…本当にお待たせいたしました。新天地での仕事に四苦八苦しながら最後の更新からもうすぐ1年…流石にヤバいと思ってなんとか仕上げることが出来ました。
あれからとんでもないことが続きました…。元号変わって心機一転頑張るぞ…と思ってたら今年に入ってコロナウイルスで阿鼻叫喚…。著名人にも犠牲者が出る中で、コロナが原因ではありませんが藤原さんの訃報を聞いたときには石塚さんの時並の衝撃を受けました。黄桜さんの声は元より初代ひろしやサーシェス、ダウニーjrの吹き替えまで最前線で活躍されていた声優さんを失ったことはアニメファンとして悲しいものでした…。
…余り暗い話題ばかりもアレですので切り替えましょう。先日ダンロン10周年を記念して小高さんから新シリーズを臭わせるコメントがあったそうなので、今年は新作アニメやゲームで忙しいでしょうが来年辺りに何か動きがあることが期待できそうですね!
ジョジョの方はジョジョ展が中止になったのは残念でしたが、8部の方はいよいよクライマックスといった雰囲気になってきました。これまで一体誰が黒幕で誰が正しいのか全く分かりませんでしたが、とうとう核心が見えてきそうです。期待しましょう。
では僕の方も頑張ってみましたので…どうぞ。
希望ヶ峰学園は現在、混乱の渦中にあった。進級試験で成果を発揮できない生徒がいたことや校舎が壊れたことが問題ではない。歴史が浅いとはいえ今年で77期目となった希望ヶ峰学園の歴史においてそのようなことは珍しくは無いし、個性溢れる『超高校級』の生徒たちにとっては学園ですら狭すぎるらしくしばしば校舎が壊されることもあった。故にそんなことになったとしても『超高校級の才能が故』…と言うことで黙って流すのが暗黙の了解でもあった。
しかし、今回は少し違う。今度の試験において学園は『学園側の要望』で試験官に著名人を集め、それを最悪の形でドロを塗ることになってしまった。いくら他の生徒が良い結果を出そうと、その一点が有る限り学園の看板に傷が付く恐れは拭いきれない。学園上層部はなんとか事態を治めようと四苦八苦しており…そのお陰か、日向が本科校舎において独自に捜査をしていてもそれを咎める者は居なかった。…そんなことをいちいち咎めている暇などないというのが本音だろうが。
「う~む…今回の事件がどういう経緯でああなったのか、分かりかけてきたが…どうにも決定的なモンが見つからねえなぁ」
日向は事件の発端となった安藤が忌村から薬をせしめたという『薬品室』を徹底的に調べたが、自分が睨んだ『田中の犬が巨大化したことと関連させる証拠』は未だに見つからずに居た。
「ただまあ気になるのが…この『薬品棚』だ。今回の件で関わっているのは、この棚にあった『身体能力向上薬』と『下剤』だ。その内下剤の方は安藤先輩が持っていた、そして身体能力向上薬の方をあの犬が飲んだとして…どこかにその薬が入っていた『瓶』が有るはず。けど、ここ最近のゴミの中にはそんなもんなかったし、あの犬が居た周辺にも落ちてなかった。となれば…『誰か』が持ち去ったとみるべきだ。問題はそれが誰かなんだが…」
と、考えを巡らせながら薬品室をうろうろと歩き回っていると
パギッ…
足元に、何か『固いもの』を踏み砕いたような音と感触を憶える。
「…っと、なんだ?」
思わず靴の裏を見ると、そこには小さな『ガラスの破片』が靴の裏の溝に挟まっていた。
「なんだ、ガラスでも踏んだか……ガラス、だと?」
よくあることかと思い流しかけ…思いとどまる。ガラスを踏んだことは問題では無い。問題なのは、『何故この部屋に割れたガラス片が落ちていたのか』ということだ。
「ガラスが落ちてたことは分かる。この部屋にはガラス製品が山ほど有るからな、たまたまそれが落ちてたって不思議じゃあねー。…けど、問題はこれが『なんのガラス片』なのかってことだ!見たところ他にガラスの破片は無い。つまり今俺が踏んだのは『始末しそびれたもの』ってことだ。そしてこれは確認してみなくちゃ分からねーが、もし忌村先輩がここ最近瓶やガラスを割ってないってんなら、他に『こいつを割った奴』が居るはず!そして、そんな奴がいるとするなら、この部屋の薬を全部把握している忌村先輩でも無い限り『狙って割る』なんてことは不可能!つまり、奴は『他の瓶』にも触っているはずなんだ…!」
