冒険者ギルド。
異世界ファンタジーといえばほぼ確実に出る。竜の討伐から迷子の猫探しまでの様々な依頼を冒険者に斡旋する機関のことだ。
かつての勇者が創った対魔王の組織が転じてできたソレは、おそらくこの世界で一番有名な公的機関だろう。三千年前から国の垣根に関係なく活動しているため、どんなに田舎の知識のない人間でも存在を知っている。
冒険者になるために、何か特殊な条件はない。例えどこぞの農村出身でも、大国を統治している王族の人間でも、ギルドに行き登録すればその時点で冒険者だ。
そして冒険者に必要なものも至極単純だ。腕っぷしがあれば、それで十分。それだけあれば、成り上がることができるのだ。
ゆえに人々は、冒険者になろうとする。あるものは名声を欲して、あるものは伝説上の英雄に憧れて。理由など人それぞれだが
「かく言うオレも、冒険者に憧れた一人だったり……まあ、理由が他と全く違うだろうけど」
「主、さっきから一人でどうしたんすか?」
「いや、何でもない」
「……まあ、別になんでもいいっすけど」
木製の扉をくぐり、ギルドの中に入る。上手く設計されているのか、日光だけでも十分に明るく照らされていた。
入り口の右手側に窓口が7つ、L字型に設置されていた。ただ受付嬢は一人しか座っておらず、その一人も窓口に突っ伏している。冬の、それも昼だから人も少なく暇なのだろう。寝ていいのかは知らないけど。
左手側を見ると、どうやら酒場に繋がっている模様。こちらも昼だから人はほとんどおらず、2、3人のグループが酒と食事をとっていた。
「レヴィちゃん、起きて起きて。お客が来たよ」
オリヴァーが寝ている受付嬢――レヴィをゆするも全く起きる気配はない。幸せそうな顔で熟睡したままだ。
「……仕方ないか……レヴィちゃん。ギルマスが来たよ?」
「ひい!? ごめんなさいもう寝ませんからでも仕方ないじゃないですかこんな人のいない時間…………うぇ!? オ、オリヴァーさん!?」
がばっと勢いよく起き上がるレヴィ。必死に言い訳を言っているうちに目が覚めたようで、顔を赤らめて驚いていた。
「おはよう。ギルマスはいないよ」
「よかったぁ……オリヴァーさん。起こすにしてもその嘘はやめてくださいよ……」
ひどく安堵したように胸をなでおろすレヴィ。そしてむっとしたように赤い頬を膨らますが、いつものことのようでアンナはにやつきながら、アドルフはいつも通りの無表情でそれを眺めていた。
「ってアレ? 確かオリヴァーさんたちは指名依頼を受けていたんじゃあ……」
「今帰ってきたんだよ」
「ほえ~……あ! えっと、その……」
急にしどろもどろになるレヴィ。顔は下を向き、指が胸の前でせわしなく動いている。
「……お、お帰りなさ、い……」
赤い顔をさらに赤らめて、レヴィはそう絞り出した。
「うん、ただいま」
さわやかな笑顔を返すオリヴァー。砂糖を飲んだように実に甘い光景である。
「……あいつら、できてんの?」
なので、つい呟いてしまった。
「そう見えるでしょ? 残念ながら、アレでできてないのよ。オリヴァーは鈍感だからねえ」
未だなおにやついているアンナ。あそこまでアピールして気づかれないとは……レヴィさん、ドンマイです。
「それじゃあ、今からギルマスに……あれ? その人たちは?」
と、ここでやっとレヴィはオレ達に気付いたようだ。
「うん? ああ、ちょっとした縁でね。紹介するよ」
「ふむふむ……高い順からユズハさん、ラピスさん、ブランさん、ディナちゃんね。初めまして、この冒険者ギルドで受付を担当しているレヴィです」
そういってレヴィは一礼。さっきまでとは打って変わって落ち着いた様子だった。
「それで……オリヴァーさんたちと縁があるというと、彼らも冒険者で?」
「いや、話すと長くなるんだけど、彼らは冒険者じゃないよ」
「へえ……いったいどのような縁か、少々気になりますね」
笑顔のレヴィであったが、心なしか目が笑っていないように感じた。
「はは、知りたいなら後で話すよ」
「うぇ!? ほ、ほんとですか!?」
何をどう解釈したのか、オリヴァーの言葉にレヴィの顔がまた赤に染まっていく。
「うん。もちろんだよ。……ところで、そろそろギルマスに依頼を報告したいんだけど」
「え、あ、ああ! しょ、少々お待ちを!」
そういってレヴィが窓口の奥に走り去ると、階段を駆け上がる音が響いてきた。
なんていうか、いろいろと忙しい人だな……
「おま、たせ、しました……」
5分後、かすれ声のレヴィが帰ってきた。居眠りがばれたのだろう、目じりに涙がうっすらと浮かんでいる。
「ギルマスが部屋でお待ち、です。どうぞこちら、に……あと、ユズハさんたちも」
「オレ達も?」
オリヴァーたちはわかるが、なんでオレ達まで?
