須賀咲になりたくて   作:小早川 桂

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4:『須賀京太郎、須賀咲』

「え……咲!?」

 

 幼馴染のあいつと再会したのは、親に用意されたお見合いの場だった。

 

 高校時代をただ流れるままに過ごした俺は上京して、就職した。

 

 ハンドボールのように熱中することができず、働いて、飯食って、寝て、働いて。

 

 最初の頃は何ともなかったけど。

 

 一人暮らしは楽しいなんて思っていたけど。

 

 見知らぬ土地で三年間過ごして、思ったことがたくさんある。

 

 寂しい。辛い。死にたい。

 

 もちろん自殺なんてする勇気はなく、結局感情を押し殺して職場へ向かう。

 

 自分が自分じゃないように感じ始めた。

 

 そんなときに、両親から久しく一通の手紙が届いた。

 

 お見合いを組んだから、指定された日に会えという内容だった。

 

 きっと電話じゃあ断られると思って、こういう強硬手段に出たんだろうな。

 

「……まぁ、いいか」

 

 相手には悪いけど、結婚する気なんてさらさらないし。

 

「……それに向こうも無職の男なんて、お断りだろ」

 

 俺は来週にでも辞表を出すつもりだった。

 

 理由と訊かれたら……なんでだろうな。

 

 ただ、すべてを辞めたかった。

 

 投げだしたいのかもしれない。

 

 少しでも楽になれるのなら……多分、そう思い込んで自分を保っている。

 

「会うだけ会って、断るか」

 

 ――と、思っていたんだけど。

 

「えへへ、京ちゃん。久しぶりだね」

 

「お、おう。その……きれいになったな」

 

 本当に見違えるくらい、きれいになった。

 

 俺が知っているのは、高校生になっても迷子になって、一人でどこにも行けないポンコツ咲で……。

 

 目の前にいる着物が似合う美少女ではなかった。

 

「よかったぁ。一生懸命にお化粧頑張ったんだよ。チームメイトに手伝ってもらって」

 

「プロ雀士になったんだもんな……」

 

「そうだよ。試合とか見てくれてる?」

 

「わ、わるい。忙しくて、テレビとか見る暇なくて」

 

「そっかぁ。京ちゃんもお仕事頑張ってるもんね」

 

 そう言われて、胸が痛んだ。

 

 俺、何もやれてないんだ。

 

 お前みたいに輝いてなくて、ただ怠惰に毎日を過ごして、あのころから何も成長してない。

 

 そうやって、本音をぶちまけたかった。

 

「はは、まぁな」

 

 けど、乾いた笑いでごまかす。

 

 無駄なプライドが邪魔をした。

 

「こうやって話すのも、三年ぶりだっけ」

 

「おう。だから、咲が……その、本当にかわいくなっててビックリした」

 

「ふふっ。……京ちゃんも、格好良くなってるよ。顔つきとか、キリっとして大人っぽくなってるし」

 

「そ、そうか?」

 

「うん。私は今の京ちゃん、結構好きだな」

 

 ……やべぇ。

 

 前までなら茶化して返せたはずなのに。

 

 今……すっげえニヤニヤしてる。

 

 咲も咲で照れてるし……。

 

「ま、まぁ、なんだ。せっかく会えたんだし、ゆっくり話そうぜ」

 

「うん。そうだね。積もる話もあるだろうし」

 

 そして、俺たちは昔のように話し始める。

 

 それからの時間はとても楽しいものだった。

 

 友達とこうやって話すのは、いつぶりだろうか。

 

「あっ、もうこんな時間」

 

 楽しい時間はいつになく早く過ぎてしまう。

 

 時計を見やれば、すでに三時間も経っていた。

 

 ……そんなにしゃべっていたのか、俺。

 

「そうか。咲といるのが楽しくて、全然気づかなかったよ」

 

「私も。やっぱり京ちゃんはお話が上手だね」

 

「意識したことはないんだけどな。咲もずいぶん堂々と喋るようになったと思うけど」

 

「インタビューとか受けている内にちょっとずつね」

 

