翌日。
ログハウスの、屋内の中央にラピスが座る。両足を折り曲げ、太ももとふくらはぎ、両方の膝をくっつけるいわゆる“正座”をする彼女の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
彼女の前には、黒い塊が浮かんでいる。肉眼でも見えるその魔力はなめらかに形を変え続け、一定の形をとることはない。
ハンモックに座ってオレが眺めていると、突如、魔力が乱れ始めた。
歪み、潰れ、何かが内部から突き出ようとする。ラピスの顔に苦悶が浮かんだのを確認したオレは《封魔》を使い、魔力はラピスの体内へと戻った。
ラピスの魔力は、あの暴走以来ひどく不安定なものとなっている。平時は何ら問題はないのだが、感情の高ぶり、もしくは魔法を、いや魔力を使おうとすると暴走しかけるのだ。
魔力が今だにラピスを乗っ取ろうとしているのだろう。平静を保てる今だからこそ、この程度で済んでいる。が、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えるようなこの状況は非常にまずいので、魔力を制御する訓練を始めることにした。
方法は、そう複雑ではない。オレが昔やったように魔力を出して形を変えることで制御能力を鍛える。暴走しそうになった時は《封魔》――魔法を封じる無色魔法だが、魔力を鎮静させる効果もある――を使って抑えるだけだ。
正直、難易度はかなり高いと思う。例えるなら暴れ馬に鞍なしで乗るくらいはある。
「ふぅ……白髪さん。次、行きます」
ただラピスは非常にやる気だった。そのおかげなのか制御時間も徐々に伸びていたのだが……
「いや、一旦休もう。さっきより短くなってる」
朝からずっと続けていので、集中力も魔力も、そろそろ限界だ。無理やりやったところで大した効果が出るとは思えない。
「一回寝たほうがいい。魔力がもうほとんどないだろ?」
「……わかりました」
そしてラピスも自覚はあったのだろう、素直にオレの言葉に従う。
ハンモックに横になった彼女は、数分もしないうちに寝息を立て始めた。
「白髪、いる?」
手持ち部沙汰になったオレがスライムたちに餌を与えていると、突然ドアが開き、黒髪の顔が覗き込んできた。
「いるよ。何かあったのか?」
「いや、様子を見に来ただけ」
「……今日って守りの日じゃなかったっけ?」
「大丈夫。ここは村の端」
つまり自分はさぼってないと、そういいたいわけですねわかります。
「それで、様子はどう?」
「まあ、順調ではあるかな。魔力が切れたから、今は眠ってるけど」
「魔力? ……疲れてるってこと?」
「ああ、まあそういうことだ」
そういえば魔法を教えたのってラピスだけだから、魔力って言ってもなんのことかわかんないか。
「ふーん……ところで、武器、どうする?」
「うん? まあぶっ壊れたし、新しいのを作るしかないけど」
どんなもので創るかとかの算段はすでに立っている。二度と壊れたりしないよう、全力で創るつもりだ。
「素材、必要なら使っていい」
「いや、大丈夫だ。素材はすでに手に入っている」
「……そう」
答える黒髪は、どこかそわそわしていた。
「……と、ところで、いつ作る?」
……あー、そういうことか。
「別に時間があるときでもって思ってるんだが……今から創るか。時間もちょうどあるし」
オレの言葉に、黒髪は目を輝かせた。
「それじゃあ、集会場に来て。見たい人はきっと多いはず」
声こそ平静を保っていたものの、明らかに興奮していた。
……素材がアレだから創るところを見せたくない、なんていえねえ……
集会場に、15人ほどのアラクネが集まってきた。この全員が、オレの武器創りを見るためだそうだ。
「結構集まったな、白髪殿」
赤髪もいた。
「……なんでお前までいるん?」
「なに、白髪殿が全力で作ると聞いてな。普通に作ってあの使い心地なのに、全力で作ったらどうなるのだろうと気になって」
おい、黒髪。なに変なデマまで流してんだ。いや事実だけど。
「ところでそろそろ始めたほうがいいのでは? みんなが待ちきれないといった風に凝視しているぞ」
うわ、ホントだ。まるで獲物を狙う猛禽類のごとくこっちを見てる。
仕方ない、諦めてアイテムボックスを開き素材を取り出した。
「え……」「それって……」「本当に?」
驚きの声がいくつも上がる。
まあ無理もない。オレが取り出したのは、地竜に折られた白剣と切られた自分の腕だった。
「……それ、使うの?」
「まあ、オレも魔物だしな。素材としては申し分ない、はず」
被造物と体の一部だから、相性もいいはずだ。
「そう、ますます楽しみになってきた」
ちょ、勝手にハードルが上がってやがる……周りからの視線も熱がこもり始めていた。
……もういいや、さっさとやってしまおう。
左手から魔力を流しだす。生まれた靄に折れた剣と腕を念力で投げ入れた。
「!?」
途端に、異常が起きた。魔力が際限なく吸われていく。
(どうやら、マスターとの相性が良すぎたために起きているようです)
落ち着いた様子で、ルシファーが冷静な分析結果を出す。
(そんなことより、これまずくないか!? もう魔力半分切ったぞ!?)
