小鍛冶健夜さんが結婚した。
初めはいつものエイプリルフールかと思われたけど、よくよく考えれば発表されたのはお正月。
どうやら今回は本当のようで、その一報は世界を震わせた。
それから数か月、女子麻雀界は祝福に満ち溢れ、男子麻雀界は混沌に陥っていた。
飢えた
牌のお姉さんとか、牌のお姉さんとか、牌のお姉さんとか。
とにかく世の中の全ての未婚者に希望を与えた当事者と私は二人で飲んでいる。
女にもいろいろあるのだ、いろいろ。
「健夜さん。どうやって結婚したんですか?」
「んー、どうって言われると難しいんだけど……」
「だけど?」
「簡単にまとめると、麻雀を極めれば、時空をねじ曲げられるってことかな」
「私、八冠目指します」
そして、私は健夜さんの持つ最年少八冠保持記録を塗り替えたのであった。
◆ ◆ ◆
「よしっ……こんな感じでいいかな?」
なるほど。
健夜さんの言った通りだ。
私は望んだ通り、小学生の姿になっていた。
京ちゃんと同じ学校に通う、彼の幼馴染として。
「きっとすこやさんもこうやって若い頃から根回ししたんだろうなぁ」
ある意味、光源氏計画……。
そもそも何を思って、こんなことを試してみたんだろう。
普通の人間は過去を変えようとか考えたりしないし、実行にも移さない。
アラサーは時代を越えられる。
……結婚意欲って、すごい。
「私も人のことをとやかく言える立場じゃないけど」
自虐気味に笑うと、私は今後の予定を組み立てに入る。
目標は決まっていた。
そこに至るまでの間、最も大きな分岐点は間違いない。
だけど、今はそれよりも――。
「えへっ、えへへっ。小学校の頃の京ちゃんも可愛いなぁ」
今、私の隣を歩いているのは小さい京ちゃん。
写真では見たことあるけど、実物も比べ物にならないくらい可愛い。
はっきり言えば、たまらない。
でも、心配なことがある。
それは京ちゃんが突然、道中の電柱へとヘッドバットをし始めたから。
なになに? 時空を歪めたら、京ちゃんの頭も歪んじゃった?
いやいや、まさか、まさか。
そんな私の心配も杞憂だったみたいで。
「悪かった、悪かったって! ほら、これでいいだろう?」
昔の京ちゃんも、優しいままだった。
ていうか、京ちゃん……しょ、小学生なのにちゃんと男の子してるおててだよ……!
何度かぎゅっ、ぎゅっと握りしめる。
やっぱり安心感を感じるなぁ、京ちゃんの隣は。
「……ねぇ、京ちゃん?」
「な、なんだよ?」
「これからも、こうやって私と一緒に帰ろうね?」
私がそう尋ねると、京ちゃんは「あ、う……」とおぼろげに言葉を返す。
思春期特有の恥じらいがあるようで、その顔は真っ赤だ。
……まぁ、それに関しては私も他人のことを言えないけど。
やがて京ちゃんは顔を逸らして、どんどん先を進んでいく。
返事は結局なかったけれど、私にはすぐにわかった。
だって、京ちゃんは家につくまで手を離そうとはしなかったから。
◆ ◆ ◆
私が読んだ小説の中にも、いわゆる逆行ものと呼ばれる作品はあった。
その主人公たちは得てして、自分だけの持つ知識をフルに活用して危機を乗り越えていく。
そして、この世界においての主人公は私だ。
私だけが未来の記憶を要し、私にとっての地獄の未来を変えられる。
だから、私はまず自分磨きを第一優先とした、
料理がまともにできず、お惣菜やインスタントがメインだった日々とはおさらばするんだ。
それでいて、京ちゃんへのアピールは忘れない。
学校にいる間はずっと京ちゃんにべったりなおかげで、自然とライバルの数は減っていった。
朝の登校から部活終わり、いや日常生活まで私が握っていると言ってもいいだろう。
「はい、京ちゃん。あーん」
「あーん!」
焼きたてのクッキーを京ちゃんの口へと運ぶ。
どうやらお口に合ったようで、私がクッキーを口元まで持っていくと、京ちゃんは美味しそうに食べてくれる。
あんなにも苦手だった料理の類が、こっちでは趣味にまで昇華していた。
