葉の生い茂る森の中、通りゆく石狼の群れを木陰でじっとしてやり過ごす。10匹ほどの群れはレートとしてはCレートであり自分たちが勝てない相手では決してないが、無駄な体力を使う必要はない。
群れが見えなくなってから、俺たちは動き出す。何回もこの森にきているだけあって、皆勝手をわかっていた。
「もうそろそろでつくはずだ」
仲間にそう声をかけ、歩を進める。自分の記憶が正しければ、目的地までは一時間もしないだろう。
ただ、若干の不安もある。なんせそこに最後に行ったのは、2年前だ。記憶違いの心配もそうだが、災害か何かでその目的地が無くなっている可能性もあった。
いや、その可能性は低いか。戦士が何人もいるあの村が、そうやすやすと滅ぼされるとは思えない。
彼らがその目的地に着くのは、それから30分ほど後のことだった。
「んー……食べた食べた!」
「もう動けないっす……主、スライムなっていいっすか?」
赤髪たちが守の日の今日、オレはスライムたちと狩りに出ていた。朝吐く息が白くなるほど寒い季節となったのだが、森に生える樹木は依然青々と茂っている。そのためか動物、魔物ともに活動を続けており、今日も2人が満腹になってもあまりが出るほどの獲物を手に入れることに成功している。
「だからダメだ。てか、『胃袋』あるお前が満腹で動けないなんてことあるわけないだろ」
「ばればれっすか……」
残念、といった風のユズハ。それに対して、オレはため息をする。
「ああ。……もう一ヶ月なんだから、そろそろその体に慣れないのか?」
「寝るときはスライムっすからね」
「……いい加減慣れないと、人間体のまま寝させようか?」
「それだけは勘弁っす!」
ユズハが必死に拒否する。そんなにスライムが心地いいのかね、ディナは最近寝るときも人間体なのに。
「まったく……ん? なんか村が騒がしい?」
真冬の今、家の外に出る人はあまり少ない。もちろん食料の為に狩りは行われ続けるが、それは村の中の騒々しさとは関係のない話である。
「なあ、村がなんか騒がしくないか?」
ちょうど門番をしている赤髪に聞いてみた。
「お、帰ってきたか……来たんだよ」
「来たって何が?」
「外からの人間の来客さ。前回来たのが確か三年前だったから、みんな盛り上がっているんだ」
外からの来客、ねえ。
「白髪殿もあってみたらどうだ? いろいろと面白い話を聞けるかもしれんぞ?」
「そうだな……今、どこにいる?」
「多分宴会場だ」
「わかった、ありがとう」
「礼には及ばない」
赤髪と別れ、村の中を歩く。宴会場までの距離でも、かなり多くのアラクネとすれ違った。
「主、興味あるんすか?」
「興味っていうか……まあ、そうだな」
いろいろと外の情報が欲しいのだ。特に優と幸助についての。外から来た人がエインズ王国の者とは限らないが、まあ2人は勇者。噂くらいなら広まっていてもおかしくない。
宴会場の中は大勢の人で埋まっていた。男も女も関係なく、何かを手にもって入っては何かを手にもって出てくる。出てくる人が持っている物がこの村では見たことがないものばかりだから、物々交換で商売でもしているのかもしれない。
とりあえず、人がいなくなるのを待とう。日も赤く染まっているし、そう長くはならないはずだ。
予想通り、30分もすると人がほとんどいなくなる。最後の一人が出てくるのを見て、オレ達は中に入った。
壁際に置かれた卓の奥に、男2人と女1人がいた。女性は座っているが、男性2人は横に積まれた物品を持っている袋に詰め込んでいた。
「さて、今日はこれで終わり……ん?」
男の一人が、入ってきたオレに気付いた。
「どうも、外から来た人ですよね?」
念のため、一応確認しておく。
「ああ、そうだけど……君は? 一昨年にはいなかった気がするんだが……」
「まあ、新入りみたいなものですよ」
「……それで、その新入りクンは、私たちにどういったようなのかしら? 見たところ何も持っていないようだけど……」
女性が立ち上がり、いぶかしそうに聞いてきた。その視線を正面に受け、オレは口を開く。
「外の世界について教えてほしい」
「外の世界、ね……いいけど、とりあえず座らないかい? ずっとアラクネ達の相手をしてちょっと疲れているんだ」
頷いて、床に座る。
「それじゃあ話をする前に……俺はオリヴァー。こっち無口なやつがアドルフで、このイノシシ女がアンナだ」
オリヴァーは髪の短いさわやかそうな男だ。背中に短めの剣を背負っている。
「よろしくね……って、誰がイノシシ女よ!」
アンナは気の強そうな長髪の女性。横に杖が置いてある当たり、魔法師なのだろう。
「…………」
アドルフはがたいのいい高身長なイケメンだ。無口なのも合わさって、どこか圧力みたいなのが漏れ出ている。
自己紹介されたからには、こちらも返すべきなのだろう。
「この子はディナ、こっちの眠そうな奴がユズハです」
「よろしくー!」
「よろしくっす」
ディナが子供らしい声で、ユズハがどこか間の抜けた声であいさつをした。
「それでオレは……」
とここで、オレは名前がないのを思い出す。いや正確には使っていないだけなのだが、「白髪」で呼び名が定着していたからすっかり忘れてた。
「まだ名前がないです。他の人には白髪って呼ばれていますので、そう呼んでいただければ」
「へえ……うん、ディナちゃんにユズハクン、それと白髪クンでいいかい?」
「ええ」
「ねえオリヴァー、なんでディナちゃんは『ちゃん』なのに白髪クンは『クン』なの?」
オレが女に見えるのだろう、アンナがオリヴァーにそう聞いた。
「え? 白髪クンは男の子でしょ?」
なん……だと……?
