ヤーナムに住む(獣狩りの)少女   作:夜狐クラフト

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(獣狩りの)少女

 ………………。

 ………………。

 

 獣狩りさんが持って帰って来てくれた、真っ赤なブローチ。

 間違えようない。これは、お母さんが身に着けてたもの。

 獣狩りさんがこれだけ持って帰って来たってことは――。

 つまり、そういうことなんだと思う。

 

 ねえ……何でよお母さん。

 私を一人にしないでよ……。

 何で……何でこんなことに……。

 一人は嫌だよ……寂しいよ……怖いよぉ……。

 逝かないでよ……お母さん……ッ!

 

 

 

 

 

 

 ああ、何処だっけ、此処。

 酷い匂いがする……下水路かな。

 何で此処に来たのか、あまり覚えてない。

 確かあの獣狩りさんが去り際に、オドン教会が安全だって教えてくれたからだっけ。

 この街はもう危険だって。

 うん。確かに私もそう思う。

 ヤーナムの街はもう――私の知ってる街じゃない。

 お母さんのいないヤーナムは、ヤーナムじゃない。

 …………?

 水路の奥の方から何かが歩いて来る……あれは、豚?

 豚さんにしては、とてつもなく大きいけど。

 ん? あれ? 何か物凄い勢いで迫って来てるような……

 

「――……わッ!」

 

 ような、とかじゃなかったね。物凄い勢いで突進してきてたね。

 危ない危ない。あのまま突っ立ってたら跳ね飛ばされるか押し潰されるかして死んじゃってたよ。

 でもおかしいな。私別に動物に好かれるようなタイプじゃないんだけど……って、あれれ? 何か豚さん目つき怖くない? 獲物を仕留める時の肉食動物みたいな顔してない? 気のせい?

 間違っても頭を撫でられるような雰囲気ではなかったから、何歩か離れた微妙な距離を保ちながら様子を見る。するとなんという事でしょう。首を思い切り伸ばして私目掛けて噛みついてきたではありませんか。

 これはもしかしなくても私を食べる気ですね。

 よく見たら口の周りにうっすらと赤黒い血のようなものがついてるようにも見えますね。

 あー……これは勘弁してほしい。

 お父さんもお爺ちゃんもこんなのいるなんて話したことなかったんだけど。肉食の豚さんがヤーナムの街にいるだなんて聞いてないんだけど私。

 しかし豚さんはそんな事情知ったこっちゃないとでも言うように、上体を思い切り仰け反らせてから勢いよくボディプレスをかましてきた。間一髪のところでどうにか躱す。ちょっと凶悪過ぎでしょこの豚さん。待って待って死ぬ死ぬ死んじゃう。

 こんなのがいるから、お父さんが獣狩りに出なきゃいけなくなるんだね。よく分かったよ。

 

「…………ん?」

 

 ということは……ということはだよ?

 この豚さんみたいなのとか、獣になった人たちを狩るために狩人がいて、狩人だったお父さんはその"狩り"を繰り返してる内に段々おかしくなっちゃって。

 お父さんを連れ戻すために、出て行ったお母さんは……多分、道中の獣に……殺されちゃった。

 ――あ、やっぱりそうか。そういうことなんだ。

 

「つまり全部、お前ら獣がいけないんだ」

 

 こいつらのせいで私の日常が壊された。

 こいつらのせいでお父さんもお母さんもお爺ちゃんも、私の傍からいなくなってしまった。

 私だって感情を持った人間だ。大事な家族を奪われたなら、悲しい感情だけでなく怒りの一つだって湧いて来る。

 これが吹っ切れたって感覚なのかな。

 今はもう、悲しみよりも獣たちに対する単純な怒りの方が勝ってる。

 

「じゃあ、ちょっと反撃してみますか」

 

 このまま成す術も無く、ヤーナムに住む少女は豚さんに食い殺される。

 そんな誰もが容易に想像つくような未来に誰がしてやるものか(・・・・・・・・・)

 豚さんが再び上体を反らした。またあのボディプレスだろう。

 体が叩きつけられる瞬間を狙い、豚さんの横をすり抜けるように前転。そのまま背後を取り、握った拳を力いっぱい豚さんのお尻に当ててみる。実際そんなにダメージなんてなかっただろうけど、反撃してくるだなんて思えない相手からの、思わぬ方向からの攻撃に豚さんは大きく怯んだようだった。

 あ、お父さんから聞いたことある。こういう時、すかさず追撃すれば大きな損傷を与えられるって。よーし。

 

「餞別だよ、豚さん」

 

 肛門から強引に拳をねじ込み、内臓を思い切り引っ掻き回してから拳を引き抜く。うえぇ……汚い……。でも拳をねじ込んだ時、ついでに着けていたリボンを豚(・・・・・・・・・・)さんの中に埋め込んで(・・・・・・・・・・)おいた(・・・)

 昔お母さんから買ってもらったものだけど……お母さんたちのことを思い返すなら、このブローチがあればそれで十分。あの平穏な日常に未練を感じるようなモノは、此処で捨てていった方が良い。その方が強くなれる気がする。そんな感じのこと漫画で読んだことあるし……!

 

「プギァァァァ……」

「ってうわー……まだ生きてるの?」

 

 やっぱり素手じゃ倒すの難しそうね。

 というかこんなか弱い少女の一撃二撃で倒せるなら誰も苦労なんてしないか。

 ――よし。

 

「逃げよう」

 

 無理に倒そうとして逆に本当に食べられたりしたら目も当てられない。

 そうと決まれば一先ず水路の横にあった出口から外に出る。人が通る分には問題ない大きさだったが、あんな体の大きな豚さんが通るのは到底無理だろう。

 特別訓練したって訳でも何でもないけど、お父さんに獣狩りのこと色々聞いたり、ちょっとした運動と称して体を動かしていたことが功を奏したのかな。武器でも調達して少し練習すれば、その辺を闊歩してる獣くらいなら私でも狩れるかもしれない。

 これならもう迷う必要もないね。

 

「何か原因があるなら、その原因ごと。そういうのがないのなら……ただひたすらに――」

 

 全ての獣を、狩り尽くす。

 それが今の私に出来る唯一の事だ。

 

「……偶には、我が儘言っても良いよね」

 

 待っててね。お父さん、お母さん。

 私が――仇をとってあげる。


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