階段を下りて、頑丈な鉄製の扉を開けて地下階へと入る。
地下牢という言葉は暗くてじめじめとしたものを連想させるが、実際は牢内の天井付近に鉄格子付きの狭い通気口があり、そこから日光も差し込むおかげで結構明るい。
「起きろ、お前らに話があるそうだ」
4つの牢の内右手前。マルコの言葉に、牢内の11人の男たちはオレ達に目を向ける。
「ひぃッ!?」
そしてアンジェリーナの存在を認めた途端、悲鳴が上がった。
「んもう!人の顔を見て叫ぶなんて失礼ね!」
プンプン! と口を尖らせるアンジェリーナに、男たちは慌てて壁際へと退避する。
過剰にも見える怯え具合だが、無理もないことだと思う。なんせなすすべもなく一方的にボコられた上に、ハグとかキスとかをされたやつもいるんだ。オレだったら一生もののトラウマになる。
「アンジェ、どうどう。怒ってないのはわかるけど、大声を出すと彼らが怯えちゃうから少し押さえてね」
「だらしないわねえ……ほら、私は何もしないから、こっちに来て頂戴」
なだめるようにアンジェリーナが手招きすると、恐る恐るといった挙動で数人が鉄格子のそばへと這ってくる。
「お、俺らに一体なんの用があるんだよ」
「……ちょっとお話があるだけよ。そんなに怖がられちゃお姉さん悲しいわ」
やれやれと、額に手を当てるアンジェリーナ。
「は、話? 衛兵どもに聞かれたことは全部正直に答えたってのに、まだ何かあんのか?」
「確かに一通りのことは彼らから聞いたけど、こういうのはやっぱり本人と話すのが一番なのよ。あなたたちが本当に嘘をついてないかどうかもわからないし、ね」
アンジェリーナのごつい掌が、おもむろにオレの肩へと乗せられる。
「さて、話してもらうわよ。あなたたちがこの子を襲った理由を、もう一度」
このとき男たちはやっと、アンジェリーナの横に立つオレの存在に気が付いたのだろう。「そうか……そいつがか……」と憎々し気にオレを睨むが、観念したように男たちは座りなおした。
アンジェリーナによるお話ことやんわりとした尋問だが、結果として収穫はほとんどない。せいぜいオレがヴァインの捕まった原因扱いされているのは、スラムが故の情報伝達の不完全性によるものだとわかったくらいで、彼らの口から吐き出されたものはジェシカの報告を多少脚色する程度のものだった。
「嘘は言ってないのね?」
アンジェリーナが凄んでも、彼らは何度もうなずくばかり。アンジェリーナへの怯え具合から考えれば嘘はつかなさそうなものだけど……
「うーん……なんか違和感があるわねえ」
尋問者は満足していない様子。腕を組み、5人組に対して眉をひそめている。
こんな時にラピスがいれば一発でわかるんだが…いない人に期待しても意味がない。
(ルシファー、お前なら嘘かどうかわかったりしないか?)
(残念ながら、私では不可能です。が、そのこととは関係性が薄いのですが、一つだけ不明瞭な点が)
ダメもとで相棒に聞いてみると、返ってきたのはそんな報告だ。
(不明瞭な点?)
(はい。なぜその男たちが、マスターの居場所を認知していたのか、という点です)
相棒にそういわれオレも気が付く。
確かに……こいつらはどこでオレの居場所を知っていたんだ?アンジェリーナさんの店に行くってことはせいぜいレヴィやユースティ、その他ギルド職員が知っているだろう程度だ。ギルド職員がそうぺらぺらと喋るようには思えないし、元冒険者とはいえスラム住人の彼らがギルドまで聞きに行くというのも少々考え難い。
バーに向かう途中のオレをたまたま発見し、尾行してきたという可能性はあるが……あんな人通りの少ないところでそんなことをすれば、ルシファーが感知しないわけがない。
じゃあ、誰かにオレ達の居場所に関する情報を与えられた? この場合はその情報源がどこから来たのかってなるが……
いや、グダグダ考えても仕方ないか。張本人たちが目の前にいるんだから、彼らに聞くのが一番手っ取り早い。
「なあ、一つ聞きたいんだが」
「あん? なんだ? 襲った理由は何度も話したろ?」
オレが口を開くと、アンジェリーナの時と比べ明らかに態度が高圧的なものへと変わる。実際のところオレは彼らとは戦ってないから、舐められるのも仕方ないのだが……なんかむかつく。
