「今日は珍しいじゃあないか…君の方から誘うだなんてね」
「まあ、偶には…ですね」
夜の10時、消灯時間を迎え人気のなくなった校内のある一室、『学園長専用プライベートルーム』にて、苗木は学園長とグラスを傾けていた。
苗木と学園長はSPW財団からの情報のやり取りや研究の名目でスタンドに関する話をする際、こうして誰にも見られないよう密かに『密会』…という名の『酒盛り』をしていた。…余談ではあるが、学園長の方が先に潰れる為後始末は大抵苗木の仕事である。
「…ところで、ちょっと『頼み』があるんですけどいいですか?」
「ん…?何かね?」
「桑田君の中学時代のチームの『監督』のことなんですが…」
それから数日後のある休日、桑田は一人寄宿舎の休憩室にあるテレビを流し見ながら駄弁っていた。あの翌日、とりあえず舞園に謝りに行こうとしたが、運の悪いことにロケの為に校外に出て行ってしまった為結局会えず、そのまま休日に入ってしまい特にすることも無かったためこうしているのであった。
「あー…暇で仕方ねえ。しかも舞園ちゃんとちゃんと話したならともかく、顔も合わせねえまま休みにはいっちまったのが最悪だ。どーにも落ち着かねーっつーか…例えるなら金曜の放課後に学校の備品壊して、先公も帰っちまってそのまま土日入っちまったみてーな…」
誰に言うでもなく独り言を零しながらチャンネルを変えていると、とある画面で指が止まる。
『ワーワー!』
『かっとばせー!』
「…春の全中大会か、そういやこの時期だったけな」
偶々映ったのは、桑田にとって見慣れた『野球』の中継チャンネルであった。
『…ご覧の○○球場より生中継している都立Y中学とM県立ぶどうヶ丘中学の試合…』
「…よく見りゃウチの中学じゃねえか。ってことは監督はあの『石頭』か…。ぶどうヶ丘中学何ざ聞いたことねえが、ま、アイツもいるし多分…」
『…現在3回終わって2-5、ぶどうヶ丘中学がリードしています』
「…ッハア!?負けてんじゃあねえか!何やってんだあのクソ監督…」
『Y中学は先発の『稲尾』が初回から乱調…狙いが定まらず四球を多く出してしまい甘く入った球を打ちこまれ…』
「稲尾…!?あの稲尾が打たれてんのか?しかも乱調だと…」
稲尾とは、中学時代の桑田に一番懐いていた後輩で、桑田の『舎弟』と言っても過言ではないような人物であった。才能は勿論であったがなにより『努力』することに熱心で、桑田には遠く及ばずとも同学年ではトップの実力が有り、彼が居る限り自分の卒業後も楽勝であろうと桑田も高をくくっていた。…しかし、実際は彼が打たれ負けているという現状であった。
「…やっぱ、アイツも『そう』なのかよ…。いくら『努力』したところで、『変わらねえモノ』は『変わらねえ』のかよ…」
半ば諦めがちにテレビの電源を消そうとした時…
「…いいのかい?そのまま放っておいて」
「!?」
ハッとして声の方を見ると、休憩室の入り口に苗木が立っていた。
「この負けてるチーム、桑田君の出身校なんでしょ?応援しないのかい?」
「…余計なお世話だ、黙ってろよ…」
苦虫を噛み潰したように顔を背ける桑田に構わず、苗木は桑田の隣に座る。
「…何だよ?行けっつーのかよ」
「別に。行かないならそれでいいさ。決めるのは『君自身』だからね」
「ケッ、そうかよ…」
「…でもさ、ちょこっとだけ僕の『独り言』に付き合ってもらってもいいかな?」
「ああ?…好きにしろや」
「じゃあ遠慮なく……実はさ、僕こないだこのY中学ってとこにお邪魔してきたんだ」
「ッ!?テメエ何勝手に…」
「桑田君?僕は『独り言』を言っているんだよ?質問されても答えられないさ」
「なっ…!?……チッ」
「じゃあ続けるよ。…その時にさ、僕今投げてた稲尾選手とそこの監督さんに会ったんだ。…あ、話すきっかけに桑田君の名前をちょっとだけ借りちゃったんだけど、ごめんね」
