須賀咲になりたくて   作:小早川 桂

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1:『須賀京太郎は時を戻って』

 気が付いたら、小学生時代に戻っていた。

 

 何を言っているのか、よくわからないと思うが、俺もわからねぇ。

 

 待て待て待て。

 

 落ち着いて、よく考えろ。

 

 今日は俺の奥さんの誕生日で、ご機嫌をうかがうべくケーキを片手に仕事から帰っていたはず。

 

 なのに、どうして俺はランドセルなんか背負っているんだ? 

 

 おかしいだろ!

 

「うぉぉぉ! 夢なら醒めろ! 醒めてくれ!」

 

「ダ、ダメだよ、京ちゃん。頭を電柱にぶつけちゃ」

 

「え?」

 

 一心不乱にヘッドバンキングしていると、腕を引かれて止められる。

 

 振り返れば、かわいらしい女の子が立っていた。

 

 俺は彼女の名前を知っている。

 

「……咲?」

 

「そ、そうだよ? 宮永咲だよ? 忘れちゃった……?」

 

 宮永咲。

 

 忘れもしない俺にとって大切な女性だ。

 

 改めて、じっくり見れば面影がはっきりとある。

 

 ちんちくりんなところとか、特徴的な髪の跳ね方とか、今にも泣きそうなその顔とかぁぁぁ!?

 

「ち、ちがうんだ、咲! 今のは冗談で!」

 

「ぐすっ……冗談でも、そんなこと言わないでよぉ……」

 

 かっ、かわいいぃぃぃぃ!!

 

 あー、ダメです、ダメです。

 

 そんな涙ぐんで、上目づかいされたら父性がくすぐられちゃう!

 

 もう! そんな風に服の袖をちょんちょん引っ張らないの!

 

 キュン死するだろうが!

 

「悪かった、悪かったって! ほら、これでいいだろう?」

 

 そう言って、俺は咲の小さな手を握りしめる。

 

 おてて、ぷにぷにぃぃぃ!

 

「……えへへ。京ちゃんの手、あったかいね」

 

「……! そ、そんなことねぇよ」

 

「そうかな? でも、こうしてるとね。安心するけどなぁ。……ねぇ、京ちゃん?」

 

「な、なんだよ?」

 

「これからも、こうやって私と一緒に帰ろうね?」

 

 この後、めちゃくちゃおててつないで学校から帰った。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 そんな日々を繰り返していたら、中学時代に突入した。

 

 そして、ようやく俺はあることに気づく。

 

「……あれ? 俺と咲が出会ったのって中学じゃなかったっけ?」

 

 そう。生前(仮にそうする)の記憶の通りであれば、俺が宮永咲を知るのは中学時代なのだ。

 

 ロリ咲があまりにも可愛いから忘れてはいたが、これが大事なことだ。

 

 絶対に忘れないようにしないといけない。

 

「ねぇ、京ちゃん、京ちゃん」

 

「なんだ、咲? ちょっと俺は考え事をしているから、また後で――」

 

「クッキー焼けたよー。はい、あーん」

 

「――あーん!」

 

「どう? おいしい?」

 

「うん、うまい! 咲のお菓子は世界一だなぁ!」

 

 口に広がる香ばしさあふれるクッキーは、何を隠そう、俺の自慢の幼馴染の手作りだ。

 

 中学生になった咲は、それはもうもうメキメキと女子力を上げていった。

 

 元々やればできる子だったんだろう。

 

 俺の知っている咲とは、かけ離れて過ぎていて、別人を疑う域だ。

 

 唯一の共通点である趣味の本を読むことが好きだった咲は知識をどんどん吸収し、こうやってお菓子を作ってくれる。

 

 これが部活終わりの俺の楽しみなのだ。

 

「京ちゃんが喜んでくれて嬉しいよ。はーい」

 

「あーん!」

 

 差し出してくる咲の誘惑には勝てず、一枚、また一枚と口に運ぶ。

 

 あー、美味しい。

 

 なんて幸せなんだ、俺は……。

 

 手作りのお菓子を食べさせてくれる可愛い幼馴染がいるとか……こんなに人のぬくもりを感じたのは、いつ以来だっけ……。

 

 仕事では上司と部下からの板挟み。家に帰ればテーブルに置かれたカップラーメン。結婚しているはずなのに妻がいない朝。

 

 やばい……泣きたくなってきた……。

 

「きょ、京ちゃん? どうしたの? おなか痛い?」

 

「ち、違うんだ、咲。ちょっといろいろあってな」

 

「そっか……大丈夫だよ、京ちゃん」

 

 視界が真っ暗になり、咲に抱きしめられていることに気づく。

 

 ほのかな甘い香りと小さくも柔らかな胸に包み込まれ、ざわついた心が落ち着いていくのを感じた。

 

 そっと背中を撫でられる。

 

 ゆっくりと上から下へ。嫌なものを消し去るように。

 

「きっと辛いことがあったんだよね。そんな時は私もこうされると、すごく落ち着くんだ」

 

「咲……」

 

「だからね、今はいいよ。京ちゃんの嫌なことを私が受け止めてあげる」

 

「さきぃぃぃ!」

 

 泣いた。

 

 情けなく涙を流した。

 

 同級生の胸に顔を押し付け、わんわん泣き散らかした。

 

 界さんが仕事で本当に助かった。

 

 こんなところを見られたら、何を言われるか、わからないからな。

 

 責任を取ってもらうとか言われたら……あれ?

