イザベラside
「さぁ、君達の答えを聞かせてくれ。」
お父様はそう言って私達を見据えた。
わからない。私には難しすぎる。鯉影もさっきからぼーっとしてるし、わかってないみたい。今の私達には答えは出せそうにないわね。
「お父様…1日下さい。」
鯉影が怒るかもしれないけど、今はわからない。それが私達の答えでしょ。
「今夜よく考えるといいよ。明日の朝、答えを聞く。」
お父様はそう言って部屋を出ていかれた。
半日の猶予。よく考えなきゃ。
隣で未だ固まっている相方の頭を軽く叩く。
「いつまで固まってるのよ。早く答えを見つけなきゃ。…悔しいのはわかるけど、あと数時間しか時間がないの、悔やむのは後にして考えましょ。」
そう声をかけるけど、反応がない。
あれ、おかしいな。この子、焦点が合ってない?目に何も写してない。
「鯉影?…鯉影、ちょっと、鯉影!」
肩を大きく揺さぶる。名前を呼ぶこと4、5回やっと目が覚めたのか、
「…ベラ。久しぶり。」
と一言言った。
久しぶり?一緒に居るのに何言ってるんだか。
「目開けながら寝てたの?
それより明日までにお父様のだされた問題の答えを見つけなくちゃいけないのよ。」
多分聞いてなかっただろうからと教えてやると僅かに眉を動かし、
「…そう。」
と、返事をした。
あれ、この子、こんなにそっけなかったっけ?
顔をまじまじと見る。その顔が、あの島に居た頃と重なって、変に感じる。船でマナーを覚えるにつれ、口数が増え、表情がわかりやすくなっていたのに。
また戻ってる。
「…何。」
いや、変わった。前はどんなに表情が動いてなくとも何考えてるかわかったけど、今はわからない。
「どうしたの?」
思わずそう言った。明らかにおかしい。
「何かあったのなら…」
「外行ってくる。」
間接的に1人にさせてくれと言われた。
私、貴女に相談事されるくらいには信頼されてると思ったんだけど、違ったみたいね。
鯉影が消えていったドアを見ながら小さく溜息を吐く。ちょっとこたえた。辛い。
「あの子だって、1人で考えたい事があるんだ、きっと。」
自分にそう言い聞かせてみるけど、何かモヤモヤする。
…やっぱ追いかけよう。
*
鯉影は船のラウンジにいて、海を見ていた。
とりあえず追いかけてみたものの、いつもはポンポン出てくるはずの話題が今日に限っては一つも出ず、重い沈黙が続く。
何もする事が無いので隣に立ち、様子を伺ってみる。嫌がる素振りがないので横にいても良いという意味だろう。
「あのさ、何か悩んでる?」
勇気を振り絞って聞いてみる。
鯉影は黙ったままでこちらをチラリとも見ない。ダメだ、心が折れる。
「…ベラは、」
喋った⁉︎良かったぁ。話聞いてたんだ。
「ベラは、身に覚えのない記憶があったらどうする?」
「え。」
この子は何を言ってるんだろう。
「前から変だとは思ってた。けど、今回ので確信したんだ。」
鯉影はそう言って目線を夜空にやった。
「例えば、あの星ができる前の記憶があったら、
例えば文明が発達してない時代の記憶があったら、
例えば個性がない世界の記憶があったら、
ベラならどうする?」
鯉影はそう言って私に視線を向けた。
悩んでる事ってそれ?知らない記憶があるって事かしら。でもそんなの簡単じゃない。
もし私が知らない記憶があったら、
「それって素晴らしい事なんじゃない?確かに不気味だけど、貴女は沢山の経験をしたのを覚えてるって意味でしょ。人生イージーモードじゃない。だって人は学んで生きる生物なんだから。」
当たり前の返しで申し訳なく思ったけど、鯉影の表情を見るにこれが正解だったみたい。
これまで見た事無いほど目を丸くさせて、数秒ほど固まった鯉影。そして次の瞬間には盛大に笑って目元の涙を指で拭ってた。
「確かに、そういう考え方もできるね。」
笑いながらそう言われた。どうせだからもう一つ言っておこう。
「それに、例え知らない記憶があったって、あるものはどうしようもないじゃない。」
そういうとさらに笑い、
「確かにその通り、どうしようもない。ありがとう。幾分か楽になった。」
そう言って私に向けた笑顔は、数時間前の私の知ってる鯉影の顔に戻ってた。良かった。
「さて、それじゃあ私は自分の部屋に帰るよ。」
鯉影はそう言って船内に入ろうとした。その手首を慌てて掴む。
「?…何?」
「お父様の問題、まだ私達答えられてないでしょ。」
そう。お父様の「覚悟」のお話はまだ終わってないわ。半日しか猶予は無いの。
「覚悟?…あー、真理を悟るってやつか。アレは簡単だよ。」
鯉影はそう言って空を見た。
「真理ってのは、この世の全てのことを言うんだよ。」
この世の全て?蟻とか人間とか?
「そう。真理とは世界であり、宇宙であり、全であり一でもある。」
「…わからない。つまり、真理って何。」
「ベラにとっての真理は、ベラ。君自身だよ。」
鯉影はそう言ってニヤリと笑った。
「難しく考えなくていい。要は自分を理解しろって事。」
「自分を理解?」
私を理解するってどう言う事かしら。
「そこは自分で考えないと。」
鯉影はそう言うと、今度こそ船内に戻ってしまった。
私はというと、今度は自分を理解するって事がわからなくて頭を回していた。