私の名前は戦刃むくろ。『超高校級の軍人』などと呼ばれてはいるが詰まる所ただの傭兵だ。幼少のころに傭兵部隊『フェンリル』に所属し、これまで戦場で数えきれない数の人間を殺してきた。そんな私が全世界の希望ともいえる生徒ばかりが集まる『私立希望ヶ峰学園』に入学すると聞いた時、正直本気かと疑ったが妹の『ある計画』において重要な役割と聞かされ承諾した。
そんな矢先、希望ヶ峰学園学園長から『苗木誠』という少年について調べるよう依頼された。だが、あらゆる手を尽くして調べてみたがこの少年に関していえることは『普通』の一言に尽きる。学歴、素行、友人関係に至るまで特に秀でたものもなく、今回新入生の抽選枠に選ばれたのもただの『幸運』としか言いようがない。ただ一つ気になった点があるとすれば、彼の父親『ディオ・ブランド―』に関してである。あらゆる資料をあたってみたが該当する人物が全く存在しないのである。まるで途中ですべて揉み消されたかのように。不審に思い、裏の世界の連中に探りを入れてみたが、返ってくる返事はすべて
「そいつに深く関わるな」
というものであった。結局ロクな成果もあげられず学園長の元へ戻ったが、彼は怒るどころか妹と一緒にイタリアに行けと言ってきた。しかも期限は入学直前まで。現地にいるという苗木誠を見てくるという名目ではあるが結局ただの観光である。しかし、依頼主の命令に逆らう訳にもいかず渋る妹と共にイタリアへと飛んだ。折角なので久しぶりに妹と水入らずの時間を過ごそうと思ったが、
「うざい」
の一言で突っぱねられ、仕方ないのでさっさと依頼を終わらせて帰ることにした。苗木誠の動向を探ったところ、彼はネアポリスからカプリ島、さらにフィレンツェ郊外での目撃証言があり、そこからヴェネツィアへ向かったと思われる。
なぜここまで分かるかといえば、もちろん『SPW財団』の諜報部隊の人たちの力添えもあるが、なによりその周辺で起きている『怪奇現象』にある。ネアポリスで服役中のマフィア幹部の変死、カプリ島における二人の変死体、フィレンツェ郊外での突然の列車での老化現象に謎のバイク大破と車の消失事件、そしてヴェネツィアのサンタ・ルチア駅前での壊れたライオン像と凍りついた運河。いずれも説明がつかないまさに超常現象であった。事前に『スタンド』という存在を知っており、現に知り合いにも『スタンド使い』がいる私はすぐにそれが『スタンド』の闘いによるものだと悟った。
(どうでもいいが、彼らはこんな大惨事を引き起こしておいて怪しまれないと本気で思って行動しているのだろうか?)
そんな埒のあかないことを思いながら彼の足跡を辿ると、ヴェネツィアにいた財団の協力者である『波紋戦士』と呼ばれる人たちの話によれば彼らはヴェネツィアを船で出た後、近くの空港で飛行機を強奪しサルディニア島に向かい、さらに船でローマへと向かったと聞いた。
「不思議な少年であった…。どこか我らと決して相容れない性を持っていながらも、一目見てわかるその才覚はあの『ジョセフ・ジョースター』を思い出させる。一体何者なのであろうな…」
既に百歳近いという『波紋戦士』の長老、メッシーナ老人が言った言葉が気がかりになりながらも、私はローマへ向かった。妹には待ってもらおうとしたが、
「残姉ちゃんの癖に私を待たせないでください。つーわけで、あたしも一緒に行くっつーの!!」
というので仕方なくここまでついてきていた。
しかし、このローマにおいても事件は起こった。街中を覆い尽くす殺人カビ。いち早くその性質に気が付いた妹の機転により私たち姉妹は難を逃れたが、眼下で起きる阿鼻叫喚の地獄絵図は、まさにこの世の『絶望』そのものとも言えた。私自身、人がたくさん死ぬ光景など見慣れたつもりだったが、こればかりは直視できなかった。そんな中、妹の方を見ると
彼女は、嗤っていた。
まるで特盛のパフェを前にした女子学生のように恍惚に、まるで欲しいものを与えられて喜ぶ子供のように無邪気に、彼女は眼下の光景をみて笑っていた。
「ああ素敵、素敵だわ。こんな理解不能な『絶望』が見れるなんて…。お姉ちゃん、こればっかりは感謝するよ」
そんな妹が怖くなり、あちこち視線を飛ばしているうちにやがてカビが収まっていく。それを心底残念そうに見る妹を尻目に辺りを見渡すと、やっとのことで調査対象である苗木誠を発見できた。彼は変な帽子を被った男と派手な格好をした少女と共に『コロッセオ』へと向かっているようであった。すぐさま私たちもその後を追う。