日向は目の前の棚にずらっと陳列された数多の薬瓶たちを睥睨し、腹を括る。
「…やってやろうじゃねえか。俺はやるぜ、一度やると決めたからには『徹底的』にな…!」
…その日の夕方、生徒達は騒動が原因で試験を途中で切り上げざるを得なくなったためそれぞれの教室にて担任からの伝達を待っていた。
「ったく…何がどうなってんだ畜生」
「体育館の方で騒ぎがあったというのは聞いたが、何が起こったのかまでは教えてくれなかったからな」
「もー、折角メンドーな試験が終わると思ったのにぃ~…」
77期第一クラスも例外では無く、試験を途中で中止させられた西園寺を筆頭に不満を愚痴りながら緊急職員会議に出ている雪染が戻ってくるのを待っていた。
「……」
そんな中で、狛枝は独り窓の外をぼんやりと眺めて黙り込んでいた。現状事件の『真相』を唯一知る彼にとって、今回の件がどう転んだとしてももはや知ったことでは無いと、そう思っていた。あの時起きた不思議な現象により自分に繋がるかも知れない『証拠』が無くなった今、自分が事件に関わっていたという証明など出来はしないだろうと…そう決め込んでいた。
「…狛枝、アンタ妙に静かだけどどうしたの?」
「ん…別に、なんでもないさ」
「ふ~ん…あっそ」
「にしても先生遅いのう…。会議とやらがまだ長引いとるんじゃろうか?」
「ホントだぜ、俺腹減ってるってのによぉ…」
「俺も早くコンプAの様子を見に行かねばならんというのに…下界のルールはなんとまどろっこしいのだッ!」
「まあまあ、そろそろ先生も戻ってくるだろうし静かに…」
ガラッ!
と、その時教室の扉が勢いよく開かれた。
「あ、ほらちょうど戻って……へ?」
「日向…君?」
しかし、教室に入ってきたのは雪染ではなく、いつになく神妙な面持ちをした日向であった。
「日向?どうしたのだ急に?」
「ひ、日向さぁん…?顔が怖いですよぉ…」
「……」
怪訝そうなクラスの面々に構うこと無く、日向はずんずんと教室に入ってくると狛枝の席の前で止まる。
「…どうしたの、日向君?僕に何か用?」
「…まあな。ちょっと面貸せよ、話がある…」
「…了解」
「日向君…!」
「心配すんな七海、…お前らに迷惑はかけねえからよ」
呆気にとられたままの皆を教室に残し、日向は狛枝を連れて教室を出て行った。
日向と狛枝がやって来たのは学園の屋上であった。
「それで…僕に何の話があるのかな?日向君」
2人以外に誰も居ない屋上にて、背を向けたままの日向にいつも通りの飄々とした態度で要件を問う狛枝。日向はその問いにしばし沈黙した後、やがて重々しく口を開く。
「…狛枝、お前昼間どこに行っていた?教室には朝から顔を出さなかったと聞いているが…」
「ああ…そんなことかい?今日は僕も昼から試験があったからね、その準備…と言っても、心の準備をしていたのさ。尤も、肝心の試験は延期になっちゃったけどね」
「…そうか。ならその『心の準備』とやらを『体育館』でしてたってことか?自分がやった『仕込み』の結果を見届けるついでによ…!」
「…何のことだい?」
「人気の無い所から観てたみてーだから誰も見てないと思ってたようだがよ、ちっとばかし楽観が過ぎたようだな。…あん時安藤先輩の試験を中継してた『カメラ』の撮った映像の端に、お前の姿が映ってたんだよ!証拠品のテープ全部見直して解析するのに随分苦労したぞオイ…!」
日向が懐から取り出した一枚の写真。そこには巨大パピヨンの襲撃により混乱する体育館が写されており、その2階ギャラリーの端には確かに狛枝の姿が写っていた。
「……へぇ、よく気づいたね。まさか撮られてたとは思わなかったよ…それで、それがなんだって言うんだい?まさかとは思うけど、あの騒動の犯人が僕だって言うのかい?そんな程度の証拠で僕を犯人呼ばわりするなんて…少し、いやかなりガッカリだよ…」