「知るかよ…」
「悪いね。…それでさ、あの稲尾選手、話しているうちに感じたんだけど、桑田君のことをすっごく『尊敬』していたんだ」
「ハァ?俺を…『尊敬』?冗談だろ…確かにアイツとはよく遊んだけど、ロクすっぽ練習もしてねえ俺の事をあんな『根性のカタマリ』みたいな奴が『尊敬』なんざするわけねえだろ…」
「うん、まあ確かに君の事は『先輩』としてはあまり良くは思ってなかったらしいよ。でも、『野球選手』としての君の事は悪く思ってはいなかったんだって」
「…なんでだよ?」
「うん。彼はこう言ってたよ…」
『そりゃあ…確かに桑田さんのことは『先輩』としては正直嫌いでした。練習サボるし、女癖悪いし、気分屋の癖にレギュラーやってて、俺達が陰で『努力』してんのが馬鹿にされてるみたいな気になりました。でも…一人の『野球選手』としてのあの人は、めっちゃ『カッコよかった』…。前人未到の160㎞越えのストレートに、どんな球でも軽々スタンドに叩きこむバッティング、守備も、走塁も、あの人の右に出る奴は誰一人としていなかった。最初はなんであんな奴がとも思ったんですけど、桑田さんのプレーを見ているうちに、あんな凄い人に嫉妬してる自分が、諦めを通り越してなんだか小っちゃく思えてきて…。でも、アンタも知ってるでしょうけど、野球は『9人』でやるスポーツっス。いくらあの人が天才でも、1人で9人に勝つのなんて流石に無理な話っス。で、そのとき俺決めたんス。あの人が『最高の野球選手』として認められるためにも、俺達があの人の『お膳立て』をしようって…』
「それで彼、渋るチームメイトたちを説得して回ったそうだよ。幸い皆も野球が好きだったから桑田君が凄いって思う気持ちは同じだったから、なんとか桑田君のことを認めさせることができたんだって」
「…アイツ、そんなことを…」
「…あ、あと監督さんにも会って話をしたんだけどね…」
『…正直、俺が桑田に教えられることは殆ど無かった。精々口の利き方と道具の整備の仕方ぐらいだ。だが、アイツはそれ以前に『才能』と『身体』のバランスが取れていなかった。奴の有り余る才能に、基礎を怠っていた体が追いついていなかったんだ。高校レベルならさしたる問題にはならなかっただろう。だが、いずれプロの道へと進んだ時、年間140試合近くをプレーし続ける環境に、アイツの身体が持つかと問われれば不安だった。奴の将来の為にも、ここで奴を放っておく訳にはいかない。俺ァこれでも一応監督だ、憎まれ役買って出てでもやらなきゃなんねえ時だってある。桑田にいちゃもんつけてしばらく走らせてたのはそーいうことさ』
「…監督さんも、君には期待していたんだ。期待していたからこそ、よりよい選手になって欲しいから、君にあんなことを言ったんだと僕は思うよ」
「………」
「僕の独り言はそれだけさ。…あとは君が決めることだよ」
苗木の話が終わっても、桑田は口を閉ざしたままであった。…が、やがておもむろに口を開くと吐き出すように心の内をさらけ出す。
「…んなもん…んなもん、聞いたところで、どうしろっつーんだよッ!!」
「…」
「テメエらが俺に期待すんのなんざ勝手にしろよ!それと俺が野球をするのかなんざ関係無ぇじゃねーかッ!勝手に俺のやること決めてんじゃあねーよッ!!『好きでもないこと』をなんで俺が…」
「…本当にそうかい?」
「な、なんだよ…?」
「この間も言ったけど、僕が今でも君が『野球が好き』だって『確信』しているよ」
「なっ…!?」
「僕だけじゃない、稲尾君も、監督さんだって君がまた野球に戻ってくるって信じていたよ」
「…ん、んなことなんで言い切れんだよ!」
「二人とも言っていたよ…」
