召喚勇者は死にました   作:黒桜@ハーメルン

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幕間 勇者を失った勇者たちは

「時雨が死んだ……? どういう意味だよそれ!」

 

 突如舞い降りた親友の訃報に、幸助は驚きを隠せないでいた。

 

「そのままの意味だ。勇者シグレは本日、実戦訓練として赴いた王都西の森にて死亡した。護衛の魔法師二人の死体とともに彼の死体も発見されて……」

「嘘だ!」

 

 淡々と突きつけられる事実に、幸助は思わずといった様子で話し手――騎士団長リオ・グレイスの胸倉をつかむ。そしてその口から、次々と言葉があふれ出てきた。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 時雨が死ぬはずがない! そうだ! ねえ、リオさん! ドッキリなんでしょ? 時雨が仕組んだいたずらなんでしょ? ねえ!」

「幸助! もうやめろ!」

 

 そばに立っていた優がそういいながら幸助の肩を掴み、無理やりグレイスから引き離す。

 

「ねえ、優。嘘なんでしょ? 時雨が死んだのって、あいつが企んだドッキリなんでしょ?」

「やめろ幸助……あいつは死んだんだ、もう、やめてくれ……」

 

 優の声は震えている。それだけで、長い付き合いである幸助はそれだけで、友の訃報がどうしようもない真実であると理解してしまった。

 

 幸助の全身から力が抜ける。膝は折れ腰は崩れ、座り込んだ彼の目からは、涙があふれ出ていた。

 

「……すまない」

 

 表情一つ変えずに、グレイスが謝る。

 

「シグレを殺したのは、本来ならいるはずのないヒュドラだ。…………城内の反対の声を押し切ってでも、事前に森の調査を行うべきだった。完全に、俺の責任だ」

 

 床に、赤い液体が零れ落ちる。幸助はそれが、硬く握りしめられたグレイスの手から落ちたものだということに気付いた。

 

 教え子が死んだのだ。師であるグレイスが、どうして悲しまないのだろうか。

 

「……グレイスさん、彼に、時雨に合わせてください」

「彼の遺体はすでに回収したが……正直、損傷が激しく見ない方がいいだろう」

「……それでも、お願いします」

 

 鼻声で、幸助はそう懇願する。

 

「……わかった。だが許可をとる必要があるので、明日まで待ってほしい」

 

 うつむきながらも、頷く幸助。それを確認したグレイスは踵を返し去っていった。

 

「……幸助、今日はもう遅い。一旦部屋に戻ろう」

 

 優はそういいながら、幸助の右手を自分の肩にかける。

 

 二人が自室に戻るまでに、すれ違う人間は誰一人として居なかった。

 

 

「そうですか……シグレ様が……」

 

 翌日、部屋に最初に訪れたのは、エインズ王国第二王女、セシリア・エインズだった。

 

「彼と行うチェスは私の楽しみだったのですが…悲しいことです。」

 

 目を瞑り、両手を胸の前で合わせる。ささげる祈りは、逝ってしまった盤上の友の冥福を願うものだろうか。

 

「……ありがとう」

 

 そういう幸助の赤い眼には、もう既に涙はない。一晩で涙が出なくなるほどに、幸助は泣きはらしていた。

 

「私には、これくらいのことしかできませんから…」

 

 

 次に訪れたのはカルラとクリステル。それぞれ幸助と優の武術の師であり、2人とも時雨と訓練で面識があった人物だ。

 

 いつもは声の大きいクリステルも、このときばかりは神妙な顔つきだ。入ってきた彼らは何も言わない。無言の時間が、しばらくの間室内を充満していた。

 

「……ユウ。実をいうとな、今の俺は悲しみよりもむしろ安心しているんだ」

 

 やがて、クリステルが口を開いた。

 

「ひどいことを言っている自覚はある。だがユウ、俺個人は死んだのがお前じゃなくて、安心をしているんだ」

 

 優は何も答えない。その視線は、ただクリステルの言葉を待っていた。

 

「お前はオレの弟子の中で、一番出来がいい弟子だ。……いや、もう俺を超えているのかもしれないな。そんなお前が死んだとなれば、オレはきっと耐えられないだろう。……だから、俺は今安心しているんだ」

「……そうですか」

 

 その言葉に、非難するような色は含まれていない。かといって喜色が含まれているかといえばそうでもなく、感情のまるでないひどく平坦な声であった。

 

「……コウスケ、私もクリステルと同じ気持ちだ。言っては何だが、君がヒュドラのいた森に行ってなくて、私はとても安堵している。…………コウスケ。戦場に出れば、友が死ぬことなんてざらにある。慣れろとは言わないが、乗り越えろ」

 

 幸助はうつむいたまま。垂れ下がった前髪によって、カルラからは彼の表情を見ることができなかった。

 

「…………それじゃあ、私たちはもう去ろう」

 

 2人が去った室内を、再び沈黙が支配する。布のこすれる音ですら、二人から発っせられることはなかった。

 