(強制的に魔力の流れを止めてください)
言われた通りにすると、魔力の流出が止まった。そして、目の前で浮いているもやは剣の形をとると、床に突き刺さった。
形は、少々細いがいたって普通の長剣だ。刀身はまっすぐで、装飾なども特についていない。ただ、柄も合わせて全体が真っ白だった。
床から抜いて、持ち上げてみる。折れたせいか、長さは1.5m、つまりオレの身長と同等になっていた。
周りに当たらないよう、2、3回素振りをしてみる。まるで長年使い続けてきたかのように、白剣は手になじんだものだった。
オレはふと、周りが静かなことに気付く。
アラクネ達は、オレの手に持っている剣を、ただじーっと見ているだけだった。
ふと黒髪と目があった。その眼は、近くで見てもいいかと言っている。
……おかしいな、オレにテレパシー能力はないはずなんだが。
「……しゃーない。いいぞ」
その言葉で、アラクネ達全員が一斉に飛んでくる。テレパシー使って根回しでもしてたのか? と思うくらいの連携だった。
慌てて剣を離し、その場から離れる。途端にアラクネ達がなだれ込んできた。
「……うわあ」
「ははは……あたいもあそこまでとは思わなかった」
若干、赤髪も引いていた。
「……これ、どうすればいいと思う?」
「……さあ?」
結局、剣がオレの手元に戻ったのは3時間ほど経った後だった。
「あ、白髪さんお帰りなさい。どこに行っていたんですか?」
ログハウスに変えるとラピスはすでに起きていた。
「新しい武器を作りにな。……予想外に時間がかかったけど」
「……そういうことですか」
だいたいを察したようで、苦笑するラピス。
「ところで白髪さん。続き、やりませんか?」
「かまわないけど……もう大丈夫なのか?」
まだ4、5時間しか経っていない。しかしオレの心配に、ラピスは強く笑い返した。
「これくらいで、へばってなんかいられませんよ」
「はぁ、はぁ……」
時刻は夕暮れ。あと30分もしないうちに日が沈み夜が来るだろう。
横座りになって床に手をつき、息を整えるラピス。一日目の成果としては、約10分魔力を制御し続けられるようになっている。もちろん制御のみに集中するとなので、実戦ではせいぜい3分くらいだろう。
「はぁ、はぁ……」
「いや、もう夜になるし、今日はこれで終わりな」
ラピスも見ただけで明らかに限界だとわかる。息遣いは荒く、冷や汗の流れる額。体を支える腕には、震えが生まれていた。
「でも……」
「体壊していざっていうときに戦えなかったら本末転倒だ」
オレの言葉に、ラピスはしぶしぶといった感じで頷く。
(頑張りすぎるってのも、問題だな)
まあ、そもそも頑張るっていうことが怠け癖のオレには無縁だったんだが。
(……オレは、もう少し頑張るべきなのか?)
目的のある転生人生。それを達成するために、この村に留まっていていいのか? 何も情報が入らないこの村にいて、本当にいいのか?
