだ」

 

 それからしばらく沈黙が訪れる。お互いが無言でビールを飲んで、つまみを口にする。

 気まずさはない、家族だからだ。

 

「いつか、その苦いビールも美味しく思えるようになるかもしれない。そんな風に人は変わっていくものさ」

 

 と、不意に父さんは言う。

 俺は缶に入ったビール風飲料を一口飲んでみて――やっぱり苦いだけのように思えた。これを美味しく思う日なんて来るのだろうか?

 

「何であれ、俺にとってお前は俺の息子っていう事実は変わらないからな……体が女になった今でも、な」

 

 父さんがビールを大きく傾けて最後まで飲みほすと、空き缶をちゃぶ台に置いて真剣な表情で言った。

 

「だから憶えておいてくれ。俺は本物の酒を息子と飲むのが夢なんだ……お前が酒を飲めるようになったら俺と付き合ってくれよ。これは男と男の約束だからな」

 

 父さんは握った右手を俺に向けて付き出した。

 

「ああ、約束するよ」

 

 俺は右手をこつんと打ち付けた。

 

「父さん……ありがとう」

 

 これから先どうなるかなんてわからない。

 だけど……男であれ、女であれ、俺は俺だ。父さんと母さんの子供で、優奈の兄妹で、幾人であり、アリスでもある。

 自分自身はこれまでの人生で積み重ねてきた中にある。

 だからもう……大丈夫。

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