10 正義的?転生
いつからここにいるのか、覚えていない。
ほんの数分前からかもしれなく、数十時間もここにいたのかもしれない。
朦朧としていた意識がはっきりとしてくる。目を開けると、そこは真っ白で、何もなかった。
何故オレはこんなところにいるのだろうか。
記憶を掘り返す。確か、訓練で森に行って、ヒュドラと遭遇して、何とか倒したっけ。そのあと、帰ろうと森を抜けたら……
そこで、記憶は途切れていて、それ以上は何も思い出せなかった。ここはどこなのか、なぜオレはこんなところにいるのか。
それらのことに関する記憶も一切思い出せない。こんな変なところに来るほどなんだから、絶対何かがあったはずなんだがな。
結局何も思い出せないから、オレは思い出すのをあきらめてここがどこなのか考えてみることにした。
そして、すぐに結論が出た。
ああ、ここ多分夢の中だわ。
こんな変なところ実在するとは思えないし、きっと森を出た後に寝ちゃったんだろう。
自分の出した結論に、うんうんとオレは一人納得する。ていうか、夢以外の可能性なんてないだろ。
そんなフラグっぽいことを考えて、オレはごろんと寝っ転がった。こんな何にもないところじゃあ、やることもない。せいぜい起きるまで適当に休むとするか。
「しっかし、こんな夢見るって。オレ疲れてんのかね」
「お目覚めのようですね。マスター。ちなみにここは夢の中じゃあありませんよ」
突然、声がした。男性とも、女性とも取れない、不思議な感じの声。
驚いたオレは、起き上がって周りを見回す。が、誰もいない。
ついに疲れのあまり幻聴でも聞いたのか?と思ってしまうが。直後目の前の地面が盛り上がり、人の形をかたどった。
「始めまして、マスター。私はマスターの神格、名を『ルシファー』と申します」
人型からさっきの声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なに? 神格? 神格って喋れたの? ていうか人格有ったの? あと夢じゃないってどういうこと? ならそもそもここはどこなんだ?」
わけがわからずオレは一度にいくつもの質問をしてしまった。が、目の前の人型は特に困るわけではなく、一つ一つ答えていく。
「はい、マスターの記憶で言うところの神格です。ただ意志があるのはおそらく私だけでしょう」
そういえば半年前にそんなこと聞いた気がする。適性の微妙さに軽くショックを受けていたからすっかり忘れてた。まあ、覚えていても意味なかったと思うけど。
「次に、ここはどこだという質問ですが……マスターの記憶に欠損が見られますね」
人型がそういった瞬間、後ろから何かに頭をつかまれる。
ちょ、なんか頭の中に入り込んでる感覚がするんですけど! めっちゃ痛いんですけど! オレ今何されてんの!?
「マスターの精神を少々いじらせていただいています。多少の痛みを伴いますが、これなら確実に記憶が復活しますので、我慢してください」
オレが悶絶しているにも関わらず、人型は言葉を続けていた。頭の中では、入ってきた何かがうねうねと動いて、非常に気持ち悪い。
もう記憶なんてどうでもいいから、早く頭の中をいじくるのをやめてくれ! と最初は感じた。
が、時間が経つにつれてその気持ちも消えていく。なにせ、次第に蘇っていく記憶があまりにも衝撃的だったのだ。
森の出口で待ち伏せしていた暗部。突然の死刑宣言。森の中での暗部との交戦、エミールの裏切り。嬲られながら聞いた真実。そして、ロールスとの闘い……
5分ほどすると、オレはすべてを思い出した。
そして、自分は死んだのだという事実を理解するとともに、2つの感情が頭を支配した。
理不尽な仕打ちに対する怒りと、2人にこれから訪れる可能性のある危機を自分がどうしようもないということへのくやしさ。
「……くそ。結局オレには何もできないのかよ……」
だから、ついそんな愚痴がこぼれてしまう。