不意に二人の顔が脳裏に浮かぶ。あいつらは今頃、何をしているんだろうか。
しっかりしてる2人のことだから、きっと大丈夫なはず。魔王とやらが現れるのも、一年以上後の話。
そう信じていても、不安は収まらない。
(……まずはラピスの問題を解決しよう。オレのことは、それからだ)
だが結局、後回しにする。住み心地のいいここには、正直ずっといたいって思えてくる。
ハンモックに横たわり、目を瞑る。まだ日は落ちていないはずなのに、すぐにオレの意識も消えた。
さらに翌日。
前の狩りから3日後の今日は、すなわち狩りの日だ。
森の中を、オレ達3人は歩く。ただし、地竜のいない方向の森をだ。
族長からのお達しがあったっていうのもあるが、ラピスがまだ戦えるレベルになれていないっていうのもあった。本人はものすごく行きたそうにしてたが。
「……いました。右前方向、距離500mほど」
感知能力は健在だ。別に魔力を使うわけでもないので、暴走の心配もない。
「数は?」
「35……いえ、40匹です」
なるほど……小型種の群れ、といったところか。
獲物の大まかな予測を立てながら、オレ達は走り出す。果たして予想通り、居たのはコボルトの群れだった。
アイテムボックスから、二代目の白剣を取り出す。わざわざ使う必要はないのだが、試し切りだ。
あえて不意打ちはせずに正面から、ゆっくりと歩くオレにコボルトたちは奇声を上げる。そして飛び掛かってきた一匹向かって、右から左に剣を振った。
驚くほどに抵抗を感じない。まるで豆腐を切ったときのように、コボルトの身体は上下に真っ二つにずれる。
勢いのまま、コボルトは前に倒れこむ。すれ違いざまに見えたその眼は、何が起きたのかまるで理解していないものだった。
血が吹きでる上半身が地に落ちるのと同時に、後ろから赤髪黒髪が飛び出す。そしてうろたえるコボルトたちと、それぞれ交戦を開始した。
黒髪が大剣を振ると、白い刀身に紅が塗られる。コボルトがたちが攻撃をするも赤髪をとらえることはなく、少しずつ斬撃を浴びていく。
「……しまった!」
このまま出番なく終わるかと思われたその時、黒髪に問題が起きる。そばに生えている木の幹に、大剣が半分ほど食い込んだ状態で抜けなくなったようだ。
好機! とばかりに残っているコボルトが一斉に詰め寄る。そして一匹の腕が掲げられ、無防備な黒髪に錆びた短剣が振り下ろされそうになった時
「《偽世》!」
黒い矢がコボルトの後頭部に突き刺さり、短剣はあらぬ方向――黒髪を囲んでいた他の一匹の脳天へと直撃した。
予想外の攻撃に、脳漿を散らせながら絶命するコボルト。おそらく、最後まで何が起きたのか理解できなかっただろう。
仲間の凶行に、周囲のコボルトは一瞬動きを止める。その隙を見逃さず、オレと赤髪は集まったコボルトを一掃した。
「……危ない危ない」
無事に愛剣を回収できた黒髪は、刀身をなでながら安堵の一言を口にする。
「まったく……しかし、不思議だな。何故あの犬頭は仲間割れしたんだ?」
「……私には、変な黒いのが刺さったのが見えた」
どうやら二人は、黒い矢の正体がラピスの魔法だとは気づいていなかったらしい。
「あの黒いのは私の魔法ですよ」
「え?そうなのか?」
「はい。相手の見える物を変えて、仲間を敵のように見せました」
「……ほえー」
「……魔法ってすごい」
2人ともよくわかっていない感じだけど、仕方がない。実際に使っていたラピスですら原理はよくわかっていなかったんだ。え? オレ? 勿論よくわかってないよ。ラピスに説明するときには相棒に頼ったし。
「それでラピス。大丈夫だったか?」
実戦で使わせようかと考えてはいたが、こんなに急になるとは思っていなかった。
「これくらいなら大丈夫です。一発だけでしたし」
「……まあ、無理はするなよ」
裏を返せば使い続けるのは危険だということではあるが、そこはラピスが一番よくわかっているだろう。視たところ今は特に問題はなさそうだ。
転がるコボルトの死体をアイテムボックスに収納し、オレ達は再び移動を開始した。
「おかしい……」
転がっていた岩に腰を掛け、スライムの食事を待ちながらオレはそうつぶやく。
時刻は昼過ぎ。約4時間の間で、オレ達は実に7回、コボルトの群れを発見していた。個体数で言えば、200匹前後。
あまりにも多すぎる。いくら冬が近くて天敵が少ないとはいえ、このコボルトの数は異常だった。
収穫が多くなるという点ではありがたい話かもしれないが、
(コボルトの肉ってそこまで上手くないしなあ……)
半本ほどは回収していたが、多すぎても食べきれずに腐らせてしまうので、後半に会った群れは今みたいにスライムたちに食べてもらっていた。
(これもあの地竜が原因なのかねえ)
適当に推測を上げてみるが、意味があるわけでもない。
そろそろスライムたちが食べ終わるかと思われる頃に、ふとラピスが体を強張らせた。
「ラピス、どうした?」
「白髪さん……まずいです」
こちらを向く表情には焦りが浮かび、額には冷や汗が浮かんでいる。
「魔物の大群が、こちらに向かって真っすぐ向かっています!」
「……数は」
「全貌が視えていないのでわかりませんが、視えている部分だけでも2000は」
2000……2000!?