「…だろうな。お前ならこの程度で認める筈がねえし、俺もこんな写真一つでお前の関与を証明できるだなんて思っちゃいねえ。だからよ…『状況証拠』だけじゃなく『物的証拠』もきちんと揃えてきてやったぜ…!」
そう言って日向は今度は何かの『証明書』のような紙を狛枝に突きつけた。
「今回の事件が忌村さんの作った『薬』が『間違って渡されてた』ことが原因だって聞いたからよぉ、俺はなんでそうなったか気になって薬品室にあった薬瓶を『全部』徹底的に調べ直したんだよ。…そしたらよぉ、どういうわけかいくつかの瓶が『本来とは違う場所』に仕舞われていてよぉ、その瓶から『お前の指紋』が検出されたんだよ!お前が今回の事件に無関係だってんなら、これは一体どういうことなのか説明して貰えるんだろうなぁ!?」
「ッ!」
日向の突きつけた『指紋証明書』に狛枝は目を見開く。確かに薬品室に忍び込んだあの時は、思いつきで行動したために手袋などをしておらず指紋を拭き取る程の余裕も無かった。とはいえ、所詮は子供のしでかしたことなのでそこまで念入りな捜査にまでは発展しなかったため、さしたる問題では無いと思っていた。…まさか『個人』で指紋の調査までするような奴がいるなど、思ってもいなかったのだ。
「…驚いたな。そこまでやるかい普通?というか、どうやって調べたんだいそんなことを」
「ちょうどSPW財団が様子を見に来てたんでな、内緒で協力して貰ったんだよ。…俺は財団から学園の秩序と安寧のために在学することを許されている身だ。その名聞がある以上、どんなことであっても調べなくちゃあならない。…例え知り合いを疑うことになったとしてもな」
「……」
「答えろ狛枝。お前は一体いつ、何のために木村先輩の断りも無しに薬品室に入った?お前が今回の件に関わっていないって言うのなら、ちゃんとした『理由』がある筈だよな?体育館に居た理由も含めて、纏めて答えてもらおうじゃあねえか!」
「……参ったな。まさか君にここまで突き止められるだなんて、流石は天下のSPW財団のお墨付きなだけはある…ってところかな?」
しばしの沈黙の後、そう答えた狛枝はとても犯罪を暴かれたとは思えないほどに朗らかな調子であった。
「…随分あっさり認めるんだな。あんなド派手なことやらかしたんだ、お前からすればバレたくなかったんじゃあねえのかよ?」
「アハハ…それはちょっと買いかぶり過ぎだよ。薬をすり替えたに関しては確かに僕の『確信犯』だけど、あの薬が下剤だったことや田中君の犬の件に関しては本当にただの『偶然』だったんだ。狙ってあの薬を落としたわけじゃないし、あの犬があそこに隠れていることなんて知らなかったんだ。…でも、その『偶然』も僕の『幸運』によるものだとしたら…全部含めて僕が真犯人だっていうのも間違いじゃあないかもしれないけどね」
「…どういうつもりだ狛枝?想定外の不幸が重なりまくったとはいえ、自分が何をやったのかぐらい自覚はあるだろ?なのに、その『態度』は一体どういう心算なんだよ…!」
「いやあ、確かに木村さんと十六夜さんには悪いことしたと思っているよ。木村さんからすれば安藤さんだけじゃなく僕にも利用されただけだったし、十六夜さんに至っては完全に巻き込まれただけだからね。そのことに罪悪感が無いわけじゃあないんだ。…けれどね、それでも…安藤さんに関してはどうしても許し難かったんだよ。だから申し訳ないけど、安藤さんに近しいあの2人には巻き込まれて貰うしか無かったんだ」
罪の意識がない訳ではない…しかし、自分のしたことをまるで誇らしげに語る狛枝に、日向は困惑しながらも今までの付き合いからその態度にある『推測』を抱きながら、更に狛枝に問う。
「それは…木村さんの薬使ってインチキで試験を合格しようとしてたことかよ?確かに褒められたことじゃあねえが…こういう言いかたするのも何だけど、安藤さんならそんな小細工しなくたって試験ぐらい余裕で合格できていたと思うぜ。今回は…まあ、安藤さんの『悪い癖』というか、ちょっとばかり見栄を張ろうとしてヤンチャしようとしたみてーだし、実力自体は確かなんだからあそこまで貶める必要は無かっただろうに…」
