翌日。
報酬のこともあるので、今日は依頼は受けなくてもいだろう。
そう考えオレは昼頃まで宿で時間を潰し、一人で冒険者ギルドへと向かう。
ギルドに入って最初に見えたのは、受付に突っ伏して居眠りするレヴィの姿だった。
(またかよ……)
そう思いつつも、起こすべく彼女の身体を揺らす。が、返事がない。ただのレヴィのようだ。
(どうしたものか)
他の受付口に人はいない。なのでレヴィに起きてもらわないと困るんだが……
そういえば、とオレは初日の、オリヴァー流のレヴィの起こし方を思い出す。悪戯心が沸き、ちょっと試してみることにした。
「レヴィ、ギルマスが来るぞ」
「ひい!?」
同じように耳元で囁いてみると、バッタの如き速さで彼女の頭が跳ね上がった。
「ごめんなさいあまりにも暇だったからついでも人が全然来ないのも悪――あれ?ブラン?」
ひどくデジャブなその様子に、つい笑いが込みあがってくる。
「くく……レヴィ、おはよう」
「……ねえブラン、なんでその起こし方知ってるのよ」
「いやまあ、見たことがあるから?」
「……そういえばそうだった」
ため息を吐き、背伸びをするレヴィ。
「あれ?他のみんなは?」
「報酬を受け取るだけだし、オレ1人で十分だと思って連れてきてない。それで、清算は終わったのか?」
「もちろん。私が寝るのって、仕事がなくて暇だからよ」
ふーん……サボり魔ってわけじゃないのか。
「えーっと、確か……あったあった」
引き出しがあるのだろう、レヴィが机の下から1枚の、びっしりと書き込まれた書類を取り出す。
「かいつまんで言うと……まずゴブリン306匹で大銀貨3枚銅貨6枚、ゴブリンジェネラル4匹で大銀貨1枚銀貨2枚、クイーンゴブリナ1匹で大銀貨3枚……ねえブラン、ゴブリンの群れでも殲滅してきたの?」
「群れというか、でかい巣を発見したから、それを潰しただけだ」
「……できれば報告が欲しかったね。潰したとしても、そこに別の魔物が住み込む可能性もあるから看過できない情報なのよ」
それもそうか。完全に失念してたな。
「まあ、それは後で調査依頼が出るとして」
「依頼が出るのか? 情報が要るんだったらオレが話せるけど」
「ギルドとしては他にもいろいろと欲しい情報もあるしね、こうして依頼にすることにも意味があるのよ。でも、場所を教えてくれると依頼がスムーズになるかな」
「了解」
オレが頷くと、レヴィは白紙の紙を机上に取り出す。
「方角と、だいたいの距離。あと巣の特徴をお願い」
「方角は森の入り口から北北東、距離はだいたい2キロメートル、ってところかな。結構低い崖に空いた洞窟が巣だから、そんなに見つけにくくはないはず」
「ほい……っと、ありがとね。それじゃ、次はワームの方だけど……依頼上五匹目からは少し安くなっちゃうんだよね。11匹で合計金貨4枚大銀貨4枚、核も合わせたら金貨5枚と大銀貨5枚、。肉は使い道がないから買い取るのは無理かな」
「あ、すまん。できれば核は売りたくないんだが。あと肉も欲しい」
オレがそう言うと、レヴィはきょとんと首をかしげる。
「肉はあの子たちがいるからわかるけど……核も?」
「個人的に使い道があるんだ」
「……詮索するのはマナー違反だから聞かないけど、そうね……できれば売ってほしいけど、本人が言うのなら従うしかないわ」
ちなみに核は魔道具――地球で言う電化製品の、動力が魔力に代わったようなもの――の燃料になる。ゴブリンのような小さなものでも、日常生活に必要なものである以上ギルドとしては欲しいのだろう。
だけどよかった。理由を説明しろってなったりしたら実演するしかなかったし……魔力が化け物級に多い今でも、増やせるときに増やすべきだろう。
「じゃあ……ワームの皮から解体費用を抜いて、合計金貨5枚といったところね」
ということは解体費が約5万円……うっわ、滅茶苦茶高いな。時間なかったからあのまま渡したけど、これからはちゃんと解体しよう。
「合計で……金貨5枚、大銀貨7枚、銀貨8枚と銅貨6枚。普通のランク四冒険者が1ヶ月でやっと稼げる額くらいあるじゃない」
へえ……何気に冒険者、月収高いな。いや、武器とかそういうのにお金を使う必要があると考えたら妥当か?
