生い茂った木の葉が日光のほとんどを遮り、視界の通らない森の中。一つの巨大な影が、のそのそと動いていた。
何をしているのか、暗くてよくわからない。ただ、時折ぐちゅ、といった音やぶち、といった音のみが響いている。
しばらくすると、風が吹いた。あまり強くなかったが、それは木の葉を揺らし、木漏れ日を生んだ。
巨大な影に木漏れ日が当たり、断続的にその一部を照らす。
太ったわにのような胴体に、5本の首が生えている。ヒュドラと呼ばれるその魔物は、そのすべての首を降ろし、足元にある魔物にかじりついていた。
おそらく、ここら一帯の主なのだろう。周りを全く警戒することなく食事をしている。
しばらくすると、突然ヒュドラにとてつもない危機感が襲い掛かる。この場にいるのは危険だ、といったそれに慌てて首を上げて周りを警戒するが、原因となるようなものはなにもない。しばらく見まわしてから気のせいだと結論付けて、食事を再開する。
このときヒュドラは自分の勘に従い、すぐにその場から離れるべきだった。自分より強い魔物はいない、という慢心が、ヒュドラの運命を決定づけた。
一応の警戒として上げたままにした首が、一体の魔物をその視界にとらえる。大きさは、ヒュドラより多少小さいくらいだ。
首をすべて上げ、臨戦態勢をとる。が、直後何かをする間もなく、すべての首がはじけた。
何をされたかわからないままヒュドラは絶命し、先ほどまで食べていた死体の上に崩れ落ちる。
魔物はいつの間にかヒュドラのそばに立っており、その後ろ脚に比べて長い前足は両方とも赤に染まっていた。
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「ギャッ!」
首を切られたゴブリンが、断末魔の声を上げる。切った本人のオレは剣の勢いのまま回転し、後ろに近づいていたもう一匹も両断する。
「ギュゥッ!」
周りを視てみると、魔物の反応はない。どうやら、今のが最後の一匹だったようだ。剣を魔力に還元し、戦闘態勢を解いた。
「よし、食っていいぞ」
オレの声に、頭の上と懐のスライムが地面に降りる。そして別々の死体にくっつくと、瞬く間に端から溶かし始めた。
「それにしても、ゴブリンばっかだな」
スライムたちの食事を眺めながら、そうこぼした。
転生から7か月。巨木の近くの魔物を狩りつくしてしまい、やむなく新天地を目指して遠出をしている。
一応今日で3日目。距離にして100キロは離れただろう。なのに、現れる魔物は一向にゴブリンやクレイウルフ、ホーンモンキー(頭に牛のような角が二本生えたサルの魔物)といった低級魔物ばかりだ。
「はあ……」
自分が転生した場所。巨木周辺が、いかに恵まれていたかをつくづく実感する。ルシファーの計算によると、元に戻るには少なくとも1年はかかるみたいだ。
5分ほどたつと、数十体はあったゴブリンの死体は、きれいにあと型もなくスライムたちに食いつくされた。
出会いからおよそ5カ月、スライムたちはかなり成長している。見た目には出ていないが、それはスライムに種族能力『胃袋』があるからだ。
『胃袋』がどんな能力か、簡単に言うと、取り込んだものを『アイテムボックス』のように亜空間に収納する能力だ。
そして、この『取り込んだもの』には自分の体も対象になるらしい。スライムたちは増えた肉体の体積を収納し、見た目を保持しているのだ。
ちなみに、保持させているのはオレだ。もしでかいまま頭の上に乗っかられたり、懐に入り込んでこられると、オレは動けなくなってしまう。それほどまでにスライムたちは成長していた。
「さて、もう行くぞ」
食べ終えたスライムたちにそう声をかけて、ダラーっとしている赤スライムを掴んで頭に乗せ、緑は脇に抱えた。数ヶ月の共同生活によって、緑のオレへの警戒心はもう欠片も残っていない。
5か月でスライムたちが成長したのは肉体だけではない、知能もだ。少なくとも、オレの言葉を理解できるから、いぬ以上の知能はあるだろう。「待て」といえば、食事をするのを「食っていい」というまで待つし、事前に「戦闘中は食事をしてはいけない」といったような「取り決め」を決めておけば、それをちゃんと守ってくれる。
ただ、「ついてくるな」という指示だけは未だに聞いてくれない。理解できていないのか、それとも理解しているうえで無視しているのか。まあ、もはやスライムを連れた狩りには慣れたからたいして問題はない。