あまりの数の大きさに、一瞬思考が停止しかける。今までに千程度の大群なら何回か相手したことはあるけど、2000は完全に予想外だ。しかもそれでまだ全部じゃないって……というか、なんでそんなに大量の魔物が群れてるんだ? キング種でも確か率いるのは1500程度が限度だった記憶があるのだが……
(おそらく、最上位種であるロード種が率いているのでしょう。知能も高いロード種なら、万を超える数を率いることも可能です)
キングの上いたのかよ。
いやそんなことは置いといて。
「……流石に避けた方がいいか?」
敵は2000以上の軍勢。4人で挑むには、どう考えても分が悪い。
「いえ……それが……」
ん?何かまだ問題が?
「魔物の軍勢の進行方向と、村の位置がかなり近いです……」
頭を抱えたくなった。マジかよ、これじゃあ追い返すか殲滅しないと、もっとヤバい事態が起きるぞ。
「……やるしかないってことか……二人とも、悪いが」
「白髪殿、今回はあたいたちもいかせてもらうぞ」
危ないから一人で行くと言いかけたところに、赤髪がそう割って入る。
「安心しろ。大群てことは、犬頭がゴブリン、せいぜい豚どもだろう?」
「そいつらに後れを取るなんてありえない」
いやまあ、確かにそうだけどさ。
「2000以上だぞ?たとえ一体一体は弱くてもそんだけ集まったら十分に脅威だ」
「あたいたちが村を守らなくてどうするのさ」
「同意。それに……」
黒髪が言葉を切ると、まっすぐにオレを見つめてくる。黒髪の言葉の続きを受け取ったのは、ラピスだった。
「いざというときは、白髪さんが何とかしてくれますよ」
……あのー、いつの間にオレの株はこんなに上がったんでしょうか……
はあ、とオレはため息を一つつく。
「わかったよ。4人で村を守ろう」
ここまで言われて引いたら、男が廃るってものだ。
森の中に、雑多な足音が響く。
数千もの魔物――コボルトが進軍する姿は、一言で言えば圧巻だった。
小さな都市であれば、一日もしないうちに滅ぼされるだろう。
最上位種であるロード種に率いられるコボルトの軍勢。
しかしもし犬の表情がわかる者がいたのなら、彼らが意気消沈しているのがわかるだろう。
彼らは進軍者ではない。縄張り争いに負けた、敗走者だった。よくよく見ると、けがをしている個体が何匹もいる。
王のコボルトロードも顔色がよくない。長年を生き上位種へと進化したことで、高い知性を得た彼だがこのままではのたれ死ぬと理解していた。動物を見つけたとしても、数千の軍団を満たすには足りない。何としても新しい安息の地を見つける必要があった。
担がれた輿の上に座る王に、一匹のコボルトが駆け寄る。口から出るは犬の鳴き声であるが、彼らにとってはそれが言葉なのだ。
内容は、敵の出現。自分たちと同程度の大きさの敵数匹と聞いて、コボルトロードはすぐに興味を失う。彼らを倒した地竜ならいざ知らず、弱小魔物数匹程度が千を超える軍団の敵になるとは到底思えなかった。
下す命令は進軍の続行。そんな敵なんてすぐに片が付くだろうという想定によるものであり、同時に軍全体の進行を止めるほどの余裕などどこにもなかったのだ。
前方へ帰っていく部下。しかししばらくすると、慌てた様子で帰ってきた。
一体今度は何だと、不満げにコボルトロードは部下に報告を促す。
が、その不満は、一瞬のうちに驚きへと変わっていく。
数匹の個体に、我が軍はなすがままにやられている。
何を馬鹿なことを、と王は耳を疑う。しかしすぐにとある考えへと至った。そうだ、奴らは勢いがあるだけ。すぐにその勢いも弱まり、我が軍の餌食となるだろう、と。
自分の予想に満足した指揮官は、でもと言い募る部下を吠えて追い返す。
このときコボルトロードは、撤退もしくは進軍のルートを変更すべきだった。
平穏の王で居続けた彼の慢心が、大惨事を生むことになる。