 

 それ、最高にハッピーエンドじゃね?

 

 なにはともあれ、いつまでも咲に抱き着いているわけにもいかない。

 

 俺は彼女から離れる。すると、あることに気づいた。

 

「ごめん、咲。服が汚れちゃったな……」

 

「ううん。別にいいよ、気にしなくて」

 

「いや、それじゃあ、俺の気が済まない。ダサいところ見せちゃったからさ……今度はいい格好させてくれ」

 

「うーん……あっ、じゃあ、こうしよう?」

 

 咲はポンっと手を叩くと、ずいっと顔を寄せる。

 

 ……まつ毛、長くてきれいだな。

 

「……京ちゃん?」

 

「い、いや、なんでもない。それでなにを思いついたんだ?」

 

「うん! 今度……一緒にデートしてほしいなって」

 

「デート? いつも付き合っている本の買い出しとか、みたいな?」

 

「ちがいますー。本当のデートですー」

 

 ぶっぶーと自分で効果音をつけて、バッテン印を作る咲。

 

「京ちゃんがデートプランを考えて、私をエスコートするの。朝から夜まで、私を喜ばせるために頑張るの。洋服代はいらないから、態度で示してほしいなぁって」

 

「なんだ、そんなことか。それなら簡単だ」

 

「そうかな? 私はそんな簡単に崩れる女じゃないよー?」

 

「でも、俺、いつも咲のこと考えてるし」

 

「うんうん……うん?」

 

「咲ばっかり見るようにしてるし」

 

「そ、そうなんだ、へぇ……」

 

「これからもずっと咲と一緒にいたいからさ……って、咲? どうしたんだ? 顔、赤いぞ?」

 

「……京ちゃん。私が死んじゃうから、それ以上はダメ。近づくのも禁止」

 

「えっ、でも」

 

「大丈夫だから。わかった?」

 

「はい」

 

 有無を言わさぬ迫力に俺も素直に従う。

 

 でも、それもすぐに霧散して、今の咲は俺から顔を背けるばっかりだ。

 

 髪からのぞける耳は真っ赤だし、さっきから体も何かを耐えるようにプルプル震えているし、心配なんだが……。

 

 まぁ、本人が問題ないって言ってるんだから、とりあえず俺がするべきことは一つ。

 

 咲をメロメロにするような、甘い一時をプレゼントすることだ。

 

 咲って恋愛小説大好きだし、きっとそういうのに憧れてるんだろうなぁ。

 

 相手が俺なのは我慢してほしいが、そのぶん気持ちを込めて作ろう!

 

 この後、俺は咲にお礼を言って帰宅し、来る彼女とのデートへと備えた。

 

 

 

 そして、そのデートで咲に告白された。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「もう高校生かぁ、はやいな」

 

「そうだね、ダーリン」

 

「ダーリンはやめてくれ、恥ずかしいから」

 

「自己紹介は須賀咲でよかったよね?」

 

「おっと、間違いしかないぞ」

 

「あっ、ごめんね。そうだよね。京ちゃんの気持ちも考えずに……」

 

「わかってくれたらいいんだ」

 

「うん。私は宮永咲で、京ちゃんが宮永京太郎だったよね、ごめんごめん」

 

「ははは、お茶目さんだな、咲は。それも違うぞ」

 

「えっ!?」

 

「えっ?」

 

 そんな会話をしたのも、もう一ヶ月前。

 

 県内でもハンドボール強豪校に通っている俺たちは汗を流し、今は帰路についていた。

 

 さすがに中学とはレベルが違うけど、上手くやっていけているのは咲のサポートがあるからだと思う。

 

 咲は清澄を選ばずに、俺と同じ高校を選んだ。

 

 マネージャーとして、一緒に慣れないことを頑張ってくれている。

 

「いやぁ、クタクタだな。もう肩が上がらん」

 

「だったら、マッサージしてあげようか? 今日はお父さんいないし」

 

「マジか! じゃあ、今日は俺の方に直帰だな。ありがとう、咲」

 

 彼女の頭を撫でると、咲は恥ずかしげにうつむく。

 

 また、その表情がいちいち可愛いのだ。

 