「とりあえず来てくれ、とのことで。私にはわからないです」
ふうん……まあいいか。敵に会いに行くわけでもないし、断る理由はない。
窓口横の職員専用と書かれたドアをくぐり、螺旋階段を上る。3階に上がったところで、目の前にギルドマスター執務室と書かれた扉を発見した。
オリヴァーがノックをすると、中から「入ってどうぞ~」と返事が返ってくる。声変わりしていない、少年のような声だ。
「失礼します。……お久しぶりですね。ギルドマスター」
「たったの2週間程度だけど、うんお久~」
椅子に座っていたのは声の主としてはふさわしい、見た目が10歳ほどの、尖った耳が特徴的な少年。ただ見た目通りでないということは、オリヴァーの態度から明らかだった。
テーブルをはさんで、オリヴァーたちはギルドマスターの正面に座る。ちょうど3人分のスペースしかなかったので、オレ達四人は立ったままだ。
(……マスター、警戒を)
突然、頭の中に声が響く。
(……何か問題が?)
(明確にあるわけではありませんが……魔力を視たとき、不明瞭な違和感を見つけました)
その報告に、オレは魔力の視界に意識を向ける。すると確かに、ギルドマスターの魔力におかしな点があるのを見つける。なんていうか、まるで靄がかかったようにはっきりとしていないのだ。
オレが警戒心を強めていると、ふとギルドマスターと目が合う。するとギルマスの口が小さく素早く、言葉を発するように動いた。
(のぞき見はばれないように……だと?)
どういうことだ? いやおそらくオレの魔力感知に対するものなのだろうが……どうやって気付いたんだ?
「? どうかしましたか?」
「いんや、なんでもないよー。それよりも報告お願いね。伝書鳩の報告はすでに来てるけど、本人から聞かないとやっぱり意味ないから」
「そうですね……まず――
「――うん。おおむね依頼は成功ってところかな。ご苦労さん。品物とかは……まあ、明日にでも持ってきてよ。報酬はその時に渡すから」
「わかりました。……あとは頼みましたよ」
「わかってるって……ってあーちょっと待って。そこの白髪の子……えーっと、ブランくん? で合っているのかな? 君達4人はちょっと残ってほしいんだ」
報告は終わったらしく、オリヴァーたちが立ち上がる。オレ達もそれに続こうとすると、ギルマスに止められた。
正直もうすぐにでも去りたい気分ではあるが、名指しで止められた以上残らないわけにはいかない。座るよう勧めるしぐさに、仕方なくオレは中央席に腰を掛けた。続いてユズハが右に、ラピスが左に。ディナは相変わらずラピスの膝の上である。
「さて、自己紹介がまだだったね。僕の名前はネブラ・ロートス。見ての通りエルフで、こんな辺境の地のしがないギルドマスターさ」
「あ、どうもご丁寧に。冒険者でも何でもないブランです」
やられたらやり返す。これも日本人の性か……
「初めまして、ブラン様の配下、ラピスラズリと申します」
「同じく、ユズハっす」
「ディナだよ! スライムやってるよ!」
ちょ! ディナ! 今は敵前も同然なのにそこまでばらしちゃダメだろ! いや警戒しているのはオレ一人だから仕方ないかもしれんか……
「あー! そういうことね! どうも君ら亜人らしくないと思っていたんだけど、スライムか! それなら納得だよ!」
……亜人らしくない? このギルマス、オレ達の正体を見破る何かを持っているのか?
