森林から始まったサバイバル生活。それは予想よりも、精神的にひどくつらいものだった。
なにせ安心ができない。いつどこから、どんな魔物が現れてくるのかわからないのだ。
探索をしているとき、魔物を解体しているとき、野宿で睡眠をとっているとき……『魔力感知』のおかげで不意打ちされることはないものの、一晩で計12回も襲われたときは流石に何かが切れそうだった。
唯一救いだったのはそれが長く続かなかったことだろう。
転生からおよそ2週間、ついにオレは、「拠点」を見つけることができたのだ。
それは高さ数百メートル、根本周りでも20メートルはある大樹。最初は一晩だけの宿のつもりだったのだが、不思議なことに魔物は、大樹のそばに寄ってこようとしなかったのだ。
最初はたまたまかと思ったけど、夜を超すごとに確信してくる。大樹には、魔物を嫌がらせる何かがあるようだと。
まあ観測したのはオレじゃなくてルシファーなのだが、スパコンみたいな相棒が間違えることもないだろう。
そうしてオレは拠点を手に入れたと同時に、生活にリズムが生まれた。
朝、日の出とともに起き、森に狩りに出て、日の入り前に大樹に帰還。核を取り込み、魔力制御の能力を鍛え、そして床に就く。
ひどく単調で、味気のない単純な日々の繰り返し。必要だけで満たされた生活を、今思えばよく続けられたものだ。
だがまあ、万物流転とかいう有名な言葉があるように、こんな生活にも変化は訪れる。
転生してから4ヶ月ほどたったある日、オレはそいつらと出会った。
西の太陽が赤く染まり、細長い影が林立してくるころ。一日の狩りを終えたオレは、大樹の下で獲物の解体をしようとしていた。
新しく新造した魔物用のアイテムボックスを宙に開く。このころになると獲物が巨大なものばかりになって、そして量はせいぜい一日に2体ほどになっていた。まあ巨大な分核も大きく、そして質もいいため狩りの効率はむしろ上がっているので何の問題もないが。
浮かぶ直径三メートルほどの魔方陣から落ちてくるのは、2匹の巨大な赤い大蛇。レッドサーペントというそのまんまな名前のこの2体は
その分、オレの期待も高まるってもんだ。
早速解体を始めるために、武器用アイテムボックスから一本の短剣を取り出す。そしてそれを放り投げると、短剣は生きているかのように動き出し、赤大蛇の胸部に刃を突き立てた。
皮が切り裂かれ肉が取り除かれ、あっという間に紫色の核が姿を現す。
(やっぱりこれ、便利だな)
剣がひとりでに動いたのは、ルシファーの持つもう一つの能力《操剣》によるものだ。本来なら生前にロールス相手に使ったような使い方をするんだろうが……まあ、こういう使い方もアリだろう。
取り出した2つの拳大の核を胸部に当て、一気に押し込んで取り込む。慣れ切った熱が、統合の開始と終了を告げる。
『魔力感知』で見ると、だいたい5パーセント程度の増加かな?この4カ月で魔力が増えまくっていることを考えたら、今日の獲物はかなりの上玉だろう。
狩りの結果に満足し、オレは余った大黒蛇を処理しようとする。
だがその時、死体の裏に何やら動くものがいるのを発見した。
いつからいたのだろうか。咄嗟に能力で魔力剣を生み出し臨戦態勢を取る。
相手方の動きに変化はない。ゆっくりと歩み寄り覗き込むと、そこにいたのは――
赤と緑に染まった二つの半透明の球体、いや、その中心に核が視えるから魔物なのだろう。今だにオレには気づいていないのか、赤大蛇にくっついたままもぞもぞと動いている。
もしかしてこいつら、俗に言う、スライムなのか?
(その通りです。神経も内臓も持たず、細胞の一つ一つがすべての生命活動を行う魔物。しかし知性は著しく低く、マスターを害することは不可能と判断したため警告を行いませんでした)
大当たりのようだ。
警戒を解き、オレはスライム二匹を観察する。
ふむ、あの某国民的ゲーム型じゃないけどアメーバみたいなグロさのある容姿でもない。ゼリーと表現するのが一番合っているだろう、動くたびに丸い身体がプルンと揺れる。
(なあ相棒、こいつらって今何をしてるんだ?)
(ブラックサーペントの捕食中です)
へえ……お、今赤大蛇の鱗が一枚剥がれた。
黒い鱗は半透明の赤の中を漂い、ゆっくりと削られるように小さくなっていく。
まあ、どうせ使い道もないし上げちゃっていいか。覗き込む姿勢のまま、オレはスライムたちを眺め続ける。
(……マスター、魔力制御の鍛錬はしないので?)
そんなオレの様子に思うところがあるのか、若干呆れたような声でルシファーが問いかけてくる。
いやなんていうかさ、ほら、転生してからずっと殺伐とした生活だったから物珍しいというか、どうにもこのスライムたちが気になってくるというか、
(簡潔にまとめますと?)
(どうにもかわいく感じたのでつい見入ってしまいました)
(……)
オレの答えに相棒は何も言わないが、ため息を吐かれた気がするのは勘違いなのだろうか?
