チノちゃん、お誕生日おめでとうございます。
枕元で無機質な電子音が鳴り響き、意識が引き上げられる。けたたましく鳴る音を散漫な動作で止める。視界に収めた安物の目覚まし時計の針は、5時を示している。
……早く起きすぎたかな
とは言え、完全に目が覚めてしまっているので2度寝をするつもりにもならない。カレンダーに視線を向けてみると、今日の日付に大きく印がつけてあった。
今日は入学式だ。
昨日の僕が不安と期待からアラームの設定時間を早くしてしまったのである。僕が今日から通う私立高校は元々は女子校であり、尚且つ上層階級の人が多く通う、いわゆる『お嬢様校』というやつである。
去年の春休み直後───中三の時に、父親と先生からこの高校を紹介され、初めは難色を示したが、夏休みに施設見学をしてからは、意見が180度変わった。
部活の種類が豊富で、また施設も整っている。
学校の施設というよりは貴族の別荘のようだと陳腐な感想を抱いた。
唯一懸念がある点といえば、人間関係である。
元々、女子校であったこの高校は、今年から共学となったので、圧倒的に女の子の数が多い。
要するに育った環境が全く異なる異性と馬が合うのか、ということだ。
……なまじ時間に余裕があるだけに、余計な事を考えてしまった。起床してからまだ10分程度しか経過していない。朝食の準備を手伝おうにも、1時間程先のことである。
とりあえず時間を潰せる物はないかと思案し、昨日、甘兎庵に行った帰りに書店で本を購入したのを思い出した。
机の上に置いてある本を手に取る。
ふと、甘兎庵で何も注文せずに帰ってしまったことを思い出し、今度行った時はちゃんと品物を注文しようと決める。
そんなことを考えながら本を開き、ページを吟味していくのだった。
◆◆◆◆
時刻は6時。
部屋から出てキッチンへ向かう。
そっと扉を開くと、髪を束ねたチノちゃんが冷蔵庫の中身を取り出していた。
「おはよう、チノちゃん」
「は、ハクヤさん。おはようございます」
なるべく驚かさないように声をかけると、少し上ずった返事が帰ってくる。
驚かせてしまったことを申し訳なく思いつつ、腕をまくる。
「朝ごはんを作るの、僕も手伝うよ」
ストン、とまな板の上でトマトを切る小気味いい音が響く。
また一方では、動物性脂肪が溶け出す芳醇な匂いが鼻腔を刺激し、食欲をそそる。
「そういえばハクヤさん。お仕事には慣れましたか?……分からない事があれば、何でも聞いてください」
「うん、ありがとう。接客は問題ないと思うし、コーヒーの淹れ方だって教えてくれたからね。
……コーヒーはまだ下手くそだけれど」
チノちゃんの気遣いに本心で返す。
こうした細かい気配りをする姿に、とても感心させられる。
「このままずっと働いてもらえば、いつか……」
「ん。チノちゃん、何か言った?」
「あっ、な、なんでもないです!それより、ココアさんを起こして来ますね」
ぼそりと何かを呟いたように思ったが、ほんのりと頬を染めてそそくさと行ってしまうのだった。
春に描き始めてもう冬なんですけど、小説の中では1週間も経過してないっていう……(震え声)