人間やりたいことがあれば、できるものである。
「咲のお菓子は世界一だなぁ!」
それに、こんなにも好きな人に褒めてもらえるなら嫌でもやる気になるだろう。
恋する乙女は単純なのだ。
京ちゃんにも喜んでもらえるし、よかったよかった。
本当に京ちゃんにしてあげたかったことが少しずつ叶って……私は幸せ者だなぁ。
そんなことを考えているときに京ちゃんが急に泣き出しちゃったのには、びっくりしたけど。
多感な時期だもん。
私にはわからないところで辛いことがあったのかもしれない。
だったら、私は支えになりたい。
もう後悔はしたくないんだ。
きっと私が本当の中学生の宮永咲なら、躊躇していたんだろうけど。
「今度……一緒にデートしてほしいなって」
何度も悔やんで、やり直したのだから。
「ちがいますー。本当のデートですー」
立ち止まるなんてことはしていられない。
「えへへっ。楽しみだね、京ちゃん!」
私がーー京ちゃんを幸せにするんだ。
そして、私たちは恋人同士になった。
◆ ◆ ◆
「京ちゃん。お弁当作ってきたから一緒に食べよ」
「おっ、サンキュー。俺の好きなハンバーグ入れてくれた?」
「うん。今日も練習厳しいから、しっかり食べて栄養つけてね」
「おっ、相変わらずいい彼女だなぁ」
「彼女違います。嫁さんです」
「お、おう」
そう返すと、引き気味に高久田くんは学食に向かった。
私たちは机をくっつけて、お昼ご飯にする。
結局、私と京ちゃんは清澄じゃない高校に行った。
まぁ、私が意地でも清澄を拒否したからなんだけどね。
清澄に行ったら、どんな流れで麻雀に関わってしまうかわからない。
それなら私は京ちゃんに合わせて、別の高校に進学するだけ。
幸いにも、勉学には困らなかったし。
そういえば、京ちゃんも私が思っていたより全然賢かった。
その辺りもやっぱり過去を弄ってるから変わってるんだろうか。
……もし、健夜さんが独身になったら申し訳ないから、いざというときは高久田くんを紹介しておこう。
「京ちゃん、美味しい?」
「ああ、とっても」
「お嫁さんにしたくなった?」
「咲はいいお嫁さんになれると思うよ」
「じゃあ、結婚しよっか」
「待って。今のはプロポーズじゃないから」
何はともあれ、私の目指す未来へと着実に近づいている。
そう思っていた。
あの時までは。
「お前、麻雀強いのに麻雀部に入らなくて。ここも結構強かっただろ?」
ガツンと側頭部を殴られたような衝撃。
思考が混沌を極める。
どうして、京ちゃんがそのことを知ってるの?
私が京ちゃんと過ごすにあたって、最も遠ざけてきたものが麻雀だ。
だから、そんな言葉が出てくるわけがないのに。
動揺が隠せない。
いつもと変わった様子の私を心配して、京ちゃんは慌ててお父さんに聞いたと言う。
ねぇ、京ちゃん。
知ってる?
京ちゃんは嘘をつくとき、相手の手を握る癖があるんだよ?
今も、慌てて私の手を掴んだよね。
……きっと、何かの間違いだ。
あの癖も私が時空をねじ曲げる前の京ちゃんの癖。
こっちの京ちゃんも同じ癖を持っているなんて、あり得ないよね。
私は自分に言い聞かせる。
まだまだ京ちゃんとしたいことは、たくさんあるんだから。
あっちで出来なかったことが、いっぱい。
どうやら京ちゃんはプレゼントをくれるらしい。
だから、私は考えていたお願いを一つ打ち明ける。
「私、京ちゃんと毎日キスしたい」
私の要求に、京ちゃんの目は点になった。
「毎朝、学校に行く前とか……何気ないときにでも……ダメかな?」
だけど、私が面白半分で言っているわけじゃないとわかると、彼の表情が引き締まる。
真面目な京ちゃんのことだから、真剣に考えてくれているんだろう。
そんな貴方だから私は好きになったんだよ。
「ちょうど、今ならだれもいないよ? だから、ここに返事が欲しいな?」
私は瞼を下ろした。
それから少しの間が空いて、優しく唇が重ねられた。
次は土日と用事があるので、月曜日か火曜日。