どうにかしたい。どうにかしたいのだけれど、死んだからどうしようもない。
諦めるしかないと理性ではわかっているが、感情はそれを受け入れようとはしなかった。
「マスター。私には、マスターを一度だけ転生させる力があります」
人型は唐突にそんなことを言った。
「転生……? できるのか、そんなことが?」
「ええ、可能です。ただし、いくつかの条件はありますが」
その言葉に、オレはわずかながら希望を感じる。
なんでもいい。例え化け物になったとしても、家族を助けられるのなら、何でもいい。
「その、条件は?」
「まず、人間などの物質的生物に転生できないというのが一つです。」
「物質的生物?」
「魔素や魔力を生命維持に使用していない生物のことを指します。まあ、魔物ではない、といえばわかりやすいでしょうか。」
「つまり、魔物にしか転生できないということでいいか?」
「はい」
なるほど、人間をやめる必要があるのか。まあ、特に問題はないはず。ていうか、案外人間に生まれ変わるよりいいかもしれない。
「もう一つは、転生する時間と場所を特定できない、という条件があります」
「え!」
「ああ、心配はいりません。過去に転生するというのはまずありえません、せいぜい数か月遅れるくらいのことです。場所もこの世界のどこか、マスターのいた世界のような別の世界に転生するというようなことも起きませんので」
な、なんだ、よかった。数十年後とかになったら洒落なんないからちょっとビビったぜ。
ん? てことは何一つダメな条件がないじゃないか。
「条件の範囲内ならマスターの要望通りの生物に転生させることができますが、マスターはどうなりたいのですか?」
人型は最後にそう聞いた。
どうなりたい、か。
「そうだな……強くなりたいな、オレは」
どうせ生まれ変わるんだ、やれるだけのことをやりたい。
この弱肉強食の世界で、やりたいことを成し遂げるにはどうすればいいのか?
簡単だ。なによりも強くなればいい。
「ルシファー。オレを一番強くなれる魔物に転生させてくれ」
オレの返事に、心なしか人型―ルシファーのない口が笑った気がした。
「はい、了解しました」
ルシファーの言葉とともに、意識が薄れていく。それは眠りに落ちる感覚に似ていて、わずかな心地よさを感じた。
ああでも悪役は嫌だな。またあんな風に理不尽に襲われるのは勘弁だ。
最後にそんなどうでもいいことを最後に、オレの意識は暗転した。
目が覚めるとそこは、真っ暗な森の中だった。満月の光も、分厚い林冠に遮られて地表まで届かない。
オレが殺された森ではないのだろう。木の種類も、一目見て違うものだとわかる。
とりあえず体を動かしてみると、うん、特に動かない箇所はないし、違和感とかもない。
人型の魔物にでも転生したのだろう。手を見ると、やはり人の手だった。
ただどうにも小さく感じる。よくよく見ると、視点がいつもより低いことに気が付いた。
転生の影響で縮んだのかな?
ふと、自分の姿を見てみたくなる。それはちょっとした思い付きというか、なんとなく気になっただけに過ぎないのだが、直後見えるはずのない自分の姿が視界に映る。
そして、言葉を失う。
「な、な、なんじゃこりゃー!?」
子供の様に高い声が、誰もいない森に響き渡る。
視界に映ったオレは布に穴をあけただけのような服を着ており、身長が150センチほど、肌も髪も真っ白で、美少女か美少年か区別がつけられないような容姿をしていたのだ。
性別は不明、というか胸もアレも視た限りなさそうである。
(おはようございます、マスター。身体の方はいかがでしょうか?)
混乱状態のオレの脳内に、無機質なルシファーの声が伝わる。
「どうっていや、ちょ、おま、なんですかこの体!?」
(転生に当たって新しく構築した、マスターの要望に最もふさわしい肉体です)
「違う、そういうことじゃない! なんでオレの体がこんな、元と似ても似つかない姿になってんだ!?」
(私がそう構築したからですが?)