「素材とかは倉庫にあるけど、今もう回収しちゃうかしら?」
「そうだな、できるのなら早めがいい」
アイテムボックスにしまっちゃえば腐らなくなる。基本的に何でも食べるうちのスライムたちだけど、腐ったものはあまり好きじゃないとのことだ。
レヴィとともに倉庫に赴くと、解体されたワームが部位別に綺麗に積み上げられている。オレはその中から肉を回収すると、別の部屋からレヴィが2つの麻袋を重そうに抱えてきた。
「これがワームの核で、これが報酬金よ。一応確認しておいてね」
「いや、大丈夫だ」
レヴィから麻袋を受け取り、核は直接、金銭は財布にしまってからアイテムボックスに収納。別に不用心なわけではない、ちゃんと視て確認済みだ。
「それじゃあ、オレはこれで」
「あ、ブラン待って、まだ帰らないで」
用事が済んだことだしオレが帰ろうとすると、レヴィに引き留められた。
「実はブラン達に対してギルマスの呼び出しがかかってて、用事とかがないんだったら今から行ってほしいんだけど……」
えー……なんでまた。正直会いたくないから行きたくないんだけど。
だけど一応上の立場の人だし、重要な話の可能性もあるから行かないわけにもいかない。
渋々とオレは頷き、レヴィの案内に従い最上階の執務室へ。
ノックすると、中からネブラの「どうぞー」という声が帰ってくる。
「お? やあやあブラン君、こんなに早く来てくれるとはねえ」
「……どうも、ギルドマスター」
オレを視界に入れた瞬間、ネブラは少年みたいな笑顔を浮かべる。この人どんだけオレのこと好きなんだよ。
「結構急だからお茶とかは出せないけど……あ、レヴィちゃんご苦労様。居眠りしていたことは今回は見逃すよ」
驚きに言葉を失うレヴィを放置し、執務机からソファへと移ったネブラが手招きする。
「ギルドマスター、今日はどんな用で?」
「簡単に言うと、一昨日の事件に関することだよ」
一昨日の事件?
記憶を探ってみるも、少なくともオレの関与したことに心当たりはない。
「ほら、アンジェリーナ君の店をごろつきたちが襲撃したじゃん」
……あ! そういえばそんなこともあったな。すっかり忘れてた。
「あれの調査が今朝方終わってね、君も関係者だから、報告する必要があるんだよ」
「はあ」
「随分と興味がなさそうだねえ」
実際、正直なところどうでもいい。どうでもいいからこそ忘れていたし、なんでオレを狙ったかという疑問にもある程度の予想はついている。
だけどこうやって呼び出された以上、話を聞くしかないだろう。
「それで、あいつらは結局何だったんですか?」
「せっかちだねえ……ただ残念ながら、それは僕からは教えられない、というか知らない話なんだよね」
はい? じゃあなんでわざわざオレを呼んだんだ?
訝しむ視線を向けても、ネブラはにやにやと笑ったまま。
「というわけでブラン君、今から衛兵所に行くよ」
都市アデゥラル北西部。
冒険者ギルドとは貴族街を挟んで正反対側の地区。そこには役所や衛兵所といった、政治的治安的な機関が集まる地区だ。そのため商業区が一番賑わう昼頃であっても、北西地区には人通りが多くない。
ただ、多くないというのはつまりいないわけではもちろんなく、そしてその少ない人は今、そろって奇異の視線を向けている。
言わずもがな、オレ達に対してだ。特にどう見ても子供なネブラは、ただの迷子に間違えられそうである。
ただ、職業柄視線には慣れているのだろう、特に気にするようなこともなく、オレ達は衛兵所にたどり着く。
装飾の「そ」の字もない、石積みの無骨な建物だ。どこか砦の様にも見えるが、役割的にあながち間違いでもないと思う。
「ん? ネブラさんじゃあないか」
扉の横に立つ警備の兵が、とことこと近づくネブラに話しかける。どうやら顔見知りのようだ。
「やあ、久しぶり。一昨日の件で来たんだけど、入ってもいいのかな?」
「ああ、もちろん……と、そっちのが?」
