召喚勇者は死にました   作:黒桜@ハーメルン

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幕間 勇者を失った勇者たちは2

 薄暗い森の中、駆ける影が一つ。木の枝に当たり擦り傷ができようと、土にまみれた素足から血が流れ出ていようと、男はただ一目散に走り続ける。時折背後を振り向くその様子は、まるで誰かに追われているようだった。

 

 いや、事実男は追われていた。

 

 悪魔だ。

 

 平穏に暮らしていた我らの前に突然現れ、不条理に同族の命を奪い去っていく。悪魔と言わずして、果たして何というのだろうか。

 

 抵抗したものは即座に殺された。抵抗しなかったものも、早いか遅いかの違いでしかなかった。女子供関係なく、命乞いをしても届くことはない。今自分が生きて逃げているのは、たまたま奴らの虐行に居合わせなかっただけのこと。

 

 歯ぎしりしたくなるような感情を噛みしめ、ただ前へと走る。恨みも悲しみも飲み込み、ただ生き残るために走り続けた。

 

 風切り音を耳がとらえる。そして右のふくらはぎを、強烈な痛みが襲った。

 

 矢だ。それもおそらく鉄製の。突然の痛みに、男は思わずバランスを崩した。

 

 そしてそれを見計らっていたかのように、第二の風切り音。銀色に光る矢が、今度は左の肩をとらえる。

 

 男の足は止まった。足に刺さった矢を抜こうと後ろを振り向きながらしゃがむ。が、接近する銀色が見えた瞬間、考えるよりも先に体が動いた。

 

 頭を右に傾けながら、転ぶように倒れこむ。しかしそれでも完全にかわし切ることはできず、銀の矢は側頭部を掠り、右耳をわずかにえぐりとった。

 

 ここにいては、ただの的だ。

 

 足の矢も抜かず、痛みを我慢しながら男は再び走り出す。しかし銀の矢が止むことはなく、右腕、左太ももと立て続けに矢を受けた男は、たまらず目の前の洞窟へと飛び込んだ。

 

「はあ……はあ……くそ」

 

 呼吸を整えた男は悪態を一つ、ふくらはぎに刺さっている鉄矢に手を当て、勢いよく引き抜く。太ももの矢を抜いたら頭に巻いていた布を乱雑にとり2つに引き裂き、血のあふれる箇所にしばりつけた。

 

 露わとなった頭の上で、2つの三角形が動く。後ろ半分が毛に覆われたソレは、痛みの波を代弁するかのようにぴくぴく動いていた。

 

 男の住む里は、亜人たちの隠れ里だった。男のような獣人だけではない。エルフやドワーフ、魔物とみなされる者たちや、迫害を受けた人間も村に住んでいた。

 表社会で生きられない彼らにとって、村は唯一の安息地だったのだ。

 

 頭の上の耳が、落ち葉を踏む音をとらえる。どうやらもう追いつかれたらしい。

 

 背中の短剣に手をかけ、音を出さないようゆっくりと引き抜く。洞窟へ逃げ込んだ時点で、男はすでに後がないことを理解していた。

 

 ならばせめて、我らの平穏を奪った悪魔に一矢報いよう。

 

 男は覚悟を決め、じっとその足音に耳を澄ませる。あと10歩……あと5歩……

 

 今だ!

 

 腰に短剣を構え、一直線に飛び出す。そのまま、にっくき悪魔を一刺しに――

 

 怨敵は、どこにもいなかった。行き場を失った短剣は、身体とともに勢いを失う。

 

 どういうことだ? 確かに足音は聞こえたはず。獣人の自分が、聞き間違えるはずが――

 

 背中に衝撃を感じる。同時に胸から剣が生え、のどにせりあがってくる赤い体液が口からこぼれ出た。

 

 矢を受けた時とは比べ物にならない、激しい痛みが遅れて脳を襲う。どうにか首だけを動かし背後を見ると、子供のような悪魔が、感情のない表情で立っていた。

 