切っても切っても、絶えずコボルトは流れてくる。終わりの見えない戦いに、オレは少しずついらだちを募らせていた。
「はあ!」
的確に急所を狙い、流れるような動きで赤髪が双剣を振る。倒れ伏した死体のせいで足場はもうほとんどないというのに、彼女の動きには淀みがなかった。
左後ろでは、黒髪が死体の山を築いている。彼女がすっぽりと隠れられるほどの大剣は近づくもの全てを切り飛ばし、積み重なる死体が足場をなくし、さらなる犠牲者を生み出すための罠として機能していた。
「《偽世》……はぁ、はぁ……」
後ろからはラピスの魔法が飛ぶ。《偽世》を乗せた黒い矢が刺さったコボルトは、気狂いのように仲間を攻撃し始める。
しかし周りすべてを囲まれているせいで、せいぜい5,6匹を倒すとすぐに袋叩きに。そのたびに魔法を放つラピスは、すでにかなり消耗していた。
それぞれが、それぞれで奮闘する。しかしいくら倒しても終わりがいつ来るのか、もう終わりがないのではないかと思えてくるほどに敵の数は圧倒的だった。
いらだちが、だんだんと募っていく。例え豆腐のように簡単に切れようと、数が多くなれば飽きてくるのだ。
左手で握る剣に、少しずつ力がこもっていく。そしてついに、じれったさに限界がきた。
(あーもう、まとめて吹っ飛びやがれよ!)
(?! マスター、それは!)
ルシファーの声が聞こえたが、もう遅い。剣に籠った魔力が放出され、前方半径30m、扇状の空間がまとめて切り裂かれ、コボルト、樹木関係なく真っ二つとなった。
……え?
今、何が起きた? いや、何が起きたかは視えている。視えているのだが、よく理解できない。
剣が、伸びた……?
(簡単に説明しますと、能力《創剣》が限定的に発動しました)
(え? 悪い、もう少し詳しく)
(では、段階的に。まずマスターは、白剣に魔力を注入。そして“まとめて吹き飛べ”という意思によって能力《創剣》が発動。白剣を媒体に、一瞬のみ魔力剣が生まれました)
へえー……オイちょっと待て! 何? もしかして今の、前から使えた!? もしかしてオレ、今まで殲滅するのに余計な手間かけてた!?
(いえ、マスターが無意識に《創剣》を使った時点までは私も認知できませんでした。それと分析の結果、媒体とするにはマスターとの同一性が必要です。おそらく、今までの武器では媒体としては不十分だったでしょう)
同一性……オレの魔力でできたものと身体の一部が材料なんだから、同一性があるのは当たり前か。
まあ、細かい理論は置いといて。
前方を見ると、広がる光景は死屍累々。運よく斬撃から逃れられていたコボルトたちは、怯えて近づこうとしてこない。
「……殲滅が楽になるなあ」
悪そうな笑顔を浮かべ、死体の山へと一歩踏み出した。
ありえない。
コボルトロードは、部下の報告に今度こそ開いた口がふさがらなくなる。想像を絶する報告内容。しかし王が、それを疑うことはできなかった。
犬頭の鼻孔をつく、鉄の匂い。耳に響く、同胞の断末魔。徐々に近づいてくるそれらは、部下の報告がすべて真実であると証明していた。
早く、撤退せねば。すでに多くの犠牲が出てしまった今であるが、これ以上の犠牲を出さないためにコボルトロードは指示を、撤退を意味する遠吠えを発した。
しかしそれは、いささか遅すぎた。
風が、吹く。
そして前方50m先、武器を構えていた同胞と、乱立していた樹木が、まとめて斬り倒された。
一気に広がった視界には、立つ者はただ一人。真っ白い長い毛を生やし、純白の毛皮をまとったそれはこちらに目を向けると、自分たちに理解できない言葉を紡ぐ。
「見ーつけた」
輿を見つけた。木で組まれているそれはひどくボロボロで不格好だが、それ自体は重要ではない。
8匹のコボルトに担がれたそれの上に座る、一際大きいコボルト。魔力反応も一番大きいそいつが、この軍団を率いるコボルトロードで間違いはないだろう。
こいつを殺せば、この軍勢は統率が取れなくなるはず。