「……はぁ?日向君…それ『本気』で言ってるの?」
「は?あ…ああ。一応人様に迷惑かけようとした訳じゃねえんだから、キチンと謝って改めて真面目に再試験させればよかったんじゃねえかとは…」
「……ハァ」
再びのため息。しかし二度目の『それ』は一度目の驚きを含んだ物では無く、その瞳と同じ…明確な『失望』を含んだ物であった。
「やっぱり…所詮君は『予備学科』ってことなんだね。君には僕の行為が、単に安藤さんの卑怯なことに対する『義憤』に駆られたものにでも見えていたみたいだね。だとしたら、それは君の思い違いで…同時に僕に、いや『希望』対する酷い『侮辱』だよ」
「…何が言いたい?」
「僕はね、安藤さんの行為自体は確かに許せないけど…安藤さんの『才能』には寧ろ『敬意』を払っているくらいなんだ。彼女の作るお菓子は、一口食べれば誰しもを魅了する。それ自体は素晴らしい才能だ!…だからこそ、その才能に彼女自身の詰まらない『感情』でケチがつくようなことはあってはならないんだ。才能は、希望は絶対的で、そして『純粋』なものでなくちゃいけないんだ。安藤さんの才能が、彼女自身の意思で穢されるようなことが、僕には我慢できなかったんだよ…ッ!」
「…ッ」
「この希望ヶ峰学園は最高の環境さ。たくさんの『超高校級の才能』が切磋琢磨し合い、お互いをより高め合っていく。きっとその先には、ある筈なんだよ。誰もが求め、誰もが羨み、誰もが平伏す『絶対的希望』が…!僕はそれが見たい、それに至るまでの手伝いがしたいんだ。皆がそれぞれの才能をより輝かせることが出来れば、それだけ希望はより強くなる!その為にはより困難な『試練』を乗り越えて貰いたいんだよ!」
「…ソニアや学園の広報に著名人の招致を根回ししたのはその為か?試験の様子を大衆の目に晒して、皆の世間からの注目をより高めるために…!」
「才能は『評価する側』が居ないと成立しないでしょ?それがより『発言力のある人』であるなら、大衆はその言葉を信じて皆を評価する。より多くの人たちに彼らの才能を知ってもらうには、それが一番手っ取り早いのさ。…だから、そこで『自分の才能に見合わない人間』が露見すれば、世間はこぞって批判する。希望ヶ峰学園の試験っていうのは、そういうものじゃないと駄目なんだよ。素晴らしい才能には『名誉』を、才能をドブに捨てるような愚か者には『罰』を与えるようにね…」
…プッツン
狛枝の狂気を孕んだ持論を聞く中で、日向は自分の頭の中で『何か』が切れる明確な音を感じた。
「…それが、それが手前の『本音』だっていうのか、狛枝ァッ!才能が全てだ?絶対的な希望だぁ?ふざけんなッ!!才能ってのは『使う人間』があってこそだろうが!確かにどんな優れた才能だろうが、それを持ってる人間が屑なら宝の持ち腐れだ。…だからこそ、その才能を『正しく使える人間になる』ための希望ヶ峰学園だろうがッ!!ここは才能を潰し合う為でも才能を選別するところでも無え、才能を持ってるやつを『育てる』ための学園なんだよ!!人格に難があるからと言ってそれを排斥していい理由なんざねえし、そもそもお前にそれをする権利も義務もある筈がねえんだよッ!!」
「…それは違うよ、日向君。ダメな奴は何を頑張ったってダメなんだよ。どんな素晴らしい才能の持ち主でも、生まれ持った『性』だけはどうやったって変わりっこないんだ。そんな奴を根気強く育てたって時間の無駄、むしろ感をかけるほどに他のみんなに悪い影響を及ぼす可能性だってあるんだ。だったら、早いうちに『剪定』しておくことこそ正しい『教育』なんじゃないかな?でも、それを先生たちに押し付けるのは申し訳ないから僕が代わりにやってあげたんだよ。そうすればほら…『誰にも迷惑をかけない』でしょ?」
そこが、日向の『限界』だった。
「…ッ!!狛枝ァァァァァッッ!!!」
バキィッ!!
ガッシャァァァンッ…!
