兄弟が増えるという事は、当然お金がかかるという事だ。
だから私は、スリ以外にも色々な事に手を出し始めた。
少ないがちゃんとお金を稼ぐものだ。
子供だからと労働条件が酷かったり、払うと言われたお金を貰えない事もあった。だが、何とかお金を貯めていった。
「鯉影…、そんなに稼げる様になったんですね。」
「お母さん、体調はどう?」
「赤ちゃん、何とか産まれる事が出来そうです。貴女はお姉ちゃんになりますね。下の兄弟に優しくするんですよ。」
「分かってます!お母さん、もう横になって。赤ちゃんも疲れちゃう。」
お母さんのこの状態を見ると、兄弟が無事に産まれてくるか少し心配だ。
お母さんが無事に出産出来るか心配だ。
出産って確かお婆さんが雇われて来るんだった。
…この辺りにお婆さんなんて居ない。困ったな。
今度、ベラにお婆ちゃんがまだ生きてるかどうか聞いてみようっと。
コンコンッ
ドアがノックされた。誰だろう、お母さんの雇い主かな。
いや、あの人ならもっと強くドアを叩く。
私の知り合いなら私の名前を叫ぶ。
私の雇い主はそもそも私の家を知らない筈。
…
コンコンッ
…誰だ。わからない。こんな上品にノックする人は知らない。
変な奴かもしれないし、居留守にした方が良いな。
「鯉影、要件を聞いて来てくれませんか?」
「お母さんの知り合い?」
「いえ。そうではありませんが…」
…うーん。
ドンドンッ
今度は先程とは違うドアを殴る様な音。それに続いて
"とっとと開けろや!"
と言うお母さんの雇い主の声が聞こえた。
お母さんが慌てて開けようとベッドを出ようとするので、私が開けた。でも、後悔した。
黒いソフトハットを被った真っ黒いスーツの男が雇い主の後ろにいたからだ。一目で金持ちとわかった。
その男は私を通り越してお母さんを見ている。その野獣のような目が気に入らなくて、男が何か言うより先に声を掛けた。
「この様な所に何か用でしょうか。見ての通り何もありませんが。」
男は初めて私の存在に気付いたかのように大袈裟に肩をすくめ、
「用が無けりゃこんなゴミ溜め来ねぇよ。俺は俺の雇い主に言われてお前の母親を受け取りに来たんだ。」
……受け取りに?…どうして…?
なんでお母さんを、
「その腹ん中に居るのが俺の雇い主の子だからだとよ。」
目の前が真っ白になった。今何て言った?
種違いの兄弟の父親が迎えに来た?
お母さんのお腹の子の父親…?
「手続きはもう済ました。とっとと母親とお別れ言いな。」
…そっか。元いた子供を無かったことにすれば、コブ付きはコブ付きじゃなくなる。私はお母さんの子じゃない、ただの鯉影になるのか。
この人の雇い主は、たとえ相手が娼婦でも自分の子供が出来たら買い取るイイ人なんだ。外の世界に行けるお母さんを祝福しなくちゃ。お母さんにとってはとても良い事だ。
「そんな、私は娘と別れるなんて!」
「お母さん、私は平気だよ。この頃仕事も覚えてきたし…」
言葉に反して涙が出てくる…我慢しなくちゃ。
「この子はとても聡明で年不相応だけど、まだ四歳なんです。私はこの子と離れ離れになりたくない!それにこの子はステラ候補です。お役に立ちます!」
お母さんが目に薄っすらと涙をためて言った。
「うるせぇ…もう手続きは済ませたって言っただろうが!? 旦那、すんませんねぇ。」
雇い主が怒鳴った。
お母さんが私と離れるのは嫌だと泣いてくれる何て。それだけで嬉しい。
ソフトハットの男はそんな私の心を見透かす様に話しかけてきた。
「おい、娘。手続きは済ませたが、雇い主には俺から言ってやってもいいぞ、コブがいる買わない方が良いって。
…ま、母親の将来を考えるとこれが地獄から這い出る最後のチャンスだと思うが。」
ズンと心が重くなった。そうだ。ダンプから這い出るチャンスなんて限りなく少ない。
ましてや子供二人を抱えて女が一人で生き抜く事なんて 、不可能に近い。私だけでも凄く大変なのに。
「…お母さん。行った方が良いよ。お腹の子供にとってもそれが一番いい。私は平気だし、頼る当てがあるから。」
…嘘だ。お母さん以外に頼れる大人なんて居ない。でも、
「鯉影、私は貴女を置いては何処にも行きま「私の為にも!」っ!」
「行って下さい。お願いします。」
お母さんに初めて声を荒げた。お母さんには幸せになって欲しい。
私の最初で最後のお願い。
でも、お母さんは何も言わなかった。
「…子供がこんなに覚悟決めて言ってんだ。アンタはそれに返さなくて良いのかい?」
長い沈黙の末、ソフトハットの男が助け舟を出してくれた。
男の言葉で決心着いたのかお母さんは小さく頷く。
「ごめんね、鯉影。…ごめんね…」
お母さんは出て行く時に、ずっと身につけていたブレスレットをくれた。お守りだそうだ。
「…小娘。悪いな、お前から母親取って。わけあってお前さんは引き取れないんだ。」
今は、私とソフトハットの男だけしかこの部屋に残ってない。
「自分の子でもないから引き取らないでしょう。大丈夫、これがお母さんにとって一番いい未来だとわかってますから。」
「流石、ステラ候補の子だ。甘ったれな金持ちとは違うな。」
「これくらいしっかりしてないと、お母さん、私を置いていきませんよ。」
静かにそういうと、男は唖然とした後クスクスと笑った。
「そうか。んじゃ人生の先輩としてのアドバイスだ。もっと身嗜みを整えろ。顔はいいんだ、身嗜みさえ何とかすれば、お前はそこそこいい仕事を得られる。」
「?有難うございます。」
「餞別だ。受け取れ」
ソフトハットが頭の上に乗せられた。被ってみてわかるが私じゃ一生かかっても買えそうにない程の値段なのがわかる。我に戻って慌てて返そうとしたら、もう男はこの部屋を出て行った後だった。
こんな物をポンと渡せるこの男は本当にただの雇われ人なのか…
今は部屋から自分以外の人間の気配を感じない。
初めて寂しいという感情を覚えた。
はい、暗いですね。でもこっからはそうでもない。…はず