だが、私たちが彼に追いつくことは無かった。
コロッセオに向かう道中、突如として強烈な眠気に襲われた。傭兵時代は二徹三徹ぐらい余裕であったにも関わらずなぜか抗うことができず妹共々地べたに崩れ落ちるように眠ってしまった。それからしばらくして、ほんの十数分程度であったろうか。目が覚めた私は
妹になっていた。
何を言っているのか分からないと思うが私も何が起きたのか分からなかった。頭がおかしくなりそうだった。幽体離脱だとか、催眠術だとか、そんなちゃちなものじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったようであった。
とにかく、目が覚めた私が辺りを見渡すと、真っ先に目に飛び込んで来たモノが他ならぬ未だ眠りこけている私自身だったのである。一瞬頭が真っ白になり、目の錯覚かと思い目をこすろうとすると、自分の手に今までつけたことなんてないネイルがついていた。さらに自分の体をよく調べると、明らかにスタイルが良くなっており、服装もどこかで見たことのあるものになっていた。そして、動かぬ証拠であるショートヘアーだったはずの自分の頭のロングヘアーとそこについた白と黒のクマのヘアゴム。そこで確信した。この体は妹の体だと。何がどうしてこうなったのか、もしくは新手のスタンド攻撃なのか。考えをまとめようとするが思うように体が動かず、思考ままならない。周囲からちらほらと驚きの声が上がっている所からするに、どうやらこの現象は自分たちだけでなく周りの人たちも同じらしい。
と考えていると、突如として強い風が吹き浮遊感と共に一瞬意識が飛び、再び覚醒した時には彼女の体は元の体に戻っていた。それを確認し、ハッとして妹の方を見ると体は戻ってもまだ意識は目覚めていないらしく未だ眠っていた。思わずホッとしたその時
ズドオォォォ!!!
突然近くの民家の壁が轟音を上げて崩れ落ちた。幸いこちらまで破片は飛んでこなかったものの、相当な衝撃だったらしく壁の向こうが見えるほどに崩壊していた。そして、その先に在った光景。そこには
(…太陽?)
地に伏せ蹲る帝王と、宙に浮きそれを見下ろす金色の太陽があった。
「ぐはああああ……ハァ―…、ハァー…」
「生き残るのは…この世の『真実』だけだ。真実から出た『誠の行動』は、決して滅びはしない。ブチャラティは死んだ…。アバッキオも、ナランチャも…。しかし、彼らが残した『希望』は、彼らの繋いでくれた『希望』は、決して滅ぶことなく『矢』という形で僕に受け継がれた…」
地面に蹲り痛みに耐えるボス、『ディアボロ』を見下ろしながらそう告げる苗木。だがその姿は、今までの苗木誠のものではなかった。その髪と瞳は父であるDIOと同じ金色に輝き、傍らにたたずむ『ゴールド・E』も、それまでの姿を脱ぎ捨て真の姿である『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』へと変わっていた。
ヴェネツィアでボスことディアボロに離反した彼らはディアボロの正体を探るべく彼が妻と過ごしたというサルディニアへと向かい、アバッキオという尊い犠牲を出しながらもボスの手がかりをつかんだが正体には辿りつけずにいた。そんな時、突如として連絡してきた謎の人物。彼はディアボロを倒す秘策としてスタンド能力の先に導く『矢』の存在を示した。その情報を信じた苗木たちは一路その人物の待つローマへと急いだ。途中、『チョコラータ』と『セッコ』という下劣極まりない刺客と交戦し、何とかこれを打ち破ったは良いものの当の待ち人、かつて空条承太郎と共に苗木の父であるDIOを打ち破った一人である『ジャン・P・ポルナレフ』がディアボロに殺されてしまう。しかし、寸でのところでポルナレフが発動させた『矢』のパワー、『レクイエム』により全世界の魂が入れ替わってしまうという事態を引き起こし、その混乱に乗じて『矢』を手にしようとする苗木たちとディアボロの闘いが始まった。