転生してから、初めてオレを初対面で女と思わない人に会った気がする……
「ええ!? 嘘! 白髪ちゃん、どうなの!?」
「……オレは『クン』ですよ。アンナさん」
精神的には、という但し書きがつくが。
「信じられない……こんなかわいい子が……」
崩れ落ちるようなしぐさをとるアンナ。そ、そんなにショックか?
「ははは、大げさだよアンナ。……ところで白髪クン。俺たちに敬語は使わなくていいよ。なんていうかこう、ちょっとむずがゆくなる」
「なら、普通にしゃべることにするよ。敬語はオレもあまり好きじゃあないし」
オレが言葉遣いを変えたことに、満足そうに頷くオリヴァー。
「それで、君はどんなことが聞きたいんだい?」
彼らが来た国、すなわちこの村に一番近い国はエインズ王国ではなくノクタニア帝国という国らしい。地図も見せてもらったが、エインズ王国とはちょうどオレ達のいる森――大陸一広大なであるため大森林と呼ばれているそうだ――を挟んで大陸の逆側だった。地理には疎かったので、ノクタニア帝国についても教えてもらった。
ノクタニアは国ができてからすでに600年以上、帝国とつくだけあって軍事国家だった。過去形なのは、今は違うらしい。彼ら曰く、帝国政府は腐敗しているとのこと。
そしてここで、重要なことを教えてもらった。
どうやら帝国は、アラクネみたいな亜人――帝国ではアラクネとか、魔物としての核を持っていても人間に近しい姿を持ち、人間と同等の知性を持っている場合は亜人に分類されるらしい――を排斥しているらしいのだ。それも問答無用に殺せ! というくらい。そしたらオリヴァー達のやっていることはかなり危険なんじゃ……と考えたところ、それは問題ないらしい。どうもその考えを持っているのは中央の人たちのみで、彼らのいた都市を含めた帝国の都から遠く離れた地域、いわゆる辺境の地域では全く逆なのだそうだ。つまり、亜人大歓迎。
そのおかげで、今帝国の情勢は不安定とのこと。まあ、真逆の思想を持っているのだから対立は致し方ないのだろう。
さて、ある程度の情報を知ったところで、オレは本命である「エインズの勇者」について彼らに聞いたのだが……どうも、ノクタニアとエインズは昔から仲が悪いらしく、情報もほとんど行き通わないそうな。
そんなわけで、彼らは「エインズの勇者に」については一切何も知らなかった・ついでに、魔王についても聞いてみたのだが、
「魔王? 昔にいたと言われている人類の敵でしょ? それがどうかしたの?」
と返された。どうやら魔王が現れるとかいう神託も広まっていないらしい。まあ、オレからしたらその神託自体が怪しいんだよね。死ぬ前に聞いた話が真実なら、だが。
「それで、他に何か聞きたいことは?」
「いや、だいたいはわかった。ありがとう」
「どういたしまして……お礼の代わりに、ってわけじゃあないんだけど、少し聞いてもいいかい?」
立ち上がろうとしたオレを、オリヴァーの言葉が引き止める。
「いいけど……答えられる奴でな」
「そんな無茶な質問じゃないよ。……君たちは、人間と魔物のどっちなんだい?」
その質問の意味を理解するのに、わずかな時間を要した。
「オレ達は魔物だけど……なんでだ?」
「いや、ちょっと気になっただけ。なんというか、君とユズハクンはアラクネらしくなかったからさ」
……ああ、下半身か。確かにアラクネの男は下半身が蜘蛛だからな、そこが気になったんだろう。
「そうだな……ユズハとディナはスライムだ」
「「え!?」」
オレの言葉に、オリヴァーとアンナの驚きの声がハモる。まあ、むしろわかるやつがいる方がおかしいか。
「ユズハ、ちょいとスライム体型になって」
「いいっすけど……戻るのがめんどいっす」
こいつほんっと怠惰だな。この一ヶ月で思い知ったけど、やっぱそう思わざるを得ない。
「……ディナ、お願いしてもいいか?」
「もちろん!」