「なるほどなぁ」

 

 咲も成長しているということだろう。

 

 対して、俺はどうだろうか。

 

 そう思うと、一気に恥ずかしさがこみあげてきた。

 

 ただ堕落の道をたどろうとしていた昨日までの自分を殺したくなるくらいに。

 

「京ちゃん? どうかした?」

 

「あ、いや、なんでもない」

 

「なら、いいけど。なんか怖い顔してたよ?」

 

「そ、そうか? 別に気分が悪いとか、そういうのじゃないから気に病まないでくれ。本当に咲といる時間は楽しいんだ」

 

「……本当に?」

 

「ああ、もちろん」

 

「じゃあ……これからも会ってくれる?」

 

「え?」

 

 咲は俺の隣に座ると、指をからませて、こっちを見つめてくる。

 

「……実はね。今日のお見合い、私がおばさんたちにお願いしたんだ」

 

「……え!? そうだったのか!?」

 

 だから、親父たちも無理やりだったんだ。

 

 咲のことも自分の娘のようにかわいがってたもんな、二人とも。

 

「で、でも、なんで?」

 

「……京ちゃんってそういうところは昔から変わってないね」

 

「ご、ごめん。でも、本当にわからなくて」

 

「理由なんて一つに決まってるよ」

 

 咲が身を乗り出す。

 

 距離が縮まっていく。

 

 このまま遮らなければ、どうなるか。

 

 わかっている。

 

 わかっているけど、俺はそのまま受け入れた。

 

 正直に言えば、今の俺は咲んことが好きなのか、わからない。 

 

 だけど、彼女のためなら。

 

「京ちゃんが好きだからだよ」

 

 俺のことを好きと言ってくれる彼女のためなら頑張れるかもしれないと。

 

「京ちゃんに……ずっとそばにいてほしいんだ」

 

 そう思った。

 

 

 

「咲っ!」

 

 起き上がると、見慣れた天井。

 

 あっちとは違う、大学生の俺が暮らす部屋。

 

 ……そうだよ。俺はなんで、こんな大事な気持ちを忘れてたんだ。

 

 ちょっとのすれ違いで、嫌になって、こっちの優しい咲に甘えて……。

 

 違うだろ? 

 

 俺は、あの『宮永咲』が好きになったんだろ。

 

 だったら、何してるんだよ、バカ野郎!

 

「……京ちゃん?」

 

 隣で寝ていた咲がシーツで肌を隠して、心配そうにこちらをのぞき込む。

 

「大丈夫? 怖い夢でも見た?」

 

「……いや、大丈夫だよ。ありがとう、咲」

 

 俺はそう言って彼女の髪に沿って、撫でる。

 

「とっても良い過去(ゆめ)だった」

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 お見合いを終えた後、三か月の交際期間を経て、俺は咲と結婚した。

 

 あの日から俺は変われたと思う。

 

 彼女はテレビで輝いている。

 

 プロとして、麻雀界の中心の一人として。

 

 なら、俺はそんなあいつに相応しい男にならないといけない。

 

 だから、今まで以上に仕事に没頭して、地位を求めた。

 

 そのかいもあって、俺は若くして課長にまで上り詰めた。

 

「……でも、それが間違いだったんだよな」

 

 代償に俺は咲との時間を失っていた。

 

 ただでさえ、彼女はプロ雀士としてスケジュールを縛られている。

 

 なのに、俺が仕事に打ち込めば、会えなくなるのは考えればわかることだったのに。

 

 咲のために思ってやっていたことが裏目に出ていたんだ。

 

 今ならわかる。

 

 だから、俺はどうしたい?

