地竜との死闘の末、オレが得た物は2つ。
一つが、魔力。夢の中でルシファーが報告していた通り、絶対的な硬さを誇る地竜の“黒色魔力”だ。
右腕を見る。戦闘中にいつの間にか生えていたこの右腕、真っ黒だったのが今では左腕と変わらぬ白色だ。しかし右腕を視ると、その内に映るのは真っ黒の魔力。
右腕に、黒色魔力が宿っているのだ。外部組織は同じでも、内部組織は他の器官と比べて全くの異質。いうなれば、黒色魔力という筋肉を白い魔素製の外骨格が覆っているのである。
果たしてオレに宿ったことにより、変化はあるのか。
右腕の魔力に意識を集中させ、体外へと引っ張り出す。手の甲が割れ、一気にあふれ出した黒い魔力は胴体を目指すように腕を上り、そして片口あたりで進行を停止した。
「……なんか違うな」
地竜の場合確かな形として存在していたが、今のオレの腕にまとわりつく魔力はまるで炎――ちょうど優の使う《灼炎》のようにゆらゆらと揺れ、一定の形を保つことはない。
(マスターとの繋がりが弱いためです。一応その状態でも防御性能は高いので、問題はないかと思います)
叩いてみると、面白いことに揺れる魔力に硬い感触を感じる。どうやら見た目は心もとなくても、その性質までは失われていないようだ。
地竜がやっていたように魔力を動かしてみる。引き延ばして盾の形にしたり、体の方へと伸ばして鎧にしてみたり……どうやらオレの場合、魔力を体から、というか宿っている右腕から大幅に伸ばすことができないようだ。胴体を覆おうとしても右半分しか覆えず、また下半身を覆うこともできない。
そういえば
オレは地竜に放った一撃、決着をつけたあの一撃を思い出す。がむしゃらでやったからよく覚えているわけではないが、確かこの魔力で《魔刃》を発動したような感覚だった。
地竜の防御を破った最強の一撃《絶爪》、今の状態でも使えるのだろうか?
思い立ったが吉日というわけではないが、試してみるか。アイテムボックスから白剣を取り出し、右手で前に突き出す。そして腕に纏わりつく魔力を、一気に剣へと流し込んだ。
幾本もの黒い筋が剣に浮かぶ。そしてほのかに漏れ出す魔力の煙は何かのオーラのようになっており、一言で言えば、ものすごく禍々しいです。
とりあえず、性能だけでも確認してみよう。周囲を見渡し、一番頑丈そうな大岩を見つける。黒い《絶爪》をその岩目がけて軽く振り下ろすと、あっさりと大岩は両断された。
……うーん、別に《魔刃》も何も使わなくてもこれくらいはできるんだよなあ。抵抗感は少し減った感じはするけど、これじゃあよくわからん。
しかしこれ以上に頑丈そうなものは見当たらないので、試せないものは仕方ない。少しもやもやしたままオレは《絶爪》を解き、剣をアイテムボックスへとしまった。
⦅…………よこせぇ…………⦆
突然、頭の中に声が響いた。ルシファーのじゃない、ひどく低いその声は、生物の嫌悪感を掻き立てる不気味なもの。
聞こえたのは一瞬。されど聞こえたことに間違いはない。
(今のが……)
(はい。取り込んだことによるデメリットです。……黒色魔力を使えば、魔力の意志はマスターから体を奪おうと精神に働きかけます)
(……結構危ない能力じゃねーか)
(主導権を奪われない限り、なんら問題はありません。マスターが恨みや怒りによって我を忘れるようなことがなければ、問題はないのです)
……前科があるから、気を付けていこう。
(そういや相棒。この能力って名前ないのか?)
魔装っぽいんだけど、どうも違うっぽいんだよな。かといって魔法ってわけでもないし。
(ないですね。マスターがつけてみたらいかがですか?)
