バイク野郎のたまり場であたしの前に現れたのは、小柄でどんくさくてやぼったい。軟弱そうな高校生だった。
無関係を装っていたら世話係をやる羽目になって、コーラこぼすわティッシュの開け方わからないわでもう大変!

こいつ、超絶めんどくさい......

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アスファルトラインズ 

 あたしは二十一歳で、後輩の彼はあたしの四つ下。

 知り合ったのはあたしが所属していた“多少気の荒いバイク好きのたまり場”で、そこにひょこんと仲間入りを果たしたあいつが挨拶がてらに話しかけてきたのが最初だった。

 光沢のぼけたシルバーのヘルムと、改造はおろかこれといってなんのカスタムもされていない中型のバイク。そんな頼りない相棒を傍らに引いてやってきたあいつは、いきなり輪の中心に押しかけ、警戒を隠そうともしないメンバーを相手にいとも簡単に打ち解けてしまった。

 この年頃の男の子にバイクを合わせると、染めた髪をワックスで逆立てた素行の悪いチンピラをイメージするかもしれないけれど、今日みたいな平日の昼間にブラついていることを除けば、不良の要素は一切備わっていなかった。

 男の割にはかなり小柄でやぼったい。軟弱そうな体格が顔にまで浮き出たように頼りなさがにじみ出ていて、肩幅の余った黒の革ジャンと中古丸出しのバイクもセットで場違いもいいところだった。 

 変なやつが来た、というのがわたしの最初の印象だった。それでも強面、刺青、筋者の集いに満面の笑みで近づいて来るのだから見かけによらず度胸はあるのだろうか?

 このときのわたしはどうせ一日ともたないだろうと思っていた。きっとこのゴロツキの空気に当てられて、明日にはもう来なくなっているにきまってる。それか半日もしないうちにいつの間にか逃げ出しているかもしれない。 わたしはそう高をくくってあいつを視界の外へ追いやった。

 

「まあ、関係ないか。あっちの連中もどうしてあんなのに構ってんのやら」

 

 あたしは自身の愛車、通称『ボバ太郎』の座席に腰を下ろし、まだ集まり切っていないメンバーの到着を待った。本当ならそこで興味すら消えたはずだったのだろうけど、取り巻きの中心であいつと話していたチームのリーダーが不意にあたしを指差してきたのだからそうもいかない。

 あいつはサラリーマンよろしく、ヘコヘコとリーダーに頭を下げたあと、こちらへバイクを押してきた。たむろする革ジャンの群れを縦断するように突っ切って、ようやっとこっちまでたどり着くと、遠目で見ていたそれと同様にマックス笑顔で会釈する。

 

「あの、はじめまして。孝っていいます。よろしくどうぞ」

 

「ああ、よろしくね」

 

 あたしは名乗りもせずに適当な挨拶を返してこの孝とかいうやつを一瞥した。こうして近くで見てもやはりパッとしない。みっともないの一歩手前まで無造作に伸びた髪と軟弱そうな体格がそう思わせるのか、無駄に笑みばかり浮かべているのも正直言って気持ち悪い。

 

「……それで? あたしになにか用?」

 

 不機嫌な口調で言う。どういう経緯で挨拶に来たかは知らないけれど、そのまま他のメンバーの所へ行こうとする様子がないところから、あたしに用があるのだろう。それもリーダーからの他薦付きで。

 

「はい、実はリーダーさんいわく僕のバイクがスペック不足っぽくて、せめてパーツ揃えてマシにしてこいと」

 

「うんまあ、そうだろうねぇ」

 

 まいったとばかりに頭を掻いていたそいつから、傍らのバイクへと視線を落とす。こうしてよく見ると座席の位置を多少いじってあるようだけど、性能と直接関係するような部分は全くの手つかずだ。それにこの車種、名前までは覚えてないけれどかなり前のタイプだった、気がする。

 

「それでさっき、あちらの皆さんにいろいろ教えていただいて、パーツならあそこのバイクに『BOMBE‐TARO』ってステッカーを張った、メッシュの女の人が詳しいって聞いてきたんですよ」

 

 なにせ自分のバイクに名前を付けるやつなんてあたしくらいなものだから、リーダーからすればいい目印になったに違いない。

 あたしは染めたばかりの自慢のメッシュを軽く指でいじった。そこまで言われればどういう要件かは察しがつく。要はバイクショップなりパーツショップなりにに連れて行ってくれ、ということなのだろう。でもそんなのあたしの知ったことじゃない。これから愛車を転がしてみんなと一日走り回る予定だったのに、いったいなにが楽しくていつ辞めるかもわからないような新人の買い物に付き合わなくちゃいけないのか。