 

 答えは、すぐに用意できた。

 

「わぁ、すごいね! 京ちゃん!」

 

 咲が周りを見渡して、喜んでくれる。

 

 俺は咲を都内の有名なレストランに連れてきていた。

 

 高層ビルから一望できる景色は、それだけで気分を高揚とさせてくれる。

 

 ここは前の世界で、俺が咲にプロポーズを申し込んだ場所だった。

 

「でも、京ちゃん……大丈夫? すごく高そうだけど……」

 

 そうやって以前も心配してくれたよな。

 

 あたふたしてさ。

 

「気にしなくていいよ。格好つけさせてくれ」

 

「うん、わかった。じゃあ、遠慮なくっ」

 

 あの時を繰り返すように。

 

 食事の前に俺は切り出した。

 

「咲。大事な話があるんだ。聞いてくれないか?」

 

「は、はい」

 

 彼女もある程度、察しているのだろう。

 

 背筋を伸ばして、俺を見つめる。

 

 その瞳は俺の言葉をまだか、まだかと楽しみにしていることを語っていた。

 

 ……そして、俺は今から。

 

「俺の好きな子の話だ」

 

 そんな彼女にひどいことをする。

 

「そいつと俺は幼馴染で――中学の頃に出会った」

 

「……え?」

 

 咲の顔が驚愕と動揺に染まる。

 

 

 けれど、俺は止まらない。

 

 俺の愛した彼女の元へ戻るためにも。

 

 

「ポンコツでさ。目を離したら、すぐに迷うし。なのに、頑固で言うこと聞かなくて」

 

「…………」

 

「ずっと俺が面倒を見てやらないといけないなって、勝手に保護者面して。同じ高校に行って、また一緒に過ごすんだと勘違いしてたんだ」

 

「……」

 

「そいつは実は俺が思っている以上にすごい奴で、気が付けば遠い場所に行っちゃって……でも、俺はそこに立ち止まったまま、大人になっちゃって」

 

 自分でも何を言っているのか、だんだんわからなくなる。

 

 気が付けば考えていた言葉を忘れて、思ったことをそのまま口にしていた。

 

「疎遠になって。未熟なまま大人になって俺は本当にダメで。でも、あるきっかけで、またそいつと出会って。その時、彼女は俺のことを好きって言ってくれたんだ。それが……とんでもなくうれしかった」

 

「京ちゃん……」

 

「こいつのためなら俺は何でもしてやりたいって思った。いい生活させてやって。いい家に住ませてやって。おしゃれな服買って、うまいもんたくさん食べて!

 

 少しでもあいつに相応しい男になろうと思ったんだ」

 

 握りしめたこぶしに爪がくいこむ。

 

 感情がほとばしって、涙があふれてきた。

 

「でも、俺はバカだからさ。そいつの気持ちを全く考えてやれてなくて。また離れそうになってるんだ。でも、そんなのは嫌だから。あいつを絶対に手放したくないから。だから、だから」

 

「――お前とは結婚できない」

 

 はっきりと告げて、頭を下げる。

 

 どうやって元の世界に戻れるのか、わからないけど。

 

 絶対に咲のもとへ俺は帰ってみせる。

 

 そして、伝えるんだ。

 

 自分が、どう思っているのかを。

 

「…………」

 

 痛い沈黙が流れる。

 

 こっちの咲からしたら、俺が言っていることはほとんど理解できないような内容だと思う。

 

 どんな罵倒を食らっても、構わない。

 

 俺は彼女の時間を無駄にさせたのだから。

 

「……そっか。そんなに大切な人がいるんだね」

 

「ごめん! 謝って、済む問題じゃないのはわかっている。どんなことをしてでも償うから」

 

「ううん、大丈夫だよ、京ちゃん。だから、顔を上げて?」

 

 そう言って、咲は俺の顔を掴んで、無理やりに視線を上げさせる。

 

 そうして視界に映った彼女は笑っていた。

 

 いや、涙は流している。ぽたぽたと涙をこぼしていた。

 

 だけど、咲は笑っているんだ。

 

「京ちゃんは、その子のことを好きなんだよね」

 

「あ、ああ。世界で一番愛している」

 

「なら、その子のもとに行ってあげないといけないね」

 

 咲がそう言うと、視界がぐにゃりと歪み始める。

 

 激しい酔いが襲い、立っているのがやっと。

 

 ぐわんぐわんと脳が揺れて、意識を失いそうになる。

 

