「嬢ちゃん、まぁた壊したのかい……もうこれで何足目なんだ?」
オレの手にある壊れた靴を見て、おっちゃんがそうぼやく。
「……えーっと、……10くらい?」
答えるオレの目は、確実に泳いでいただろう。
この靴は、おっちゃんが作ったものだ。いつも薄布一枚裸足でいるオレを見かねて、服一式と合わせて一足の靴を渡されたのが始まりである。
それからわずか一ヶ月ほど。流石に壊しすぎだということは、オレもわかっていた。
原因は、10割オレにある。オレの無茶な戦闘が原因だ。
元々エインズで剣術を学んだオレだが、道半ばで死んでいる。転生後の戦闘スタイルはその学んだことが基礎になっているが、魔物の肉体に合うよう改良した我流のものだ。裸足で編み出したものであるため、靴の考慮などしたことがない。
結果、靴が耐え切れずに何足も壊れていく。
「はあ……いや、嬢ちゃんにいっても仕方ねーか」
「あはは……」
戦闘スタイルを直す気は無い。だったら、裸足に戻ったほうが楽だ。
「明日の朝にまた来い。それまでに一番いいのを作ってやらあ」
「いいのか? 他の仕事は……」
「なあに、ちょうど手が空いたところだ」
「そうか……ありがとう」
オレとしては断る理由がないので、素直に礼を言っておいた。
翌日
「来たか……ほれ、こいつだ」
オレが集会場に入ると、おっちゃんはすぐにオレに気付いた。そして机の上に置かれている白い靴をオレに放る。
キャッチしたそれは、ひどく軽い。わずかに青味のかかった灰色は、既視感がある。
「随分と頑丈だな……なにでできているんだ?」
「名前は知らねえが、蛇の胴体をちょん切りだしたような魔物の皮だ」
蛇の胴体……ああ、ワームか。
「丈夫さは保証するぞ。なんせ切り出すだけでも大変だったんだからな」
がっはっはと笑うおっさん。そんなに苦労したんだったら、呼んでくれれば切ったのに……
「とりあえず履いてみろ。大きさとかは問題ないか?」
言われた通りに履き、つま先やかかとを地面にトントンとして確認する。
「大丈夫だ、問題ない」
「そうか……なあ嬢ちゃん」
「うん? なんだ?」
急に深刻そうな顔になるおっさん。
「……自信作なんだから、一日で壊さないでくれよ?」
「あはは……善処するよ」
断言はできない。この靴の丈夫さはまだ確かめてないし、断言したら壊すフラグが立ちそうで怖い。
「……なんか怪しいが、まあいい。ほら、さっさと狩りにでも行ってこい」
「……へえ、そんなことが」
オレが【狩人】の集会場に着いたとき、すでに3人はいた。今は黒髪に遅れた理由を聞かれたので話していたところである。
「確かに、白髪殿はいったいどうやったらそこまで壊れるんだ? と思えるくらい何足も壊しているな」
「結構不思議ですよね、私たちと同じ靴なのに」
「……原因はわかってるんだがなぁ」
頭を掻きながらオレはそう答える。ほんとどうしようもないからな。
「……話もそこまで。そろそろ行こう」
「うーい」
「……来ない」
「いないな」
「いないですね」
森に出て5時間、もうすでにかなりの距離を歩いたのだが、魔物の魔の字すら出てきていなかった。
「……珍しい日もあるんだな。お、ラピス。あれって食べられるやつか?」
そういってオレは上方に大量に実っている赤い木の実を指さす。採取は基本的に魔物が見つからないときにやるおまけみたいなものだが、今日はこれが主になりそうだ。
「あれは……はい。取ってください」
その言葉が言い終わるが早いか、赤髪はすでに動いていた。10メートルはあろうかと思われる木を、あっという間に登っていく。そして木の枝を次々と切っていき、木の実はどんどん落ちてきた。
地面に落とさないよう、オレ達が右に左に動いてキャッチする必要はない。アイテムボックスを広範囲に開けば、それで済む。
5分後、回収した木の実は全部で30を超えていた。
(マスター、魔物の大群の接近を感知しました)
突然頭の中にそんな声が響く。
(大量の魔物?)
オレの感知にもラピスの感知にも引っかかってないぞ?
(はい。非常に小型でありますのでラピスさんも無視しているのだと思いますが、数が数でしたので報告に値するかと)
(そんなに多いのか?)
(数百になります)
数百……は! ? 多すぎねーか! ?
慌てて感知を広げると……わーお、前方400mのあたりに小さい反応が密集してやがる。反応はひどく小さいが……多分、小虫型魔物だ。
(って……アレ? なんか接近してないか? なんかここ向かって一直線に向かってきてない?)