 

「あっそ」

 

 そうあたしは突っぱねて、羽織っていた赤いレザーのポケットからタバコとオイルライターを取り出し、見向きもせずに一服する。聞く耳持たぬ、という意思表示のつもりだったんだけど、どうもそいつには通じなかったみたいで、相も変わらずニコニコとあたしの返事を待っている。馬鹿なのか、こっちのバリアにもまるで気がつかない。けれども、それに察しを求める自分の方が馬鹿みたいに思えてしまう。

 ああ、もう鬱陶しい。啖呵の一つも切ってやろうか。そう思って大きく息を吸ったが、こっちの様子をうかがっている周囲の視線に気づいて結局はそれをため息にして吐き出した。

 

「わかった。近くでそこそこ大きいとこあるからついてきなよ」

 

 あたしは渋々こいつを連れてたまり場を抜けた。

 近くといってもバイクで十分少々、それなりの距離になる。あたし一人で行くならなんのことはないけど、今回は道案内だ。となればあまり無茶な運転はできない。そう思って軽めに流したつもりだったけど、それでもこいつはついて来れず、危なっかしいバイク捌きに合わせてよろよろ走っていたらたっぷり二十分もかかってしまった。

 こいつの第一印象はやぼったい。ならば第二印象はどんくさいだ。

 店内に入るとバイクショップの店員の営業スマイルがたいそう引きつって見えた。地域最大級と銘打っているだけあってここを利用するライダーは多い。中にはあたしたちのようなガラの悪い集団も多く、ヤクザ者がガニ股で店内を闊歩したところで動じるような店員はいないだろうけど、傍から見たあたしとこいつの組み合わせは、なにぶん珍妙過ぎた。

 そりゃあバイクも大事だけどさ、まずはこいつの格好をどうにかする方が先じゃないかな?

 

「へぇ、僕にはちょっとよくわからないですけど、けっこういろいろありますね」

 

 そう言いながら意気揚々と大型用パーツの陳列台に向かうアホの首根っこをあたしは掴んだ。シャツの襟が閉まって「ウエッ」とうめき声が聞こえたけど、まったく気にしない。

 

「ウロウロすんじゃないの。あんたのバイク中型でしょ? それならこっちだから」

 

 あたしに連れられながらも、上京したての田舎者みたいにキョロキョロと周囲を眺める孝。

 新人の相手なんて総じて面倒くさい。あたしだって入ったばかりの頃はそうだったのだろうけど、こいつはそれに輪をかけて手間がかかりそうだ。不機嫌が熟成して、やや憂鬱になりながらあたしは孝を連れて店内を進む。

 二十歳を過ぎたところでその手の集団では若輩扱いだ。そして若輩が面倒の押し付け先になるのはよくある話で、それをいかに手っ取り早くかつ無難に済ませるかが腕の見せどころでもあったりする。

 そこのところ、あたしはへたなのかもしれない。実際面倒くさがって孝の相手を店員に丸投げしたのは大きな失敗だった。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 店員相手に九十度角の礼。ヤクザに片足突っ込んだ連中にあそこまで物怖じせずに話しかけていたのに、今ではバイクショップの店員に対して微塵も余裕がない。

 孝は冷房の効いた店内で変な汗をかき、つっかえながら話しをしていると途中で盛大に舌を噛んだ。それでも気を取り直して話しを再開するものの、一度崩れた会話のリズムはそう簡単に修正できるものではなく、緊張で赤みを帯びた頬が次第に青ざめていく。それでもたいしたものなのは笑顔を絶やさず話し続けてることだろう。まるでこれが自分の素の顔だと言わんばかりに。

 

「…あんた、ちょっとどいてなよ」

 

 見るに耐えず、というか見ていて気の毒になったあたしは来店時のように孝の首根っこを掴んで自分の後ろに下がらせると、店員に向かって半歩前に出た。

 女のくせにガサツなやつだとよく言われるけれど、買い物となれば時間をかけてしまうあたりあたしもそれなりに女っ気があるのかもしれない。きょどって会話にならない孝に代わり、最低限必要なパーツを揃えて早々にみんなと合流するつもりがいつの間にか大きな買い物になってしまった。