大事な鍛錬をサボってるんだから呆れられて当然かもしれないけど。
と、その時、スライム2匹が不意にビクッと動く。どうやらやっとオレの存在に気が付いたようだ。
スライムたちは転がるように赤大蛇から降りると、まん丸い形状に見合わない速度で一目散に後退。木の裏に隠れるが、まるでこちらの様子を伺うかのように一部だけ飛び出していた。
どうしよう。別に取って食うつもりはないんだが……
とりあえず、両手を上げながらゆっくりと下がる。地球流・敵意ないですよアピールが異世界で通じるか知らないが、ここは通じると信じるしかない。
10メートルくらい下がったところで、やっとスライムたちは木陰から出てくる。そしておずおずといった感じで赤大蛇に登り、食事を再開した。
こりゃあ、完全に警戒されちまったな……一歩でも近づいたらまた逃げられそうだ。
まだ眺めたい気はするけど……仕方ない、おとなしく日課に戻るか。
思考に区切りをつけ、オレは大樹の根元に立つ。
分厚いその幹に手を当て、心で『吸魔』と唱えると、大樹の中で色濃い流れが分岐。触れる右手を通って、瞬く間に減った魔力が満たされていく。
実は大樹を拠点にしたのには、この「魔力を回復できる」ということも理由に含まれていた。なんせオレは魔力が燃料の魔物、睡眠以外にも補填方法があるというのは非常に助かるのだ。
ちなみにただの植物に魔力が流れているのは地脈がどうのとかとルシファーが言ってたけど、全然理解できなかったしまあそう重要なことじゃないだろう。
閑話休題
満タンになった魔力を使って、魔力制御の鍛錬を始める。といってもそう複雑なことを行うわけじゃなく、能力『創剣』を発動して物質剣を生み出すだけだが。
右手を前に突き出し、魔力を放出。そして感覚のみを頼りに魔力を操作し、空に散ろうとする魔力を剣の形に抑え込む。
やがて、魔力の濃い部位からゆっくりと実体化。装飾も何もない真っ白の剣が、オレの足元へと転がった。
手に取ってみるが、性能は高くないとすぐにわかる。真っすぐ創るはずの刀身は歪に曲がっており、刃もうん、まあ、切れないこともないかなって程度にしか鋭くない。
また失敗か……短剣程度ならもうそこまで難しくないのに、多少長くするだけで全然できなくなってる。
とりあえず武器箱に失敗作を投げ入れ、2本目の創成を開始。
そして失敗。魔力が減ってきたので『吸魔』を使って回復し、3本目に挑戦、失敗。
計3本の失敗を生み出したところで、オレの集中力に限界が訪れた。
もう、今日は寝るか。そう考えたところで、オレは頭の上の重さに気が付いた。
手を伸ばすと、何やら柔らかい感触が。そのまま鷲掴みにひっぺ剥がすと――
赤大蛇の死体を食べていた、赤いほうのスライムだった。そしてすぐそこには緑スライムもいる。
赤スライムはオレに掴まれているというのに、全く暴れたりしない。
さっきはあんなに警戒してたというのに、いったい何があったんだ?
(おそらく、マスターがブラックサーペントの死体を譲ったことによって、マスターを仲間と認識したのだと思います)
え、あれだけで?
(食物連鎖の最底辺にいる彼らにとっては、餌をとるということはかなりの困難を要します。それに、最底辺ということは、必然的に敵も多くなるわけです。そんな中、餌を分け与えそして攻撃をしてこないマスターを味方だと認識してもおかしくないでしょう)
へえ。そういうもんなのか。
(それで、マスターは彼らをどうするのですか)
(どう、って?)
(彼らを殺して核を回収するのか、ということです)
ええ……正直殺したくはないな。かわいいし。
(ならば、飼う、ということで?)
うーん、まあ、そうなるか。というかぶっちゃけるとものすごく飼いたい。
実際問題はないはずだ。スライムの飼い方なんて知らないけど、少なくとも餌は十分に手に入る。
ふと、オレに捕まれたままの赤スライムがうねうねともがきだす。その柔らかい身体を器用に伸ばしオレの掌から逃れると、そのまま腕を伝って再び頭の上へと戻ってきた。
(どうやら、そこが気に入られたようですね)
相棒の言葉にオレは苦笑いし、そして未だに何もしてこない緑スライムへと歩み寄る。
こいつはどうなんだろう。
半透明の身体に触れる。すると緑スライムはビクっと身体を震わせたが、逃げるようなことはせずにおとなしく撫でられた。
まだ警戒心は残ってそうだけど……時間をかければ何とかなるか。
これから始まるスライムのいる日常は、きっと今までより楽しくなるだろう。
あれからおよそ一か月たった今。なんていうか、保護者の苦労ってやつを思い知った。
あまりにもスライムたちが自由すぎるのだ。毎日毎日オレの狩りについてくるし、しかもその先でいろんな魔物に喧嘩を売ってはオレが全部狩る羽目になるし……別にオレ一人なら問題ないが、襲われたら真っ先に引っ付いてくるスライムたちを守りながらってなるともうつらいことつらいこと。
だったら連れて行かなければいいだろうって話になる、実際オレも何度が試した。
だがすべて失敗。寝てる間にこっそり抜け出そうと、全速力で離れようと、あげくには黄魔法でスライムたちを閉じ込めようと、狩りの間には必ず追いつかれるのだ。
怒ったところで馬に念仏。結果的にオレは早々に諦め、スライムが狩りについてくることに慣れるしかなかった。
ただまあここまで文句を言っといてなんだが、オレは別に今の生活が、自由すぎるスライムたちが嫌いなわけじゃない。食事の姿はやっぱりいつみても和んでくるし、寝るときには布団と枕代わりになってくれるから大助かりだったり。
そんな負担が大幅に増えたサバイバル生活は、厄介ごとなども起こらずにゆっくりと過ぎていった。
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