「……アンジェリーナさんの店に襲撃したとき、お前らはオレがいると知っていたようだけど、一体どこでそれを知ったんだ?」
努めて冷静に疑問を吐き出すと、明らかに男たちの様子がおかしくなる。一瞬前までの高圧的な態度が一変、受け答えする口がどもりだし、仲間たちと何度も視線を交わしていた。
……あっれー? こんなに露骨な反応が返ってくるなんて想像してなかったなー。まあ、絶対に誤魔化せないくらい露骨だから、何かあることは簡単に確信できたが。
「ど、どこで知ったも何も俺らは――」
「お姉さん、嘘をつく子にはお仕置きするのが一番って思ってるのよねえ」
「ひぃッ!?」
バキボキッ、ともはや骨を折ってるようにしか聞こえない音がアンジェリーナの指から発せられると、男たちは再び悲鳴を上げる。
「どうかしら。正直に話してくれれば、お姉さん何もしないわよ?」
「……」
だが男たちは怯えつつも口を割ろうとしない。漢女のお仕置きよりも、真実を話す方が彼らにとって不都合が大きいのだろうか。
まあ、だからと言ってアンジェリーナの脅しかけは終わったりしないけど。
「うーん。最近運動不足で、身体がなまってきちゃってるのよねえ」
「……」
「筋肉にもちょっとだけ柔らかさが出てきちゃったし」
「……」
「ねえ衛兵さん。これを開ける鍵って持っているのかしらん?」
「なっ……」
「いや、流石にそれは規則違反になるので開けることはできない」
「……」
「あらそう……まあ、これくらいの太さなら、簡単に曲げられるのよね」
「すみません! 実は雇われていたんです!」
鉄格子に手をかけるアンジェリーナに、ついに耐え切れなくなったのだろう。一人の男が綺麗に五体投地をしながらカミングアウト。
「ちょ、お前何ばらしてんだ! これじゃあ――」
「はーい、そこのあなた。ちゃんと話してくれたいい子なんだから、暴力を振っちゃだめよ?」
「は、はい!」
もちろん、脅しに耐えていた他の奴らに叩かれかけるが、アンジェリーナの一言で一瞬でおとなしくなった。
「それで、雇われてたってのは一体どういうことなのかしら?」
「――つまり、その仮面の男があなたたちをそそのかし、ブランちゃんたちを襲わせた、ってことでいいのかしら」
確認するアンジェリーナに、男たちは首を縦に振る。
男の話をまとめると、どうやら最初彼らはオレに怒りつつも、仕返ししようとは思っていなかったらしい。敬愛する兄貴ことヴァインを決闘で倒したという噂が流れていたおかげで、自分たちでは勝てないと半ば諦めていたとのこと。
だがそこに現れてきたのが仮面の男。そいつはスラムの男達の集まりに突然割り込んできたと思ったら、彼らの知りたがっていることについて詳しく教えた。
もっとも、『決闘の相手は卑怯な手を使った』『君たちの兄貴分が捕まっているのは、その相手がそう要求した』『ギルドの制止などもあったが構わず強行した』などといった完全に男たちを焚きつけるための嘘の情報。そしてそれを聞いて頭に血が昇る彼らに、男は提案をしたのだ。
『君たちの兄貴分を倒した冒険者――ブランという冒険者を誘拐して欲しい』
そういった旨の依頼とともに、男は金貨が50枚余り入った布袋を彼らに渡したらしい。『それは前金で、成功した暁には同じだけの金貨を払おう』とも付け加えて。
もちろん、日々の生活も苦しい彼らが大金を手に入れられ、そして仕返しもできるその依頼を断るはずもなく、詳しい事情も効かずに男の情報をもとにバーを襲撃。
その結果が、今に至るというわけだ。
「あなたたちがその男とあったのはいつ頃?」
「襲う2日前です。というより、やつの依頼を受けてから二日後にそのガ……子供の動きを伝えられたので襲いやした」
ふむ……やはりどうやってオレの行動を把握していたのかが気になるが……この様子じゃあこいつらは知ってなさそうか。
「念のために聞くが、お前らはその男について何か知っていたりするか?」
「ああ? 知るわけないだろ? 話ちゃんと聞いてたのか?」
……念のためって言ったよな?お前らは人の質問にもまともに答えられないのか?