ボスの不意打ちによりレーダーを持つナランチャが真っ先に殺され、ディアボロの所在を突き止めようとした苗木の捨て身の作戦も力尽くで振り払われ、今にもディアボロが『レクイエム』から『矢』を取り上げようとしたその時、ブチャラティが己の命を犠牲にそれを阻み、『レクイエム』を打ち消し苗木に『矢』を託したのである。ブチャラティの『覚悟』を受け取った苗木は『ゴールド・E』に『矢』を突き刺すが、『矢』はその体に穴をあけて地に落ちた。それを見たディアボロがすぐさま襲い掛かり、止めを刺そうとしたその時、落ちたはずの『矢』が苗木の体に吸い付き体に入っていった。そして次の瞬間、凄まじい光が『ゴールド・E』から溢れその光を受けた苗木の髪と瞳が金色に変色していった。危機感を覚えたディアボロが追撃しようとするが、気づいた時にはそこには『ゴールド・E』の抜け殻だけがあり、その上に生まれ変わった苗木と『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』が浮いていたのである。
「そして…お前の行動が真実から生まれたものなのか…それとも上っ面だけの邪悪から生まれたものなのか?…それはこれからわかる。はたしてあんたは滅びずにいられるかな?ボス…」
「……!」
『G・E・R』の一撃でダメージを受け苦痛に顔を歪めるディアボロとそれを見下ろす苗木。そんな彼らを見ている者たちがいた。
「な…なにが起こるんだ…?…まさかまた魂が入れ替わるのか?」
「わからない…誰にも、ナエギ自身にも。でも、あの『レクイエム』が完全にコントロールされているのは分かったわ、暴走はしていない!」
傍にいるのは先ほどまで共にディアボロと闘っていた仲間である拳銃使いの『グイード・ミスタ』と『トリッシュ』。
(こ…これは一体?何が起きている…?あれは苗木誠なのか?)
「zzz」
先ほどの『G・E・R』の攻撃で砕けた壁の奥から見ているのは、未ださっぱり状況を把握できていない『戦刃むくろ』。隣には、未だ眠っている妹がいる。
そしてもう一人。
「……」
闘いが繰り広げられている広場の傍の民家の窓、そこから外の様子、正確には外にいる苗木誠の姿ををこっそりと伺う者がいた。その眼には、驚きや混乱もあったが何より長年探し求めていたものを見つけたかのような感動が見て取れる。よく見れば口元がかすかに動き、聞く人が聞けば分かったであろう、ヘンデルの「メサイヤ」を口ずさんでいた。そう、この人物はこの状況に置いて誰よりも喜んでいたのである。
そんな彼らの衆目のなか、事態は動き始める。今まで苗木に言われっぱなしであったディアボロが、怒りの表情を浮かべてゆっくり立ち上がる。
(落ち着け…確かに奴の攻撃を見きれなかった。だが、予知することはできた!直撃を避けられたのは予知できたからだ。確かに奴のスタンドはパワーアップしている。…だがそれだけだ。脅威であっても俺の敵ではない!)
「いい気になって知った風な口をきいてんじゃあないぞ!!ナエギ・マコト!お前には死んだことを後悔する時間をも、与えんッ!!」
立ち上がったディアボロに、苗木が近づき、ミスタが銃を構えた、その瞬間ディアボロは己の最強の『スタンド』を発動させる。
「『キング・クリムゾン』!!我以外の全ての時間は消し飛ぶッー!!!」
『キング・クリムゾン』。ディアボロが持つスタンドであり、彼が今まで己の正体を隠しながらもボスとして君臨し続けられた最大の要因でもある。その能力は『時間消失』と『予知能力』=『墓碑銘(エピタフ)』。数秒後の未来を予知し、その時間を消し飛ばすことで己の望む『結果』だけを残す力。消し飛んだ時間の中では、ディアボロのみが動くことができその間に死んだ者は死んだことすら認識できない。例え時を止めようが戻そうが加速させようが決して立ち入れないまさに『帝王』の世界を作り出す能力。
それを発動させたディアボロには、これから起こるであろうすべての事象が見えていた。苗木の『G・E・R』が殴り掛かってくることも。ミスタの銃弾が後方より迫ってくることも、全て見えていた。
「見える、こいつのスタンドの動きが!何をしようとしているのか完全に、予測できるぞ!このカス共の動きがァー!!」
それらをすべて躱したディアボロは先ほどの攻撃で傷ついた手から流れる血を苗木の眼に吹きかける。血の目つぶしにより視界を奪われた苗木は例え時が再開したとしてもディアボロを見ることはできないだろう。それを確認したディアボロが見た新たな未来、己の髪に映るそれは己の『キング・クリムゾン』が苗木の心臓を貫く光景であった。
