召喚勇者は死にました   作:黒桜@ハーメルン

19 / 37
ふと思い出したんですが、白髪の読み方は「はくはつ」です


17 異常

 アラクネの村に来てから、3ヶ月がたった。

 

 村での日課は、一人でサバイバルしていた時とは随分と変わっていた。

 まず、ラピスたちが狩りの日は、オレは彼女らと一緒に狩りに出る。ほんのたまに他のグループと行くこともあったが、基本は彼女たちとだ。朝に出て森を歩き回り、獲物を見つけ次第倒しにかかる。戦力的にはオレが突出している感じではあるが、うまく連携を取れているとは思う。

 

 そして狩りの次の日、すなわちラピスたちが休みの日だ。

 その日にすることは、だいたい3人との模擬戦だ。どうも3人は自分たちが強くないと思っているようで、訓練をつけてほしいと頼まれた。オレからみりゃ3人の連携は生前見たエインズ王国の騎士たちの連携よりよっぽど上手く見えるのだが、本人たちが満足していないので付き合うことにした。実戦形式なのはオレが教えられないからだ。だって学んだことないし。

 

 最後に、赤髪たちが守りの日。この日にはオレは午前と午後で2つのことをしていた。

 まず午前中には、ラピスに魔法を教えている。ラピスだけが暇なこの日は、魔法を教えるのにちょうどよかった。

進捗状況は、かなり順調である。適正が弱い有色魔法は初中級ほどまで、無色魔法はかなりのレベルまで使えるようになっている。黒魔法は残念ながら教えられないので、全く進んでいない。でも無意識に魔力感知を使っていたラピスのことだ。黒魔法もいつの間にか使えているようになってるかもな。

 ちなみにラピスが村守りに参加しない理由は、異常があれば魔力感知で気づけるからだそうだ。

 

そして午後には、オレは単独の狩りに出ていた。いやオレが核を求めているってだけじゃない。スライムたちの食事のためだ。

 元々大食いなこいつらだ。3人と狩りに出たときなら自分の取り分を多少増やしてもらうのはできるが、自分が何も働いていない日に大量の食糧をもらうのはできない。いや、スライムたちはアラクネ達にひどく気に入られてるから、もらうことは可能かもしれない。けどオレの良心が痛むので、それならばと自分の為にもなる狩りに出ることにしたのだ。

 

 

 さて、このような日ごろに命の危機がある生活を果たして平穏だと言っていいのかわからないが、オレ自身はこの日々を平穏なものであると思っている。だがしかし、平穏は壊されるものだという地球の相場は、どうやら異世界でも通じるようだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ソレは、森の中で戦っていた。始まりは、餌になりうる小動物を見つけたことだった。

 ソレは、数日も何も食べていなかった。本来群れの王であるソレが飢えることなどなかったのだが、ソレのいた群れはすでに存在していない。長らく感じていなかった飢えによって、ソレはひどくイラついていた。

 

 そんなときに、視界に現れた小動物。満たすことはできなくても、多少の腹の足しになるだろうと考えたソレが、小動物を襲うのに躊躇いはなかった。

 

 ここで襲わなかったとしても、結果が変わっていたかどうかは誰も知らない。だが、少なくともソレが選んだ選択はソレを確実に殺すものだった。

 

 

「はあ!」

 

 大剣の重く鋭い一撃に右前脚を切られ、痛みによって思わず距離をとってしまう。

 その行動は悪手であり、待機していた者による追撃を受けることとなった。

 

「ギュア!?」

 

 それは致命傷には至らなかったが、ソレは本能的にこのままでは殺されると悟る。そして本能のままに、逃亡を試みた。

 

「今だ!」

 

 だが、それすらも叶わない。意識が消える直前に辛うじて理解できたのは、白い何かが高速で飛んできたということのみであった。

 

「……いつみても、すごい」

「大したもんじゃないよ。本当にただの不意打ちだし」

 

 乱れた上着を直しながら、そう返す。

 真っ白なこの上着は一か月ほど前に靴、ズボン、シャツと一緒に一式でもらったもの。フードがついており、ひどくパーカーに似ている、というかフードのないパーカーである。

 