「いや、でもブランくんはいったい何者なんだい? スライムとも違うし、というか体のつくりが根本的に違うし……と、やだなあブランくん。そんなに警戒しないでよ」
無理です。もう警戒心バリバリだわ。少なくとも魔力に怪しい動きがあった瞬間首を狙いかねないほどに警戒してるわ。
「ほら、今ものぞき見してるしさ……気に障るようなこと何かしたかなあ?」
首をひねるネブラ。その要領を掴めない感じの態度に警戒してるんだよ……
「あはは、冗談だよ。反応が面白かったからつい、ね。ちゃんとネタばらしはするから、そろそろ警戒といてほしいなあ?」
ケラケラと笑うネブラ。なんだろう……オレ、このギルマスとはうまくやっていけない気がする。
ふいにネブラの手が動き、目元を隠していたエメラルドグリーンの前髪がかきあげられる。
「魔眼、ってわかるかい?」
現れたのは青い双眸。ただしその右の瞳には幾何学的な模様が浮かんでおり、うっすらと光を発していた。
「まあ、一応」
視ることに関係した特殊能力が宿った眼。それがオレの魔眼に対する認識である。もちろんファンタジー由来の認識であるためこの世界で正しいかは知らないが、少なくともネブラに聞こうとは思わなかった。嘘をつかれるかもしれない。
(問題ありません。おおむねあっています)
「なら話が早い。オリヴァーたちの報告書の中には君たちのことも書いてあってね、非常に知識が偏っているって書いてあったから少し心配だったのよ」
非常に知識が偏ってる……全くその通りだから否定できねえ。
「まあそれで僕の魔眼なんだけど、この眼には魔力を視るという能力があるんだ。君と同じく、ね」
無言でオレは魔力を操作。本当に見えているのなら、今オレがなんて書いたのかもわかるはずだ。
「うん? 何々……本当か? もうこれで分かったんじゃないかな」
「……そうだな、よくわかったよ」
ひとまず警戒心を緩める。
だが、これで納得した。確かに魔力が視えるんならオレ達の正体に気付くのもうなずける。ディナ達は元が人間体じゃない分魔力の流れが違うし、オレはそもそも魔力と魔素の塊なのだ。視る人が視れば一発で分かる。
「覗いているのはお互い様だったってわけですか」
「そゆこと♪ にしても君、器用なことするねえ」
覗きはばれないように、か……確かにオレにはバレなかったな。
「いや、でもそしたら一体どうやってオレの覗きに気づいたんです?」
「それは話すと長くなるから端折るけど、魔力を視るって行為はね、周囲の魔力にわずかな影響を及ぼすんだよ」
「わずかな影響?」
「そうだねえ。揺らぎというか波というか、そんなものが見えているね」
そういわれ、オレはネブラを注視する。すつと確かにネブラの右目の周辺の魔力が、ギリギリわかるかどうかといった程度にわずかに揺らいでいるのが視えた。
「確認は終わったかい?」
「……よくこんなわずかなものが視えますね……」
正直、言われない限りずっと気づかないでいただろう。
「まあ、僕の眼は特別だからね。肉眼で見える範囲しか視えないけど、その分君たちと比べてかなり精密に視ることができるんだよ」
君たち……ということは今までにも魔力感知を使える人間に会ったことが何回もあるのだろう。
「実力がある程度まで達するとね、多かれ少なかれだいたいの人が魔力を感知できるようになるよ」
へえ。それは初耳。
「さて、ブラン君。君の疑問は解決したから、そろそろ僕の疑問にも答えてくれないかなあ?」
「オレが何者か、ってやつですか?」
コクリと頷くネブラ。その様子は、新しいものに好奇心を向ける見た目相応の子供のようにしか見えなかった。
「といわれましても……正体も何もないですよ」
種族ないし。元人間っていうことはまだ伏せておこう。
「本当なの?」
「本当ですよ」
魔法陣の瞳が、一直線にオレに向けられる。しばらく見つめあったあと、ふいにネブラは笑った。蛇が獲物を見つけたときのような、口の端が吊り上がった笑み。
「……いいねえ、ますます興味がわいてきたよ」
「……
マジでこの
「それで、俺たちへの用はまだありますか? なければそろそろオリヴァーたちのところへ戻りたいのですが」
「まあ、待ちなよ。これだけなわけないでしょ? 今までのはちょっとした雑談だよ」
全然ちょっとしていない気がするのだが……そういわれたら去るわけにもいかない。おとなしくオレは座ったまま、先を促した。
「オリヴァーくんたちに頼まれていてね。君たちにいろいろと手助けをしてほしいって」
「オリヴァーたちが?」
オレの問いに、ネブラは頷いた。
……正直ありがたいけど、少し疑問が残る。なんでオリヴァーたちはそこまで手を焼いてくれるんだ?