能力の名前を決める……やばい、中二心がくすぐられそうだ。
っていかんいかん、オレはもう中二は卒業したんだ。ここは冷静にならないと。
にしても、今日は名前を付けてばっかりだな……うーん、どんな感じにするか……装備する……纏う……黒い魔力……よし、
≪スキル:『黒纏』を生成、獲得しました≫
あ、天の声さんお久しぶりです。だいたい半年ぶりくらいかな。
……名前を付けるとスキルになるって、どういうことやねん。
(名をつけたことによって、システムがスキルへと昇華させたようです)
なんかすごい。てかシステムってなんだよ。
(マスターが天の声と呼んでいるものです)
へえ、ちゃんとした名称あったんだな。
まあ、システムさんのことはいいとして
(スキルになったってことは……『吸魔』みたいに念じたら使えるのか?)
(はい。試してみたらどうでしょう?)
心の中で黒纏と念じる。すると、右腕から魔力が勝手にあふれ出て勝手に纏わりついた。
緊急防御としても使えそうだな。
黒纏はここら辺までにして、次はルシファーの新能力、重力干渉を試そうと思うのだが……この能力、というか干渉とつく能力は、上位魔法を使うための能力らしい。なので正確には、上位魔法である重力魔法を試すと言う方が正しいのだろう。
重力魔法には、《過重》《減重》《創重》の3つがある、というかその3つしかないらしい。自分で開発しろってことなのだろうか。
《過重》、《減重》はそのまんま重力の強弱を変えるものだ。
実験台には、まずそこら辺の石。手に持ったそれに、重力干渉《過重》をかけてみる。
石の重さはどんどん重くなっていき、試しに落としてみると十数センチ地面にめり込んだ。
(今ので、だいたい10倍といったところでしょうか)
え、もう? 全然魔力消費してねーぞ?
効率いいんだな、上位魔法。
その後も、木の葉や生えている木、果ては自分の体にも《過重》と《減重》をかけていろいろと実験した。そしてその結果、いくつかのわかったことがある。
まず、どうやら個々にかける場合はオレが振れているか、もしくはオレが生み出したもの、例えばオレが創った剣や魔法で生み出されたものなどでないとできないらしい。そして前者の場合、接触が無くなっても効果はある程度持続するが、さらに《過重》や《減重》をかけることはできなかった。
また、特定の範囲に魔法をかけることもできたが、その場合は範囲内にあるすべてのものに無差別に影響が出ていた。
次に、《過重》や《減重》の限界。過重の場合、オレの魔力が持つ限り増やせるが、減重の場合マイナスに、つまり斥力に変えることはできなかった。まあゼロにできるだけでも結構便利である。自分をゼロにしてみたところ浮くことができたし、重いもの運ぶ時も問題ない。アイテムボックスあるからあまりないと思うが。
さて、それじゃあ最後に《創重》を試してみるか。これは、重力源を創り出す能力とのこと。
手のひらの上を起点に、発動する。小さな黒点が、手のひらの上に生まれた。
込める魔力を増やしても、黒点に変化はない。だがある程度込めたところで、風が吹いた。
空気が、黒点に吸い込まれているのだ。魔力を増やすにつれ、その風も強くなっていった。
……アレ、これだけ? てっきりもっとなんか、こうばーっと派手なのかと思ってた。
(もっと魔力を込めれば派手になりますが、安全性が低いのでお勧めはできません)
へー……よし、思いっきりやってみるか。
今ある魔力の5%ほどを、一気に黒点へと流し込む。すると、ダイ〇ン顔負けなものすごい勢いで、周囲の空気が吸い込まれていった。
「うおお! ?」
空気の吸引は一分ほど続いたと思う。手のひらの黒点を見ると、その先にある自分の手が少し歪んでいるように見えた。
(5%でここまで引力が発生するのか……てかなんでオレは引っ張られないんだ?)
かなり強い引力場が発生しているはずなのに、オレを含めて周りのものは何一つ吸い込まれていない。
(安全の為に重力の影響範囲を制限しています)
(へえ、そんなこともできるのか……ちなみにその制限を外したらどうなる?)