 そんな中でも、はっきりと聞こえた。

 

「あっちで待ってるね――あなた」

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「うぉっ!?」

 

 情景が一気に変わった。

 

 手にはケーキを持ち、俺はスーツ姿。

 

 体も大人のものだ。

 

「さっきまでのは夢だったのか……?」

 

 いや、そんなことはない。

 

 だって、あの時、彼女は確かに言っていたんだ。

 

「……咲が待ってる」

 

 俺は急いで、元来た道を戻っていく。

 

 一人の女性以外のことは考えられない。

 

 ただ咲に会いたかった。

 

 そして、彼女は待ってくれている。

 

 きっと、きっと、あの場所で!

 

「くそっ……俺も年を取っちまったな……」

 

 本当に無駄に年齢を重ねてしまった。

 

 その間にもっと咲に出来たことはあったはずなのに。

 

 仕事を一生懸命に取り組んできた。

 

 すべては咲のためにって思っていたけど、それは一つも彼女のためになんかなっていなかったんだ。

 

「咲! 咲……!」

 

 大きく息をしながら、彼女の名前を呼ぶ。

 

 だけど、あのレストランの外には彼女の姿はなかった。

 

 間違えたのか、俺は……!

 

「……だったら、違う場所を探すまで――」

 

 すぐに体を翻す。

 

 すると、後ろに彼女が立っていた。

 

 その小さな肩を上下させながら。

 

「……なんだよ。変わってねぇなぁ」

 

 待っているって言ったのに、なんでお前の方が遅れてるんだよ……。

 

 らしい結果に、思わず笑いがこみあげる。

 

 そして、俺は彼女に歩み寄り、強く強く抱きしめた。

 

「――咲。好きだ」

 

「うん」

 

「結婚しよう」

 

「……うん」

 

 そして、俺は彼女の唇を奪った。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 あの摩訶不思議な現象から四か月が経った。

 

 後から聞いた話だと、あれは咲が起こしたらしい。

 

 彼女も彼女なりに悩んでいて、俺との関係をやり直そうとしてくれていたのみたいだ。

 

 なにはともあれ、元の関係に戻ったのだから良しとしよう。

 

 ……いや、以前よりももっと咲のことを好きになった。

 

 俺たちは引っ越し、新居に移っていた。

 

 奮発して、一軒家。それも一括払いで。

 

「ほとんど咲の貯金からなのが、情けないけど」

 

「まだ気にしてるの? いいんだって。私も使い道なかったし、こうやって二人のためになるんだから万々歳だよ」

 

 なんて度量の大きい嫁。

 

 こんな女性がいたら惚れる。

 

 あっ、もう惚れてたわ、俺。

 

 俺たちは一度、離婚した。

 

 それでお互いの身の元を整理して、咲はプロ雀士を辞めて専業主婦に。

 

 俺は変わらずの課長。一家を支える真の大黒柱として、これからも頑張っていくつもりだ。

 

 そして、今日は新たな記念すべき日である。

 

「……咲!」

 

「なにー? 京ちゃんも荷物運ぶの手伝ってほしいんだけど」

 

「すぐにやる! でも、ちょっとこっちに来てくれ」

 

「はいはーい」

 

 運動不足な彼女は疲れた表情だったが、俺の手元にある物を見ると、頬をほころばせた。

 

「これ、一緒にやろう」

 

「……そうだね」

 

 俺と咲は木のプレートを持つと、枠へとはめ込む。

 

 それには『須賀京太郎』と『須賀咲』の二つの名前が刻まれていた。

 

「……いい感じだな」

 

「だね」

 

 顔を見合わせて、笑う。

 

 俺たちは再スタートするのだ。

 

 新しい人生を。

 

 その第一歩を踏み出した。

 




今回で完結になります。
あと一話くらい外伝で投稿するか、迷いますが、とりあえず本編は完結です。
改めて小説を書くことの難しさと、楽しさを学べたと思います。
みなさま、どうぞお付き合いくださってありがとうございました。

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