「長い付き合いだからわかるけど、彼らって世話焼きさんの集まりなんだよ。君たちが心配なんだろうね」
「……それで引き受けるギルマスって、実は結構暇なんですか?」
「あはは、手厳しいねえ」
一本取られた、という風にネブラは自分の頭を軽くたたく。
「さっき言った通り長い付き合いだからねえ。……それに、彼らには借りがあってね。新人一人を相手とるだけでチャラにしてくれるのなら楽なもんだよ」
おいおいマジかよ……依頼の報酬、こっそりと増やしておこう。五割くらい。
「ところでさ、引き受けてなんだけど……手助けって、具体的に何をすればいいのかな?」
「……さあ?」
来たばっかりだし、特に何かに困ってるわけでもないし。
「うーん…………あ、そうだ! 君たちの冒険者ランクを一気に6くらいまで上げるってのはどうかな?」
「遠慮願います」
6ってオリヴァーたちの1個下じゃねーか。いきなりそこまで上げられても面倒ごとが起きる未来しか見えない。具体的に言うとこんなガキが俺よりランクが高いはずがない! 的な
「えー……そしたら、どんなことがいいのさ」
「どんなことって言われましても……」
正直、今は特に必要ないんだよな。普通に冒険者になって普通に活動していくつもりだし。
いや、そうだな。
「……それじゃあ、少し教えてほしいことがあるんですけど」
「なんだい? 僕の年齢かい?」
「違いますよ。少し気にはなりますが……エインズ王国の勇者について、何か情報はありますか?」
オリヴァーたちは当たり障りない噂程度しか知らなかった。が、ギルマスっていう地位についているネブラであれば、より詳しい情報を知っているかもしれない。
オレの問いに、ネブラの目が細められる。
「へえ、なんでそんなこと聞くのか非常に気になるけど……そうだねえ、ある程度なら情報はあるよ?」
「――と、僕が知っているのはこれくらいだけど……その表情を見るに、あまり役に立たないようだね」
残念ながらオリヴァーに聞いた噂が多少付け加えられた程度のものであった。いくら国境のない冒険者ギルドでも、敵対状態だと情報も行き通いにくいのだろう。
「いえ、そうでもないですね」
ただまあ、一つだけ収穫はあった。曰く、今広まっている噂はエインズからやってきた冒険者がソースとなっているようで、その彼は直に勇者を見たことがあるとのこと。つまり、幼馴染の2人は今も元気にやっているということが確認できたと言っていい。
「それじゃあ、他に何かあるかい? 多分今日を逃したら、しばらくの間は暇ができないよ僕」
「いえ、これだけで十分です」
オレがそういうと、ネブラは少し残念そうに笑う。
「そうかい……それじゃあ、何かあったらまた来るといいよ。君の正体もすごい気になるし」
「だから正体も何もないんですけど」
つかみどころがないしいろいろと怖いが、何かあったら頼らせてもらう程度には信用してもいいだろう。上手くやっていける自信はまったくないが。
「それじゃあ、失礼します……ディナ、ユズハ」
長々と話していたから飽きたのだろう。寝ている二人を起こし、椅子から立ち上がる。
扉から出たとき、ふとネブラが口を開いた。
「ちなみに僕の年齢は永遠の11歳だよ☆」
オレは無言で扉を閉めた。
「ジョークはお嫌いなのかねえ?」
ブランが去った扉を眺めながら、ネブラはそうつぶやく。その手にはいつの間に淹れたのか、一杯のコーヒーが湯気を立てていた。
実に面白い。ここまで興味をそそられたのは、一体何年ぶりなのだろうか。
「2種類の魔力……生物の域からはみ出たような身体構造……」
300年余り生きているネブラ。すべてを知っているとも思っていないし、すべてを見通せるとも思ったことはない。知れば知るほど、より多くの未知をも知ってきた。
しかしここまで巨大な未知は、生まれて初めてだろう。
「……一回解剖させてくれないかな?」
ブランはきっとさせてくれないし、例えしたところで理解できる自信もないが。
「それに、覚醒者、ね。……面と会うのは『彼』以来かな?」
それも数十年前の話。今彼がどこで何をやっているのか見当もつかない。が、生きてはいるだろう。『彼』が死ぬなんて、不可能だと思える話だ
「それにしてもブラン君も対外だけど……ユズハ君にディナ君。2人も対外だよねえ」
人間の姿になった魔物はいることにはいる。が、それらはどれも強力無比な魔物で、スライムなどという最弱層が人間の姿になるなんて想像もつかなかった。いったいどういう経緯がそこにあったのか……
ネブラが楽しく想像を張り巡らしていると、扉がノックされる。どうやら自由時間も終わりらしい。
飲み終えたコーヒーカップを消すのと同時に、ネブラの秘書が大量の書類を抱えて入ってきた。