『…引退した後、桑田さん部活にも顔見せなくなりましたし、ナンパや女の子にお願いされたとかでミュージシャン目指すとか言って野球からすっかり離れちゃったんス。でも、不思議なんスよ。今でこそ見る影もないっすけど、俺…絶対あの人は野球を辞めないって『確信』してるんス。だって…』
『今は馬鹿やってるが、俺はそれを咎めるつもりはない。俺の指導から離れた以上俺が奴にどうこう言う義理も理由もねえし、俺には桑田がまた絶対に野球に戻ってくるという『確信』がある。何故なら…』
『『桑田(さん)が『本気』で笑っていたのは、野球をやっている時だけだったからだ(ッス)』』
「本気…!」
「その言葉に関しては、僕も同意見だった。桑田君、君は女の子と話をするときや、楽器をいじっている時に、いつもどこか『空虚』な笑顔をしていた。やる気が無いというよりは、『本気』になれていないような、そんな『虚しさ』を感じたんだ。…君が野球をやっている時の姿を僕は知らない。でも、3年間の間君と『青春』を過ごしてきた彼らがそういうのだったら、僕はそれが『真実』なんじゃないか、と…そう思うんだ」
苗木の言葉は、桑田の耳には正直半分も入っていなかった。桑田自身、薄々気づいてはいた。舞園のような美少女と話をしていても、小遣いはたいて買った新品のギターを触っていても、実の所それに対して『本気』になれていなかったということを。かつて物心つくかつかないかと言う頃の、自力で立ち上がる為に必死になった時のような、そんな心の底から『夢中』になれた瞬間を、桑田は『あの時』以来久しく忘れていた。
(…ちょっと待て、『あの時』って『何時』だよ?)
桑田は記憶の糸を辿りながら必死に思い出す。かつて自分が一番『輝いていた』あの瞬間を。今まで生きてきた中で、心の底から『笑った』その瞬間を。
走馬灯のように流れていく記憶の中で、桑田が見つけたその瞬間。それは…
「あ…」
中学二年、稲尾たちを迎えた二回目の全中大会の覇者となり、マウンドの桑田を中心にナイン全員で笑いあった、その瞬間であった。
「…ったく、どいつもこいつも…俺よりも俺の事を知った風な事言いやがってよぉ…全くむかっ腹が立ってしょうがねえぜ…」
「……」
「…けど、一番腹立つのは、そんな奴らに教えられなきゃテメーの『本当にやりたいこと』に気づけなかった、『俺自身』だ…!」
「桑田君…」
「苗木、オメーの言うとおりだ。俺は確かに『逃げていた』…自分が『野球が好きだ』ってことからよ。じゃねえと、認めちまいそうだったから…どんなに好きでも、もう俺に『目標』なんてないってことに…『本気になって目指す先』がないってことによ。だから俺は野球から離れた。まだ自分がやったことが無いことなら、俺が『本気になれる目標』がみつかるかもしれないってよ…。でも、どんなに手当り次第手を付けても、野球をやっていたころみてーな『充実感』を感じることができなかった…」
漏らす様に呟きながら、桑田は自嘲するように笑う。
「野球にしたってそうだった…。最初こそ楽しかったけど、勝ってばっかりいるうちに『やりがい』ってもんが無くなってきて、野球にすら本気になれなくなっちまった…。けど、違ったんだ…。今まで『俺一人』で勝ってきたつもりでも、本当はアイツ等が支えてくれたから…監督がずっと俺を見ていてくれたから、俺は『超高校級の野球選手』でいれた…。アイツ等がいなかったら、俺は野球選手ですらねえ、ただの『半端者』で終わっちまってた…それを俺はッ…!」
「…桑田君、これを」
苗木が桑田に差し出したのは、電車の往復分の切符と球場の入場チケットであった。
「お前…!」
「今から行けば、ギリギリ7回までには間に合うと思う。稲尾君たちだって、このままで終われはしないだろうからもっと粘る筈さ…」
カキーン!