 とりあえずマフラーとサスペンションを整えて会計をすると、十七歳の高校生が小生意気にもクレジットカードなど取り出したものだから、いっそ孝専用にフルカスタムしてしまおうとそのまま勢いで外装コーナーに直行。あれやこれやとパーツの棚を見ているうちにあたしもついついはしゃいでしまって、気が付けば十万円超の大規模工事と相成ってしまった。

 

「ごめん、ほんとごめん。選び甲斐ありすぎて、ちょっとテンション上がっちゃって」

 

 別にたかったわけでもなければ、無理に買わせたわけでもない。本人も納得して買ったのだから、あたしが気にしなくてもいいはずなんだけど、子ども相手にここまで買わせてはさすがに居た堪れない。それでもこいつは嬉しそうに終始笑ってばかりいるのだから、なんとも複雑な思いだった。

 あたしは申し訳なさからジュースのひとつでもご馳走することにして、自販機前のフリースペースで自分用に缶コーヒーと孝に缶コーラを買って投げ渡した。

 

「いいんです。むしろこんなに楽しい時間は人生で初めてですよ」 

 

 なんか大袈裟だな、この子。こっちは店内連れ回してパーツ選んだだけなのに。

 壁にもたれてコーヒーをグビリと流し込むあたしにこいつはお礼を言ったあと、受け取った缶コーラのプルトップを一気に開け放つ。それを見たあたしは慌てて制止した。

 

「え、ちょっとストップ!」

 

 案の定、投げ渡した際に充満した炭酸ガスが中身のコーラを押し上げて吹き出した。なにが起きたかわからないといった様子で手元の缶とあたしを交互に見る。

 確かにちょっと渡しかたが悪かったのは認めるけど、普通は少しずつガスを逃がしながら開けたりとか、缶を開けるときの力加減とか、そこら辺のコツは心得てるものじゃないの?

 あたしはやや呆れながら懐からポケットティッシュを取り出す。今朝パチンコ屋の前でもらったばかりで一枚も使ってないから、とりあえずこれで足りるだろう。しかし渡された孝は数秒それを凝視すると、あろうことか広告の入った裏面から指を突っ込んでティッシュを出そうとし始めた。あたしはそれをひょいと取り上げて裏返し、両手の親指で点線に沿って袋を破く。

 

「缶コーラもそうだけどさ、あんた開け方知らないの?」

 

 すみません、と言いながら再度渡されたティッシュでこぼしたコーラを拭き取る。

 

「そういうわけでもないんですが、実はどっちも久しく開けてなくて。というより、開ける機会がなかったといいますかね。なにぶん空白の期間が長過ぎたものですから」

 

 久しく開けてない? 缶コーラとポケットティッシュを?

 どこまで本気で言っているのかわからないでいたら、孝はふと笑った。これまで見てきたそれとはまったく違った、どこか遠くのなにかに微笑みかけるように。

 それから取り付けが終わるまでの一時間、あたしは回り道の最中にあるというこいつの話を聞いた。

 孝は子どもの頃に心臓の重い病気にかかったせいで、義務教育のほとんどを病院で過ごしていたという。体調が落ち着いているときでもできる遊びは身体に障らない程度の限られた遊びだけ。スポーツはおろか、年相応の少年が経験するような学校行事や遊びにはまるで縁がなかったのだそうだ。

 今みたいに外に出られているのも機能不全を起こした心臓の弁膜の移植に成功してから。当時こいつは十四歳、中学三年生の冬だった。当然のことながら元気になったからといって、すぐに普通の生活に戻れるわけじゃない。数か月のリハビリを終えて、無事退院したときにはこれまでの遅れを挽回するには絶望的な時期だったそうだ。

 

「入院中は高校受験なんてできませんでしたからね。今は簡単な面接のみで入れる通信制の高校に通ってます。そこで自分が身に付けられなかったものを少しずつ取り戻して大学から完全復帰するつもりです」

 

 今でこそこいつはこんな風に笑っているけど、当時は相当苦労したに違いない。そして回り道をしながらもどうにか前に進み始めた。だからだろうか、あたしには少し思うところがあった。

 

「だったらさ、こんなとこで遊んでていいの?」

 

 病気が治ってようやくこれからだというのに、こんなろくでもないところで、将来身を立てるために必要になるかもしれないのに、こんなことにお金を使っていて、それでいいのか。

 そんな思いからふと口にした言葉に、こいつは不思議そうな顔で疑問を返した。

 

「あなたはここがお嫌いなんですか?」

 