「やった!勝ったッ!!俺の方が一瞬速い!予知はこいつの心臓を、完璧にブチ抜いているッ!未来は我が『キング・クリムゾン』を選んだ!!『希望』は俺にあるッ!!終わったァァァ!!!!」
そして予知通り『キング・クリムゾン』の拳が苗木を貫こうとする-
瞬間、ディアボロの視界を何かが通り過ぎた。思わず手を止めそれに視線を向け、驚愕する。そこにいたのはホバリング飛行している蜂であった。その蜂は奇妙なことに前を向きながら後方に飛んで行ったのである。だがディアボロが驚いたのはそんなことではない。この消し飛んだ時間の中で、ディアボロにのみ許された『帝王』の世界で他に動ける存在がいるなど信じられなかったからである。だが、異変はそれだけではなかった。
「!!?……!な、なんだこれは!?」
妙な感覚を覚えて自分の手を見ると、先ほど苗木の眼にかかったはずの自分の血が、まるでビデオの逆再生のように自分の傷口に戻っていく。それだけではない。先ほど躱したはずのミスタの銃弾もまた、銃口めがけて戻っていく。そう、まるですべて無かったかのように。
「消し飛んだ時間が、逆行しているのか…!この『レクイエム』は!!」
ディアボロは今起こっていることを口にはしてみたものの、到底受け入れることなどできなかった。しかし、今は考えている時ではない。なぜなら未だ『エピタフ』の予知は苗木の死を映しているのだから。例え時が戻ろうとも、今圧倒的優位にあるのは自分なのだから。
「し、しかし未だ予知はこのディアボロを選んでいる!くらえッ!ナエギ・マコト!!」
引き戻される感覚に抗いながら、ディアボロは『キング・クリムゾン』の拳を再び振り下ろす。だが、それが当たろうとする瞬間、その拳が止まる。いやそれだけではない。その拳の少し後ろに、また『キング・クリムゾン』の拳がある。振り向けば、腕だけではない。まるでダブっているかのように自分と『キング・クリムゾン』の姿が幾重にも後ろに続いている。
「お、俺は何を見ている!?この消し飛んだ時間の中で動けるものが他に居る筈が…」
『コレが…』
「!!」
突如として聞こえてくる声の主。それは未だ沈黙する苗木の傍に立つ存在、『G・E・R』であった。
『レクイエム…ダ!!オマエが見テイルモノハ確カニ「真実」ダ。オマエガ見タ予知ハ確カニコレカラ起キルコトダ…シカシ、オマエガソレニ到達スルコトハ決シテナイ!ワタシノ前二立ツ者ハドンナ能力ヲ持トート、決シテ行クコトハデキナイ!!コノコトハワタシヲ操ルナエギ・マコトさえも知ルコトハナイダロウ…』
レクイエムの言葉を、ディアボロは満足に理解することはできなかった。だが、眼下の光景では、ミスタが拳銃を撃つ前の状態に戻っており、自分の体は意識とは別に動いている。
「ナエギ・マコト!お前には死んだことを後悔する時間をも、与えんッ!!」
自分の言葉を聞いた時、ディアボロはすべてを理解する。
「お、俺はッ!初めから何も動いていないッ!!!」
全てを理解したディアボロがとった行動、それは逃避であった。このままでは自分は確実に殺される。その前に、何とかこいつから逃げなくてはならない。
(どこか、どこかないのか!俺が生き延びる道はッ!!)
体に戻りつつある意識で、ディアボロは必死に辺りを見回す。ディアボロは元々多重人格者であり、「ドッピオ」という少年の精神としょっちゅう入れ替わっていたために、精神だけで動くことができ、他人に憑りつくことができた。だが、既に目覚めたミスタやトリッシュに再び憑りつくことなどできはしない。もはや八方塞がりであった。
(どこか…!どこか)
(じゃあ、あたしんとこ来なよ)
しかし、運命は彼にチャンスをもたらした。突如として聞こえてきた声に反応し、その方向を見ると、さっきの苗木の攻撃で崩壊した壁の奥、こちらを呆然と見ている少女のそばで眠りこけている筈の少女からそれは聞えてきた。
(あんたの力、なんか凄そうだからあたしに協力してくれんならあたしん中入れてあげるよ。どう?悪くない取引だと思うけど)
そう、少女はとっくに目覚めていたのだ。だが、状況を把握しきれていない彼女はそのまま狸寝入りを決め込み、ディアボロが危機に陥ったこのタイミングで出てきたのである。そんな彼女を一目見たディアボロは、驚き、次いで歓喜する。
(…ふは、ふははは!見つけたぞ!これほど歪で不安定な魂!成程、確かにこれならドッピオを失って欠けた俺の魂を匿うことができる。いいだろう!娘、お前の誘い、乗ったぞ!!)