『稲尾打ったー!ホームイン、これで3-5。Y中学、4回裏に稲尾のタイムリーで反撃を始めました!』
「…僕にできるのはここまでだ。後は君の『気持ち次第』だよ」
「…悪ぃ苗木、サンキューなッ!!」
言うが早いか、桑田は礼を言うと同時にチケットを引っ掴むと大急ぎで走り去っていった。
「人間は、『本気になれること』を見つけた時に、初めて『努力すること』に『意味』を見いだせる。桑田君は、そんな『仲間』がいたからこそ野球に対して『本気』になれたんだ。…桑田君、君は『仲間』を大切にするんだ。『失ってから』、後悔しないように…」
都内にある○○球場にて行われているY中学とぶどうヶ丘中学の試合。イニングは既に6回裏に進み、現在3-5でY中学が依然リードを許していた。グラウンドの状況は2アウトランナー1,3塁。長打なら同点、ホームランなら逆転という場面にて、打席に立つのは―稲尾。
「…ッ!」
ネクストバッターズサークルから立ち上がり、バッターボックスへと向かう稲尾の手は震えており、足取りも若干ふらついていた。自分のバットにチームの勝敗がかかっているというプレッシャーもあったが、前半の乱調による消耗から来る疲労感が彼を蝕んでいた。気合と根性でここまで持ちこたえてきたものの、ここにきてその影響が如実に表れていた。
(…チックショウ…ッ!しっかりしろよ、俺!こんな所でヘたれてんじゃあ、桑田さんに笑われちまうだろうがッ…!)
心の中で自分を叱咤激励する稲尾であったが、限界を迎えているのは『相手チーム』にも、そして『味方』にも明らかであった。
「監督…」
「…流石に、潮時か」
いち早く彼の限界を悟ったキャッチャーに促され、稲尾の気持ちを誰よりも理解していたが故に今まで続投させていた監督もいよいよ交代をしようとした…
その時。
「…稲尾ぉッ!!」
「「ッ!?」」
聞き覚えのある声にハッとなった稲尾と監督がその方向を見ると、バックネット裏のスタンドの出入り口で珍しく息を切らしている桑田の姿を捉える。
「桑田さんッ…!?」
「アイツ…来てたのか?…いや、『今』来たのか!だが、何しに…」
驚く稲尾と監督の前で、桑田は息を整えるのも忘れ、周囲の視線も気にせず思い切り叫ぶ。
「稲尾ぉッ…!なに、ビビッてやがんだ…!お前は、俺が『認めた』…スゲェ奴なんだッ!お前のおかげで、俺は気づかされた…。お前の『努力』が、俺を野球で『本気』にさせてくれたんだ…!だから稲尾…そんなところで足踏みしてねえで、早く追いついてこいッ!!」
「……はいッ!!」
威勢よく返事を返し、稲尾はバッターボックスへと向かう。もう彼の腕に振るえは無く、足取りも一歩一歩踏みしめるように力強い。
(不思議だ…あんな滅茶苦茶な応援だっていうのに…、『勇気』が湧いてくる…!限界だっていうのに、まだまだやれるって思えてくる…!)
それは、実際の所思い込みでしかなかったのかもしれない。だが、尊敬する『桑田怜恩』という野球選手からの言葉が、彼の身体に自己暗示以上の『何か』をもたらしていた。
(桑田さん…アンタはやっぱり天才ッスよ。何にもしてないくせに誰よりも先にいて、自分本位な我儘だけど…それでも…)
バッターボックスに入り、ゆっくりと構えると、どこか時間がゆっくりと流れていくような感覚を覚える。自分のサポートの為に少しでも多くのリードを取ろうとするランナーの動きや、ノーワインドアップから投球モーションにはいるピッチャーの動きまで、まるでスローモーションのように見えてくる。
やがてピッチャーの手からボールが離れ、バッターへと向かう。回転の一つ一つが視えるようなその軌道が、インコース低目のストレートと確信した稲尾は何の躊躇いもなくそこに合わせてバットを振る。
(それでも…ッ!)
フルスイングしたバットはボールを真芯で捉え、天高く打ち上げられる。やがてそれはセカンドの頭を越えライトの遥か頭上を越えていき…
「…俺の憧れの、『ヒーロー』ッス!!」
ライトスタンド最上段へと突き刺さった。
ワァァァァァァァァッ!!