返事とともに、あっという間に丸いスライムとなる。『胃袋』に服を収納する技は彼女も習得していたので、服が脱ぎ散らかされるというようなことはなかった。
「本当にスライムだ……」
卓の上でぴょんぴょんとはねるディナを驚愕の目で見る2人。そこに、一人の手が伸ばされた。
アドルフだ。伸ばした手がディナに触れると、そのまま撫で始める。
「……アドルフって、こんな人間なのか?」
「……いや、俺も初めて知ったよ……」
「……意外な一面ね……」
無言でディナをなでるアドルフと、それを見守るオレ達。やがて何かがおかしくなったのか、オレ達は笑い出した。
「そういえば、白髪クンもスライムなのかい?」
ひとしきり笑ったあと、オリヴァーがそう聞いてきた。
「オレか……えーっと……とりあえず、スライムじゃない」
「その言い方だと、何かあるのかしら?」
「……まあ、色々とわけありでね、一代限りの魔物、っていえばいいのかな?」
前回のような誤解を生むいい方はしない。
「へえ、それはまた! 彼らみたいに、人間以外の姿はあるのかい?」
「残念だけど、この姿だけだよ」
それからオレ達はしばらくの間雑談を交わし、アドルフがディナ撫でに満足して解散するのは、もう月も高くなったころだ。
「それじゃあ、オレ達はここらで。情報、色々と助かったよ」
「どういたしまして。それじゃあ、また明日」
踵を返して帰ろうとしたとき、ふとあることを思い出す。あれ、オレが今住んでるあのログハウスって、たしか人間が来た時用のだったよね……どうすんだろ。
「……オリヴァーたちって、今日どこに泊まるんだ?」
「うん? この建物に泊まるよ。いつもは別の建物だったけど、どうも今年は埋まっているらしくてね。ここでも十分なのに申し訳ないってアラルさんに謝られちゃったよ」
「ごめん、その家埋めたの、オレなんだわ」
「あ、そうなんだ。大丈夫大丈夫、冒険者生活をしていると野営なんてしょっちゅうだからここでも十分だよ」
申し訳なくなって謝ると、オリヴァーは笑ってそういった。
「そういってくれるとありがたい……それじゃあ、おやすみ」
今度こそ踵を返し、帰路に就いた。
(冒険者、か……)
彼らの職業、冒険者。勇者だったころになってみたいなって思ったっけ。いや、今でも思っている。
(しがらみのない今なら、なれるかな)
だがそれは、この村から出ていくということだ。何回も葛藤を繰り返し、結局後回しにしてきたこと。今なら、決心できるかもしれない。
(……この機会を逃したら、オレのことだ、またグダグダと先延ばしするだろう)
気持ちはかなり傾いている。あと一押し、といったところだ。
「……? 主? どうしたの?」
どうやら考え事をしているうちに、足が止まってしまっていたようだ。再び歩き出そうとしたら、代わりに口が開いた。
「……なあ、ディナ、ユズハ。お前らはこの村が、好きか?」
出てきたのは、そんな質問。
「もちろん! 大好きだよ!」
「好きに決まっているじゃないっすか」
2人の答えを聞いて、自分のことのようにうれしく感じた。
「……そうか……オレも、この村が好きだよ。ずっと居たくなるほどに……」
「主、どうしてそんな質問を?」
「……オレは、この村から出ようか迷ってる」
何も言わず、先を促してくる。
「オレには目的があってな。それを遂げるためには、ここにいられないんだ。……もしオレがここを出ると決心したら、ついてきて、くれるか?」
即答で、2人は頷いてきてくれた。
「当たり前だよ!」
「オレ達は主に拾われた身っすよ。もちろん、どこまでもついて行くっス」
「いや、拾われた身って、大げさすぎんだろ。……でも、ありがとよ」
笑うオレに、2人も笑い返す。振り返って歩き出す2人の後を、しっかりとした歩みで追いかけた。
……ダメだな、やっぱり。たった一つの決断をするのに何度も後回しにし、あげく他人に理由をつくる。ホント、ダメな奴だよ。
……だけどまあ、一歩前には、進めたのかな。
読んでいただきありがとうございます