 読まれていたのか。男はそう理解するももう遅い。彼の命は、ここで散ることが決定した。

 

「……貴様らは……」

 

 報復したくとも、もう上手く体を動かすことだできない。精いっぱいの憎悪を込めて、男は口を開く。

 

「なぜ貴様らは、俺達の村を襲った! できるだけ平穏に生きようとした同胞を、一体貴様らはなぜ殺した! 一体貴様らは――」

 

 だが、すべてを吐くことはできなかった。

 

 悪魔の右手がぶれる。そして男の視界は回転し、赤い噴水を最期に視界に収めた。

 

「――うるさいよ」

 

 

 物言わなくなった死体から短剣を抜き、こびり付いた血を布でふき取る。

 

 幸助が鞘に剣をしまうのと同時に、男女三人が森の中から現れた。

 

「……優。遅かったじゃないか。もう僕一人で終わったよ」

 

「お前が速すぎるだけだ。……どうやらこいつで、最後の一人のようだ」

 

「お、やったね。今日の仕事はもう終わりかな?」

 

「気は抜くんじゃないぞ。一応、ここは魔物のはびこる森の中なんだ」

 

「大丈夫だって。ここら辺の魔物に苦戦するわけないでしょ」

 

「……それもそうか」

 

 ジャグリングをするように短剣を回す幸助。

 

「それにしても、これで17個目なのか……一体、どれだけの|ゴミ(・・)がこの国に潜んでいたんだろうね」

 

 その瞳は、何かに取りつかれたかのように爛々と黒く輝いていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 時雨を殺したのは、魔王を奉じる亜人の組織である。

 

 そう聞かされた時、それほど驚かなかったのを優は覚えていた。

 そもそも、その可能性はよく考えれば出てくる。別に勇者の存在は隠されていたわけではないし、もし自分がその立場だったら同じような行動を行うだろう。

 

 最も、納得と憤りは別のものであるが。

 

「……グレイスさん。それは事実で?」

 

「いや。確実なことではない。が、ほとんど事実といってもいいだろうな」

 

 そういいながら、グレイスは懐から書類の束を取り出す。これが確信の裏付けということなのだろう。

 

 グレイスが机に置いた書類に、優は一枚一枚目を通していく。そこに書かれた一つ一つの情報すべてが、先の結論に至るのに十分足るものだった。

 

 ……?

 

 ふと、優は違和感を覚えた。まるで家具が一つだけ位置がずれたときのような、わずかな違和感。

 

 しかし優が、その違和感の正体に気付くことはなかった。

 

「……グレイスさん。どこの誰がやったかは、まだわかってないですか?」

 

「……そこに書かれていることが、調べてわかったすべてのことだ」

 

「……そうですか」

 

「ああ……すまないが、俺はもう席を外させてもらう。……どうするかは、お前たちが決めるんだ」

 

 読み終わって元の位置に戻された紙束を手に持ち、グレイスは席を立った。

 

 扉の閉められる音を最後に、再び室内に沈黙が降り注ぐ。

 

「……ごめん、優。僕ちょっと風に当たってくる」

 

 先に破ったのは、幸助だった。そして優の返事を聞くことなく立ち上がり、足早に部屋から出ていく。

 

 一人きりの室内。グレイスの問いが頭の中をループする。

 

 どうすれば、いいのだろうか。

 今更何をしたところで失った親友は戻ってこない。ならば俺は一体、何をするべきなのだろうか。

 

 考えても考えても答えは出ない。

 

 その日、幸助は帰ってこなかった。

 

 一睡もできず食事も喉を通らないまま、夜が明け、太陽が頭上を越え、そして遠く見える山へと沈む。

 

 思考の渦は、より激しさを増し出口が見えない。いやもしかすると、初めから出口などないのかもしれない。安楽を手にすることも叶わぬまま、再び太陽が空に登る。

 