「……ところで、こいつもか?」

「……ああ、初めて見る魔物だ」

 

 オレの質問に、赤髪が答えた。

 

 実はここ最近、奇妙なことが起きている。いや、3ヶ月前から起きているのかもしれない。本来住んでいるないはずの魔物が、ここ最近に何回も見つかっているのだ。

 

 三か月前というのは、大黒蛇と石蜥蜴。それ以降は普段通りに戻っていたらしいのだが、一週間前にグランドタートルという水辺に生息するはずの魔物を発見して以来、今さっき倒した大猿(初めて見る魔物で、名前はわからない)も含めて5体もの生息していないはずの魔物を発見している。

 

 原因はある程度の目星がついていた。

 

(獣が住処から離れるのは元の住処にいられなくなった場合か、もしくはより良い住処を見つけた場合が考えられるが……前者だろうな。グランドタートルが湖のないこちらに来ている時点でおかしいし)

 

 そうすると今度は元の住処にいられなくなった原因になるが、これは何らかの強力な魔物の出現という可能性が高い。異常気象という可能性もあるが、村近くの天候に異常は起きていないし天候の影響がないほど遠くから魔物が来たとも考えにくい。なので可能性としては低いのだが……

 

(オレとしてはその低いほうであってほしいね。ヒュドラと同程度のバシリスクが逃げ出すほどの魔物とか……どう考えてもヤバい匂いしかしない)

 

 確かにオレは強い魔物を求めてるけど、命を懸けて強さを求めているわけではない。目的の為に死んだら元も子もないし。

 

 ただまあ放っといても、他のアラクネ達に危険が及ぶから何とかしたいものだ。

 

 大猿の死体にくっついて、ものすごい速度で侵食するスライム2匹を眺めながらそんなことを考える。

 

「とりあえず、もうちょい奥まで行ってみないか? まだまだ時間はあるんだし」

 

 毛皮だけが残った大猿をアイテムボックスにしまいながら、オレはそう聞いた。ちなみに今の時間はだいたい昼過ぎ、村までは30分も走ればつく程度の距離だ。

 

「そう、だな」

 

 同意する赤髪は、どこか歯切れが悪かった。

 

「? 何かあるのか?」

「ああ、いや。なんでもない。ただ……なんか嫌な予感がしてさ」

 

 ふうん。野生の勘ってやつかな? いやアラクネは別に野生ってわけじゃないけど。

 

「多分、気のせいだ。気にしないでもらえると助かる」

「まあ、そういうなら」

 

 赤スライムを頭に乗せ、大猿が向かってきた方向に向かって歩き出す。

 

 この後に、とんでもないものと出会うことになるとはつゆほどにも思っていなかった。

 

 

 

「……いました。左前方向、かなり大きいです」

 

 一時間ほど歩くと、ラピスの感知にまた一匹魔物が見つかったようだ。

 

「どっちに動いている」

「いえ……どうも動いていないようで、その場でじっとしてます」

「……とりあえず近くまで行こう。緑。」

 

 オレの言葉に、ラピスの懐に収まる緑はするりと地面に降り立つ。オレが緑を抱えるのを皮切りに、ラピスの指さす方向へと走り出した。

 

「……!」

 

 すぐにオレの魔力感知も魔物をとらえる。鮮明に視えた姿に驚きを感じた。

 

「地竜、か」

「……ヤバい相手?」

「ああ。……もしかしたらこいつが原因なのかもな」

 

 地竜。その名の通り、立派な竜種である。ヒュドラと同じく下位種ではあるが、ヒュドラよりかなり強い。というか、ヒュドラは竜種の中では特出して弱い種であるのだから当たり前ではあるのだが。だいたいヒュドラ<<下位竜種<<中位竜種<<<<<上位竜種といった感じだ。いや上位種と戦ったことはないんだけどね、オレの知識ではそうなってる。

 

 まあ、今のオレが倒せない相手ではないので、たいして問題ではないのだが。

 

「……あいつか」

 

 視界に入る位置まで接近したので、足を止めて木の陰に隠れる。

 

