頭がくらくらする。
ぼやけた視界。
それでも見慣れた天井だとわかったが、身を包む布地はどこかいつもより心地いい。
ていうか、下半身がスースーする。
見やれば、下半身どころか上まで開放感あふれる格好をしていた。
「どうなってんだ……?」
こめかみを指で抑えながら、寝返りを打つ。
すると、そこには俺の彼女が裸でいて、柔和な笑みを浮かべていた。
「おはよう、京ちゃん」
彼女の姿を見て、脳内にかかっていた靄が晴れた。
記憶が加速し、今に至るまでの経緯を思い出させてくれる。
そうだ。
俺と咲は二十歳になったお祝いで二人でお酒を飲んで、酔った勢いでそのまま――。
「ということは、ここは家か……」
「そうだよ、私たちの愛の巣だよ」
「なんか卑猥に聞こえる」
「昨晩したばっかりだけど?」
ごもっとも。
反論の余地がなく、俺は押し黙る。
高校を卒業後、同じ大学に通うことになった俺と咲は二人で少し大きめのマンションの一室を借りた。
うちの親父も界さんもすっかり俺たちが結婚する腹積もりのようで、説明するまでもなく資金繰りしてくれたのだ。
当然、働き始めたら返すつもりだけど。
「ふんふふーん」
咲は鼻歌を奏でながら、気分よさげに朝食を作っている。
俺はと言えば、その光景に感動を覚えていた。
エプロンをつけた恋人がキッチンで料理している……!
できたての温かい料理がテーブルに並んでいる……!
「美味しい……美味しいなぁ……!」
「もう京ちゃんったら……なんで泣いてるの?」
「いや、ちょっと思うところがあってな」
「変なの。例えば、どんなこと?」
「世の中には奥さんに料理を作ってもらえない旦那さんもいるんだよな、と思ってさ」
冗談めかして、俺は前世の自分の状況を話す。
……いや、あれは仕方がなかったんだけどな。
お互いに忙しくて、いつの間にかすれ違っていた。
ちゃんと結婚を決めた時には、好きという気持ちがあったんだ。
それは今でも覚えている。
流されるように結婚したけれど、それでも彼女のことは好きだったんだ、俺は。
だから、離婚しようとは思わなかったし、あの日もケーキを買って帰ってたんだっけ。
「へ、へぇ。やけに具体的だね」
「そういう夢を見たってだけだよ。咲もそういうことないか?」
「私はないけどなぁ。……で?」
「え?」
「その旦那さんは奥さんのこと好きだったの?」
ずいっと身を乗り出してくる咲。
どうして、そんなにも必死なのだろうか。
……まぁ、ここは別に答えても大丈夫だろう。
俺の実体験とは、よもや思わないだろし。
「愛してたよ。当たり前だろ?」
「そ、そっか……そうなんだ……」
「でも、奥さんはそうは思ってなかったかもしれないけれどな」
「……そう、かな? そんなことないかもしれないよ」
「いや、そんなことないって」
「そんなことあるよ!」
「うおっ!?」
や、やけに突っかかってくるな。
もしかすれば、同じ女性として感情移入しているかも。
それにしても、こっちの咲にしては珍しい。
でも、今のほっぺを膨らませた咲は、どこか俺の知っている元の彼女の面影があった。
……あいつ、今頃何してるんだろうなぁ。
俺のこと……少しでも思ってくれているのだろうか。
「あっ、ごめん。ちょっと興奮しちゃった……」
「いや、気にしてないから大丈夫だぞ。それより食べようぜ。せっかくの料理が冷めちまう」
「そ、そうだね。食べちゃお。食べちゃお」
俺と咲はたたずまいを直して、再び楽しい食事に戻る。
そんな今朝の一幕だった。
◆ ◆ ◆
「じゃあ、そろそろ出るよ」
「うん、いってらっしゃい。頑張ってきてね」
そう言って、私は京ちゃんの頬に軽く唇を当てた。
「元気出た! いってきます!」
京ちゃんは力こぶを作ると、飛び出していった。
ハンドボールの練習試合があるのだ。
京ちゃんはハンドボールのプロ選手としての内定が確実で、日本代表に選ばれるほどだ。
少しでも協力できたなら、私も鼻高々だよね。
本当は京ちゃんの活躍を見に行きたいところだけど、今日は料理を作るために自宅待機だ。
京ちゃんが勝ったらお祝い料理。負けたら慰め料理。
どっちにしろ、今日は手料理を振舞うつもり。
だから、買い物に、お掃除、お洗濯と大忙し。
それも私と京ちゃんが大学に進学して、それを機に同棲生活を始めたからだ。
ふふ、うふふ……ここまでくれば結婚も間近。
そっと自分の唇をなぞる。
自然と、笑みが漏れた。
「……やっと、できたね」
少しずつ自分の夢に近づいている。
私の夢。
それは京ちゃんとしっかりとした結婚生活を送ること。
互いを思いあう夫婦として。
「それにしても……今日の京ちゃんにはびっくりさせられたなぁ……」
つぶやいた言葉に、自分の以前の姿が記憶の底から浮かび上がってくる。
それは
麻雀の仕事が忙しかったからって言い訳して、家のことは何も顧みなくて。
辛い思いばっかりさせていたと思う。
そう。そのはずなのに。
「……好きで、いてくれたのかな」
すぐに頭を振って、そんな甘い考えを吹き飛ばす。
ずっと、ずっと彼には迷惑をかけ続けていた。
自分から迫ったのに、いざ夫婦生活となったらなかなか向き合えなくて。
彼が私と結婚してくれた事情も知っている。
いつも両親が結婚しろばかり言ってきて『うるさい』って愚痴を漏らしてたもんね。
きっと彼も愛想をつかしていたはず。
だから、私はやり直したんだ。
今度は本当の。名義だけじゃない、本物の奥さんになるために。
京ちゃんに愛された、須賀咲になりたくて。
「だいたい、京ちゃんが前の記憶を持っているわけないしね」
高校の時に一度だけ、それっぽいことがあったけど。
あれも何かの勘違いだろう。
「さてさて。今日もやれることから、やっていかないと」
私はもうプロ麻雀士じゃない。
家庭的な専業主婦を目指す一般的な女子大生。
これでいい。
麻雀に未練がないと言えば、嘘になるけれど。
一応、一人の時に練習はしているし。じゃないと、雀力が落ちるかもしれないし。
もし予期せぬ事態が起こった時に、また時空を歪めないといけないからね。
「今日も一日頑張っちゃおう!」
私は腕まくりをして、こぶしを突き上げた。
※ごめんなさい! 詰めないといけない案件が出来たので、更新は17日になります!
やりたいことができてきた感じ。
次で最終回だと思います。
投稿は日曜日か月曜日になります。
用事が早く終われば、その分だけ早まるので頑張る。