軽くネブラとあいさつを交わし、警備兵はオレに目を向けた。
「そうだよ、僕のお気に入りのブラン君。最近冒険者になったばかりだけど、かなりの実力者だよー」
衛兵所の入り口に手をかけたネブラが、そう言い残しながら中へと入っている。
おいちょっと待て、なんだよお気に入りって初耳だしめっちゃ嫌なんだけど。
不穏な言葉とともに暴露されたオレの名前を聞いて、警備兵が少し眉を顰める。
「ブラン……ってまさか、決闘でヴァインの奴らを一方的に叩きのめした期待の新人って言われてるあの!?」
疑い半分驚き半分に警備兵はこちらをまじまじと見る。どうやら決闘の件は、すでに冒険者間だけでなく町中にも広まっていたようだ。
……つくづく不思議なんだが、オレの容姿についての噂は何故一緒に広まったりしないのか。
そんな微妙な心情が表情に出ていたのだろう、衛兵ははっとしたように首を振り、咳ばらいを一つ。
「し、失礼。あまり女性をじろじろと見るものではないな」
違うんだよなあ……
「一応、こんな見た目でもオレは男ですので……気にしないでください」
「ブランくーん、受付済んだから、そろそろ行くよー」
無駄だろうなと諦めながら訂正するとほぼ同時に、開け放された扉の奥からネブラが戻ってくる。
「それじゃ、失礼します」
これ幸いにとオレは衛兵に軽く会釈し、あんぐりと口を開ける彼をおいて建物内へと入っていった。
衛兵所内は非常に簡素な作りだ。通路には装飾など何もなく、石敷きの廊下も窓ガラスの代わりの鉄格子もただただ機能性を重視したもの。
ネブラの先導に従い、3番と書かれた札の下げられた部屋に入る。
室内にあったのはシンプルな長方形の机と、それを挟み込むように3つずつ並べられたこれまた質素な椅子。
「ブラン君はそっちね」
ネブラはそのうちの入り口から遠いほうを指さし、自分は壁際にポンと置かれた椅子に腰かけた。
……なんだろう、何をどう見ても、取調室とかそんなのに見えるんだけど。
「……捜査の結果を聞きに来てるんですよね?」
「そうだけど、どうかしたの?」
「いや、まあ……なんでもないです」
不思議そうに首をかしげるが、オレは言葉を濁す。きっと地球の知識があるがゆえに、感覚がずれているだけなのだろう。
ネブラは壁際の椅子に腰かけると、どこからともなく対象の書類を取り出し、床に積み上げていく。
視たところ、収納魔法の効果を持つ魔道具のようだ。非常に珍しいものだと聞いたことはあるが、ネブラなら持っていてもおかしくはない。
「ところで、いつくらいに始まるんですか?」
「そうだねぇ……多分だけど、少し待つことになるとは思うね」
書類から目を離さずに少し考えるそぶりを見せ、ネブラはそう答えた。
正直なところさっさと話だけ聞いて、それですぐに帰りたいところであるが……役所仕事は時間がかかるものだしな。
暇つぶしがてらに、衛兵所内を少し観察してみる。3階……2階……どうやら、衛兵所は全然繁盛していない模様。多分、1時間も待たなくてよさそうだ。
1階に視界を移したところで、上がる階段とは別のところに地下への階段を発見する。覗いてみると、地下階は牢屋だった。
10人程度が入る牢が4つ。内2つには囚人が入れられており、またその人数は片方が11人でもう片方が5人。11人の方が店を襲撃した奴らだろう、残念ながら覚えていないが。
(……ん?)
視界を地下2階に降ろすと、既視感のあるやつらを発見する。
地下1階とは違う12個の独房の中に四人、ヴァインたちと、その取り巻きABCだ。
そういえば、ポルコ商会の高級品を盗んだっていう疑いがかかってたんだっけか。冤罪の可能性もあるって話だったけど、結局今こいつらはどういう状況なんだ?
「ギルドマスター、ちょっと聞きたいんですけど」
「うん? ヴァインたちのことかい?」
「……人の心読まないで下さい」
なに? 実はアラクネのハーフだったりするの? もしくは妖怪?