 地竜は俺たちの接近に気付いた様子もなく、ただそこでじっとしていた。

 

 改めて、その姿をよく見る。

 

 ごつごつとした灰色の身体。戦うために発達したような前足に、深く折れ曲がった後ろ足は二足歩行をするからなのだろう。体長は、尻尾を除けば7mほど。尻尾を含めたら15mにもなる。身体と比べて小さい頭には一本の角が生えており、その右目は一文字の傷で潰されていた。

 

「……さて、どうやる? 正直、竜種相手にいつもの訓練がてらなやり方は危ないと思うが」

「……正直竜と戦ったことはないからどれほど強いのかわからないのだが……白髪殿がそこまで言うとは……」

「オレ一人ならやりようはあるが……お前らと一緒に、となると難しいところだ」

「そうか……わざわざ危険に飛び込む必要もないし、頼んでしまってもいいか?」

 

 人間相手に言ったらむっとされるような言葉ではあるが、赤髪はそれを素直に理解した。実際、何度も模擬戦はしているから強さに差があるのをわかっているのだろう。

 

「任せろ。ただ、万一があるかもしれないから、準備だけはしておいてくれ」

 

 スライム二匹を地に降ろしながら、一応の注意喚起をする。

 

「それなら、今罠を張っちゃいますね」

 

 そういうとラピスは手首から糸を出し、それを動かずに付近に張り巡らせた。『操糸』と呼ばれるスキルを覚えたラピスは、こうして敵の付近にいても罠を張れるようになっていた。ちなみに糸に魔力を流すという技は、『剛糸』というスキルに変化している。糸を作るときに魔力を流すことでより強靭な糸を生み出すスキルだ。

 

「準備オーケーです」

「そんじゃ、やるぞ」

 

 アイテムボックスから剣を出し、同時に身体に魔力を流す。次の瞬間、地竜向かって一気に飛んだ。

 

(な!?)

 

 地竜の目が、オレを見ていた。

 

 同時に魔力感知が、下方から何かが接近していることを知らせてくる。咄嗟に剣を盾にして、何とかその地竜の左腕を防いだ。

 

 いくら魔物の体とはいえ、体重を自由に変えることはできない。見た目通りの体重なオレは、そのまま空高くまで吹き飛ばされた。

 

「白髪さん!?」

 

 体勢を立て直そうとする中、ラピスの驚きの声が聞こえた。

 下を見ると地竜はすでにオレを見ておらず、視線の先には3人がいた。

 

(まずい!完全に狙ってやがる!)

 

 だがこの距離じゃあ落ちるのを待ってても間に合わない。咄嗟にオレは、魔法を使った。

 

「『氷槍』!」

 

 オレの周りに、10本前後の氷の槍が出現する。それらの槍は重力に引かれ、地竜めがけて落ちていった。

 

 地竜はそのほとんどを回避するが、地面に突き刺さった氷の槍は地竜から視界を奪っいさる。

 

「厄介だな……」

 

 3人の隣に着地し、そう零した。

 

「白髪殿!大丈夫か!?」

「問題ない。あーでも服がダメになっちまったな……」

「いや、気にするところそこ?」

 

 オレにとってはそこだな。腹の部分が思いっきり破れちまってる。

 

「体の方は全く問題ないよ。骨も折れていないし」

 

 実際は折れたのだが、すぐに治っただけだ。

 

「それよりお前ら、あいつはやばい。正直3人を守りながら戦うのはきついから、できれば逃げてもらいたいのだが……」

「おいおい、あたいたちも戦えるぜ?」

「……一人で戦わせるわけにはいかない」

「いいのか? 危険に飛び込むようなもんだぞ?」

「確かにそういったが、誰か一人に危険を押し付けたいとも思わん」

「……なら、援護を頼む。ただし自分の安全を最優先に」

「了解」

「……っ!来るぞ!」

 

 振動とともに氷の柱にひびが入り、2度目の振動で完全に砕けた。結構魔力つぎ込んだのにこうもあっさり砕くのか……やっぱりこいつが原因で間違いなさそうだ。

 

