苗木の告白があった日の夜、77期生の狛枝凪斗は寄宿舎の自室で今日あったあまりにも鮮烈なあの出来事を思い出していた。
「苗木誠君…。彼は僕と同じ『超高校級の幸運』の才能を持ち、さらに僕なんかの考えなんて及ばないほどに大きな運命を背負っている。…果たして彼は本当に『希望』と呼べる存在なのかな?彼はまさに運命の特異点、僕のように周りを不幸してしまうのではなく、近くにいるだけで良きにしろ悪きにしろ誰かの運命を変えてしまうほどの影響力を持っている。『希望』とは、絶望を打ち払う絶対的なものでなくちゃあならない。だからこそ、彼の存在は僕にしてみればひどく不完全だ。…最も、見ている僕のレンズの方が歪なのかもしれないけどね」
と、自虐するかのように独り言を呟いていた狛枝であったが、突如その顔に笑みが浮かぶ。
「けれど…、彼のあの力は凄かったなぁ。スタンド…って言ってたっけ、前に立つことすらおこがましく思えるほどの圧倒的で美しい力。…僕のスタンドと、どっちが強いのかなぁ…」
『ほう、視線から察しがついていたが君もスタンド使いだったとはね』
突然背後から聞こえてきた声に驚いて振り向くと、そこには昼間に現れたあの正体不明のスタンド、『ホワイトスネイク』が見知らぬ男を引き連れて立っていた。
「…確か、『ホワイトスネイク』だっけ?僕なんかになんの用かな?」
『…随分と落ち着いているな。その自虐的な態度は己のスタンド能力への自信の裏返しか?それとも、大声で知らせないのは単にビビっているだけか?』
「僕が怖がりなのは事実だから否定はしないけれど、…少なくとも僕はここで死ぬ気はないよ。僕の死によって希望がより一層強まるのなら喜んで命を差し出すけれど、お前のような希望とも絶望ともしれないような奴に殺されてたまるもんか。…それに、闘った所で僕はそうそう負けはしないけれどね」
『………成程な。やはり貴様と私はどこか似ている。特に目的の為なら自身の命も他人の命も惜しまない所がな』
「冗談、自分の命を惜しまないのはそうだけど僕はもう他人の命を軽く思うようなことはしないよ。…そう彼に教えられたからね」
その言葉と共に身構えた狛枝の背後に、ゆらりと人影が浮かび上がる。
「さて、闘うのならかかってくればいいよ。僕も容赦をするつもりはないからね…!」
『…残念ながら、君が私と闘うことはない』
「何だって…?」
『君は闘わずしてこの男の、ひいては私の忠実な僕となるのだよ』
『ホワイトスネイク』傍に控えていた男がのっそりと前に出る。ローブのような物を被っているため顔が確認できないが、体格からしてかなり鍛えられた男だということが分かった。
とその時、
ウジュルウジュルウジュルッ!!
その男を観察していた狛枝の眼前でローブの下の男の髪の毛が突如激しく動き出した。その様子はまるで神話の怪物である髪の毛が蛇でできているというゴルゴーンのようであった。
「ッ!?な、何者だお前ッ!?」
「……」
珍しく取り乱したような狛枝の質問にも、男は何も答えない。その様子を見ていた『ホワイトスネイク』が、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた後こう呟く。
「…いかに『殺人鬼』の魂を内包していようと、所詮貴様も『運命』の奴隷。私とDIOの大いなる目的の為の駒の一つにすぎないのだよ。…さらばだ、狛枝凪斗」
ジュルジュルジュルッ!!
そして男の髪が一層激しく悶えだす。
「な、なんだかよく分からないけどこいつはヤバいッ!先手必勝、喰らえ『シアーハー…』」
危機感を感じた狛枝が能力を発動させようとするよりも早く
ビシャッ!!