「このタイミングだからそれかなって思ったけど、大当たりみたいだね」
「それで、教えてくれるんですか?」
「反応が冷たいなあ……うーん、そうだね、ブラン君も関係あることだし教えてもいいかな」
書類から目を離し、こちらを向く。
「彼らの罪状は窃盗。普通ならもっと軽いけど、今回のは物が物だったから彼らは懲役奴隷行だよ。期間は30年」
懲役奴隷。言葉通り期間限定の奴隷のことだ。
「30年って、長くないですか?」
「恐ろしく高価なものだったからね。むしろ、彼らが終身奴隷になっても全額弁償できないから短いくらいだよ。盗品大破しちゃったし」
ちなみにアデゥラルに限っていえば、奴隷は懲役奴隷、終身奴隷、身売り奴隷の3つに分けられる。終身奴隷も言葉通り一生奴隷な奴隷を指し、また懲役奴隷と終身奴隷は一般的に犯罪奴隷とも呼ばれている。
「あの、その盗品破壊したのオレ達なんですけど……」
「大丈夫、ブラン君たちが責任に問われることはないよ。ただ申し訳ないんだけど、犯罪を犯した以上は僕の管轄外になるから、決闘勝者の権利が無くなっちゃうんだよね」
「権利って、何でも言うことを聞かせられるってやつですか?」
オレの確認に頷きが返ってくる。
なんだ、そんなことか。
「かまいませんよ。思いっきりぶっ飛ばせたからすっきりしたし、奴隷落ちする予定ならギルドでまた絡まれる心配もないから正直要求なんてないんですよ」
というかこれ以上関わりたくない。あんな
「君ならそう言うと思ってたよ」
そういって、ネブラは書類に視線を落とす。それが終了の合図となり、ただひたすらに暇な待機時間が帰ってきた。
そして、時間は2時間ほど過ぎていった。
……遅い、いくら何でも遅すぎる。
役所仕事が長くなることはよく知っている。だけど人があふれかえってるわけでもないのに、一体何が原因でここまで待たせるのだろうか。
「……ギルドマスター、これ、遅くないですか?」
「うーん……普通だったらこんなに遅くはないはずだけど……」
ネブラに聞いたらこう返ってきたから、オレの感覚がずれているというわけでもなさそうだ。
(オレ達がこうして待ってる間に何か事件でも起きたのか?)
だが魔力感知で衛兵所内を探っても、2時間前同じく穏やかな様子だ。
理由のわからない時間の浪費に、わずかばかりの不満といらだちを覚える。
ここからまた1時間とか待たされたら、絶対に文句を言う自信があるな。
だが幸いというべきか、少しばかり待ったところで室外から、近づいてくるような足音が響いてきた。
やっと来てくれたか。ぼーっと上に向けていた視線を扉の方に向けるのと同時に、勢いよく扉が引き開かれる。
そしてその向こうに立っていた人物を認識すると、オレはしばらくの間――具体的に言うと、その人物が口を開くまでの間、一切の思考が停止してしまった。
引き締まった筋肉に張り付いているような衣服、堀の深い厳つい容貌にはどっかの狩猟民族が如き分厚いメイクが施されており、また衣服の上には飛び散るように赤い斑点の付いた、ピンクの可愛らしいエプロンが。
間違いない、というか見間違えることなど絶対にありえない。
元ランク8冒険者、そしてアデゥラルの町の
「ごめんなさい。待たせてしまって」
艶めかしさが混ざった重低音に思考は再稼働を始めるも、脳内をぐるぐると回るのは
「君がここまで送れるってのは珍しいね。何かあったの?」
「ちょっと食材を切らしちゃって、この季節じゃなかなか見つからないのだったから探すのが大変だったのよ」
オレの心内など知る由もなく、ネブラとアンジェリーナは言葉を交わす。
「ブランちゃんホントごめんねぇ。退屈だったわよね」
「い、いや全然!大丈夫でしたから気にしないでください!」
慌てて否定すると、「あとでお詫びするから、それでお相子にして頂戴♡」とアンジェリーナがウィンク。
なんだろう。アンジェリーナさんがものすごいいい人なのは知ってるんだけど、第六感が覚悟しろって訴えてきてる気がするんだが。
だが不思議なことに、今のウィンクがどう作用したのかわからないが、思考がかなり落ち着いてきていた。
とりあえず左に一個椅子を移動しながら、オレはネブラに魔力で囁く。
『なんでアンジェリーナさんがここにいるんですか?』
『そりゃあ、襲撃があったのは彼の店だし実質襲われたのは彼なんだから、被害者として呼ばれるのは当然だよ』
あ、確かにそういわれてみればそうか。
どうやら落ち着いてきたとはいっても、正常運転には戻ってなかったようだ。
『ところで、なんでブラン君はそんなにアンジェを苦手にしているんだい?今もこうして彼にわからないようにしてるし』
『苦手っていうか……うん、苦手か』
奇抜すぎるというか、そこが見えないっていうか……意識の外からフルスイングでぶん殴られる、といえば一番しっくりくるだろうか。
『アンジェも昔は違ったんだけどねえ。こうなったときは、流石に僕も驚いちゃったよ』
『え、なにそれものすごく気になるんですけど』
『残念だけど、僕は教えないよ。知りたいのなら本人に聞くといい』