まるでそれが何か? とでも言いたげな返事である。
うん、一旦落ち着こう。焦っても意味がない。深呼吸だ深呼吸。
「……なんでこんな見た目にしたんだよ」
(それはマスターが、意識を直前に悪役は嫌だと考えていたためです)
うん、思ったよ、確かに思ったよ、だけどなんでそれがこの体に繋がるのさ。ていうかルシファー、人の考えを読めるのね。
(その願望をかなえるためにマスターの記憶を解析、マスターの持つ“正義”に従った次第です)
む?オレにとっての正義だって?思い当たることなんて……いや待て、まさかお前……
(……その正義ってまさか、“かわいいは正義”のことを言ってるのか……?)
(はい。それです)
ビンゴだった。いや確かにそうだけどさ!確かにそう思っているけどさ!他に正義なんてないけどさ!
(ちなみにマスターの“正義”には男性も女性もいたため、外見も中性的なものにしました)
違う、そうじゃない。そういうことじゃないんだよ!
(では、今後マスターがその容姿で活動したとして、何か問題がありますか?)
そりゃあもちろん……あれ、思いつかない。
別に元々の自分の外見が大好きだったわけじゃないし、というか罪人扱いされたんだからむしろ変わって好都合である。見た目がいいっていうのも人に好印象を与えやすいというし。
性別がないってのは……まあ、彼女いない歴イコール年齢のオレにあっても意味がないからいいや。
(問題がないのならいいのではないですか?)
(なんか無理やり言いくるめられた感じで悔しいけど……)
ため息を吐くが、まあ、新しい命の代償って考えればむしろ安い。
……慣れるしかないか。
奇跡のような第二の人(魔)生は、驚きと諦めから始まった。
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(ところで、オレの身体ってどうなってるんだ?呼吸も心拍もないし、夜目が聞く上に変な視界まである。正直ロボットにでもなった気分なんだが)
岩の上に腰かけ、オレはルシファーにそう尋ねる。
最初から疑問に思っていたことなのだが、自分の容姿の変化に驚きすぎて聞くことができなかったのだ。
(では、順番に。……マスターの肉体は、そのほとんどを魔素によって構築。骨格や皮膚は魔素を変質させて似せておりますが、不要である内臓、筋肉などは存在しません。左胸部に存在する核が脳を、生命活動のすべてを担っております)
(……よくわからないけど、なんかすごいのだけはわかった)
(つまり、マスターは核を破壊されない限り死ぬことはない、ということです)
お、おう……流石は最強というだけある。ほとんど不死身じゃねーか。
(ただしそれは核を破壊されれば終わりということでもありますし、今のマスターはそれほど強いわけじゃあありません)
あ、そうなのね。
危ない危ない、調子に乗って痛い目に合うところだった。
(まあ頼んだのは強くなれる身体だし、鍛えれば……あれ?オレ筋肉とかないのにどうやって鍛えれば、というかどうやってオレの身体は動いてるんだ?)
さっきは思いっきり流したけど、よくよく考えればそこも疑問だ。
(魔力を消費することでマスターの身体を動かしています。わかりやすく言うと、魔法《理力》で身体を操っているというイメージです)
へえ……うん、どんなものかはだいたい分かった。
(……ということはオレは、魔力を使い切ったら身動き一つできなくなる?)
(いえ、それはご安心を。魔力が無くなった場合、核を消費して魔力を生み出すことができます)
(なんだ……いや待て、核はなんか、滅茶苦茶大事じゃなかったか?)
生命活動のすべてを担っているのに簡単に消費していいのだろうか。
(はい、なので核を消費するということはつまり命を削る行為です)
……魔力はできるだけ使い切らないように注意しよう。命を削るとか怖すぎる。
(ちなみに魔力制御の能力を高めれば、魔力の消費を抑えていくことも可能ですが……)
(魔力を増やすのが最重要、ってことか)
(先に説明しますと、マスターの場合過剰回復オーバーヒール方法を行うのは危険ですのでご注意を)
まあ確かに、魔力を使い切ったら死んじまうけど……
(でも、そしたらどうやって増やすんだ?)
(魔物の核を食べてください)
……え?
(核って、あの核?細胞核じゃなくて?)
