まどろんでいた意識が、久しぶりに聞く音によって引っ張り上げられる。
地球にいたときにも何度か聞いたそのサイレン音は、日本人の神経を逆なでするものだ。
慌てて跳び起き、ハンモックの下へと潜り込む。弾力のある赤スラを頭にのせて防御態勢をとることもちゃんと忘れずに。
(マスター、地震じゃあありません)
相棒のその言葉に、我に返る。いけないいけない。あのトラウマ音でつい反射的にやってしまった。
(じゃあいったいなんだ? 起こすにしてもあのトラウマ音だけはやめてほしいんだけど)
(地震と同じくらいの緊急事態です。……地竜が感知範囲内に侵入しました)
へーそう。地竜がね……はぁ!?
(ちょ、え!? マジなん!?)
(マジです)
予想していたのより早い……村までたどり着く前に何とかしないと。
(地竜はここから南へ約350mほどの位置で動いていません。村に気付いた様子もないので、時間的余裕はあるかと)
それでも急いだほうがいいことに変わりはない。
まずはアラルさんを起こして、えーとそれから……
いや、まずはラピスを起こそう。
「おい、ラピス起きろ。緊急事態だ」
ハンモックを軽く揺さぶると、ラピスはすぐに起きてくれた。
「……白髪さん、どうかしましたか?」
目をこすりながら体を起こすラピス。床に降りると、思いっきり背伸びをした。
「緊急事態だ。地竜がすぐ近くまで近づいてきた」
オレの言葉に、眠そうな目が一気に見開かれる。そして魔力感知を使ったのだろう、見る見るうちに表情が引き締まっていった。
「白髪さん、すぐに行きましょう!」
「待て待て、先にやることがある」
先走りそうになるラピスを掴んで止める。
「族長への報告が先だ。万が一の場合、ここまで被害が出るかもしれない」
そうならないようオレが努力するが、やはり可能性はゼロじゃない。そのための備えはしておくべきだ。
「……それもそうですね。なら、早く行きましょう!」
ラピスはそういうと勢いよく扉を開け、あっという間に走り去る。慌てて追いかけようとするも、背中に感じる鈍い衝撃に足を止める。
赤スライムが、オレの背中にへばりついていた。一瞬、睡眠を邪魔された仕返しか? と思ったが様子が違う。服を引っ張るようなその動作は、まるで行かないでくれとでも言いたげなものだった。
「……心配してるのか?」
肩に登ってきた赤をなでながらオレがそう聞くと、頷くような動作が帰ってきた。
……いつの間にこんなに賢くなったんだろうか。
しかし、今は時間がない。感慨深くなりそうな心を抑え、オレは口を開く。
「大丈夫だ、次は負けない。……危ないから、ここで待っててくれ」
思いが通じてくれたようで、ゆっくりと赤は地面へと降りる。ポヨンと一回飛び跳ねると、部屋の奥へと戻っていった。
……さて、急がないと。
振り返ってオレは、族長宅へと駆け足気味に向かう。
3分もせずにつくと、入り口前に立つラピスを見つけた。寒空の下を走ったからなのだろうか、どうやらオレを待っていたようである。
建物の壁をたたき、アラルを呼び出す。扉がないこの村では、こうするのが通常なのだ。
「なんだい? 朝っぱらに……」
「緊急事態です。地竜が村の近くに現れました」
出てきたアラルは眠そうだったが、なりふり構っている暇はない。オレの言葉に、アラルの表情が引き締まった。
「誠か?」
「はい」
短くオレがそう答えると、アラルは眉間をひそめる。しかし時間がないのをくみ取ってくれたのか、すぐに答えを出してくれた。
