異世界から戻った俺は銀髪巫女になっていた   作:瀬戸こうへい

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エイモックの正体

 海水浴場の中は完全に別世界だった。

 夏は海水浴客で賑わうのであろう広々とした駐車スペースには、派手な髪や格好をした集団が幾つかに分かれて集まっていて、合計で軽く百人を上回る人数が居るようだった。

 どの集団も中心にはバイクが据えられていて、派手な旗が掲げられている。周りを取り囲む男達(一部女達)は皆ヤンキー座りで、周囲にある他の集団にガンを飛ばしていた。

 どうやら、それぞれのグループは友好的な関係では無いらしい。この人数に一丸となって襲われたら流石にどうしようもないので少しだけほっとした。

 

『涼花はどこにいるんだ……』

 

 俺は涼花の姿を探しながら、念話で蒼汰に話しかける。

 念話にしたのは、改造されたバイクの異様な排気音で、大声を出さないと声が届きそうになかったからだ。

 

『涼花が居るなら、エイモックの野郎の居るウロボロスだと思うんだが……見分けがつかねぇな』

 

『しかし、なんでわざわざクリスマスイブにこんなに集まるのかねぇ……』

 

 この中には恋人と過ごしたかった奴もいるだろうに。こんな日を指定したエイモックは傍迷惑な男である。

 

『……全くだな』

 

『それにしても、俺達の場違い感が凄いな』

 

 通学用の蒼汰愛用のママチャリ(蒼海丸)を真ん中に、普通のコート姿の俺達は、この空間では逆に異質で目立ちまくっている。

 だけど、視線を感じるのはそれだけではないようだ。普段であればもっぱら注目を浴びるのは銀髪の俺だったが、この場では蒼汰の方が人目を引いている。

 

『お前、この界隈では有名なんだな……なぁ、ヒラコーの暴れ狼さん?』

 

『うげ、やめろよ……そっちがそのつもりなら、俺だってお前の事を純白の妖精さんって呼ぶぜ?』

 

『……うん。互いを傷つけあうのは不毛で無益な行為だな、やめよう』

 

 そんな話をしていると、駐車場の脇にある少しだけ高くなった石造りの簡易ステージの周辺がざわついている事に気がついた。

 そちらを見るといつの間にかステージの上には見覚えのある人影。

 

「……エイモック!」

 

 ステージの中央に一人立っているのは、金髪碧眼が印象的な男エイモック・ハルトールだった。

 以前見たジャラジャラとした格好と違い、黒をベースに金色の刺繍で飾りつけられた神官のような荘厳な服を着ている。

 

『イクトさん、リョウカさんです! エイモックの右後方の集団の中に居ます!』

 

 アリシアの言葉に俺がエイモックの後方を注視すると、不良グループの集団があって、その中に明らかに不釣り合いなお嬢様の姿を確認できた。

 不良グループの構成員らしい派手な格好の少女に手を摑まれてはいるが、一見乱暴されたような形跡はない。流石に表情は強張ってはいたが……

 

「涼花!」

 

 蒼汰が大声で呼びかけると、俺達の姿に気づいたらしい涼花が顔を綻ばせた。口が動いて何かを言っている、多分「蒼汰さん……」だろう。

 

 ……待ってろ、俺達が必ず助けてやるからな。

 

(われ)はウロボロスの現代表であるエイモック・ハルトールだ。我は今、諸君らの頭の中に直接語りかけている』

 

 脳内に響くエイモックの声。

 

『念話……!?』

 

 アリシアの驚いた声が、同じく脳内に響く。

 広場に集まった群衆は皆戸惑いざわついている。エイモックは、ここに居る全員に念話で話し掛けているようだ。

 

『――此度は我の呼び掛けに応じ、良くぞ集まってくれた。大儀である。諸君らに集まって貰ったのには他でもない。我の手伝いをして欲しいのだ』

 

 独特の抑揚の大きい口調でエイモックの演説が始まる。相変わらずの傲岸不遜な物言いは、まるで臣下に対する君主のような態度であった。

 

『――この世界は退廃に満ちている。物と人が溢れ理想郷と言っても良い世界だと言うのに……何故か!』

 

 俺はエイモックの演説を聞き流しながら、蒼汰に涼花を救う打ち合わせをしようと蒼汰の様子を覗う。

 だが、蒼汰はぼんやりとエイモックを見ていた。

 

『いけない! イクトさん、蒼汰さんに魔法障壁を!』

 

 アリシアに言われて俺は慌てて魔力障壁を詠唱し、蒼汰の腕に触れて魔力障壁で蒼汰を包む。

 とたんに蒼汰の瞳は正気を取り戻す。

 

『……俺は、いったい?』

 

『エイモックは念話に魔法を乗せています。範囲が広いので洗脳とまではいきませんが、緊張が解されて話を受け入れやすい状態にする効果があるようです』

 

 これがエイモックの魔法か。やはり、魔力の無いこの世界の人間にとってこいつの魔法は危険だ。

 