(魔物の体内にある核のことで間違いありません。取り入れた核の魔素を自分の核に吸収することで、魔力容量は増えます)
マジかよ。核って、あんな硬そうなもの食べれるのか?
(可能ですよ)
(……まあ、それは実際食べるときに試そうか)
とりあえず、この身体については大まかに分かった。何かあったらその時に確認すればいいだろう。
オレは最初から抱いていたもう一つの疑問、自分ですら見えたこの不思議な視界についてルシファーに尋ねた。
(スキル『魔力感知』によるものです)
(魔力感知?)
(はい。魔力感知というのは、周囲に存在する魔力の濃度、流れを感知するスキルです。視界のように感じるのは、私が得た情報をそうなるよう処理しているためですが)
(手に入れた記憶はないんだが……)
(その身体は元から魔力を感知するのに適したものですから、構築の時点で獲得していました)
マジかよ……生前スキルなんて一個も手に入らなかったから、てっきり獲得しにくいものとばかりに思っていたのに……
内心ショックを受けながらも、オレは改めて『魔力感知』の視界に意識を傾ける。
(なんていうか……本当に不思議な感覚だな)
直接目に見えるわけではない。『魔力感知』の視界は、直接脳内に滲み出てくるというのが一番しっくりくるだろう。
白黒のように見えるのに、物体の色彩も視える。遮られているとわかるのに、遮られた向こうもしっかりと視える。
前方の葉っぱの揺れも、後方の木の枝の動きも等しく同時に理解することができた。
このスキル……絶対有能だ。
(なあルシファー。これって今どれくらい遠くまで見えるんだ?)
(鮮明に感知できるのはおよそ50メートル、といったところでしょうか)
50メートル……随分とあるな。しかも鮮明にってことは、精度を落とせばもっと先まで見えるってことか。
(そういえばこれ、『魔力感知』なんだよな。ということは、魔力も見えるのか?)
(魔力も、というよりかは本来は魔力そのものを感知するスキルです。スキルから魔力のデータを私が処理し、一つの“視”界として機能させているのですが……マスター、ご自分の身体を視るのがよいかと)
言われた通り自分の身体に目を向ける。するとさっきまでは気が付かなかったが、周りと比べて濃い何かの中を、似て非なる何かが流れているのが視えた。
(色濃く視えるものが魔素、流れているのが魔力です)
へえ……ということは、この左胸の一段と濃い塊が核ってところかな。
(ちなみに、その処理をしないとどうなる?)
(こうなります)
ルシファーの言葉とともに視界が暗転、同時に大量の情報が頭の中になだれ込み、処理しようとないはずの脳が悲鳴を上げた。
(ちょ!ストップ、ストーーップ!)
奔流はすぐに止まり、激しい痛みもゆっくりと引いて行く。
(いかがでしたか?)
(少なくとも、今後一切処理を切ってほしいなどとは言わないと誓えるくらいは痛かった)
というかこんな大量な情報をノータイムで処理できるルシファーって、一体どんだけハイスペックパソコンなんだよ……
(マスターは処理方法を知らないだけですので、訓練をすれば行えるようになりますよ)
(絶対にしたくない……)
もう今後このスキルは全部ルシファーに任せよう。
心の中でそう硬く決心していると、ふと視界の隅っこで何かがゆっくりと動いていることに気が付く。
距離は100メートルくらいだろうか、鮮明に視える範囲外であるためそれが何かは不明
ただその魔力の色が、周囲より濃くなっているのがわかった。
(なあ、あの動いてるのってなんだ?)
(魔物ですね。反応から考えると、小型種と中型種の中間程度でしょうか)
ふーん、魔物ね……え、魔物?
(このままいけば鉢合わせになるかと、マスター、戦闘の準備を)
(え、ちょ、逃げるって選択肢はないのか?)
(ありますよ。この距離ですし、おそらく相手はこちらには気が付いてないでしょうね)
よかった、なら襲われないうちにさっさと……
(ですがマスター、核を手に入れる機会をみすみす逃すので?)