『入ったーッ!!スリーランホームラーンッ!!稲尾、土壇場で大逆転のスリーランホームラン!Y中学、6回裏に、ついに逆転しましたーッ!!』
「ッッシャァァァ!!」
「桑田さん!俺、やったッスよーッ!!」
バックネット裏でガッツポーズをとる桑田に向かい、ダイヤモンドを回りながら稲尾が半泣きで叫ぶ。
「…ったく、あの問題児め。ここぞとばかりに汚名返上しやがって…本当に、食えねえ野郎だ…」
そんな光景をベンチから見ながら、監督はため息をつきながら…それでもどこか嬉しそうに、そうぼやくのであった。
その試合、7回表の最終回もマウンドに上がった稲尾は桑田の眼前で、先程までの疲労感はどこへやらとばかりにその日最高のピッチングで3人でぴしゃりと抑え、Y中学は全中大会を無事次の試合へと駒を進めることができたのであった。
それから数日後の早朝、桑田の姿は希望ヶ峰学園のグラウンドに有った。
「フッ…フッ…!」
ブンブンッ!!
グラウンドの片隅にて、つい昨日久方ぶりに整備したばかりのグラブを傍に置き、初めてと言ってもいい『素振り』をする。まるでブランクを感じさせない鋭いスイングであったが、当の桑田は満足した様子もなく額に弾汗を浮かべながら黙々と続ける。
とそこに
「やってるね」
「…苗木か」
やって来たジャージ姿の苗木を視界に捉えると、桑田は一旦素振りを辞める。
「…あ、邪魔した?別に続けててもいいよ」
「いや…そろそろ素振りもキリが良かったんで終わるところだ。それに、『ちょうどいい』しよ」
「ちょうどいい?」
首を傾げる苗木に、桑田は自分のグラブの隣に有ったもう一つのグラブを手に取るとそれを苗木に投げる。
「わっ…と。これは…?」
「キャッチボールぐらいできんだろ?…付き合えよ、苗木」
パスッ
「舞園さんとは、会ったの?」
「おう。昨日やっとな…『本気』で謝ったら、ポカンとしてたけど許してくれたよ」
「そりゃあよかった…っと」
パスッ
「…お、苗木お前意外とイイ球投げるじゃねえか」
「そう?ありがとう」
人気のない早朝のグラウンドに、苗木と桑田のグラブが鳴る音だけが木霊する。
「…あのあと、どうなったの?」
「…試合が終わった後、監督に会いに行ったよ。稲尾の奴も一緒でさ、俺のおかげで勝てたってうるさくてよ…。…ったく、自分の力で勝ったってのに、謙虚なんだかバカなんだか…」
「ハハハ…」
「…んで、監督に頭下げたんだ。『3年間ありがとうございました』ってな。結局引退式ん時は他の奴のうやむやに隠れて言ってなかったからよ。そしたらあの野郎…『お前だって稲尾とおんなじことしてるじゃあねえか』って笑いやがってよ…。『俺は何もしてねえんだから、わざわざ礼を言われることはねえ』ってよ」
「…ずっと、最初から認めてくれてたんだね」
「ああ…馬鹿だったのは俺だけって訳だ。…そんでよ、俺二人に『約束』してきたんだ」
「約束?」
「約束っつーか…『誓い』だな。『どんな形になっても、絶対に野球の道を進む。もう自分の気持ちをはぐらかしたりしない』…ってな」
「……」
「苗木、俺はもう一度野球をやる。出来るモンなら、元いた学校に頭下げてもう一度高校野球の世界に『挑戦』する。それが無理なら、トライアウトだろうが独立リーグだろうがなんだってやってやる。そして絶対にプロになる。そして、監督と稲尾の眼が正しかったってことを証明してやるんだ。…もう『俺の為だけ』の野球は終わりだ。次に俺が目指すのは、これからプロを目指そうとする奴の『希望』になる野球だ。だからこそ、俺はやるぜ。生まれて初めての、誰かの為になる『努力』ってヤツをよ」
「桑田君…」
「…苗木、その成果、ちょっとだけ見せてやる。そこしゃがんでミット構えな」
「え?…こ、こう?」
桑田に言われるがまま、苗木はキャッチャーのようにその場にしゃがむとグラブを正面に構える。
「いいか苗木…絶対に動かすなよ」
「え…く、桑田君?まさか…」
若干冷や汗を掻く苗木を余所に、桑田は真剣な表情で居住まいを正すと大きく振りかぶる。
「…ピッチャー桑田、振りかぶって第一球…」
「ちょ、ちょっとタンマ…」
「…投げたぁッ!!」
轟ッ!!