(範囲2mほどに存在する物質が吸い込まれて、マスターは潰れます)
……まじかよ……これから能力試すときにはもう少し慎重になろう。
とりあえず、新能力は全部試したし今日はここまででいいだろう。そう思い、オレは『創重』を解除する。
直後、森の中に破裂音が鳴り響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おいおい……マジかよ」
爆発の反動で紐なしバンジーを行ったオレは、足元に広がる惨状を見てついそうつぶやく。
なんせ、オレがいたところを中心に10mほどが吹き飛んでいた。結構大きめの岩も飛んでたあたり、威力はかなりだと思われる。
……重力で空気が圧縮されていたの、すっかり忘れてた。まさかここまで早く黒纏が役に立つとは……
と、そんなちょっと違う感想を抱いてた時
「主! 大丈夫!?」
「なんすか今の爆発は!?」
魔物狩りに出かけていた2人が、非常に焦った様子で帰ってきた。ちょうど食事をしていたようで、ディナの口回りには血らしきものがついている。
「ちょっと能力の実験をして失敗しただけだよ。問題ない」
「心配したよ!」
口を膨らませるディナ。対照的にユズハは、何故かため息をついていた。
「ディナに振り回されたあげくの主がいる方向の爆発音……正直、疲れがどっと押し寄せているんすよ」
お、お疲れ……発言と違って性格は意外と真面目……なのか?
よくよく考えると、オレはディナとユズハとは初対面といっていいのかもしれないな。二人の性格なんて、知る由もなかったし。
「それで、どうだった?」
「うーん……魔物が弱かった!」
思わずずっこけそうになる。
「違う違う、その体の調子はどうってこと。魔物狩って食べたんだろ?」
「パンチが強かった!」
うん、とりあえず調子はいいってことでいいのか? てかパンチって。
「ユズハは?」
「戦ってないのでわかんないっす」
え? あー、ディナに全部取られたってことか。
「いや、面倒だったのでディナが狩ったのを食べてたっす。ディナめちゃくちゃ大量に狩っていたんで」
寄生じゃねーか! いいのか保護者そんなで!
「体動かして戦うのすごいだるいんすよ……体動かさない戦い方とかないっすか?」
あるわけねーだろそんな都合のいいも……いや、魔法があった。
でも、スライムって魔法使えるのか?
(彼らはすでに進化して理性を持っていますので、神格も宿っています)
つまり、魔力にも性質があるということか。
ちなみに余談ではあるが、理性を持たない、つまり神格の宿らない魔物にも魔力は存在している。ただ彼らの魔力には性質が存在しないので、魔法を扱うことはできない。ちなみにこの性質が存在しない、というのはオレの無色魔力の性質がない性質とはまた違う。わかりやすく言うと、魔力一歩手前の魔力、ってところだろう。逆にわかりにくいか?
まあ、オレもよく理解できていない話はここまでにして
「……仕方ない、魔法でも教えるか」
ここで怠けるな、と言わないあたりオレは彼らに甘いようだ。
「お、マジっすか!」
「ああ。ただ、100パー使えるってわけじゃあないからな」
とりあえず、神格を鑑定して適性を知る必要がある。
(すでに完了しております)
……いつの間に……それで、2人はどうだった?