「……ううむ……村の者たちは私たちが何とかする。お前さんには、地竜の相手をしていただきたい」
「勿論ですよ」
「私も行きます」
ラピスの宣言に、アラルは迷うそぶりを見せる。気持ちはわかるが、危険だといったところだろう。
アラルの視線がオレに向けられた。
「問題ないと思います。問題が起きても、オレが何とかしますが」
オレの返事に、アラルはやれやれといった感じで頷く。そしてオレに「頼んだ」と一言いうと、足早に去っていった。
「白髪さん、行きましょう」
「ああ」
地竜のいる方向へと、オレ達も走り出す。閉じられている村の門を飛び越え、五分もしないうちに地竜のそばへとたどり着いた。
彼我の距離は30m。視界も悪い森の中、地竜はオレ達の存在に気付いている様子だった。
初対面の奇襲でも気づかれていたあたり、こいつも何か特殊な感知能力を持っているのだろう。
“右腕”の形をした透明な型でもあるかのように、あふれ出す黒い魔力は形を整える。どうやら今日は手加減するつもりはないようだ。
「『解放』」
もちろん、オレにもないが。明日の頭痛など、覚悟はとうに済んでいる。
冴えわたる感覚に、背中に現れる異形の羽。直してもらうときに穴を開けてもらったので、服をまた突き破るようなことはなかった。
「ラピス、無理だけはするなよ」
ここ数日の特訓でかなり持つようにはなったが、仇敵の前でもそうだとは限らない。コボルトと戦った時でさえ無茶した彼女のことだ、意味のない言葉に違いない。
アイテムボックスから白剣を取り出し、構える。
「……わかってますよ」
ラピスの返事によって、戦いの火蓋が切られた。
地を揺らすような咆哮を発し、地竜は真っすぐこちらに突っ込む。
「《魔刃》!」
上段から振り下ろす魔力の剣で迎撃するが、地竜の右腕に阻まれる。すぐに霧散する《魔刃》に地竜は一瞬足を止めるが、すぐに突進を再開する。
仕返しのように頭上から振り下ろされる黒い右腕を、白剣で防御する。先代は容易く折られてしまったが、二代目はしっかりと受け止めることができた。
「《幻矢》《偽世》!」
後方から、ラピスが魔法を放つ。一度食らったことのある地竜はしかしそれを避けようとはせず、黒矢が地竜の左腕をとらえた。
《偽世》によって偽りの視界が形成され、地竜がオレの姿をとらえられなくなる――ようなことは起きない。両手で支える白剣には依然押しつぶそうとする圧力がかかっており、またその眼はしっかりとこちらを見据えていた。
何故だ? と思うも地竜の左腕が魔力を纏うのを視たオレは、咄嗟に後ろへと飛び退く。直後、ついさっきまでオレが立っていた場所から土煙が上がった。
(魔法が効いていない?)
(
なるほど……厄介だな
「ラピス、あいつに《幻矢》と《偽世》はおそらくもう通じない。どうやら一度使った黒魔法は二回目からは通じないようだから、別の魔法を使ったほうがいい」
さらに後ろへと下がり、ラピスに指示を出す。
「わかりました……《炎槍》」
中級赤色魔法《炎槍》。オレが教え、滅多に使われることはなかった魔法だ。3本の炎の槍は、一直線に地竜へと放たれる。
そして握りつぶされた。
別に比喩じゃない。結構な速さで飛ぶ槍を掴んで、そのまま握りつぶしたのだ。
無茶苦茶だろ……
と、しかし呆れている場合ではない。地竜の狙いがラピスに向かないようオレは接近し、同時にアイテムボックスを開く。取り出したのは五本の黒い柄のない大剣、オレは《操剣》を発動し、それらを背中に宙に浮かせた。