咆哮と共に振りぬかれた日向の『拳』は狛枝の顔面を強かに打ち据え、狛枝はマネキンのように後ろの柵に叩きつけられた。
「うぐっッ……酷いなぁ、気に入らなかったら暴力かい?やっぱり才能が無いやつはやることが同じだね…」
「ヌけたことほざいてんじゃあねぇッ!誰にも迷惑をかけてねえだ?お前の目は節穴か!?お前が傷つけたのは、木村さんや安藤さんたちだけじゃあねえ!あの3人の成長を『心から望んでいた人たち』と、来年からこの学園にやってくる『新しい生徒たち』、そして何より雪染先生や学園長、それにアイツら『今この学園に居るみんな』の『心』全てに消えない傷を創ったんだッ!お前の言うように才能が『希望』だって言うんなら、その希望を『信じている』人たちがいるのは当然のことだろうがッ!全ての希望は『繋がっている』んだ、一つ悪くなったからって間引いていいものじゃねえんだよ!安藤さんも、お前もだ!!お前がやったことは、みんなの信じる『未来への希望』を壊そうとしたってことなんだよ!散々希望希望抜かしておいて、そんなことにも気づいてねえのかお前はよぉッ!!」
「…!?」
日向の言葉を、狛枝は最初理解出来なかった。日向は間違いなく『自分に怒っていた』、だが彼の言葉は狛枝の思想を否定している訳では無く、寧ろ今回の事態で狛枝が『気にもとめなかったこと』を指摘している様にも聞こえた。言い換えればそれは狛枝に気づかぬ過ちを犯してしまっていることを言っているようで…だからこそ、狛枝は日向が『誰のために怒っているのか』が分からなかった。
「君は…何故そんなに、何故そこまで怒っているんだい?君には何の関係もないことじゃあないか、なのに…」
「お前ッ…!」
「…そこまでだ、日向君」
再び激昂しかけた日向を制したのは、逆蔵と天願、雪染を伴ってやって来た黄桜の声であった。
「狛枝君、日向君!」
「先生…なんでここに?」
「教室の皆から日向君に呼びつけられたって聞いて、もしやと思ってな……悪いが、話は全部聞かせて貰ったぜ。君には詳しく話を聞かせて貰うぜ、狛枝君…」
自分を心配する雪染とため息を吐く黄桜に狛枝が呆然としていると、食ってかかっていた日向を逆蔵が強引に引き剥がした。
「痛でででっ!?ちょ…もうちっと穏便に出来ないんスかアンタ?」
「黙れ…!テメエ、とうとうやりやがったな。何が『人を守る拳』だ、笑わせるぜ…!『予備学科』の生徒が、よりによって『本科』の生徒に手を上げやがったんだ。テメエが相談役や学園長のお気に入りだろうが、只で済むと思うんじゃあねえぞ…ッ!」
「やれやれ、おっかないねぇ。……ああ、分かっているさ。『承知の上』でやってんだから、そうじゃねえとこっちも『困る』んでな…」
「…なんだと?どういう意味だ…!?」
「…まあ、そう逸るな逆蔵君。彼を含め、今回の件における処分は我々が追って下す。今日の所は、日向君にはお引き取り願うだけに済ませておきなさい。…くれぐれも、丁重に頼むぞ?儂にとっては数少ない年の離れた『友人』じゃからな」
「…ッ、かしこまりました…」
心底不承不承といった態度でそう答え、逆蔵は日向を捻り上げたまま連行する。そして天願とすれ違う刹那、日向と天願の視線が合う。
(…後は任せておきなさい。君の『計画通り』になるよう、こちらも手を回しておこう)
(うす…よろしく頼みます)
『同門同士』にしかわからない一瞬のやり取りに誰も気づくことなく、日向と逆蔵が屋上を去る。それに続いて天願、そして雪染に狛枝のことを任せた黄桜が聴取の準備のためにその場を辞す。あとに残されたのは…
「……」
「狛枝君…」
未だに放心した様に呆けたままの狛枝に、雪染が恐る恐る声をかける。
「狛枝君、その…大丈夫?とりあえず、お話を聞く前に殴られたところの手当てをしましょう?手加減はしてくれてるだろうけど、あの日向君のパンチだから…」
「………先生」
「ほら、行きましょう。立てる?それともどこかまだ痛かったり…」
「先生…分からない。僕には分からないんだ…なぜ日向君があそこまで怒っていたのか、日向君が『何に』怒っていたのか…それが分からないんですよ」
「……!」