一時間後、そろそろ日が暮れるので、移動をやめて寝床を作り始めた。別に夜でも魔力感知で視えるから問題はないのだが、日が暮れるとスライムたちが寝てしまうのだ。寝たスライムを頭の上にのせておくのはかなり大変で、そんなことをして狩りを続けるくらいなら、潔く早めに寝て次の日に早起きするほうが楽だ。
寝床といっても、大したものではない。邪魔な木を伐ってから、土魔法で堀と壁を作る、五分で終わるような作業だ。
(マスター。2時の方向から戦闘音、距離はおよそ700メートルです)
木を伐り終えたとき、ルシファーがそういった。
他の魔物が縄張り争いでもしているのかな。だったら寝ている間に襲われるのは嫌だから、今のうちに片した方がいいかもしれない。
(いえ、金属音が聞こえるので、少なくとも知性のある魔物だと思われます。また、ごくわずかですが人間の可能性も)
ほう、知性のある魔物か。
よくよく考えてみると、転生してからルシファー意外と会話したことがないな。魔物にしても、スライムたちに対するのは『指示』であり言葉を交わす『会話』ではないし。
(様子見に向かおう。魔物にしても人間にしても、益になるか害になるかは会ってみないとわからないしな)
ルシファーにそう返すとともに、体内の魔力を循環させ、臨戦態勢をとる。赤スライムを頭に乗せ緑スライムを抱え、一気に走り出した。
(人間は……いない。全員魔物か)
距離が300メートルを切り、魔力感知の範囲内に入ったことで目標の正体を把握する。
どうやら、4匹の魔物が戦っているようだ。うち3匹は人型。仲間のようでお互いに攻撃はしておらず、連携を組んで残っている一匹と戦っている。刃物を持っているのも感知できたし、知能があるのは人型で間違いないな。ただ―
残っている一匹。見た目と魔力量から察するに、おそらくサーペント種の、それもレッドサーペントより上位の種だと思われる。対して、人型の魔力量はあまり大きくない。正直、3匹いても倒せないだろう。
そんな思考をしているうちに、300mの距離はもう目と鼻の先になった。というか、すでに木々の隙間から目標が見える。巨大な黒い蛇だ。一旦止まり、アイテムボックスから一振りの剣―解体用の短剣ではなく、自分の身長以上もの長さを誇る細身の両刃剣。大型の魔物を一撃で仕留めるために、半月前に作った―を取り出した。
背後に生えた木の幹にバク宙するように足をつけ、某忍者漫画のごとく魔力を流して張り付く。そして右手に持った剣を、抜刀でもするように自分の左に構えた。
獲物の動きが止まった瞬間、オレは黒大蛇に向かって跳躍した。
大黒蛇との距離は一瞬にして縮まり、腕一本と少しまでの時に右腕を振り抜く。
跳躍の勢いと腕を振る速度が乗った剣は黒大蛇の首をあっさりと通り過ぎ、その命を刈り取った。
切られた首は重力に従い、胴体から滑り落ちる。
「……! 誰だ……てうわぁ!」
人型がこちらを誰何するが、落ちてきた首に驚き、なんとも情けなくなっていた。
「え……死んでいる?」
「いったい……? 何が……?」
恐る恐るといった感じで蛇を調べていたほかの2匹―いや、二人が、信じられないといった表情で声を上げていた。
最初に誰何していた一人も、それを聞いて2人と同じような表情になる。そしてそれをやったオレの方を3人(全員女性の見た目)が同時に向いてきた。
さて、どう答えればいいものか。
「敵対するつもりはない。安心してくれ」
とりあえず、知性がないスライムにも通じた敵意ないですよアピールをしながら、口でも敵意がないことを伝える。
「あ、ああ。もしかしてこれをやったのはおまえか?」
3人のリーダーなのだろう、誰何していた女性――身長は170ほどの、服装はショーパンに上がさらしを巻いているのみ、露出度がかなり高い格好だ。ちなみに髪型は赤髪ポニテ――が問いてきた。
「そうだけど、もしかして余計だったか?」
「いや、むしろ助かったよ。武器も壊れてしまったあたいたちだけじゃあ、多分勝てずに誰かが死んでたね」
「いや、たまたま通りかかってね。大したことじゃない。……ところで、そいつの核、もらってもいいか?」
日本人の特性:謙遜を発揮しながらもさらっと自分の要求も混ぜる。だって数日ぶりの大物なんだから、欲しくなるのは仕方ないと思う。
「何を当たり前なことを。むしろ私たちがそいつの肉を分けてほしいくらいだね」
あれ?あっさりともらえた?核って、魔物からしたら、栄養満点なのに?