彼我の距離は50m。魔法を打てば届く距離ではあるが、せっかくなのでさっき思いついた新技――わかりにくいので、《
腰を落とし、剣を持つ左手を引く。右手を突き出したいところではあるが、ないものは仕方ない。
剣に魔力を込める。斬るときとは違う、ただまっすぐに剣を伸ばすイメージで、左手を突き出した。
瞬時に、魔力の刃が形成される。音速に届きそうな刃は一瞬のうちに50mの距離を超え、狙いすました一点――コボルトロードの脳天を貫いた。
何が起きたのか、コボルトロードはわからぬまま死んでいっただろう。ぐらりとコボルトロードの体が揺れ、輿から地へと滑り落ちた。
「何とかなるもんだな」
倒れた木の幹に座り、思いっきり背筋を伸ばす。
指揮官を失ったコボルトの軍勢は、あっという間に瓦解した。指揮官の死を直接見た者は逃げまどい、そして逃走は伝染。戦おうとするコボルトなど一匹もいなく、数分のうちにすべて視界から消え去った。
「全くだ。これもやはり白髪殿のおかげだな」
「全く持って同意」
手で汗を拭いながら赤髪がそう言い、地面に座る黒髪が同意する。ちなみにオレ達の周囲の地面には既に死体が一つもない。ごちそうの山を目の前にしたペットスライムたちが、今も積極的に食事をしているのだ。
「ありがとよ……しっかし、ラピスは頑張りすぎだな」
隣に寝かせられているラピスを一瞥し、オレはため息を吐いた。
《魔刃》を見つけてからコボルトロードを殺すまでの間、オレはコボルトをすべて殲滅してきたわけではない。進路に幅40mほどの大通りを作りながら進撃していったが、コボルトロードを視つけてからは一直線に向かったため、取り逃がしは結構多いのだ。
そして、残った大勢のコボルトはオレという脅威を襲うことなどしない。オレがロードを倒すまでの間、彼女らがそのコボルトの対処をしていたというわけである
「別にそんななだれ込むように来たわけでもなかろうに……」
「一応あたいたちも止めたんだけど……あんな真剣な顔で『やらせてください』なんて言われちゃったら、どうしようもないさ」
だからと言って暴走しかけるまでやり続ける必要はないと思うんだがなあ……《封魔》で落ち着かせた瞬間気を失ったし、かなり消耗したのは間違いない。
(とりあえず、ラピスには自重を知ってもらわないと)
遠くで嬉々として食事をするスライムを眺めながら、心の中でそうつぶやいた。
スライムたちが死体を食いつくすのを待っていると、日が赤く染まり始めるころにやっと村へ帰ることができた。
赤と緑はぐったりとしている。食後の休憩ってやつだ。ちなみにあれだけ食ったのに体積どころか重量さえ全く変わっていない。流石『胃袋』だ。オレに優しい。
ラピスは最後まで起きず、赤髪に背負われて村まで戻ってきた。今はログハウスのハンモックでぐっすりと寝ている。
「白髪殿」
集会場に獲物を置いてさて帰ろうというときに、赤髪に呼び止められた。
「どうした?」
「礼を言いたくてな」
「礼? ……コボルトのことなら、礼は必要ねーぞ。オレだってこの村を守りたかったし」
思いついた推測を口にするが、どうやら違うらしい。苦笑いとでもいうのか、やっぱりとでも言いたげな表情で、赤髪は言葉を続ける。
「それもあるのだが……まあ、ともかくありがとう」
それだけと、踵を返して去っていった。
マジで何に対する礼だったんだ?
あの子がわがままを言ったのは、いつ以来だっけな。
あの日以来、一言も言っていなかった。それが今日はどうだ。言葉使いはそのまんまだけど、わがままを言ったじゃないか。
5年かけても、あたいたちじゃああの子の心は開けなかった。それを成してくれた白髪殿には、感謝しても感謝しきれない。
なにに対するものか言わなかったのは、せめてもの嫉妬心だ。
3日後の朝。
けたたましいサイレンの音によって目が覚めた。
読んでいただきありがとうございます