正直、小虫型は嫌いだ。小さいから剣があまり有効ではないし、そのくせ数が馬鹿みたいに多い。そのため殲滅には時間がかかるのだ。
普段なら相手にしないが、小虫型の進行速度はかなり速く、オレ一人はともかく3人では逃げ切れないかもしれなかもしれないほどだ。
結局、隠れてやり過ごすことにした。
魔物の大群は、すぐに肉眼でとらえられる位置まで接近する。
魔物の正体は、蜂だった。体長は6cmほど、スズメバチのような風貌のそれは本来黄色であるはずのところが赤色に染まっている。
「……え、あれって……」
どうやらラピスは見覚えがあるらしい。
「ラピス、アレを知っているのか?」
「……はい。何回かですが、見たことがあります。アレはその、結構まずいです」
「まずいやつなのか」
「まずいやつなのです。あのハチに刺されると、爆発します」
「爆発しちゃうのか」
「爆発しちゃいます」
ソレは確かに、ヤバいやつだな。
「とにかくここに隠れてやり過ごそう。こちらから手を出さなければ奴らも放っておくはずだ」
「……てか、あいつら何してんだ?」
蜂の大群は、さっきまでオレ達がいたところにとどまっている。それも、赤髪が取った木の実が生えていた上空の方に。
「……なんか、嫌な予感がするぞ?」
「……私も。奇遇」
直後、カチカチと何かを打ち付けるような音が響いた。
「……あいつら、なんか怒ってない?」
「……怒っているようにしか見えませんね」
蜂の大群がその鋭い牙を打ち付ける音だった。羽音とも合わさって、非常にうるさい。
ちょうどその時、一匹の蛇が蜂の視界に現れた。昼寝でも邪魔されたのか、蜂に対して威嚇的な行動をとる。
それに気づいた蜂が一匹、一直線に飛んでいく。そしてその短い針が蛇に刺さった次の瞬間――――
蛇の胴体が爆ぜた。破裂ではない。熱膨張による爆発だ。真っ二つになった蛇も爆発の中心にいた蜂も即死である。
「……威力、高すぎやしないですかい?」
蛇の死体の断面は黒焦げになっていて、それだけでかなりの熱量だとわかる。
「……これ、早く逃げたほうがよさそうですね……」
「……ああはなりたくないな」
「……同意、超同意」
オレ達が逃亡への第一歩を踏み出したとき――――
カチカチカチ
虫の羽音とともに、すぐ近くからそれが聞こえた。
「! しまッ……」
赤髪が言い終わらないうちに、爆発蜂をオレの剣が貫く。頭部が真っ二つになり、蜂は地に落ちた。
今の音は、確実にオレ達の存在を仲間へ知らせる合図なのだろう。できれば気づかれていないことを願うが――――
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ――――
まあ、そんなうまい話はなかった。
「白髪殿、これどうすれば! ?」
「……やるしかないんじゃないかなぁ」
おそらく、このときのオレは引きつった笑いを浮かべていたと思う。
万を超える蜂の大群が迫ってくる様子は、ただただ圧巻だった。
切っても打っても、蜂の軍団は一向に減っていかない。もうかれこれ数時間はやっているのではないだろうか
引火性があるのか、《フレイムアロー》が当たった蜂はことごとく爆発四散する。ただ流石に自分たちの特性を知っているので、誘爆は期待できなかった。
「……いいこと思いついた」
ハエたたきのように大剣を振り回す黒髪が、ぽつりとそういう。ちなみに蜂はほとんど叩けていない。
「いいこ……なるほど、そういうことですか」
言いかけたラピスの額に、黒髪の左手が触れる。テレパシーを使ったのだろう、一瞬だけであったがラピスは黒髪の考えを理解したようだ。
オレと同じく魔法で応戦していたラピスが下がる。そして服の裾から蜘蛛足を出すと、高速で糸を編み始めた。
「白髪さん、これを!」
そういって投げ渡されたのは、網のようなもの。触った感じ、べたべたとしていた。
……なるほどね。そういうことか。
網の端っこを探し出し、それぞれ赤と緑に掴ま(?)せる。そして、蜂の大群の向こうへ左右60度の角度をつけてスローイング!
オレ、赤、緑の3点を頂点に、空中に網が張られる。そしてそれはスライム2匹の落下とともに、蜂の大群の大部分をとらえることに成功した。
あがく蜂であったが、羽が糸に張り付いて上手く飛ぶことができない。そのまま彼らは、戻ってくるスライム2匹の餌食となった。
「……なんとかなったな」
その光景を眺めながら、赤髪がぽつりとつぶやいた。
「何とかなりましたね」
「……死を覚悟しかけたかもしれない」
おい、それほとんど覚悟してねーじゃねーか。
それにしても……終わるときはあっさりと終わったな。
「とりあえず、今日はもう帰ろう。日もそろそろ暮れそうだし、収穫も十分なはずだ」
まあ、確かにあの量の木の実があれば十分すぎるほどだ。
「そうだな。今日はもういいだろう」
同意し、オレが一歩歩き出したとき――――
何かが左足に刺さった感覚がした。
その正体に気付き、思わず体の動きが止まる。
だが、数秒経っても、何も起きなかった。
「……どうしたの?」
オレの奇妙な硬直を黒髪が不思議がった。
「いや、爆発すんじゃないか、って一瞬ビビっただけだ」
そういって靴裏を見せる。やはり予想通り、刺さったのは爆発蜂の死体だった。
「……なるほど。確かにそれは怖い」
とりあえず歩くのに邪魔だし、さっさと抜いてしまおう。そう思い、右手で死骸に触れ力を入れた途端――――
死骸が、爆発した。
結論から言うと、オレは無事だった。足は足底の3分の1ほど、手が手首ほどまで吹き飛ばされたが、すぐに再生した。むしろ、心配する3人を安心させる方が大変だったかもしれない。
ただ、一つだけ巻き込んではいけないものが巻き込まれていた。
おっさんに作ってもらったワーム製の靴。自信作なだけあって靴の形は保っていたのだが、ほとんど全部が黒焦げになっており素人目から見ても修復は無理だろと思うほどになっていた。
一応帰ったあとおっさんに見せたのだが、やはり修復はできなかった。
その時のおっさんが沈んでいるように見えたのは、きっと気のせいではなかったのだろう。次の日から、オレの靴は元のグレードに戻っていた。
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