 正直、力が無さすぎて気持ちよくないけれど……必死になってくれている姿に癒される。

 

 完璧少女と言っても過言ではないだろう。

 

 それくらいに咲は素敵な女の子だった。

 

 容姿は一緒でも俺の知る咲の面影は全くない。

 

 俺の知る宮永咲は、この世界にはいない。

 

 ――それが寂しくもあった。

 

「……でね、この前……って、聞いてる、京ちゃん?」

 

「……あっ、悪い。ちょっと上の空だった」

 

「大丈夫? 練習のし過ぎなんじゃない? いつも個人練もしてるし」

 

「プロになりたいんだから、これくらいは必要だよ。平気、平気」

 

「そっか……。でも、無理はしないでね。一生懸命な京ちゃんは好きだけど、怪我する京ちゃんは見たくないよ」

 

「わかった、わかった」

 

 生前ではなれなかったプロ。

 

 そこまでハンドボールに打ち込んでなかったし、高校では何もかもが中途半端で……。

 

 だからこそ、今度は人生に真摯に向き合いたかった。

 

 それに……。

 

「……?」

 

 咲を幸せにしたかった。

 

 今でも不安に思う時がある。

 

 彼女はこんなに俺に尽くしてくれて……俺は対価を支払えているのか。

 

 彼女はとてつもない麻雀の才能がある。

 

 俺が無理矢理にでも麻雀部に入れれば、彼女はきっと輝かしい栄光を手に入れることができただろう。

 

 こんな俺に関わらなければ。

 

 そう思うと、聞かずにはいれなかった。

 

「なぁ、咲。よかったのか?」

 

「なーに?」

 

「お前、麻雀強いのに麻雀部に入らなくて。ここも結構強かっただろ?」

 

 やってしまったと後悔したのは、隣を歩く彼女の表情が曇ったのを見た後。

 

 トッププロとして毎日、忙しい身であることを知っている俺からすれば何気ない一言だった。

 

 だが、それは彼女の以前の未来を知っている俺だからわかること。

 

 ――この世界線の咲は俺の前で一度たりとも牌を触っていない。

 

 咲は困惑して、動揺を隠せずにいた。

 

 声を震わせ、尋ねてくる。

 

「……どうして京ちゃんが、それを知っているの?」

 

 うかつだった。

 

 咲にとって、麻雀そのものが辛い過去。

 

 俺は慌てて、彼女の手を握りしめて言い訳を並べる。

 

「いや、ほら、界さんに聞いたんだよ。咲のこと」

 

「……お父さんから?」

 

「そうそう。実は内緒にしていたかったんだけど……咲にサプライズプレゼントしようと思ってたんだよ。で、界さんと咲のこと語り合ってて、その時にな」

 

 かなり苦しい。

 

 苦しいが、矛盾はないはず。

 

 俺はおそるおそる彼女に目をやる。

 

「なんだ。お父さんが教えちゃったんだ。もう私、びっくりしたよ~」

 

 さっきまでの威圧感はなくなり、咲はホッと胸をなでおろしていた。

 

 それどころか、頬に手を当てて、腰をクネクネとさせている。

 

「それに京ちゃんもプレゼントだなんて……私は幸せ者だよぉ」

 

 その言葉に胸がちくりと痛む。

 

「は、ははっ。そろそろ付き合い始めて一年だろ? だから、記念になるものをな」

 

「そっかそっか。嬉しいなぁ」

 

 そう言うと、咲は腕を絡めてくる。

 

 そのまま歩き始めたので、俺も合わせて動き出す。

 

「……ね、京ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「私ね。欲しいプレゼントあるんだ」

 

「あー、もうバレちゃったしな。何でもいいぞ。これでも結構、ためてるから」

 

「ううん。お金はかからないから大丈夫だよ。いつもデートの時はおごってくれてるし」

 

「それは男として格好つけるところだからいいんだよ。……で? なにが欲しいんだ? もう隠す意味もなくなったから遠慮せずにいてくれ」

 

「キス」

 

「……え?」

 

「私、京ちゃんと毎日キスしたい」

 

 どうやら聞き間違いじゃないようだ。

 

 幼馴染も気が狂ったわけでもなく、真面目に俺にお願いをしている。

 

 その眼に冗談は含まれていない。

 

「毎朝、学校に行く前とか……何気ないときにでも……ダメかな?」

 

 小悪魔的な彼女のお願いを断れる奴がいるのだろうか。

 

 いや、いない。

 

「ちょうど、今ならだれもいないよ? だから、ここに返事が欲しいな?」

 

 そう言って、咲は瞳を閉じる。

 

 俺たちを見つめるのは、夜空に浮かぶ星々だけだ。

 

 少しだけ躊躇したものの、恋人の誘惑に理性はあっという間に呑み込まれ、俺は唇を重ねた。

 




二話は明日か明後日に投稿するよ
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