(ほとんどの魔物はそれを知りませんし、石みたいな核を進んで食べる変な生物なんていないでしょう)
へぇ。っておい。さりげなくオレが変な生物だと言ってない?
(気のせいです)
いや、絶対気のせいじゃないだろ!……まあいいや。今は目の前のことの方が重要だ。
「別にいいさ。オレにとってはそっちこそ不要だ」
そう返すと、魔物たちが不思議そうな顔をしてきた。え?なんか変なこと言った?
あとスライム、お前ら暴れんな。食べたいのはわかるから、分けると言っても全部じゃないから。
「ところで、一体どうやってそいつを倒したんですか?」
スライムたちがあらぶっているのをスルーして、ショーパンじゃない一匹(160センチ)が唐突に話を変える。こちらは露出度が低く、青い長めのスカートをはいていた。上も白いパーカーみたいな上着と、その下に白いシャツを着ていた。髪の毛は青で、腰あたりまで伸びたストレートだ。
「どうやってって……普通に剣でぶった切っただけ?だよ」
「え……よくあの鱗を切り裂けましたね。私たちじゃあ傷一つすらつけられなかったのに」
へえ、そんなに硬いものなのか。確かにゴブリンよりは多少の抵抗を感じたけど、それでも多少ってくらいだ。
「多分、武器のおかげじゃないかな?こいつなんだけど」
言いながら、アイテムボックスから取り出し、3人に見せる。
「……これは……人間の技術は、これほどのものなの……?」
真っ先に食いついたのは、まだ一回もオレと話していない、最後の一人。多分、一番防御が硬いだろう。黒の長袖長ズボンの上に分厚いコートみたいなものを着ており、手には手袋、そしてマフラーみたいなもので口元まで隠している。髪も黒で、方より短いショートヘアーだ。
「いや、一応それ作ったのオレなんだよね」
とりあえず、勘違いを正しておく。必要はなかったが、なんか他人の成果のように扱われるのが嫌だったのだ。
「え?じゃ、じゃあ刃物の加工ができるの!?」
予想外にさらに食いつかれる。え?今の発言にそんな要素あったか?