 そして最後の来客、グレイスがやってくる。

 

「ついてきてくれ」

 

 二人はその言葉に立ち上がり、グレイスの後を無言でついて行く。

 

 通路を10分ほど歩き、階段を下る。鉄格子の張られた部屋を通り過ぎると、その先には鉄製の、何重にも錠前のついた扉があった。

 腰に掛けられた鍵束をとって、グレイスはその錠前を一つ一つ開けていく。

 

 暗い部屋の中、灯りは蝋燭のみ。だがその弱弱しい光でも、中央の台に横たわる人物――正確には、遺体――を認識するには十分なものだった。

 

 遺体のいたるところにつけられた切り傷。右腕は肘から先が消え去っており、その腹部には焼きただれた、胸部にはえぐれたような大穴が開いている。

 

「時雨……!」

 

 だが、見間違えるはずがない。最後に会った時とは随分と違うが、それは紛れもなく自分たちの親友、華宮時雨その人だった。

 

 心許ない足取りで、ゆらりくらりと歩み寄る幸助。遺体のそばで膝をつくと、その両手が時雨だったものに伸ばされる。

 

「う……うぅ……」

 

 枯れたと思っていた涙は、どうやら勘違いだったらしい。冷え切った身体に触れた幸助は、親友の明確な死を今一度実感することとなった。

 

「う゛あ゛……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」

 

 ついに抑えられなくなり、声に出して幸助は泣く。優はその震える肩に手を添え、濡れた目で友人の亡骸を見つめていた。

 

 

 泣き止んだ勇者二人を部屋まで送ると、グレイスは自分の執務室へ戻る。机上に積まれた書類の山を見て、思わずため息がこぼれた。

 

 一枚一枚、ゆっくりと処理をしていく。時雨の死という事実は、彼の心にも少なくないダメージを与えていた。

 

 しばらくの間、室内は紙がめくれる音と印を押す音のみで満たされる。

 

 トントン

 

 扉の叩く音が聞こえた。「許可する。」とグレイスが一言いうと、静かに扉は開かれた。

 

「失礼しますよ、グレイス騎士団長」

 

 入ってきたのは一人の老人。真っ白い髪と顔に刻まれた皺からかなりの老齢であるはずなのだが、ピンと伸ばされた背筋は彼がまだまだ健全であることを示していた。

 

「グレゴリオ様でしたか……いかがなされましたか?」

 

 宰相グレゴリオ。先代エインズ王から国に仕えている彼は、今のエインズを支える暗躍者の一人だ。

 役職的には、グレイスは彼とはよく顔を合わせる。だがグレイスは、彼のことをどこか苦手としている節があった。

 

「重要な情報が入りましてな……これを見てくだされ」

 

 そういってグレゴリオは、一束の書類をグレイスに差し出す。読み進めていくうちに、、グレイスの表情はどんどん驚きに染まっていった。

 

 書類の内容は、時雨の死因についての情報部の調査結果をまとめたもの。しかしそこに書かれている事実から導き出された結論は、信じられるようなものではなかった。

 

「……魔王を奉じる者たちによる、人為的な殺害……だというのですか?」

「ええ。少なくとも我々情報部は、その可能性が高いと考えています」

 

 頭を抱えたくなるグレイス。だが、グレイスはその結論が確かに理にかなっていると感じた。

 

 魔王を奉ずる組織が存在する。その考えは、すべての疑問を解決するものだった。

 

 まず、森に現れたヒュドラ。ずっと発見されなかったと考えるよりは、何者かに連れてこられたと考える方がしっくりくる。亜人の中には魔物を手なずける能力を持つ者がいると聞いたことがあるし、彼らが魔王を奉じていてもおかしくない。

 

 次に、ヒュドラの死とシグレの死。双方とも、腹部に空いた大穴が致命傷となって即死している。相打ちなんて果たしてあり得るのだろうか?それにそもそも、ヒュドラが一体どうやってシグレの身体に穴をあけたのかも不明である。ヒュドラの牙は、人一人を貫けるほど長くはないのだ。火を吐く能力を持っていても、熱線を吐く能力はない。ヒュドラがシグレを殺したとは、非常に考えにくかった。

 だがここに、組織を絡めると簡単だ。ヒュドラを倒し疲弊したシグレを、隠れていた組織の人間が襲う。こうすればつじつまが合うのだ。

 

 グレイスは、居ても立ってもいられなくなった。発覚した真実を一刻でも早く二人の勇者に伝えようとグレゴリオの渡した報告書を懐にしまうと、机上の書類の山を崩しながら駆けだした。

 

 

「リオ・グレイス……ぜひとも私たちの計画に欲しい人物だが……」

 

 一人になった部屋の中、グレゴリオからつぶやきが漏れる。

 

「……手駒とするには、いささか正義感が強すぎる」

 

 散らばった紙を、一枚一枚拾い上げる。

 

道化(勇者)とともに、せいぜい踊り続けるがいい」




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