 これといって何の意図もない、率直な疑問だったのだろう。しかしそれを聞いたあたしは首をひねった。どうしてわたしは今そんな風に思ったのだろうか。

 あの場所は居心地がいいし、バイクという共通の話題で盛り上がれる相手は貴重だ。それにあたしを含めて定職にもつかないろくでなしばかりではあるけど、別に犯罪者がいるってわけではない。

 こんなところ、こんなこと、どうしてあたしはそんなふうに否定したのだろう。いや、本当はそんな理由わかりきってるんだ。 

 親に反抗して、高校を卒業してからというものいつも街を遊び歩いていた。

 免許を取ってからは来る日も来る日も大好きなバイクを乗り回す毎日、好きなことを好きなだけやる、自由最高、自由万歳、それでも心のどこかではこのままじゃいけないと思ってる。そんな心の引っ掛かりがわたしを不自由にして、それを振り払うようにまたバイクを走らせる。

 それでいつか自由になれると思い込んでいる。でもそれはきっと死ぬまで訪れないだろう。

 

「僕は皆さんと話すのは楽しいですよ。今までほとんど普通の生活ができませんでしたから。なんというか、うまくは言えませんけど、こういう場所の方が僕にとって居心地がいいんです」

 

 だから普通とは言い難い連中に、ああも簡単に近寄ってこられたのだろう。それとは逆に、さっきみたいに店員と話すといった普通のことが、こいつにとってはプレッシャーだったのかもしれない。

 

「それでなんでわざわざバイク? あんまり好きじゃなさそうっていうか、あんたそういうタイプじゃないよね?」

 

「そんなことはないですよ。バイクに乗るのは結構好きです」

 

 これはなんとも意外だった。こいつはそのまま話しを続ける。

 

「バイクに限らずなんでも好きです。こうやって人と話すことや一緒にお店を歩くこと、今までの僕にはできなかったことが今の僕ならできる。今まで見てこられなかったものが今なら見に行ける。それがたまらなく嬉しいんですよ」

 

 その途端、あたしはこいつが自由に見えた。これまでのあたしと違ってつい最近までなにもできないくらい不自由だったはずなのに、あたしが今一番欲しいものをこいつは持ってるんだ。

 やがてパーツの取り付けが終わり、店のガレージから姿を現したバイクは見違えるほどの変貌を遂げていた。それを目にして新しいおもちゃを買ってもらった子どものように歓声をあげる孝。これだけいろいろ付け足せば性能に不自由することはないだろう。あとはこれ。

 

「ほら」

 

 あたしは『ボバ太郎』の座席を開いて中に入れていた予備のヘルメットを投げてよこした。慌てて取りこぼしそうになりながらも孝は落とさずにそれを受け止める。

 

「それもう使わないから、あんたにあげるよ。さすがにそんな塗装はげたのじゃあみっともない」

 

 あたしのお古とはいえ特に目立った傷があるわけではないし、まあ今日の記念ということで。

 

「ありがとうございます。大切に使いますね」

 

 持ち主の手を離れ、冴えない高校生に被られる、星のロゴの入ったダークレッドのヘルメット。ダメだ。こいつ死ぬほど似合ってない。

 あたしは表情でクスリと、内心で大笑いしながら『ボバ太郎』にまたがり、キーを回す。

 

「それじゃ、試運転も兼ねてちょいと走らせますか。とりあえず軽く一〇〇キロ」

 

「ええっ! べつに近場をぐるっと回るだけでも……」

 

「いいじゃん。こっちはあんたの買い物に半日付き合ったんだから、もう半日はあたしに付き合いなよ」

 

 あたしはハンドルに引っ掛けていたヘルメットを被るとバイザーを降ろし、クラッチを回す。

 本当ならもっと遠くまで行きたいところだけど、なにせこいつは初心者だ。少しは容赦してあげないと長く続かない。それに片道五〇キロ、それだけあれば病院じゃ見られなかった世界をこいつに見せてあげられる。

 

「ほら、ちゃんとついて来なよ」

 

 こうしてあたしは半ば強引に孝を連れて走り出した。いつもの肌を風が裂いていくようなスピードとは程遠い、のんびりとした速度で西日に照ったアスファルトに二本のラインを刻んでいく。

 しかたない、もうしばらくはこいつの面倒を見てやろうか。どうせ走るなら一人より二人のほうがいい。

 それに今は少しだけ、自由の意味がわかった気がしたから。

 


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