普通に攻撃しても効かない以上、第二の手を打つ必要がある。そしてその次の手とは、二本の腕では対応させない、飽和攻撃だ。
正面から、オレは地竜とぶつかる。再び白剣と黒腕がつば競り合いとなるが、しかし浮く剣は地竜の背後へと周り、その背中めがけて刺突を繰り出す。
地竜は二本の剣を左腕で振り払い、二本の剣は体表を覆った魔力の鎧に弾かれる。そして一本は地竜のわき腹を切り裂き、深々と傷を残した。
よし、予想通りだ。オレはひそかにほくそ笑む。やはり地竜は魔力を全身に展開できないようだ。
勝ち筋が見えてくる。傷を受けたことに地竜がひるんだ隙にオレは間合いを脱し、後方のラピスのもとへと戻った。
「作戦ができた。今から魔法は速度重視、手数重視で奴の背中に打ってくれ」
ラピスが頷くのを横目で確認すると同時に、地竜が憤怒に吠える。こちらを睨む目は紅く染まっており、半開きの口からは白い吐息が漏れていた。
再びオレと地竜は正面衝突を起こす。しかしつばぜり合いにはオレがさせない。右に左に地面をえぐる攻撃をかわしながら、同時に白剣で反撃、空中からは、黒大剣による嫌がらせも途絶えさせない。
「《氷矢》!」
そして後方からの援護射撃によって、地竜の背中には少しずつ傷が増えていった。
だが、決定打にはならない。もう少し、あともう少しだ。
おそらく地竜ですら気づいていないだろう。黒い鎧は、少しずつ背中側へと集中して行っている。背中側への集中攻撃によって、無意識に地竜は鎧をずらしていったのだ。
つまり今、地竜の正面は鎧もなくがら空き。そんな決定的な隙を生み出すことに成功したオレは、振り下ろされた右腕を全身によって回避しながら跳躍。魔力感知に映る地竜の核に、まっすぐ左手を引き構えた。
「《封魔》!」
胸部を覆おうとする魔力は、目に見えて勢いがなくなっていく。守るものがない灰色の鱗を白き剣が貫き、胸部中央の核へと到達した。
そして、弾かれた。
(は?)
一体どういうことか、思考が一瞬だけ止まる。そして今度は、地竜がその隙を見逃すようなことはない。
自由な左手が殴りつぶそうとばかりに迫ってくる。が、剣を抜いて防御したのではわずかに間に合わない。かといって剣を刺したまま自分のみ回避するのは、下手したら致命的なものとなるだろう。地竜の攻撃をしのげる武器は、今のところこれのみなのだから。
咄嗟の判断で宙に浮く大剣をすべてオレと黒腕の間に滑り込ませる。拳を防げるほどの強度は持っていないのであっさりと砕かれてしまうが、威力と多少なりとも削ぎ剣を抜くまでのわずかな時間を稼ぐことに成功。
白剣を盾にして吹き飛ばされたオレは宙を舞い、岩に衝突して停止した。
衝撃で体のあちこちが傷つき、ひしゃげ、潰れる。しかし痛みは全くなく、またすぐに直すことのできる程度の怪我だ。
まずいな。
地面に倒れ伏したまま、内心で冷や汗をかく。
今の攻撃は、完全にとっていた。相手が生き物であれば、絶対に防御できないものだったはずなのだ。
しかし、地竜は防御した。背中を覆っていた鎧を体内へと侵入させ、核を覆うという手段を使って。
これをわかりやすく例えると、つまり心臓めがけて刺さるナイフを防ぐために、脇腹から鉄板を差し込むようなもの。
生き物のやることじゃない。そしてそんな手法を取れた地竜の命を、一体どうすれば刈り取ることができるのだろうか。
(実は肉体はすでに死んでて、あの黒色魔力が体を動かしてるってオチだったりするのか?)