ディアボロは笑みを浮かべ、今まさに自分に殴り掛かろうとする苗木に心の中で叫ぶ。
(ナエギ・マコトよ!今は喜び、そしていつか後悔するがいい!これが、俺の『逃走経路』だッ!!)
『「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァ!!!」』
『G・E・R』のラッシュがディアボロにすべて突き刺さり、その体を真下の河に吹っ飛ばした。
「や、やったぞ!俺には何が起きたのか良く見えなかったし分からなかったが、『矢』で進化したお前の『ゴールド・エクスペリエンス』に、ボスの『キング・クリムゾン』は全くの無力だった!遂に、倒したぞッ!」
歓喜の表情を浮かべ河を覗き込むミスタ。その視線の先にはたった今落ちてきたであろうディアボロの死体が浮かんでいた。
「見ろ!あれがボスだぜ!!惨めなもんだ、ザマアみやがれ!俺たち、遂に勝ったんだぜ!ハッハー!ハ…」
思わず小躍りしてそれを指差しながら二人を見るミスタ。だが、当の二人、同じようにボスの死体を見やるトリッシュと苗木の表情は晴れなかった。
「お、おい、どうしたんだよ…?俺たち勝ったんだぜ、ボスは死んだんだぞ、もっと喜ぼうぜ!」
「……」
「……ええ、そうよ。あの男は、ディアボロは確かに死んだわ。…でも、全然すっきりしないの。実感が湧かないのよ。まるで-」
まだボスが生きているかのように。そう言おうとしてトリッシュは思いとどまった。今更何を言い出すんだ。あの男は死んだ。今自分の目の前で物言わぬ死体になっている。何も気にすることは無い。ただの思い過ごしだ。勝利したこの空気を乱すようなことはしないよう、そう自分に言い聞かせる。
「ま、まあ何はともあれ勝ったんだ。ほら、さっさとコロッセオにいるブチャラティを迎えに行こうぜ。今頃痛くて唸ってるだろうからよ!」
「…そうね。行きましょう」
そういってコロッセオへと向かうミスタとトリッシュ。そんな中、苗木は未だディアボロの死体を見つめ、考え込んでいた。
(…止めを刺す直前の、奴の顔。あれは確かに…笑っていた)
思い出すのは止めのラッシュの直前。それまで絶望一色だったディアボロの顔に一瞬、ほんの一瞬ではあるが笑みが浮かんでいた。
「……ブチャラティ。これでいいのか?本当に終わったのか?あんたと、僕たちが求めたものは、こんな終わりだったのか…?」
誰にも聞こえない大きさで呟いたその言葉に、答える者は誰もいない。ただそこに空しく吹く風は、心なしかそれを否定するかのように冷たく吹きぬけて行った。
「……」
全てが終わった広場にて、戦刃むくろは呆然としていた。あまりにも多くの出来事が起こり過ぎた。いや、彼女自身は何が起きたのかさえさっぱり理解していないだろうが、本能的になにかとんでもないことが起こったことだけは悟っていた。
「…苗木…誠…」
呆然としながら、眼前で遠のいていく少年の名を呟く。徐々に離れていくのにもかかわらず、彼女はそれを追うことはできなかった。あの時自分が見たあの光景。まるで太陽そのもののような神々しさを持って闘ったあの少年に追いつこうとすることが、とても恐れ多いことのように感じたのである。仕事のことなどすっかり忘れ、その背中を見送っていると、ふとこちらを振り向いた彼が自分を視界にとらえ、仲間になにやら言うとこちらに駆け寄ってきた。
「君、大丈夫だったかい?どこも変じゃない?」
「あ……はい…」
眼前で揺れる金髪と自分を見つめる金色の瞳。そして自分を心底気遣っていることが分かる優しげな声。先ほどとはまた違った印象に戸惑いながらも、かすれた声でかろうじて返事する。
「そっか、良かった」
無事を確認すると、苗木は嬉しそうに笑った。その笑顔を見た瞬間、戦刃の体にまるで雷が落ちたかのような衝撃が迸った。見つめるほどにその笑顔がより輝いて見え、顔がやけつくように火照り、心臓の鼓動が高まっていく。