「……ただいま」

 

 日輪が天を三度渡った夕に、幸助は帰ってきた。充血した目の下に真っ黒な隈を作り、肌は死人のように青白い。

 

「……随分とひどい顔をしてるね、優」

 

「……それをお前が言うか?」

 

 丸一日口に何も入れてないのだ。鏡を見ればきっと、幸助と同じ痩せこけたパンダがそこに映ることだろう。

 

「……どこに行ってたんだ?」

 

「答えを探してた」

 

 あやふやな優の問いかけに、幸助は即答する。

 

「帰ってきたってことは、見つけたのか」

 

「うん、時間がかかっちゃったけどね」

 

「そうか」

 

 視線を天井へと向け、瞑目する。

 

「……そうか」

 

 再びそうつぶやくと優は視線を幸助をへと戻し、手を卓上の――すっかり冷めきった紅茶へと伸ばし、口に入れた。

 

「……優。明日の午後に、時雨の葬式を行うらしい……そこで僕は、僕の答えを提出するよ」

 

「そんなもの、誰が採点をするんだ」

 

「時雨さ」

 

「死ぬまで正誤がわからないな。……いや、そもそも時雨のことだから、めんどくさいとか言って採点しないんじゃないか?」

 

「その時はその時、直接聞けばいいだけでしょ?」

 

「違いない」

 

 2人は同時に笑いあう。愉快そうに軽快そうに、そしてどこか寂しそうに。

 

「幸助、お前は一旦寝たほうがいい。そんな顔で葬式に出たら、あいつが馬鹿笑いするぞ」

 

「そういう優だって、ちゃんと食事をとりなよ。時雨が見たらきっと、お前は誰だって問い詰めてくると思うよ」

 

 目頭に浮かぶ涙をぬぐい、お互いに軽口を叩きあう。

 

 3日3晩考えても俺は答えを出せなかった。きっとこれからいくら考えたところで答えは出ないだろう。

 

「幸助。俺はお前の答えに従おう」

 

「……いいの?」

 

「ああ……お前なら、きっと正解を出すだろうからな」

 

 優の言葉に、幸助は照れたように笑う。「また明日」とふらふらと寝室へと入る幸助を見送って、優も自室のベッドへと潜り込む。

 

 3日ぶりの安眠を取り戻した優だったが、このときの彼は気が付かない。

 

 親友の眼に、狂気の片鱗が滲み出ていたことに。

 

 

 

 そして翌日。

 

 勇者の葬式は、王都最大の広場にて行われた。

 

 時雨とかかわりのあった王城の人間以外にも多くの貴族、商人、そして王都の住民が参列しているが、彼らの内の8割以上は故人の顔すら知らないだろう。王家への媚売りか、参列者とのコネづくりか。ばれないと思っているのかモルドールの説教を背景に小声で話をする彼らは、遺族からしてみれば不愉快なものだった。

 

 やがて説教も終わり、モルドールが壇から降りる。そして代わりに上がったのは、勇者の格好――防具を身に着け剣を携えた幸助だ。

 

「初めまして、僕の親友の葬儀に参加してくれた皆さん。おそらく僕の顔を知っている人間なんて、この中ではほんのわずかだろう」

 

 観衆からざわめきが上がる。

 

「なんだなんだ?」

「あれはいったい誰だ?」

「なぜあんな礼儀も知らぬ若造が上に立って居る!」

 

 非難するような声がところどころ聞こえてくるが、幸助はそんなことお構いなしとでも言いたげにただ薄ら笑いを浮かべる。

 

 「まずは自己紹介だ。僕はコウスケ・アイハラ。この世界に呼ばれた勇者の、その一人だ」

 

 ざわめきが変化する。

 

「あれが噂の」

「随分と若いな」

「本当に勇者なのか?」

 

 非難の声は消えたが、ところどころに上がるのは疑惑の声。やはり、召喚時から変わらない幸助の見た目ではなめられてしまうのだろう。

 