男の髪から『何か』が発射され、それは一直線に狛枝の眉間へと突き刺さった。
「うわあああああああああッ!!!」
静かなる春の日の夜に、狛枝の絶叫が完全防音の部屋に木霊した。
翌日、先日の一件以来どうにも教室内に居場所のない苗木は昼休みに訪ねてきた左右田に連れ出され、本校舎から少し離れた所にある予備学科のとある教室へと来ていた。
「ここですか…」
「おう、ココだココ。…邪魔するぜー。おーい!日向ぁ!ちょっとこっち来いよ!」
教室の戸を開けるなり目的の人物の名を叫んだ左右田の声に反応し、きょとんとした顔になっている普通科の生徒たちの中から一人の人物が歩み寄ってくる。
いきなりの訪問をしてきた親友にため息をつきながらやってきたのは、苗木より頭一つ分背が高い苗木と似たピンと立ったアンテナヘッド以外は至って平凡な顔つきの少年であった。しかし、平凡な様子とは裏腹に腕には何やら変わった模様のバンダナを巻きつけており、春だというのに短いマフラーを首に引っ掛け、腰に装着されたガンベルトには拳銃の代わりにテニスボールほどの『鉄球』を括り付けていた。
「…左右田、デカい声で呼ばなくても聞こえてるんだから普通に呼べばいいじゃないか」
「ハハハ、ワリィワリィ。ちょっと気が急いちまってよ」
「…それはその隣にいる奴の事か?」
「ああ、紹介するぜ!今度78期生の『超高校級の幸運』と『超高校級のギャング』で入ってきた苗木誠って奴だ」
「どうも、苗木です」
「へえ、二つも才能があるのか。…左右田から聞いていると思うけど、普通科二年の日向・Z・創だ。よろしくな」
笑顔で握手に応じる日向は、予備学科と本科の差など感じないほどに爽やかな感じであった。
「…なんだか少し意外ですね。失礼ですけど、ここに来るまで結構視線が痛かったのでこんな風に接してくれるとは思いませんでした」
「ああ…。まあ予備科の皆はどうしても本科の生徒と比べられるから、やっぱり何かしらの劣等感とかを感じてたりするんだよな。正直、俺も少し羨ましいかと聞かれたら素直にNoとは言えないけれど、才能なんて誰がどんな才能を持っているか本人ですら分かんねえもんだ。本科の連中はそれを理解して使いこなしてるだけ。可能性があるのを知ろうともせずしてやっかんでばかりじゃあ情けないから、俺たちはこうして希望ヶ峰学園でいろんな可能性にチャレンジしたりしてんのさ」
そう言う日向の目には、妬みとか嫉妬などの感情は殆ど感じられず、ただ自分の可能性を信じて突き進もうとする強い決意のものが感じられた。
「…それで左右田、ただの後輩を紹介しにわざわざ来たわけじゃあないんだろ?」
「まあな…。以前お前に聞いたお前の実家の話憶えてるだろ?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「…日向さん、僕は実は『ジョースター家』の血を継いでいるんですよ」
「何だって!?君が…?もしかして、承太郎さんの?…それともまさかまたジョセフさん?」
「いえ、それがちょっと複雑なんですが……ッ!」
その瞬間、苗木はふと嫌な気配を感じて思わずその気配の出所、本科の校舎の方を見る。日向の方も何かを感じたようで、苗木と同じように神妙な面持ちでその方向を見ており、左右田が状況を把握できずおたおたしていることとなった。
「…日向さん」
「君も感じたのか、この嫌な感触を…」
「…ど、どしたんだお前ら?」
とその時
…ドガァァァンッ!