 姿を現した地竜は、オレを見るなり前脚で殴りかかってくる。が、先のとは違い警戒していたので半身でかわし、同時に剣で切りつけた。

 ナイフでは傷をつけられないほど固い鱗は、オレの剣の侵入に抵抗こそできても拒むことはできず、前脚に深い切り傷がつく。

 

「は!」

 

 ひるんだすきを見逃さず、接近していた黒髪が大剣を振り回し、後ろ左脚に思いっきりぶち当てる。

 

 やはり身体を支えているだけあって、わずかな傷しかつかない。が、その衝撃で地竜は土煙を上げながら派手にこけた。

 

 地面に這いつくばる形となった地竜の背中に、赤髪が上からの落下攻撃。そして右前脚に向かって、オレは再び跳躍する。

 

「グルァァ!?」

 

 結果的に赤髪の双剣は深々と刺さり、また右前脚はその身体から離れることとなった。

 

 暴れる地竜の背中から剣を抜いた赤髪は、地竜の右側に降り立つ。奇しくも、前後左右をオレ達が囲む形となった。

 

「っ!」

 

 このままでは勝てないと判断したのか、ラピスのいる方に向かって走りだす。一瞬焦るが、すぐに杞憂だとわかった。

 

「!?!?!?!」

 

 最初にラピスが仕掛けていた罠が起動し、地竜の脚に糸が絡みつく。『剛糸』によって生み出された鋼よりも硬い糸を、地竜が引きちぎることはできなかった。

 

「とどめだ!」

 

 地竜の首を狙い、三度目の跳躍を行う。手足の封じられた地竜が対応できるわけもなく、剣は地竜の首に吸い込まれ――

 

 ガギィィン、といった、金属質な音とともに弾かれた。

 

 え? 

 

 そして、真っ黒い何かにぶつかりまたも大きく吹っ飛ぶ

 

(何が起きたんだ……?)

 

 幸い痛みは感じないので、岩にぶつかりながらも思考は冷静を保つことができた。

 

 状況把握のため、地竜の姿を視る。異常は、誰の目にも明らかだった。

 

(なんだ、アレは?)

 

 切った腕の断面から、黒いナニかが漏れ出ている。それは腕の形をとっており、オレはおそらくアレに殴られたのだろう。首筋あたりもおおわれているので、かなりの硬さのようだ。

 

(相棒、あれっていったい何なんだ?)

(視た通りのものです)

 

 え? 視た通り? 魔力が濃い何かにしか見えないのだが。

 

(……アレは魔力そのものですよ。それも、黒色魔力と分類されるものです)

 

 黒色魔力……って、呑気に話してる場合じゃねえ!

 

 慌てて6人の方に向かってダッシュする。惚けているラピス向かって、地竜が黒い腕を振り上げていた。

 

 振り下ろされる前に、何とか間に合う。剣を上段に、防御する体勢をとった。

 

 黒い爪を、白い刀身が受け止め―なかった。黒い爪は白い刀身を切り裂き、同時にオレと右腕をも分断した。

 

 咄嗟に背後を蹴り、ラピスを遠ざけることだけには成功する。だが転生後初めて受けた大傷――それも生前にも受けたことのあるトラウマな大傷によって、オレの思考は大いに乱れていた。

 

 魔法の構築も未完全に、大量の魔力を前方に放つ。効率もくそもない攻撃であるが、地竜が吹き飛ぶ威力を出すことはできたようだ。

 

「は、白髪殿!」

 

 地竜の変貌に、唖然としていた2人が駆け寄ってくる。

 

「ああ、無事か?」

「私たちは無事だけど……腕……大丈夫なの?」

 

 黒髪が指さしているのはオレの切れた腕だ。血の流れていない体だから、こうしてみると精巧な人形の腕のようである。

 

「大丈夫だ、直るから問題ない。それよりも、早く逃げるぞ。……想像以上にヤバい相手だ」

 

 オレの言葉に、2人がコクリと頷いた。

 

「ラピスも……ラピス?」

 

 さっきからずっと何も言っていないラピスを見ると、何やら様子がおかしい。オレの言葉に全く反応を示さないところもそうだが、何よりいつも笑っているラピスが笑っていなかった。見開かれた目に移るのは、憎悪の感情。

 

「……どうした?」

 

 肩をたたいてもやはり反応がない。

 

「グラァ!」

「ッチィ!もう帰ってきたのか!おいラピス、逃げるぞ!」

 

 こうなったら力ずくでも連れて帰るか。そう考えたとき、ラピスがぽつりとつぶやきを漏らす。

 

「…………死ね」

 

 思わず肩に伸ばしていた手が止まる。え……ちょ、オレなんかしたぁ!? 