『苦手、って言った後にそういうのはずるいと思います』
オレ達がそんな風に内緒話をしていると、再びノックが鳴らされる。
「失礼する」
入ってきたのは衛兵所の職員男女2人。キリッとした雰囲気の男性に、後ろの女性は何やら分厚い冊子を抱えている。
「待たせてしまったようで申し訳ない。早速事情徴収を始めたいのだが……君が、ブランで間違いないのか?」
案の定、2人はオレを見た途端に首をかしげる。そういう反応はもう何度もされているし自覚があるから気にならないけど、逆にオレは彼らのその前の言葉に疑問を感じていた。
「そうですけど……事情徴収? あ、これ冒険者証です」
ユースティが衛兵を呼んできたときに、発音練習を中断して一回済ませたはずなんだが……
「……本当に本人なのか……ああ、私はマルコという。といっても、事実確認程度のものだな。変に気負いすることはない」
オレの掲げた冒険者証を確認して、マルコがそう答える。
なんだよかった、なんかの間違いでオレ達が疑われてるとか、そういうことじゃなかったか。部屋の内装も内装だったし。
「本人の確認もできたし、早速始めようか」
「あら?衛兵さん。私とギルドマスターは確認しないのかしらん?」
オレ達の対面に腰かける2人に、アンジェリーナが腕組みしながら聞く。
「いや、なんというか……貴方たちは有名過ぎて、間違えることなんて絶対にないから必要がないんだ」
「そんな有名人なんて、照れるねぇ」
「随分とうれしいことを言ってくれるじゃないの。お姉さんうれしいわ」
完全に意味をはき違えている2人の様子に、職員2人の口元が固まる。
……その気持ち、ものすごくわかります。
きっとオレも、彼らと同じ表情をしていただろう。
さて、肝心な事情徴収の中身だが、マルコの言った通り事実の確認のみだけで5分もしないうちに終わった。
「ふむ、記述内容と相違ないようだ……時間を取ることになってすまない、協力感謝する」
もちろん、なんの問題もなく。
「それではこちらの調査の結果なのだが……ジェシカ」
「かしこまりました」
部屋に来てから一度もしゃべっていなかった女性職員――ジェシカが、マルコの呼びかけに答えて初めて口を開く。
「あなた方を襲った男たちは全員が元冒険者、そして現在はスラム街に根を張っている者たちです。容疑については肯定しており、また尋問の結果動機は『敬愛する兄貴分がブランという冒険者との決闘に敗北し、そのせいで捕まったので仕返しをしようと店を襲った』というものであると判明しました」
オレのせいで捕まった兄貴分……もしかして、ヴァインのことか? 捕まったかははっきりとは教えられてないけど、それ以外だとすると全く心当たりがないし。
というか、完全な逆恨みじゃねーか。
「以上が調査結果です。これを踏まえたうえでアンジェリーナさん、ブランさん、どのような刑罰を望みますか?」
「……うん?」
え、ちょっとギルドマスター? どういうことなのこれというか聞いてないんだけど。
「もしかして、ご存じないので?」
「……すみません、この街には来たばっかりでして」
「いえ、それでは仕方のないことですね」
少し恥ずかしさを感じながらもオレが頷くと、ジェシカはこの街の法について説明をしてくれた。
どうもこのアデュラルの町、というか実際のところ辺境地域では犯罪を犯した場合、その被害者が罪の重さと同程度までの刑罰を決めることができるらしい。例えば物を盗んだら、それと同程度のものを没収される、とか。ただ同程度って言ってもその基準はかなりあいまいだし、やりすぎってならない範囲なら基本的にはいいとのこと。また殺人、強姦は最低でも犯罪奴隷、死刑も十分にありうるのだそうだ。
まるでメソポタミア文明のハンムラビ法典だ。
「今回の場合ですと殺人未遂、ただし被害は極めて少ないので、腕を切るといった今後の生活に大きな影響の出る罰は不可能といったところでしょうか」
ふむふむ、なるほど……どうしよう。
被害を受けたわけじゃないし、すっかり忘れられる程度のことでしかなかったから、刑罰を決めろと言われても全然思いつかないんだよな。
「刑罰を望まない場合は、アンジェリーナさんかこちらに一任することも可能ですが……」
「ねえ、あなた。私を襲った子たちと会うことってできるかしら?」
ジェシカの提案にそれでいいかと思っていると、ふとアンジェリーナがそう切り出す。
「規則上は可能だが……」
「なら、お願いしてもいいかしら」
「……す、少しだけ待っていただきたい」
そう言い残し、マルコは一旦室外へと出ていく。その口元が若干引きつり気味だったのは、きっとアンジェリーナさんがウィンクしながら“お願い”したことに関係があるのだろう。
……これ、戻ってこないとか、そういうことはないよな?
だがそんなずれた心配はもちろん杞憂に終わる。おおよそ五分もしないうちに、鍵束を携えてマルコが戻ってきた。
「お待たせした。地下牢へ案内するので、私について来てくれ」
読んでいただきありがとうございます