『――それは、この世界に神が失われて久しいからだ! 神の祝福を失ったこの世界は迷走し救いを見出すことが出来ずにいる。諸君ら若人は迷い、悩み、苦しみ、そこから逃げ出すように日々の享楽にその身を任せているのだろう』

 

 エイモックの演説は続いている。新興宗教の教祖のような怪しげな説法を周囲の不良グループのメンバー達は声を荒げる事もなく大人しく聞いている。それだけで、明らかに普通じゃない光景だ。

 

『迷い、悩み、苦しみ、その全てをこの我、エイモック・ハルトールが受け入れる。そして、諸君らには答えを与えよう』

 

 ……全く余計なお世話だ。

 

『――聞けば今日は神の子の生誕を祝う日だという。今日この日、我が諸君らに誓おう。神に見棄てられたこの地に、我が真の神の祝福をもたらす。そして、かつての神にかわり、真の神の代弁者たる我がこの世界を導く救世主になると!』

 

 確かに異世界に神はいたが、意思は無く純粋な力としての存在だと俺は知っている。善か悪かを決めるのは扱う者の資質に関わるものだ。

 

水の精霊神(ミンスティア様)の巫女としては、あのような男に神の意思を語って欲しく無いですね……神との語らいは本質的には自身との語らいであって、他人を従わすようなものではありえません』

 

『――喜び祝え! 我は神の使徒なり。今宵、この場から我、エイモック・ハルトールがこの世界の救済を創める』

 

 一人に全てを委ねる事の危険、それは俺達の世界が過去の経験から学んだ教訓だ。

 だから、こいつがこの世界でそんなことを始めようというのであれば、異世界の関係者として俺はそれを止めなければならないと思う。

 

『――諸君らには使命を与えよう。この世界に我の声を届ける救世の伝道者となる栄誉ある役割だ。我が率いるウロボロスに合流し我と共に栄光の道を歩もうぞ! 異議ある者は声をあげよ』

 

 その言葉に反応して数人の男達が動き出す。

 

「さっきから聞いてたら神だの何だのふざけた事言いやがって……下らねぇんだよ! 俺達はお前らウロボロスをぶっ潰しに来たんだ。なぁ、お前ら!」

 

「お、俺は……」

 

 だが、男達の中には先程のエイモックの演説に心を動かされた者も多かったらしい。最初に声をあげた男に対する他のメンバーの反応はぎこちないものだった。

 

「ちぃ……くだらない戯言に惑わされやがって! こんなペテン師野郎、俺が化けの皮を剥いでやる!」

 

 男は舞台に上がる。他のグループからも同じように考えた数名が続けて舞台に上がって来る。その男達の中にはナイフや木刀等の武器を手に持っている者も含まれていた。

 

「エイモックさん……!」

 

 壇上の後方に控えていたウロボロスのメンバーらしき男達が割って入ろうとするのをエイモックは手で制した。

 

「よい。我の力を信じられないが為に従わない者も居るだろう……我が相手をしてやる。全員で掛かって来い」

 

「てめぇ、どこまでもふざけやがって! 後悔させてやる!」

 

 その言葉を合図に男達は一斉にエイモックに襲いかかる。

 次の瞬間、エイモックの足元から異変が起こった。

 エイモックの影から黒い塊が飛び出してきて、腕ほどの大きさに何本にも別れて伸びていく。

 持ち上がった影は蛇が鎌首をもたげるようにしなり、襲撃者を威嚇する。

 

「変なトリック使いやがって……!」

 

「トリック……? 違うな、これは神の奇跡だ」

 

 エイモックが指をパチンと鳴らすと影が四方八方に伸びて襲撃者を逆に襲っていく。勢いのある黒い影が男の腹に当たるとバットでも打ち付けられたかのように鈍い音がして、男の体がくの字に折り曲がって吹き飛んだ。

 

「ちくしょおおお! ふざけんなぁああ!」

 

 その男は闇雲に武器を振るって蛇のように延びる影を払う。だが、払われた影はトリッキーな動きで方向を変えて男の背中を穿ち、男はゆっくりと倒れた。

 

 それでも、まだまだ襲撃者の方が人数が多かった。その中でも勇猛な男が影の合間を縫って、棒立ちしているエイモックに果敢に襲撃をしかける。

 

「死ねぇ!」

 

 男が振りかぶった拳は、だが、振り下ろされる事なかった。

 常人では考えられないような速度で、エイモックが動いて拳の一撃を男のボディに叩き込んだのだ。

 男はそのまま硬直し、力なく崩れ落ちる。

 

「……ひ、ひぃぃぃ!? お前、いったい何なんだよ!?」

 

 男達の大半は瞬く間に影に瞬殺されてしまい、残った男達は完全に戦意を喪失していた。

 

「神の奇跡だと言っている。これぞ、神が我に与えたもう力の一部だ。闇の神ダクリヒポスが神官、エイモック・ハルトール・ダクリヒポスにな!」

 

 そう高らかにエイモックは宣言した。

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