 

 だがラピスはオレに見向きもせず、地竜の方へと歩み出た。

 

「……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺してやる」

 

 

 ラピスから魔力がどんどんあふれ出る。その色は、黒に染まっていた。

 

「《幻矢げんや)》」

 

 聞いたこともない魔法名が、ラピスの口から紡ぎだされる。それに周りの黒色魔力が呼応し矢へと形を変え、地竜に襲い掛かった。

 

 ……よかった、死ねの対象がオレじゃなくて。って違う。どうやらまだ思考が乱れているらしい。

 

 ……もしかしてラピス、魔力に飲まれた……? 

 

(おそらくまだ違うかと。少なくとも地竜を攻撃している以上、自我は残っています)

 

 どういうことだ? ……いや、帰ってから説明してくれ。

 

「お、おいおいおいおい。あいつどうしたんだ?」

「……………………なに? 変な夢でも見てるの?」

 

 親友の豹変に、2人も動揺していた。赤髪はおろおろして、黒髪は頬を抓っていた。いや、夢でも痛みって感じるらしいぞ。

 

「残念ながら夢じゃない。……お前らは赤と緑を拾って、先に村に戻っててくれ。オレはあいつらをどうにかする」

「いや、しかし……」

「お前ら2人じゃあどうしようもない。むしろこの状況じゃあ足手まといになるだけだ」

「…………!」

「……仕方ない。行こう」

 

 赤髪は尚も言い募ろうとしていたが、それを黒髪が止めた。踵を返し走り出す黒髪の後を、しぶしぶといった感じで赤髪が追って走り去る。

 

 改めて、一人と一匹の戦いに目を向けた。

 

 ラピスの周りに《幻矢》が生み出されては地竜へ向かって飛んでいく。物質的な攻撃ではないのか、当たった《幻矢》は刺さりながらも血が一切流れ出ていない。

 

 一方、地竜の攻撃はラピスに当たらない。突き出された腕はラピスのすぐ横をえぐり、回された尻尾は何もないところを空廻る。

 

(どうやら、魔法《幻矢》は媒質魔法のようです)

 

 媒質魔法? 

 

(はい。別の魔法を上乗せすることを前提とした魔法のことです。先ほど《偽世にせ》《心蝕しんしょく》と唱えていたのでそれらが上乗せされているかと。効果はそれぞれ幻覚効果と精神攻撃だと推測します)

 

 精神攻撃ねえ。……暴れまわってて全く効いていないように見えるんだが。

 

(実際、効果は微妙といったところですね。魔力に多少の乱れが現れていますが、それくらいです。……マスター、手を出さないのですか?)

 

 ……そうだな。ラピスの魔力もつきかけそうだし、今のうちに何とかしたほうがいいかもしれない。

 

 ただ、今の状況じゃあ地竜を倒すのにはやはり無理がある。武器も壊れてしまったし、魔力も思いっきり使ってしまった。

 

 ……仕方ない。使うか。

 

 正直マジで使いたくないんだが、背に腹は代えられない。深呼吸して覚悟を決めると、鍵言葉キーワードを唱えた。

 

『開放』

 

 途端に感覚が鋭利になっていき、周囲の時間が遅くなったのかと錯覚しそうになる。

 

 背中から生えるは、異形の羽。真っ黒なそれの表面には、骨格のような赤い模様。

 

 神格開放。こいつを使うのは数か月ぶり、いや戦闘に使うのは死ぬ直前以来の一年ぶりといったところだ。

 簡単にいうと、神格のリミッターを解除すること。神格の能力は生物には扱いきれないものが多く、それによる暴走が起きないためにリミッターがかかっているのだ。

 