(うっ)
そうだった。オレが成長するためには、魔物の核を食う必要があるんだった。
(……そうだな、倒そう。殺して、核をいただいてやる)
今である必要はないが、今じゃない必要もない。なら踏み出しにくい第一歩目は、できるときに行う方がいいだろう。
岩から腰を上げる。
渇いた摩擦音が鳴った瞬間、魔物の動きが変わる。
草を踏むわずかな音に気が付いたようだ。一度立ち止まったと思うと、一直線に駆けだす。
随分と耳がいい。一分もしないうちに、直接見える位置までやってくる。
頭の中で《開門》と唱える。主武器は今はないけど、アイテムボックス内には確か予備として長剣が一本入ってたはず。外した鎧も入れてたから、多分大丈夫だ。
だがしかし待っても魔力が減ることはなく、魔方陣も生み出されることがなかった。
(ちなみにアイテムボックスは、中身とともに消失しております)
お前それ先に言えよ!武器なしでどうしろってんだよ!拳か?拳でやれってか!?
予想外過ぎる事態に、しかし敵は止まることなどない。100メートルの距離はすぐに半分ほど詰められ、そして脳内に鮮明な情報が流れ込んできた。
数は四。狼の体躯に、岩のような分厚く硬い毛皮を持つ魔物。ストーンウルフと、その上位種のロックウルフの小さな群れだ。
(拳は無理そうですね)
元からやる気ないって!どうすんの!?これどうすんの!?
(武器でしたら、私の能力で生み出すことは可能ですよ?)
え、能力?
(一度使ったではありませんか)
……あ、あれか!あの黒い剣か!
(『創剣』という名の能力なのですが……)
(名前とかどうでもいいから!早く作ってくれ敵が来る!)
もう距離は30メートルを切ってる。もうそろそろ目視できるようになるだろう。
(不可能です)
(え?いや、え?)
(私はあくまでも補助しかできません。まずはマスターが能力を発動して、剣の創造を開始していただかないと)
いやちょ、そういわれてもオレやり方知らないんだけど!
ついに期の背後から現れた石狼達が視野に入り、そして石狼達もオレを捉えた。
初めて見る獲物に戸惑ってるのだろうか、すぐに襲い掛かるような様子ではない。頭をこちらに向けたまま、威嚇するように低く唸る。
(一度使ったことがあるので、マスターは感覚的にそれを覚えているはずです)
覚えているはずって……一応直してもらいはしたけど、あの時の記憶ってまだあやふやなんだよ!
こちらを様子見していた岩狼が、一匹の石狼に行けとでも言う風に頭を振る。石狼は頷き返すと、その身を深くかがめた。
(ちくしょう!こうなったらもうやけだ!)
どうせ核が破壊されなけりゃあ死なないんだ。失敗したとしても腕の一本や二本くれてやる。
あやふやな記憶に従って手から魔力を放出した瞬間、石狼が飛び掛かってきた。
鋭く長い純白の牙と、真っ赤な咥内が視野全体に広がる。
あと1センチで噛みつかれる。それくらい至近距離で、石狼の身体は止まる。
石狼の背中から伸びる黒く細い刃。オレの両手から伸びるそれは石狼を貫き、宙に縫い付けていた。
唖然としたように動かなくなる石狼達。しかし岩狼の唸り声一つではっと身を震わせ、一斉に飛び掛かってくる。
刺殺した石狼の死体から剣を抜くのと同時にしゃがみ、回転するように一閃。赤い血しぶきを上げながら石狼達は岩にぶつかり、息絶える。
次は岩狼か?そう思って身構えるが、どうやら部下が全滅したことで恐怖を覚えたのか、しっぽ巻いて一目散に逃げだしていた。
無理に追いかける必要はない。剣先を下げ、身体を岩に傾ける。
(ま、間に合った……)
マジで怖かった。特に噛みつかれそうになった時、四肢の一本は覚悟していたけど、流石に頭部を奪われんのは覚悟もくそもない。誰だって怖い。
地面に座り、危機一髪で石狼を刺した剣に目を向ける。『魔力感知』で視たところ、どうやら魔力で構築されているようだ。