(ユズハは緑色魔力、ディナはわずかに赤色魔力の性質を持っていました)
なるほど……ディナは、あまり魔法に向いていないということか。
「ユズハは使えるみたいだ」
オレの言葉に、非常にきびきびとした動きでガッツポーズをとるユズハ。どんだけ動きたくないんだよ……
「ねえねえ、ディナは?」
「ディナはあまり魔法に向いていないみたい。使うことはできるけど、どうする?」
「ディナも魔法使いたい!」
ならそうだな……夕方までまだまだ時間はあるし、今のうちにいろいろと教えておこう。
「《促進》……やったっす! 使えたっすよ!」
緑魔法の基礎的な魔法《促進》。ユズハの手に持っている種から、小さな双葉が覗いてきた。だいたい開始から1時間ほど後の出来事である。
初めての魔法に、ユズハはハイテンションだ。眠そうだった目が、子供のようにわくわくしている。
「これが、楽な戦いの第一歩に……」
思考は変わらないようだが。ほんとどんだけ体動かすの嫌なんだよ。
ちなみにディナだが、開始数分で飽きていた。「お腹減った!」と言ったかと思ったらまた森に飛び出していき、まだ戻っていない。見た目相応に小難しい話は苦手なようだ。
「ほらほら、次に行くぞ。次の魔法は……」
ユズハが中級魔法の壁を突破したのは、夕暮れになる前のことだった。
赤い日に照らされた森の中、村に向かって歩く影が2つ。
思う存分魔物を食べたディナは、満足そうにお腹をさすっている。ユズハは、疲れたとか言ってオレの懐でぐでーっと垂れ下がっている。
村の入り口に着いた。出るときはいたのに、だれ一人いない。そのまま開いている門をくぐり、村の中央へと歩いて行く。
「あれ? 主、家はこっちじゃないよ?」
「いや、今日はこっちでいいんだよ」
オレの言葉に首をひねるディナだったが、何かに気付いたように手をポンッと打った。
「ラピ姉のお迎えだね!」
……ラ、ラピ姉? いつからラピスは姉さんになったんだ?
「え? ラピ姉は最初からラピ姉だよ?」
……まあ、確かに年上かもしれないけど……アレ? そしたらオレにとっても年上なのか? まあいいや。
「惜しいけど、ちょっと違うかな。まあ、行ってみればわかるさ」
「わかった!」
無邪気な返事をして、スキップするディナ。この子、超純粋だ。いつか悪い人に騙されそうで怖い。
「さて、ユズハ。そろそろ人間になれ」
オレの指示に、いっそうぐでーっとするユズハ。めんどいっていう気持ちがひしひしと伝わってくる。
「悪いな、家にいるときは好きなだけぐでーってしていいから外にいる間は人間体で頼む」
スライム体じゃあ魔法も使えないらしいから、自衛的な意味でもそちらの方がいい。
「……わかりましたよ」
地面に降りたユズハが、あっという間にベストを着た青年に変わる。胃袋を応用した技で、わざわざ服を着るという手間を省いたものだ。あれだ、ユズハは怠けるためにはどんな努力も惜しまないタイプだ。
そのまま3人で歩いてついたのは、【物作り】の集会場――の横にある建物、宴会場だ。
そう、今から宴会があるのだ。ラピスの用事ってのは、宴会の準備のことである。ちなみにこの推測に間違えはない。村に入ったとき、視て確認した。
宴会場の近くで、ラピスが外にいるのが見えた。オレ達が来るのを待っていたようである。
「やっぱり気づいてましたか」
「まあ、2回目ともなればな……ここで話すのもなんだし、中に入ろう」
頷き、布を除けて中に入るラピス。それに続いてオレ達も入っていった。
「来たか。……お前さんらの席はこっちさ」
アラルさんが指した方には、席が4つ。2人のこともちゃんと伝わっていたようだ……アレ? 一個多い?
「どこに行く? お前の席もそっちだ」
その言葉が向けられたラピスは、まさに部屋の奥の方の空いている席に向かおうとしていた。
「……え? 私もですか?」
頷くアラル。なんで? といった様子で、ラピスはオレの左の席に座った。
「皆の者、静まれ」
アラルの声が会場中に響き渡ると、あちこちで聞こえた雑談はすべてなくなった。
「昨日、5年ぶりにあの悪魔が返ってきた」
地竜のことだな……あの凶悪さは、確かに悪魔といってもおかしくない。
「もしかしたら、我々の村は無くなっていたのかもしれない。……だがそのようなことにはならず、我々は今もここにいる。……これも、彼のおかげだ」
みんなの視線が、一斉にオレに集まった。どうもこそばゆくなるな。
「それを感謝するとともに今日はもうひとつ、めでたいことがある」
……ん? めでたいこと? まさか……
「彼がいつも連れていた2匹のスライムが、今日進化した」
やっぱりそれか……もしかして、地竜のあれこれがなかったとしても宴会をするほどめでたいことなのか?