 とどのつまり、本気モード。そして黒髪の武器を作るときに嫌がった“アレ”だ。

 流石に副作用がひどいからと言って、こんな状況に使わないのでは何のための本気モードだとなってしまう。

 

 

 地竜の懐へ一瞬で潜り込み、腹に掌底突き。突然の介入に地竜は抵抗できず、仰向けにひっくり返った。

 

 この隙にラピスの無力化を図る。半ば暴走状態のラピスには敵味方の判断ができておらず、オレに向かって《幻矢》を打ってきていた。

 

 高速移動をしてかわし、今度はラピスの横に。“開放”を行ったことで上昇した魔力操作能力は、ミリ単位の精密な移動を可能にしていた。

 

 気絶をさせるために、狙うは首筋――ではなく、顎だ。脳を揺らすのには、顎を狙うのが一番簡単で安全だ。いや脳に影響でる時点で安全もくそもないかもしれないが。

 

 骨を砕かないように十分に手加減して下からの突き。ラピスは数歩たたらを踏むと、前に倒れこんだ。

 左腕で受け止め、肩を組んで支える。できればこのまま帰りたいんだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 亀じゃないので当然ながら地竜は起き上がっている。右前脚を引いて、今まさにオレ達に殴りかかろうとしていた。

 

 だが、問題ない。すでに魔法は構築されており、鍵言葉を唱えるのみで完成する。

 

「《転界てんかい》」

 

 高速の拳が当たる直前に、オレ達の姿は霧散する。

 目標を失った拳は空振り、地面を陥没させるだけとなった。

 

 

 

 一瞬暗転した視界は、すぐにまた明るさを取り戻す。視える情報の全更新に多少の不快感を覚えるが、今はそんなことを気にする余裕はない。

 

 周囲を確認する。村の門に転移するよう設定したはずだが、どうやらいくばくかズレたらしい。スキル魔力感知を頼りに、森の中をゆっくりと進む。念のために、《解放》はしたままだ。

 

 土を踏む音と、落ち葉が引きずられる音だけが聞こえる。ラピスより身長が低いオレだと、どうしても足を引きずってしまうことになる。背負おうにも、右手がない今の状況じゃあ難しい。

 

 (これじゃあ靴、ダメになっちまうな。……まあ、緊急事態だからおっちゃんも許してくれるだろ)

 

 どうでもいいことを考えながらも、オレの足取りは少しずつ重くなっていく。《転界》は解放状態でしか使えない切り札中の切り札であり魔力消費も激しく、すでにオレの魔力残量は限界だった。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。村の門が見えたころには、命核を削ることをも覚悟しかけていた。

 

 門の前に、赤髪と黒髪を発見する。どうやら無事に帰れたようだ。まあイレギュラーは地竜だけだったので、当然と言えば当然だろうが。

 

「…………!帰ってきた!」

 

 オレ達を見つけた二人が、急いでこちらに駆けてくる。

 

「よかった……!無事だったみたいだな」

「ああ……悪いが、ラピスを頼んでもいいか?」

 

 頷く赤髪、しゃがむ彼女の背中に、オレはラピスを背負わせた。

 

「……そういえば、あいつらは?」

 

 スライムの姿が見えないことに、いまさらながらに気付く。もしかして、まだあの場所にいるのか?

 

「大丈夫。ちゃんと連れて帰った……すぐに家に戻っちゃったけど」

 

 よかった、ととりあえず一安心。戦う能力のないあいつらが地竜に見つかったりしたら確実に死んじまう。

 

 安心した途端に、急激に睡魔が襲ってくる。緊張の糸がほぐれたのだろう、思考にも靄がかかってきた。

 

「……白髪、大丈夫?」

 

 必然、足取りも不安定となる。

 

「大丈夫だ……多分」

 

 結構ヤバいけど、ここでぶっ倒れるわけにもいかない。睡魔を全力で抑えつけながらなんとかログハウスに着き、ドアを開けた途端にとびかかってくるスライムを躱したオレは、ハンモックに横になった瞬間眠りの世界へと落ちていった。




読んでいただきありがとうございます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。