本科の校舎からなにやら爆発音のような音が聞こえてくる。その音に思わず身構える三人。とそこに
「…ぉおおーいッ!左右田ぁーッ!日向ぁーッ!あと…思い出した、苗木ぃーッ!」
向こうから何やら大声を上げて猛スピードで接近してくる人物がやってきた。肩に何かを乗っけているその人物はオリンピック選手もかくやという速さで走ってきており、数秒も立たずに苗木達の前に到着し、その正体が明らかになる。
「お、終里!?どうしたんだお前!?」
「それに肩に乗ってるのって田中のハムスターだよな…?なんでそんなに急いでるんだ?」
「…こ、狛枝が…大変で、七海がお前ら連れて来いって…ッ!」
「…狛枝さんが?それに七海さんがどうして…?」
「…ああッ!!いいからお前ら早くついて来ーいッ!!」
「え?ちょ、どわああッ!?」
痺れを切らした終里は息を整える間もなく三人を引っ掴むとそのまま元来た道を猛スピードで引き返していったのであった。
事の発端はその十分前ほどに起こった出来事であった。
「ちょっと狛枝!?あなた今日様子が変よ、どうかしたの?」
「………」
狛枝に詰め寄っているのは『超高校級の写真家』である小泉真昼である。彼女の言うとおり、今日の狛枝の様子はすこし異常であった。普段は控えめに言ってもウザいと感じるほどに粘着質に絡んでくるというのに、今日は朝から殆ど口を利くこともなくどこかうわの空で、授業中も殆ど聞いておらず思案顔でずっと俯いているだけであった。
「…ほっといてくれるかな小泉さん。僕はただ待っているだけなんだから…」
「ハア?…待っているって、誰をよ?」
「誰を…?何を言ってるんだい、決まっているさ。僕が待っているのは何時だって希望だよ。何物にも屈することのない絶対的な希望…。もうすぐそれが実在するのかがはっきりするんだ。…だから、邪魔しないでくれるかな?」
そっけなくも、突き放すように言う狛枝。そこには普段の飄々とした態度は無く、何の感情も籠っていないまるで氷のような冷たさを感じる。
「…どう思う?アレ…」
「なんだか、昔の狛枝君に戻っちゃったみたいだねぇ…」
「でもさあ、昔のアイツでもあんなツンケンしてたっけなあ…?」
「…いや、ありゃあそんな生易しいもんじゃあねーぜ」
「ああ…、あれは紛れもなく殺気だ。何か起こる前に小泉を引き離した方が良い」
「…ねえ小泉おねえ~、そんな奴ほっといてご飯食べに行こうよぉ~!」
「駄目よ!折角日向君のおかげで多少マシになったのに、ここでまた元に戻られたらたまったもんじゃあないわ!」
真面目に答えようとしない狛枝に憤慨した小泉は、狛枝の腕を掴んで引き寄せる。
「狛枝!なにか悩みでもあるのなら話ぐらいなら聞けるからさ、真面目に答えてよ!お願いだからさ…」
狛枝の事を考えて真摯にそう問いかける小泉に、狛枝は凍てつくような視線を向け
「…うるさいなあ。邪魔だよ、小泉さん」
そう言い放つとほぼ同時に
ボンッ!
そんな軽い音とともに、狛枝の腕を掴んでいた小泉の手が手首から消失した。
「…………え?」
喪失感で一瞬頭の中が真っ白になり、そして
「…あ、ああああああああああああああああッ!!??」
手首から噴き出す鮮血と想像を絶する痛みが、小泉を現実へと引き戻し勢いそのままに地獄へと叩き落とした。
「……え?は?え…何?…こ、小泉おねえぇッ!?」
「嫌ぁぁぁぁぁッ!?」
「なななな、なんじゃこりゃあああッ!!?」
混乱するクラスメートと自らの足元で痛みに泣き叫ぶ小泉を見下しながら、狛枝はどこまでも無感情に言い放つ。
「う…ぐぎッ…!ああああ…ッ!!」
「言ったよね、僕…。邪魔しないでくれって。変に僕にちょっかいをだそうとするからこうなるんだよ…」
「…狛枝…ッ!テンメエ…ッ!!」
「ひいいいッ!は、早く手当を…せめて止血しないと…ッ!」
「貴様ぁッ!!小泉に何をしよったあッ!!?」
「何を…と聞かれたら、小泉さんの手を『爆発』させたとしか言いようがないね」
「爆発…?」
「そう、『触れたものを爆発させる』…それが僕のスタンド…」
その時狛枝の周りの空間が揺らぎ、次の瞬間
「『キラークイーン』の能力さ…」
狛枝の背後に現れたのは、筋肉質な体躯を持った薄紫色の存在であった。猫の顔と耳のような突起物のある顔をしており、腰にはボクサーのようなベルト、手には髑髏のグローブをしており、身に着けている物や体には髑髏のマークが刻まれているような姿。それが狛枝凪斗のスタンド、かつて『杜王町』を静かな死の恐怖に陥れた『殺人鬼』のスタンドでもある『キラークイーン』であった。