「あ、うん?」
どう答えたらいいか思いつかず、咄嗟に肯定してしまった。
「な、なら、私たちの村に来てほしい!?ぜひとも、その技術を教え「馬鹿者が」
もう食いつくされたんじゃないかっていうほど食いついてきたが、赤髪に頭を殴られ、最後まで言うことはできなかった。
「すまない、この馬鹿が失礼した」
「いや、いいさ」
「ところ「ところで白髪さん、私たちの村に来ていただけませんか?武器云々の話などではなく、単純に命の恩人をもてなしたいのです」
赤髪にかぶせて、今度は青髪がそんなことを言った。
村か。それは何とも魅力的な提案だ。もともと目的地のない旅なのだし、村みたいなところに住んでみるのもいいかもしれない。てか野宿よりは絶対いいだろう。
「そうだな……せっかくだし、お邪魔させていただくよ。」
「なら、急ごう。日が暮れてしまったら、色々と厄介だからな」
「ああ、ちょっと待って。あの蛇を回収したい」
「え? いや明日でもよくないか? これほどの大きさなら明日でも残っていると思うのだが……そもそも、どうやって?」
「ちょいと、魔法でね」
言いながら、蛇を無属性魔法《念力テレキネシス》で浮かせ、その下にアイテムボックスを開いた。
《念力テレキネシス》を解き、蛇を落とす。すべて収納されたのを確認し、アイテムボックスを閉じた。
「な、なんだ?今のは……蛇が、消えた?」
「これが……魔法ですか?」
「まあ、そうだな。もしかして、魔法を見たことない?」
「いえ、たまに村に訪れてくる人間が使ったのは見たことはありますが、せいぜい火を出したりする程度のもので……ところで蛇は、一体どこへ?」
「ああ、大丈夫。亜空間にしまっているから、あとで取り出す」
「あくうかん?」
「おっと。とにかく、オレが持ってるってことだよ」
青髪が頭にはてなを浮かべてしまったので、話題を早々に切り上げる。
「急いだほうがいいんだろ?早く行こうぜ」
「あ、ああ」
いまだに呆然としていた赤髪に声をかけると、はっとしたようにそう言い、そしてついて来いという風に踵を返して走り出す。黒髪と青髪の後に続いて、オレも後をついて行った。
約30分後、太陽が完全に沈み切る前に、オレ達は無事村の門につくことができた。門とはいっても、村の周りをかこっている柵がないだけで、扉なんてものはない。
「一日お疲れ様。ところで、そちらの方は?」
木に寄りかかっていた門番らしき女性がこちらに近づき、ポニテたちに話しかけた。しかし門番まで女性って、男はいったい何をしてるんだ?もしかして、男のいない種族なのか?
「そちらもご苦労。この人はあたいたちの恩人で、大蛇にやられそうになった時に助けてもらった」
「え、大蛇って……そんなの近くに住んでいたかしら?」
「いや、おそらくどこかから来たのだろうな。あんなのがもし昔からいるのなら、我々はここに住んでいないさ」
「そ、それは災難だったわね……」
「ところで、通っても問題はないか?」
「あ、うん、もちろん」
そういうと門番は元の位置に戻り、赤髪が歩き始める。
村はとても質素な感じだった。道といえるような道はなく、ボロボロな木造の家が向きも大きさもバラバラに建っている。灯りとかもない様子で、家の中は真っ暗だった。
「ついたぞ」
赤髪がそう言って一軒の家の前に立つ。人間からしたらこれもぼろ屋に含まれるだろうが、ほかの家に比べると立派に見える。そして、他の家と違って、この家だけ隙間からわずかな灯りがこぼれていた。
なんの躊躇なく、赤髪はその家に入っていく。オレも入ろうとしたら、止められた。
「先に話をしてくるから、少しだけ待っていてくれ」
言われた通り五分ほど待つと、家の中から赤髪が「入ってくれ」といったのが聞こえた。
「お邪魔しまーす」
家の中は、とても暗い。自分の足元が全く見えなかった。まあ、魔力感知があるから問題はないんだけどね。
廊下を曲がると、広間があった。中心で一本の蝋燭が燃えおり、薄暗くも部屋にいる者の姿を照らし出す。
「座ってくれ」
凛とした女性の声が響いた。部屋の中にいるのはオレと赤髪たち、そして蝋燭を挟んで向かいに、一人の女性が座っているのみだ。
女性を視たとき、少しの驚きを覚えるが、顔には出さない。
「まずは自己紹介といこう。私はこのアラクネ族族長、名をアラルという」
目の前の女性―背中から八本の蜘蛛の足が生えたアラクネ族の族長は、初めにそう名乗った。
読んでいただきありがとうございます