オレと同じように。結構思いつきな仮説だが、そこまで外れてはいないのではないか。
(この考えが正しい前提で行けば、奴も魔力が無くなれば死ぬはずなのだが――)
奴の魔力を視ても、そんなに減った様子はない。持久戦に持ち込んだところで、おそらくオレの方が消耗が早いだろう。
(手足を切ったところで、あの魔力が補填――――)
唐突に、視界に異常が発生した。
「……許さない……」
ラピスが、暴走を始めた。
「ラピス!……く、まずいぞ!」
今の状況での暴走は、かなりまずい。慌てて修復された身体で駆け寄り《封魔》をかけてみるも、全くとどまる様子がなかった。
ラピスの焦点は、自分には向かない。オレの後ろの、こちらを睨んだまま動かない地竜に向けられていた。
「……《|崩魔(ほうま)》……」
今までに聞いたことのない鍵言葉を唱えると、空中に1本の矢――槍が生まれ、高速で飛翔。突然の攻撃に地竜は右腕で防御をとると、槍の刺さった箇所がボロボロと崩れ落ち、そして右腕が地に落ちた。
「《崩魔》《崩魔》《崩魔》《崩魔》《崩魔》」
一つ唱えるごとに、一つの黒い槍が飛んでいく。矛を盾を穿ち、鎧を崩壊させる。
地竜は、反撃も何もできないでいた。このまま続ければ、地竜の魔力はすべて消え去り絶命するだろう。
しかし、オレは気づいていた。ラピスが魔法を一つ使うごとに、彼女の体が、精神が魔力に蝕まれていることに。
「ラピス!もうやめろ!」
オレの声は、彼女には届かない。
一体、どうすれば。
「よくも……よくも彼を……」
……彼?
どういうことだ?あの地竜は、ラピスの母親のはずじゃあ……
あ
オレのことか?
ラピスはさっきの攻撃で、オレがやられたと思ったのか?
確証はもちろんない。何ならオレが自意識過剰なだけかも知れない。
だけどラピスが暴走したタイミングを考えると、そう考えるのが正しいように思えるんだよな。岩にぶつかって体のあちこちが潰れ、動かなくなったオレを死んだと勘違いしてもおかしくない……むしろ正常なまである。
「……間違ってたら恥ずかしいなあ」
そしてどこかくすぐったくなったオレは、こんな事態だというのについ呑気なつぶやきをこぼしていた。
まずはラピスをどうにかしよう。地竜の相手はそのあとだ。
「《|断界(だんかい)》」
空間同士のつながりを断つ絶対防御の魔法
効果時間は約3分。残存魔力の大半を注いでもそれだけしか持続させることができない。このわずかな時間に、オレはラピスを正気に戻す必要があった。
「……邪魔、しないでください」
光も遮断されているのでドームの中は真っ暗闇。にもかかわらず、暴走したラピスはともに中にいる|誰か(オレ)のことを認識しているようだ。
「やだね。……なあラピス。なんでお前はそんなに怒ってんだ?」
「……白髪さんが殺されたんですよ。怒らないわけないじゃないですか……」
あ、正解だった。にしてもこうやって面と言われるとやはりうなじら辺がくすぐったくなってくる。
いや、そんなどうでもいいことは置いといて
「じゃあ、今お前の前にいるのは?」
「何を変なことを……」
「いいから答えてみろ。今こうやって話してるオレは、誰だ?」
「それは……白髪さん?いやでも白髪さんは……え?アレ?」
言葉に矛盾が生じ、そして自分でもそのことに気付き戸惑うラピス。
(侵食による判断力の低下、マスターが質問するまで気づかなかったのでしょう)
突如、ラピスは頭を抱えてうずくまる。口からは苦悶の声が漏れ出ており、体内の魔力が暴れているのが視えた。
「あなたは白髪……違ウ!彼は死んダ!だけど目の前にいるのは……一体ダレ?」
「何言ってんだラピス。ちゃんと視ろ」
頭を押さえながら血走った眼でこちらを睨むラピスに、オレは笑いかける。
「お前が頼るって決めたやつは、そんな簡単に死ぬ奴だったか?」
荒波が、収まる。
「……よかった……」
最後にそうつぶやき、ラピスは地面に倒れ伏した。
森に現れた黒い塊を、地竜はずっと見つめ続ける。
魔力を視る能力が携わっており、また集合した黒色魔力であるため高い知能を持つ地竜には、黒いドームを壊すことはできないと理解していた。
だが同時に、魔力の薄まりにも気づいている。ドームの壊れる瞬間を狙い、地竜はただ頃合いを見続けていた。
黒いドームが、一瞬のうちに崩壊する。それを予測していた地竜はすでに飛び出しており、ドームに潜んでいた強敵へとその凶悪な突きを繰り出していた。
「《魔刃・穿牙》!」
そして、地竜は地面を転がった。
《断界》が切れた瞬間、地竜が目の前まで来ていた。
いや驚いた。なにせ《断界》は感知能力も遮ってしまうから、外の様子を知ることができなかったのだ。
幸い、《断界》のドームを破壊しようと攻撃しているんじゃないか? という予想もしていたから対処はできたが、まさかドンピシャで来てたとは……
それにしても、地竜はやっぱり硬い。かなりの出力で《魔刃》を発動し、さらには刃を伸ばすことなく武器にエネルギーを貯め、突きのインパクトの瞬間に解放する派生技の《穿牙》を使っても刺さりもしないとか、もはや感動を覚えるレベルである。
え? そんな大技、魔力が少ない今の状態で使ったらまずくないかって?