「興味がない人もいるだろうが、少しばかり僕に話をさせてほしい……そこに眠る僕の親友。シグレ・ハナミヤは魔王によって殺された」

 

 ざわめきが加速する。「魔王?」「そんな。もう復活したのか?」「魔王がこの国までやってきているのか?」

 

「すまない。少し語弊のある言い方をしてしまった……魔王の影響を受けた、亜人たちの手によって、勇者は殺されてしまった」

 

 観衆は、一旦のおちつきを取り戻す。

 

「僕は悲しんだ。なぜ、こんなことになってしまったのか。なぜ、時雨は殺されなければいけなかったのか……夜も眠らずに考え続けた。

 そして僕は答えを出した……時雨が殺されたのは勇者だったから、こうなってしまったのは、亜人たちが勇者を脅威に感じたから」

 

 観衆は戸惑いを覚え始める。何故彼は、我々にこの話をするのか。

 

「亜人たちは活動を続けるだろう。魔王が復活するその日まで、脅威になりうる勇者――僕らを、そしてそのあとは、あなた方の中で力を持つ者から片っ端に」

 

 勇者の死は、決して他人事じゃない。そのことを理解した観衆は、息を飲む。

 

 幸助が指を鳴らす。すると黒装束に身を包んだ集団が、両手両足を縛られ猿轡をかまされた五人の男――頭に獣の耳が、そして臀部からは獣の尾が――を壇上に引っ張り上げ、幸助の足元に、首から先が壇から飛び出るように並べて転がす。

 

「今僕の足元に転がっているのが、僕の親友を殺した犯人だ」

 

 観衆は沸き上がる。大罪人め! 殺せ! 我々の安全の為に!

 

「彼らは所詮、氷山の一角だ。亜人たちは、この大陸中に散らばっている。そしてこの国を――この世界を脅かしている」

 

 幸助が腰に付けた、一振りの長剣に手をかける。

 

「だから僕は誓う! この世界に運びる病巣を、一匹残らず駆逐することを! そして――」

 

 抜かれた白刃の剣が、彼の足元へと振るわれた。

 

 赤い噴水が壇上から降りそそぐ。鈍い音とともに、五つの頭蓋が地面へと落ちた。

 

「この処刑を持って、決意の証明とする」

 

 怒号のような歓声が、広場を覆いつくす。

 

(幸助……それがお前の、正しい答えだっていうのか)

 

 熱狂に包まれる中、優は親友の背後に骸を幻視した。

 

 

 

 例え未来を知っていたとしても、優は幸助を止めることはしなかっただろう。

 

 初めて失うことを知った優は、残っている絆を失うような決断を下せるはずがなかった。たとえそれが、解れて今にもちぎれそうなボロボロの絆であろうと。

 

「――勇者様?」

 

「…………なんだ?」

 

 瓜二つの顔が優を覗き込んでいる。亜人を排斥する活動にあたって、ともに活動するようつけられた補助要員だ。平均より少し低めの身長に、子供っぽさが抜け切れていないような顔立ち。赤みを帯びた金の髪を持つ方をネヴェーレと言い、優に言葉をかけたネーリスは対照的に青灰色の髪である。

 

「いえ、もうそろそろ戻りませんかと声をかけたのですが……どうなされましたか?」

 

「すまない。少しぼーっとしてしまったようだ」

 

「もう、しっかりしてください」

 

「そうですよ、勇者様はしっかりしていないと」

 

 同時に頬を膨らませるその姿は、彼女らが双子だとはっきりわかるものだった。目の形、輪郭、雰囲気……髪の色を除いて、まるで鏡合わせのような2人である。

 

「あはは、優は最近よくぼーっとするよね。……そろそろ、帰ろっか」

 

「ああ、そうだな」

 

 四人は来た道をゆっくりと辿る。途中に、誰のものかわからない腕を踏みつけながら。

 




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