「…ッ!スタンドだと…!?」
「まさか、お前も苗木と同じ…!?」
「同じ、か。…まあ視えない君たちにとっては彼のスタンドも僕のスタンドも同じにしか見えないだろうね。…けれど、今にハッキリするよ。彼と僕、どちらのスタンドが優れているのか、そして彼が本当に希望と呼ばれるにふさわしい存在なのかということがね…」
狂気じみた笑顔でそう言う狛枝に、誰も何も言い返すことができなかった。
「ほらどうしたの?早く小泉さんを手あてしないと出血多量で死んじゃうよ?それでも希望ヶ峰学園の生徒なの?」
狛枝が示す先には、未だ血を流し痛みで倒れこむ小泉がいる。小泉を助け出したいのは山々なのだが、下手に近づいて小泉と同じ目に遭わされないとも限らない。そうなれば、ますます狛枝を優位にしてしまうだけである。今にも飛び出しそうな西園寺を抑えつつ、どうするべきか悩んでいると
「…終里さん、私が時間を稼ぐから急いで苗木君と日向君を呼んできて。多分左右田君と一緒に予備学科の校舎にいると思うから…」
小声でそう言ったのは『超高校級のゲーマー』七海千秋であった。意外な人物からの進言に、皆は戸惑いを隠せない。
「時間を稼ぐったって…、相手はオレたちには見えねえんだぞ。俺や弐大のおっさんならともかくお前がなんとかできんのかよ?」
「…大丈夫。私なら…ううん、きっと私にしかできないと思うから。この中なら終里さんが一番足が速いし、なんとか頑張ってみるから早く連れてきて。お願い…」
普段のぽやんとした様子とは異なる真剣な眼差しに、皆が思わず息を吞む。
「…分かった。超特急で連れてきてやっから、ちょっとだけ待っててくれよ!」
「うん…」
「…ならば終里よ。この田中眼蛇夢の破壊神暗黒四天王を連れて行け。未だに校内の道順を覚えられん貴様だけよりは早く目的地まで誘導してくれるであろう」
「大きなお世話だッ!…けど非常事態だからしょうがねえ、よろしく頼むぜ」
田中からハムスターを受け取り、終里が教室を出ようとすると狛枝が声をかけてくる。
「…彼を連れてくるのかい?だったらホントに急いだ方がいいよ。早くしないと、小泉さんが死んじゃうからね」
「……ハァ……ハァ…」
既に息も絶え絶えな小泉の様子に、皆が歯噛みしていると千秋が一歩前に出て言い放つ。
「…狛枝君、まだ気づかないの?」
「…何がだい?七海さん…」
「小泉さんはもうとっくに助かっているということに…!」
「何…?…ッ!?」
ふと小泉に目を落とした狛枝はそこで初めて気が付いた。小泉の腰回りに絡みついている、緑色の光る紐のような物を。そしてそれが七海千秋の影に繋がっていることを。
「しまっ…!」
「今だよ!
『承知!』
七海の影から聞こえてきた声とともに、紐が引っ張られ小泉の体が宙に浮き上がって引き寄せられる。七海の傍まで引き寄せられゆっくりと降下してくる小泉の体を弐大が受け止める。
「早く罪木さんに…。思ったよりも呼吸が弱くなってる…!」
「わ、分かった!」
「終里さんも早く行って…、私じゃあ倒せるかどうか分からないから…!」
「お、おう!!」
状況は理解できずとも今やるべきことは分かっていたため、弐大は言われたとおり小泉を罪木の元へ連れて行き終里は普通科に向けて走り出した。それを見届けると、七海は呆けたような表情の狛枝に向き直る。
「…驚いたよ、君もスタンド使いだったとはね」
「苗木君の事があったから、近々話そうと思っていたんだけれど…想定外の紹介になっちゃったね」
『仕方ありませんよ、千秋。こうなっては彼を止められるのは我々だけです。苗木君や日向君の到着まで、なんとしても持ちこたえねばなりません…!』
声と共に七海の影からスタンドがその全貌を現す。エメラルドグリーンの輝く体色に筋の入ったボディ。人型であるが腰から下は先ほどのような紐状になっており、七海を守るようにして周囲に円を描いて漂っている。
「…クフフ、面白いよ。君があの二人にそれだけに希望を抱くというのなら、試してあげるよ…。僕と、僕の『キラークイーン』がね…!」
不敵な笑みを浮かべる狛枝とファイティングポーズをとる『キラークイーン』。その二つを双眸に収め、七海を意を決して己のスタンドを構える。
「…そのつもりだよ、行くよ―『法王の緑(ハイエロファント・グリーン)』ッ!!」
『行くぞ!』
狛枝と七海がどうしてこうなったのかは後々明らかになります