問題ない。例え魔力が尽きたところで、
眠気がガンガンに脳を揺さぶっているし、頭痛やら普段感じないはずの全身からの痛みやらで相当きつい状況であるが、意識だけははっきりしている。
「……白髪、さん」
「ラピスは休んでな。大丈夫だ。こっちには来させない」
「……ええ、わかりました」
倒れ伏したままのラピスは、はたから見るとただの死体の様である。このあたりに野生生物は視えないので、そのままでも大丈夫だろう
さて
「来いよ、化け物。第二ラウンドだ」
今だ転がったままの地竜に手招きし、オレは不敵に笑って見せた。
格好つけたものの、正直状況は好転してない。暴走ラピスの《崩魔》によって地竜はかなり消耗していたが、それでも魔力は最初の半分程度残っている。
ラピスと違って、オレは地竜の魔力を直接削る方法がない。地道に戦い続ける耐久戦以上に、効果のある方法が思いつかないのだ。
激化する攻撃をいなしながら、オレはどうしたものかと作戦を考え続ける。
(魔力は核を削ればどうにかできるけど、補給したいなあ……ん?)
補給という言葉に、ふと何かが引っかかる。
(そういえば……大樹を拠点にしていた時、確か大樹から魔力を補給していた?)
そこでオレははっとする。そうだ、魔力を奪う手段が一つあるじゃないか。
《吸魔》
すっかり記憶の山に埋もれていた、使い道がほとんどないスキルである。
(だけどあの魔力の塊から、果たして奪い取れるのか?)
魔物から魔力を奪ったことはない。奪う必要などなかったし、そもそも大樹以外から魔力を吸い取るって発想がなかった。
(可能です。が……推奨はできかねます)
(え? なんでだ?)
(侵食性を持つ黒色魔力を体内に取り込むのは危険だということです。下手を打てば最悪、マスターが食われます)
ああ……そういうことか。
だけどせっかく見つけた勝利手段をみすみす諦めるのはなあ……よし、ルシファー。試すだけ試してみよう。推奨できかねないってだけなんだろ?
(……わかりました。ただし吸収した魔力はなるべく早く消費してください。体内に留まらせ続けることが一番危険です)
なんか呆れられたような気がするのだが……まあいい。これで許可も下りた。
今までは防勢に回っていたが、反撃開始だ。
地をえぐる黒い拳を半身で躱し、《吸魔》を乗せた白剣で切りつける。
傷一つつかなかった黒腕を、少しばかりではあるがえぐり取ることができた。
同時に、痛みとはまた違った、何かにまさぐられるような不快感が身体を襲うが、同時に空っぽの身体に魔力が注がれたことも感じとる。
すぐに消費しろという相棒の言葉を思い出す。
《吸魔》のスキルを付与したままの剣に吸い取ったばかりの魔力で《魔刃・穿牙》を発動し、迫りくる地竜の左腕へと突きを放った。
《穿牙》へと吸収した魔力を注ぐことで、うねるような不快感は消えてなくなる。そして、白剣と衝突した黒腕にはひびが入り、表面を纏っていた黒い鎧が割れた。
地竜から苦悶の音が聞こえる。鎧を突き破った剣は地竜の腕へと深々と突き刺さっており、また剣を通して魔力が――地竜の体内を流れる、物質化していない魔力が流れ込んでくるのがわかった。
吸収量が多かったのだろう、体内を幾匹もの蛇がうごめいているかのような不快感と、食い破られるような痛みが同時に襲う。
しかし、こんな絶好のチャンスを無駄にはしたくなかった。
流れ込んできた魔力を、強引に剣へと流し込む。《魔刃》によってせき止められた魔力は、今にも爆発しそうなほど圧縮されていった。
(弾けろ!)