だけどなんだろう……改めて見るとこの剣、ものすごく頼りにならなさそうである。剣身は薄いし、刃もところどころ歪んでいる。少なくともこれが店前においてあったら絶対買わないだろう。
(時間も魔力も不十分であるため、このような中途半端な魔力剣しかできませんでした。おそらく、数分もしないうちに消滅することでしょう)
(持続性全然ねーのな……)
数分しか持たないとか、戦闘毎に能力使う必要があるじゃねーか。
(マスターが行っていないだけで、永続的に存在する物質剣を生み出すことも可能ですが……マスターの魔力制御が甘いので、使用することは不可能ですね)
ここでも魔力制御。身体のことといい、やはり鍛えたほうがよさそうだ。
(魔力制御の技能は魔法の行使にも影響が存在します。ただ、適性を覆すほどのものではありませんが)
……魔力制御、どんだけ重要ポジションなんだよ。
(それよりもマスター、血液臭によって他の魔物が集まってくる前に、核を回収しておくことを推奨します)
おっと、そうだそうだ。今の状態で何回も戦闘はしたくないし、剣が消えないうちにとるもの取ってとっとと立ち去るか。
石狼の横にしゃがみ、柔らかい腹部を切り裂く。
『魔力感知』を頼りに核を探し出し、真っ赤に染まった硬い物体を取り出す。
こびり付いた血を拭き取ると、その下から薄紫色をした水晶が現れた。
そういえば、何気に核を見るのって初めてだ。というか視る機会なんてなかったし。
(まさしくイメージ通り、って感じの形と色だな)
同じ手順を繰り返し、掌に合計四つの核が集まる。
……こんな、どう見ても鉱物にしか見えないこれは、果たして食べていいものなのだろうか。
(問題ありません。体内に取り込んでいただければすぐに統合されます)
(やっぱり、口に入れないとだめなのか……)
(いえ、取り込むのに喉を経由する必要はありません、身体のどこからでも取り込むことは可能です)
へ?そうなのか?
(はい。ただ核から遠い部位では統合に時間が必要になるので……胸部あたりから取り込むことを推奨します)
(まあ、そういうんなら……)
半信半疑ではあるが、この身体に一番詳しいやつが言うのであればできるんだろう。
3つの核を胸に当て、少しずつ力を込める。するとどうだろう、まるで砂場に手をうずめる時みたいにゆっくりと沈み込んでいく。
3つすべてが体内に入ってオレが手を抜いても、胸には跡も何も残っていない。
直後、身体に熱を感じる。『魔力感知』に映る自分の核の色が、さっきと比べて少しだけ濃くなっているのが分かった。
(ルシファー、これでどれくらい増えたんだ?)
(およそ5パーセントほど増加、といったところでしょうか)
(……数字で言われても、今までどれくらいの速さで増えてたかわかんないから比べられないんだった)
(個人差もありますがマスターの場合、
驚きの効率5倍以上。差は圧倒的だった。
(こりゃあ、魔物を狩る以外の選択肢はないな)
狩れば狩るほど強くなる。この身体の最強たる所以を、今ここで強く認識した。
さて、核も取り込むことができたことだし、そろそろ移動するとしよう。風は吹いてないので臭いはそんなに広がってないはずだけど、いつまでも長居する意味もない。
(ところでマスターは、これからどうなさるつもりですか?)
立ち上がったオレにルシファーが尋ねる。
(そうだな、今のままじゃあ弱いって話だから、しばらくはこの森にいるつもりだ。ここなら魔物も狩り放題だし)
そのためには、まずは拠点探しだろう。雨風がしのげて、魔物が寄ってきそうにない場所。
時間はあるんだ。ゆっくりと探せばいい。
(自分を鍛えて力を……2人を助けられる力を、絶対に手に入れてやる)
そのための第二の命なんだ。できることは全部やってやる。
(全力でサポートをさせていただきます。マスター)
ああ、これからよろしくな、相棒。
東の空が、かすかに明るみ始めた。
読んでいただきありがとうございます