「悪いけど急いでるからもう行くね。しばらく騒がしくなるだろうから早めにホテルに戻った方がいいよ。それじゃ」
そういって再び彼女に背を向けコロッセオに走り出す苗木。思わず引き留めようとしたが、頭がぼーっとして何も言い出せぬうちに彼は行ってしまった。彼女が正気を取り戻したのは、彼の姿が見えなくなってからであった。
「苗木…誠…苗木…誠…」
いや、正気というより声が出るようになっただけで、状態としては決して正常とは呼べなかった。その姿が見えなくなってからも、戦刃は彼の名前を何度も呟く。彼女自身、苗木誠に対するこの感情を理解できずにいたが、それを考えようとするごとに益々何も考えられなくなり、まさにドツボに嵌っていた。
そんな彼女を呼び戻したのは
「……残姉ちゃんなに本格的に残念になってんの?控えめに言ってマジキモい」
目覚めた妹の辛辣なツッコミであった。
「…!!?お、起きてたの!?ていうか今の聞いてたの!?」
「あんだけぶつぶつ言ってて聞こえないとでも思ったのですか?ていうか…ほんとキモいんで…やめてください…」
「あう…ご、ごめんね……ちゃん」
「もう構わぬ。苗木誠とは会えたのだから、さっさと帰るぞ」
「あ、待ってよ」
そう言うと彼女はさっさと立ち上がり、周りの喧騒も気に留めることなく早足で立ち去ってしまう。そんな彼女の表情、慌てて後ろから追いかける戦刃には見ることができなかったそれは、嗤っていた。先ほどの狂気を孕んだ愉悦の笑みではなく、新しい玩具を見つけた子供のような笑みを、彼女は浮かべていた。そんな彼女の背後、もし苗木たちがそこにいれば確実に気づいたであろう。そこにぼんやりと浮かび上がる、紅い人影の存在を従えながら。
(うぷぷぷ。思わぬところで思わぬ拾い物をしちゃったなあ!まあ精々楽しく使わせてもらおうかな。『あの日』の準備の為にもね…うぷぷぷぷ!)
『真紅の帝王』を身に宿し、不吉な思考を巡らせる彼女。その向かう先がどこなのか、それはまだ誰にも知る由は無い。仲間であるはずの、姉でさえも。
その夜、もはや喧騒も収まり、誰もいなくなった広場。そこに一つの人影が現れる。飾り気も何もないシンプルな神父服を身にまとい、黒い肌に映える白髪の短髪をしたその男はゆっくりと広場の中央、先ほどまで苗木がいた所あたりまで来るとそこでしゃがみこみ目を閉じる。
「………」
しばし黙りこくっていた男は、やがておもむろに口を開く。
「…あの強さ、あの美しさ。間違いない、彼がDIOの息子。やはり『引力』というものは存在する。君の言ったとおり、私とあの少年は出会う『運命』にあったのだ」
それは祈るようでいて、なおかつ自信を鼓舞するかのように静かで力強い言葉であった。
「…だが、もはや遅かった。彼の心は今DIOとは最もかけ離れてしまっている。彼に私と共に『天国』へと至る資格はない。……だがもし、もし彼が再び己の宿命に迷うことがあるのならば…!」
男は立ち上がり、その双眼に強い『覚悟』を秘めてあの後去って行った二人の姉妹の消えて行った先を見る。
「『絶望』を宿した少女。彼女が何を考えているかは私にも分からない。だが、その目的が彼である以上、きっとその機会はやってくる。その時まで、精々利用させてもらうとしよう」
そういうと男はゆっくりと歩き出す。己の決意を示すように、力強く。
「我が友DIOよ。約束の時は近いぞ…!」
男の名はエンリコ・プッチ。かつてDIOの友であったその男は、心からの笑みを浮かべて闇に消えていった。
数日後、帰国した戦刃と『SPW財団』の報告を元に、苗木誠に関する新たなレポートが作成された。そこには、こう書かれていた。
苗木誠。「超高校級の『幸運』」の持ち主にして「超高校級の『ギャング』」そして-
「超高校級の『希望』」
かくして、いくつもの陰謀が蠢く中、物語の幕は開ける。
『希望』の象徴となった少年少女たちの、奇妙な物語の。
次回から本編スタートです