そして、《魔刃》を解除。オレが取り込んだことで宿主を変えた黒色魔力は、“白剣”という体外から出たことによって物質化。無数の剣山となって、地竜の左手を内部からずたずたに切り裂いた。
地竜が暴れだす。しかしボロボロになった左手は肩の動きに追従して振り回されるだけとなり、遠心力でオレは宙へと投げ出された。
《空歩》を使い体勢を整える。無事に着地に成功したとき、オレはありえないものを見た。
(生き物じゃねーな……)
ささくれを爪でとるように、地竜が左腕をもぎ取っていた。
ボロ雑巾のような腕を、地竜は無造作に投げ捨てる。そして体中の黒鎧が肩口に集まり、新しく腕を
おいおい……2本でもきつかったのに4本腕とか……どんなハードモードだよ。
だがしかし悪いことばかりでもない。魔力感知で視ると、奴の体内にはもうほとんど魔力が残っていない。つまり今生えている4本の腕は、同時に地竜の命の尺度でもあるのだ。
攻撃が通りにくい以上、果たしていつ削り終えられるかわからない。だけど初めて見えた終わりに、オレの士気は最高潮に達していた。
根競べと行こうじゃないか。
どれくらい時間がたっただろうか。
3方から迫る凶腕を躱し、切りつけて魔力を奪いながらオレは思考する。4本腕になってさらに激化した地竜の攻撃は周囲を巻き込み、あたり一帯を更地と化していた。
地竜の魔力は少しずつ削れ、3割を切っている。すでに右腕は一本消滅しており、最初よりいくばくか攻撃は緩和していた。
辛いことには変わりないのだが。
一発でも攻撃を食らってはいけないという緊張感、ほとんど存在しない反撃のチャンス。綱渡りのような気の抜けない戦いに、オレの神経は疲弊しきっていた。
ゆえに、視落としてしまう。着地した足元の木は脆く、強く踏めば砕けてしまうことに。
突然の視界のぶれに、疲れ切った思考は一瞬止まってしまう。そして再開したときには、2つ腕が上から、横から逃げ場をなくしていた。
《空歩》を使ってももう間に合わない。片方を食らう覚悟で剣を左に立て、核を生贄に《断界》で上の攻撃を防ごうとすると――
「《崩魔》!」
振り下ろされた左腕の根元が分解され軌道がずれ、左から迫っていた地竜の右腕に衝突。さらに軌道をずらし、オレに攻撃が当たることなく足元の倒木ををえぐるのみに終わった。
「ラピス!」
《空歩》を使い崩れる倒木から脱出しながら、魔法を打ったであろう人物の名を呼ぶ。
また暴走をしたのか、という考えが一瞬脳裏を横切るが、しかし膝に手を当てふらふらと立つ彼女を視てオレは安心した。
「!? 逃げろ!」
安心もひと時に終わる。地竜が、ターゲットをラピスに変えた。
再び《空歩》を使おうとするも、一瞬早く地竜が駆けだす。疲弊した今でなおその突進は速く、例え追いつけたところでどうその突進を防げばいいのだろうか。
《断界》で防ぐにも、あまりにも距離が遠い。いったいどうすればいいのかと思考を張り巡らせていた時――
ラピスが、笑った。死を間近にして沸き上がる狂笑ではなく、勝利を確信した笑み。
地竜と彼女の距離が5mを切ったとき、その理由を理解した。
踏み出した短い後ろ足に、糸が絡みつく。そしてそれを引き金に、無数の糸が地竜を縛り上げた。
必死にもがく地竜。しかし拘束が緩むようなことはなく、むしろ動くたびにより強く締め付けていった。