「それでは皆の者、杯を持て。我らの英雄に……そしてそれを手助けし、敵討ちを成し遂げた我らの同胞に、乾杯」
まさか自分が主役になるとは露ほども思っていなかったラピスが、驚いて杯から手を離してしまう。落ちて中身が飛び散る前に、オレはそれを空中でキャッチした。
「……私も……?」
自分が落としたことにも気づかないラピス。それほど驚いたのだろう。
「よかったな、ラピス」
ラピスの訓練中、赤髪や黒髪以外の人とも結構あっている。ラピス自身は気づいていないが、みんな知っていたのだ。ラピスが努力をしていたことも、その努力が実ったことも。
「……ありがとう、ございます」
ラピスの声は、少し震えていた。
宴が始まった。前回同様、開始早々捕まるかと思っていたのだがそれは杞憂に終わる。
「ディナちゃん、もっと欲しい?」
「うん!」
なにせ、幼女のディナがいるのだ。アラクネのお姉さんたちは、ほとんどがそっちに行っている。
「ユズハ君、これもどう?」
「あ、くださいっス……世話されて食べるご飯、さいこー……」
そして残りは、ユズハを世話していた。どうもあのぐでーっとした感じが世話焼き心にツボらしい。
そんなわけで、今オレの周囲にいるのはアラクネの男性陣。
「ははは、大人気だなあの2人!」
「……ディナちゃん、かわいい」
プラス赤髪黒髪、そしてラピスである。
「にしてもいいのか? 主役2人がこんな男くせー場所にいてよ」
「おい、今あたいたちのことを男くさい、と言わなかったか?」
「……断固抗議する」
「言ってねーよ!」
「まあまあ、2人とも落ち着いてください」
女性陣のおかげ(?)で、こちらも会話が大いに盛り上がっていった。
「にしても、あたいたちが助けられたのはこれで2回目か……恩を返すどころか、逆に増えているな!」
「別にオレはここに住めるだけでも結構助かっているんだから、そんな気にする必要はねーぞ」
「はっはっは! ほんと、嬢ちゃんにはずっとここに住んでもらいたいものだな!」
何気ない一言。その一言が、オレの心の奥深くに突き刺さる。
「……ひどく同意。白髪がいると、私たちも安泰」
「そんな事抜きでも、あたいはここにいてほしいって思っているぞ」
そんなうれしい言葉も、耳に入らない。何気ない一言について、つい考え込みそうになる。
「ふふふ……白髪さん? どうしました?」
「うん? ああ、いや。なんでもないよ」
いや、今は宴会だ。考えるのはまたあとにしよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
縁側に腰かけ、空を眺める。雲は寝てしまったのか、一つも空に浮かんでいない。あるのは幾多の星と、わずかに満月に満たない月であった。
宴会も終わり、誰も彼も寝てしまっている。そんな中でオレだけは、どうにも眠れなかった。
この村は、住み心地がいい。もう一生、ここにいてもいいと思えるくらいに。
だが、目的のためには、やはりここにいてはダメなのだ。あの2人を助けるためには、ここにいては何もできない。
そう、理解しているのに、どこか甘い考えが湧き出る。2人はオレの助けなどなくても何とかなる。ここにいて、楽しい生活を送ってもいいじゃないか。
ようはオレは、迷っているのだ。自分の幸せか、親友の幸せか。もしこれが物語の主人公なら、迷うことなく親友をとっているだろう。
自己中な自覚はある。矛盾しているという自覚もある。だがオレは、その矛盾を生み出すほどにここを気に入ってしまっているのだ。
(……また時間があるときに、考えよう)
後回しにするのも、オレの悪い癖だ。
(今日はもう帰って寝よう)
そう思って、立ち上がろうとした瞬間――――
全力を出した代償が、一日遅れで襲ってきた。
読んでいただきありがとうございます