聞いたこともないような風切り音と共に桑田の右腕が振るわれ、そこから放たれた白球が音を置き去りにするような勢いで苗木のグラブへと突き進む。
「ご、ゴールド…!」
本能的にスタンドを出そうとしたが、桑田の言葉を信じて苗木はそのまま待ち構える。そしてその判断の刹那の後に、
ズバァンッ!!
先ほどまでとはけた違いの快音を響かせボールは苗木のグラブの中へと収まっていた。
「~~~~~~~~ッッ!!!」
「っしゃあッ!狙った所にストライク、ってな!…おい苗木、大丈夫か?」
「…ひ、酷いよ桑田君…。いくらグラブに『入れた』からって、素人の僕にとっちゃ取るだけでも痛いんだから…」
「悪ぃ悪ぃ…つい熱くなっちまってよ。思わず脳内アナウンスまでしちまった、ハッハッハ!」
「…でも凄かったよ。今まで見たどんな野球選手のピッチングよりも、『心が震えた』。…君の『本気』、確かに伝わったよ」
「…サンキュウ」
苗木の真摯な感想に、照れくさくなったのか桑田はそっぽを向く。
「…あ、あー…そういえば苗木よ。ちょっと聞いてもいいか?」
「うん?何?」
「俺はよ…この学園で皆と、お前と出会えてよかったと本気で思ってる。お前がいなかったら、俺は稲尾や監督の気持ちにも気づかねえまま、なんの意味もねえ人生を送ってたかもしれねえ。舞園ちゃんや皆とも、ずっとすれ違ったままだったかもしれねえ。…俺は、お前と会えたっつーことを、単なる思い出にしたくはねえ。だからよ…」
桑田は振り返ると、顔を赤くしながらしどろもどろに口にする。
「…なんつーか、うまく言えねえけどよ。…お前のこと、『ダチ』って呼んで…いいかな?…つーか…」
「……」
「…ど、どうなんだよ?」
「…え、今更?」
「…はぁ?い、今更ってどーいう…」
「僕は、ずっと君の事を『友達』だと思ってたんだけど…」
「…マジか?」
「マジマジ」
「………」
「……~っくあーッ!!なんだよソレッ!!俺一人空回りしたみてえじゃねえかッ!!初めてなんだぞ、こんなクッセェ台詞いうのなんてヨォッ!!」
「いつも女の子誘ってるんじゃあ…」
「女子誘うのと野郎に言うのとじゃあ全然違ぇっつーのッ!!…あ゛―ッ!畜生、恥ずかしッ!!」
「ご、ごめん…。でも、桑田君の気持ちは伝わったよ」
「…そ、そうか」
苗木は苦笑いしながら、恥ずかしさで蹲って悶絶している桑田に手を差し出す。
「これからもよろしく、僕の『親友』」
「…おう!よろしくな、『ダチ公』!」
桑田がその手を取ると、二人は固く握手を結ぶ。新たに生まれた『絆』を、噛みしめるように。
「ほらね、私の言ったとおりでしょう?いずれ苗木君が解決するって」
「うん、そうだね。…でも、いいの?」
「はい?」
「だって、このままだと苗木君他の皆の『心の闇』も全部取り払っちゃうよ?そしたら、『絶望』させるのはすっごく難しくなるんでしょ?実際、77期生の皆は日向さんの影響を受けているし…」
「…ふん。そんなこと、貴様に言われなくても承知の上だ。『承知の上で』泳がせているのだよ」
「え…なんで?」
「ちょっとー!そんなこと残姉ちゃんが知る必要があるのー?アンタは私の言うことだけ聞いてればいいんだからさー、おとなしく高校生やりながら苗木君の調査だけしててくんない?」
「ご、ごめん…」
「分かったなら、それでいいんです…。お楽しみは、これからなんですから……うぷぷ、う~っぷっぷっぷ!」
べたべたの展開で終わってしまった…。
慣れないことしたんでうまく締めれたか不安です