桜舞う4月のある日。
私は、とある旅館にアルバイト先が決まり、この日が初勤務だった。
年度始めということもあってか、事務所内は少し慌ただしい様子のなか、私もまた朝早くからの勤務で、右へ左へと走り回っていた。
私が旅館をアルバイト先に決めたのには、色々と理由があった。
こぢんまりとした規模故に、社員さんや仲居さんとの距離も近く、懇切丁寧に基本中の基本から一つ一つ教えてくれた。
私は、それまで飲食や接客業の系統で仕事をしていたものの、何ひとつ身につかないどころか、店長や社員に迷惑をかけて、かなり煙たがられていた。それが辞めざるを得ない理由となり、コロコロと職場を変えていた。
しかし、そんな矢先に、母からとある話があった。
「アンタさ、私の友達のとこで働けば?」
「…誰のとこ?」
「紗華さんのところ」
「旅館?」
「旅館」
「…へ?」
にわかには信じ難いが、このような会話だった。
聞けば、この紗華さんの旅館は人手不足とかで、常に求人を募集しているのだとか。そこで、母の娘さんはアルバイト先を探していないかと聞かれていたそうな。
…ただ、恐ろしいことに、こういう時の母はかなりすごい所にまで踏み込んでしまう。
「今度、○○日の△△時に旅館の仕事見においでよだってさ!カレンダー書いとくよー」カキカキ
「…はい?」
既に嫌な予感がしているのは、私の気のせいだろうか。
「あのー…」
「ん?だってバイト先辞めたって言ってたじゃん?」
「まだネームとか色々返してないけど?」
「へ?」
「へ??」
これである。
「あ、一応履歴書持ってってだってよろしくー!」
「はぁ…」
…もう本当に嫌な予感しかしないのがどうしようもない。
--- 当日 ---
私は今、旅館のロビーに"支配人さん"と"専務さん"と3人でいる。
支配人さんと専務さんは、ロビーのソファーに座ってニコニコしてこちらを見ている。
一方の私は、というと…
(((待って面接とか聞いてないんやが…!?)))
冷や汗が止まらなかった。
支配人さんの片手にはシフト表のような何かが見えていたからである。
…おかしいって思うの私だけなのかな?
漂うコレジャナイ感を余所目に、"面接"が始まった。
「いやー…こんな子がフロント来てくれるとか、嬉しいねぇ?専務さん?」
にこやかに隣の紗華さんに話しかける支配人さん。
意図せず顔が引きつる私。
「そうですよねぇ…?いやーほんっっとに嬉しいですねぇ」ニコッ
これまたにこやかに返す紗華さんである。
意図せず更に私の顔が引きつる。
「え、ええっと…」
やっとの勇気を振り絞って、引きつったままの笑顔で話を促してみる。
「あぁ!いや、紹介が遅れてすまないねぇ。私はこういうもので…」
と、慣れた様子で名刺を渡して下さる支配人さん。いや、えっと…そうじゃないんです…
「ええーっとね…いつ頃からお仕事入れそうかな?」
まあ、そうですよね(笑)
「ええっと…ええっと…」
思わず返す言葉に詰まる。
「○○日は?何か予定あったりするかな?」
支配人さんがにこやかに問うてくる。
「いや、えっと…まあ、その日は1日空いてます。」
「おおっ!ならこの日を初勤務にしようか!いやぁ…人手不足で困ってたんで助かるよー!」
何故かすごくテンションが高い支配人さん。
良くない予感に、思わず私は、専務改め紗華さんの方を見る。すると、"てへっ☆"という言葉がピッタリ来るような表情で、こちらを見ていた。
「ええっと…私はどちらに配属される予定ですか?」
恐らく、この分だと配属先まで決まっているのだろう、と踏んだ上で支配人さんに聞いてみた。
「んー…どこがいいだろうねぇ?フロント?」
そう言って、支配人さんが紗華さんの方を見る。
「んー…そうですね!フロントですね!」
…うん、やっぱり何か色々おかしいよね?ね?
「じゃ、フロントでお願いします!」
キラキラとした眼差しで、支配人さんが私を見る。
頼むからそろそろ誰かツッコんでくれ…!!
「「それじゃあ、お願いしますね!!」」
…もう、もう…どーとでもなれ!!!
---ஐ ஐ ஐ ஐ ஐ ஐ ஐ ஐ---
そうしたツッコミ不在の面接の中、やっとのことで面接は終わった。
今回は色々とあって割愛したが、面接の後に支配人さんと色々と雑談していた。
以前勤務していたアルバイト先からクビ勧告をされて、次のアルバイト先を探すのに躍起になっていたものの、まさかこんな形でいとも簡単に新しいアルバイト先が決まるなんて、思ってもいなかった。しかし、嬉しい反面、少しだけ複雑な気持ちがしていた。
「なんかおかしいんだよなぁ…」
色々と腑に落ちないところだらけで、家に着くまでの間、顔も内心も複雑な私なのであった。
笑うなよ?絶対笑うなよ…?笑うんじゃねぇぞ…???(しつこい)