「白髪さん……今です!」
もうラピスには余力なんてないのだろう。そう叫ぶと彼女は、地面へと倒れ伏した。
全力で彼女は隙を作った。ならばオレも、全力で答えないでどうする。
視界に、《崩魔》で崩れ落ちた地竜の腕が入る。根元が崩壊したことによって地竜から分離したそれは、腕の大部分が残っていた。
手を伸ばし黒い腕に触れる。頭の中に響く警告を無視し、《吸魔》を発動。四肢が引きちぎれるような痛みに襲われるがどうでもよかった。
魔力を剣へと流しながら、地竜の正面へと歩み寄る
「《魔刃》……」
白剣を白黒の
「《
一呼吸の後にて、黒腕の根元へと渾身の力を込めて振り下ろした。
剣が腕に触れ、そして通り抜ける。絶対的な硬さを誇る地竜の腕は、今まさに一刀両断に切り落とされた。
糸が、空を舞う。斬撃に巻き込まれた糸はことごとく切断され、その役割を果たすことができなくなる。
だが、もう必要ないものでもあった。
腕を切断された――――体内にほとんど魔力の残っていない地竜は動こうとしない。動けないのか、諦めたのか。
まあ、それこそどうでもいい話だろう。
地面に転がる腕に、黒く染まった
倒れたままの地竜の背中に、素足で上る。耐えきれるはずもなかったのだが、いつの間にか靴も壊れてしまっていたようだ。
地竜の、核の真上に立つ。とどめを刺すべく、白剣をその灰色の鱗に突き立てたとき――
「待って……ください……」
ラピスの声が聞こえた。
「……とどめは……私が……」
とっくに限界は来ているというのに、ラピスは立ち上がる。今にも倒れそうな歩みで、彼女はオレの横まで登ってきた。
「わかった。……武器はあるか?」
ラピスは頷く、そして彼女は上着の内側に手を入れると、青い短剣――オレが彼女の護身用に渡した短剣を取り出した。
「……このために渡したものじゃないんだがな」
「……いいじゃないですか、私がもらったものなんですから」
「まあ、確かにな」
苦笑が漏れる。
ラピスが短剣を鞘から抜く。そしてオレの横にしゃがむと、両手で短剣を握り核の真上へと突き立てる。
「……これで、終わりです」
ラピスが体重をかけ短剣を押し込み、地竜の核は2つの欠片に分断された。痙攣を一つ、それを最後に地竜の眼から光が消えた。
仇を打つことができたラピスは、ゆっくりと横に倒れる。緊張の糸が切れた今、彼女はすでに意識を手放していた。
(これ、またオレが背負うことになるのかなあ)
やれやれと思いつつ、しゃがみこんで彼女の腕を肩にかける。
しかしオレは、立ち上がることができなかった。
(ああ、やっぱり限界か)
先ほどまではっきりとしていた意識が、急に朦朧とし始める。かつてないほど強く感じる睡魔に、耐えられる理由も耐える理由もどこにもなかった。
少し、眠らせてもらおう。
ごろんと仰向けに転がり、オレは目を瞑った。
腹部に感じる圧力に、意識が引き上げられる。
寝返りを打とうとしたが、何かが乗っているようで体を転がすことができない。そのまま意識は覚醒し、瞼裏に見える明かりにオレは目を開ける。
「……え?」
真っ赤な髪の幼女が、オレの腹部にまたがっていた。
読んでいただきありがとうございます
ボスは倒しましたが、一章はまだ少し続きます。二章に入ったらら多分投稿ペースをまた下げることになると思いますがご容赦を