「自慢じゃないですけど、僕は今までたくさんの人に殴られたことがあるんです。僕の言動って、ほかの人にとってはかなりムカつく言い方らしいので…。でも…日向君に殴られた時は、今までとは全然『違っていた』んです。『怒り』は勿論感じました、けれど日向君からはほかの人たちみたいな『嫉妬』だとか『苛立ち』の感情を感じなかった。僕のやったことへの『正義感』とかでもない…『僕の知らない怒り』だったんです。その理由がなんなのか…分からなかったんだ。先生は、それが分かりますか…?」
縋る様な、酷く弱弱しい目で雪染に問いかける狛枝。今まで何をされても飄々としていた狛枝の見たこともない態度に、雪染は思わず息をのむ。
(…由々しき、事態ね。少なくとも、狛枝君にとっては…)
入学してから今日までの付き合いで、雪染は『狛枝凪斗』という少年の人となりをある程度は理解出来たという自負があった。彼の人生はまさに天国から地獄へのジェットコースターの連続の如きもの。とんでもない『不幸』に見舞われた直後に信じられない『幸運』が待っているという『因果』を持っており、それ故に『超高校級の幸運』として希望ヶ峰学園に選ばれた。
そんな彼だからこそ、彼は自分の『幸運の才能』を『希望』と捉え、同じように素晴らしい才能を持つ皆を尊敬し、共に高め合おうとしているのだと…そう思っていた。
…だが、扉越しに狛枝と日向の会話を聞いている中で、雪染は己の抱く『狛枝凪斗の人物像』に酷い『違和感』を憶えた。彼の言動は、とても友達や先輩に向けるような物では無く、どこか余所余所しいもので…まるで皆のことを『才能』で判別しているようであった。それはつまり狛枝は皆の『個人としての在り方』に何の興味も抱いていないようで…そこまで考えて、雪染は背筋の凍るような『恐怖』に青ざめた。
もしかしたら自分は、狛枝の『最も重大なこと』を見落としていた…否、『見ようとしなかった』のではないのかと。それはきっと、狛枝にとっては至極『当然のこと』であり、それ以外の人にとってはとんでもなく『異常』なことで合ったが故に。
だからこそ、狛枝は自分を殴った日向の『怒り』に戸惑っているのだとも理解出来た。これまで自分のように恐れたり気味悪がられてばかりでまともに取り合われることなどなかったのに、真っ向から向き合った挙句その歪みを『正そうとする』人が現れたのだ。どんなに価値観が違っていようが、『初めて見る存在』を前に戸惑わない人間などいない。
「…狛枝君、多分だけど私は…君が理解出来ないことの『理由』を知っているわ」
「…!先生、それって…」
「でも…これは私の口からは言えない、…ううん、『言ってはいけない』ことよ。私は、貴方が今考えていることから『目を背けてしまった』。理解出来ないから、理解してしまうのが怖いから…貴方を自分の枠組みの中で分かったつもりにしてしまった。…教師失格ね、自分の生徒一人とまともに向き合えなかった上に、そのツケを殆ど無関係の日向君に押しつける結果になってしまって…情けないわ」
「先生…?」
「…狛枝君。貴方の望む答えは、彼から…日向君から『直接』聞きなさい。それが貴方にとっての『最善』で、貴方と真正面から向き合おうとした日向君への『礼儀』よ。私は教師失格かもしれないけれど…せめて『年上』として、それくらいのアドバイスはさせてね」
「……分かり、ました」
雪染の真剣な目にこれ以上問うのは無駄だと悟ったのか、狛枝は力なくそう返事して立ち上がり、ふらふらと出口へと歩いて行った。その背中を目に、雪染は心の中でため息を吐く。
(…私の才能、『超高校級の家政婦』。その本当の意味は、『決定的な場面に出くわしてしまう』こと。それが良いものなのか良くない物なのかは分からない。けれど…今度ばかりは、狛枝君にとっての『幸運』であって欲しいわ…)
己の才能がもたらした奇妙な出来事の行く末を案じ、雪染は狛枝を手当てすべく彼を追って屋上を去って行ったのだった。
狛枝の人物像に関しては若干個人的な考えが入っているので、皆さんイメージや公式とは少し違うかもですが、今作ではこういう感じで行きます。
ではまた次回。次は…出来るだけ早く頑張るわ!