「あ、ブラン君。こっちよこっち」
階下に降りると、オリヴァーたちは酒場で食事をとっていた。
「悪い、待たせたみたいだな」
「大丈夫よ。時間的にもちょうどよかったしね」
8人席の丸テーブルの余っている席に座る。
「ブラン君たちも何か食べたらどうだい? 別に急いでいるわけじゃあないから、気にしないでいいよ」
「いや、オレらお金持ってないんだが」
「私たちが払うわ」
おおう。アンナさん太っ腹だ。流石パーティの財布握っているだけある。だが……
「え!? いいの!?」
「最近味ない肉ばっかで飽き飽きしてるんすよね……腹いっぱい食っていいんすね?!」
この大食い2人の前で絶対に言っちゃいけない言葉ですよ……
「え? い、いやー、なんていうかその……」
「お前らなあ……一食分だけにしろ」
奢ってもらうことは機会があるときに返せばいいから問題じゃあない。けど破産させる勢いで食うのはマジでまずいから。
「うー、わかったよ」
「あ、なら私も一つ頼んでも? 外での食事は覚えていないほど久しぶりですし、少し気になりますね」
「いいよいいよ。全然問題ないわ!」
破産の危機を回避できて、アンナは非常にうれしそうである。それからトークはどの料理がおいしいかというものに変わっていった。
「ところで、ブランくんは食べないのかい?」
「うん? いや……もう決めた」
壁に貼られたメニューをちらっと見たときに、非常に興味をそそられる文字列があったのだ。それが見えたからには、もう他の奴なんて眼中に入らん。
「早いなあ。他のはいいのかい?」
「ああ。今は無性にアレが食いたい」
味が同じじゃない可能性もあるが、それはそれで面白そうだ。
「じゃあ、もうみんな決定ね! すみませーん!」
どうやらあちらも決まったようで、アンナが店員を呼ぶとパパッと注文を済ませる。
そして十分後、料理がやってきた。
「ほえええ」
「……こりゃあ、思ったより食べごたえがありそうすね」
それぞれの前に、注文品が置かれる。
ディナの前に置かれたのはラーメンを入れるような大きなどんぶりだ。ただしそこに詰まっているのは麺ではなく白いスープとさいころに切られた肉や野菜、とどのつまりどんぶりいっぱいのシチューである。セットなのかでかい黒パンも付いていた。
「ユズハ! 足一本ちょうだい!」
「んじゃ、代わりにいくらか肉くれっす」
もちろんユズハの足じゃない。ユズハの前に置かれている鶏の丸焼きのことだ。おそらく、というか絶対ただの鶏を焼いたものではない。全長1メートルはあろうそれは、確かに食べごたえ満点だろう。
いただきますも何もなしに2人は食べ始める。世界が違うので咎める人などどこにもいない。
「……ラピスちゃん結構がっつり食うのね」
ちなみにラピスが頼んだのはステーキだ。しかも肉厚。草食そうに見えて、ラピスは結構肉食なのだ。
「そうですか? 村じゃみんなこれくらい食べていましたよ? ……ところでブラン様、それ、なんですか?」
ラピスがオレの前の皿を指しながら聞いてきた。まあ確かに、この料理はある意味異色なので、不思議がるのも仕方ない。
「これか? ……これはな、焼きそばパンだ!」
エコーがかかったように、オレの声は酒場内に響き渡る。
焼きそばパン。主食に主食を掛け合わせたそれは、中学時代からお世話になっていたため一番親しみのある食べ物といってもいい。なんせ高カロリー低値段と、コスパがとてもいいのだ。小遣いをほとんど渡されなかったので、焼きそばパンで昼食代を節約して自分のことに使っていたのが懐かしい。
焼きそばがこぼれないように持ち上げ、一口齧り付く。途端にソースの味が口の中に広がり、同時に含んだ黒パンに絡みつく。
「……うまい……」
思わずつぶやきがこぼれる。細かい差異はあったものの一年以上ぶりの故郷の味だ。これを開発した人間には感謝しても感謝しきれないだろう。それにしても再現度たけーなオイ。
「そういえばその料理、なんでも冒険者ギルドの創始者が広めたっていう言い伝えがあったっけ。本当かどうかは誰もわからないけど」
ギルドの創始者……三千年前の勇者か! なるほど、その勇者はきっと日本人だったに違いない!
大きめの焼きそばパンはあっという間に消えてなくなる。もう一つ食べたいという欲もあったが、3個、4個と続きそうだったのでやめておいた。
他の3人もすぐに食事を終えた。が、おかわりを頼もうとするディナをどうにか止めようと四苦八苦していたその時――
「おいおい、こりゃあいったいどういうことだ? ここはてめえらみてーなガキが来るところじゃあねーぞ?」
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