あるところに、ぼんやり王国という名前の平和な国がありました。
その国には、楽という名前の王子様がいました。楽王子は貴族にも平民にも優しく、国民から愛される素晴らしい王子でした。
王子様の好物は和菓子です。中でも、あるパティシエの作る和菓子が大好物でした。その人の名は──
「楽王子。茶菓子の用意が整いました。本日のお菓子はパティシエ春によるイチゴ大福でございます」
「ありがとう、セバスチャン」
やったぜ。と、楽王子は嬉しそうに大福を頬張りました。王子はパティシエ春が作るお菓子が大好物でした。おまけに彼女はとても美人で優しく、王子は密かに想いを寄せているのです。
「パティシエ春はまだいるのか?」
「はい、城の厨房にしかない道具を使いたいと、そちらで料理をしています」
「そうか」
「王子、まさかその者に会いに行くなどと考えていないでしょうね?駄目ですよ、お茶を飲み終わったらすぐに勉強を再開していただきます」
「……」
楽王子は王子様なので、気軽に人と話すことはできませんでした。パティシエ春とも、挨拶をしたことがあるくらいなのです。
しかし、そこで諦める楽王子ではありませんでした。とても優しい楽王子でしたが、なにしろ王子様ですかから、「おともだち」はいなかったのです。年の近いパティシエ春と、ぜひお近づきになりたいのです。
「こんにちは、春さん」
「えっ?」
料理をしていたパティシエ春が振り向くと、そこには楽王子がいました。
「ら、楽王子!?どうしてここに?」
「お菓子のお礼がしたくて。春さんの作ったイチゴ大福、とっても美味しかったよ」
「あっ、ありがとうございます!」
パティシエ春は驚きましたが、同時にとても嬉しくなりました。名前を憶えていてくれたばかりか、自分の作ったお菓子を、わざわざ褒めに来てくれたのです。
「俺と年は同じくらいだよね?すごいね、こんなに美味しいお菓子が作れるなんて」
「ありがとうございます、小さい頃から家業を手伝っていたので」
「そうなんだ、頑張り屋なんだね。次のお菓子も楽しみにしているよ」
「はっはい!頑張ります!」
「それじゃあ、またね春さん」
そろそろ王子様を探して人が来る時間です。パティシエ春にあらぬ疑いがかけられては大変です。王子さまは踵を返して厨房を後にしようとします。
「……あの、楽王子!」
「ん、どうしたの?」
「あの、えっと」
パティシエ春は恥ずかしそうに口をもごもごさせています。王子様相手におかしなことを言えば、もう会えなくなってしまうかもしれません。でも、このままでも次にいつ会えるかなんて分からないのです。
「”さん”付けはちょっと恥ずかしいです……」
「そう?じゃあ春ちゃん」
「ちゃ、ちゃん!?//」
春は恥ずかしさで真っ赤になってしまいました。憧れの王子様に”ちゃん”付けで名前を呼ばれて、胸が高鳴って仕方ありません。
「また今度ね、春ちゃん」
「ひゃ、ひゃい」
王子様が帰った後も、パティシエ春はしばらくその場に立ち尽くしていました。さっきまでの出来事がまるで夢のようにキラキラとしています。王子様のことが頭から離れなくて、体は魔法にかかったようにふわふわしています。
「楽王子……」
次も王子様が会いに来てくれるような美味しいお菓子を作ろうと心に決めた春でした。
つづく