思わずそう言い返したくなったが、すんでのところで何とか飲み込む。落ち着け、切れても何の得もないんだ。
と、オレが引きつりそうになる頬を押さえていると、ふとネブラが口を開いた。
「ねえ、ちょっと思ったことがあるんだけどさ。話がそれるかもしれないけど、言ってもいいかな?」
「ええ」
アンジェリーナが頷くのを確認すると、コホンとネブラが咳ばらいを一つ。
「もしかして君たちがそれを隠したがってたのって、釈放された後にまたブラン君を襲おうと考えてたり……やっぱり、図星のようだねぇ」
隠し事がばれたときと同じように露骨に目が泳ぎ回る男たち。
こいつら……アンジェリーナさんのフルボッコに懲りてないのかよ。
「まったく、無謀なことを企むものだねぇ君たちも。そもそも、君たちの刑すらも決まってないのに」
「く、こうやってバレたんじゃあやりたくてもできやせんよ。……バレなかったとしても、そいつのいるところじゃできねーが」
横目にアンジェリーナを一瞥しながら、男はそう吐き捨てる。
「うん? ……あー、そういえば君たちって、正しい情報を聞かされていないんだっけ」
何言ってるんだ? とネブラは首をひねるが、すぐに男たちの勘違いの理由を察した。
「正しい情報?俺らが嘘を教えられたっていうんですか?」
「まさにその通り。まず一つ訂正するとブラン君、ヴァインをぶっ倒すのに卑怯な手は一切使ってないよ」
楽しそうに目を細めるネブラと対照的に、信じられないという様子で男らの目は見開かれる。
「はぁ?! あんた、マジで言っているのか?」
「マジマジ。決闘の審判を務めた僕が言うんだから、嘘なわけないでしょ」
だがネブラのおちゃらけた言い方が悪いのか、男たちは半信半疑、いや七信三疑といったところだろう。オレを見るその目線は格下のものを見下すそれから、得体のしれない気味の悪いものを見るそれに代わっていた。
「僕を疑うかは君たちの自由だよ。だけど忠告を一つ。……彼らに今度喧嘩売ったら、確実に死ぬよ」
最後だけトーンが下がり、表情から笑いの消えたネブラに男たちは思わず唾を飲む。
……流石に殺しはしないんだけどなぁ。まあ、また喧嘩売られるのは面倒だし、脅しになってくれればいいか。
「あと、ヴァインが捕まったのも彼らのせいじゃないよ。彼らは君達同じく罪を犯したから捕まっただけ。そうでしょ?」
「え? ああ、その通りだ」
衛兵であるマルコの肯定によって、男らはこれが確実に嘘ではないと理解する。そして彼らの驚きの表情は、見る見るうちに神妙なものへと変化していった。
「なんだよ……結局俺らがやったことって意味のないことだったのかよ」
「……どういうことだ?」
思わずオレは聞き返してしまう。
「お前を捕まえたら、兄貴への要求を取り消してもうつもりだったんだよ」
「……意外だな。てっきり金だけかと」
「はっ。確かに金も欲しいがな……そんなもんより、俺らにとっては兄貴が重要なんだ」
卑屈めいた笑いを浮かべて、男はそうこぼす。不思議なことに、オレはそれが男の、牢内に座る全員の本心であることがすんなりと理解できた。
「そんで、まだ聞きてーことはありやすか?」
「いや、もうない」
「私もないわね。あなたたちの事情はよく分かったし……」
「なら、むち打ちでも奴隷行きでも、何でもさっさと刑罰を決めて下せえ」
殊勝な態度の男らに、ネブラは二、三度瞬きを繰り返す。
「随分と素直なんだねぇ。てっきりもうちょい抵抗してくるかと思っていたんだけど」
「こうなった以上、俺らにゃ何も出来やせんからね。牢に入っても結局兄貴とは会えずじまいだしよ」
「ふぅん……ま、ごねられたら時間が無駄になるだけだし、僕としては好ましいね。それでブラン君。どうするんだい?」
どうするって言われても……やっぱり、直接な被害が皆無だったせいか、話を聞いた後でも怒りとかが全く沸いてこない。
やっぱり、アンジェリーナさんに任せるのがよさそうだ。
「ま、そうだろうとは思ってたよ。アンジェ」
やれやれと肩をすくめ、ネブラはアンジェリーナへと視線を流す。
「そうねぇ……」
アンジェリーナはすぐには答えない。頬に手を当て、考えるようなしぐさで男たちを見下ろす。その細められた瞼の裏から覗く瞳には、まるで値踏みでもするかのような冷たさが宿っていた。
ごくり。
誰かが唾を飲む。やがて少しばかりの静寂の後、アンジェリーナはその口を開く。
「……じゃあしばらくの間、私の店で雇わせてもらおうかしら」
「「「「「「……へ?」」」」」」
「あら? もしかして嫌かしら?」
そう問いかけるアンジェリーナに、男たちは困惑の眼差しを向ける。
「えと……つまり、奴隷落ちってことですかい?」
「あらやだ違うわ、“雇う”って言ったのよ。奴隷みたいに不自由を課すつもりもないし、給料もだすわ」
「……マジですかい」
「あら? もしかして嫌だったかしら?」
一斉に男たちは首を横に振る。
「自分で言うのはおかしいんだろうが……軽すぎやしやせんか?」
「だって、好きに決めていいのよね? 前々からちょっと人手が欲しいって思ってたからちょうどいいのよ。今私の店は2人しかいなくて、買い出しとか大変なのよね」
呆然とする男達。そりゃそうだ、罰を与えられるとしか思っていなかったのに、舞い込んできたのは雇用要求。しかもその上――
「だ、だが俺はあんたをナイフで刺そうと……」
「気にしなくていいわ。少しだけ刺激的なアプローチだったわよん」
ぶるり、自ら名乗り出た男は身を震わす。
命を狙ってきた人間を自らの懐に招き入れる。そんなことができる人間は、果たしてどれほどいるのだろうか。
正直なところオレも驚いてるし、職員2人も口が半開きだ。ただ唯一ネブラだけは予想していたようである。
「じゃ、それで決定でいいかな?」
「ええ。……念のために確認するけど、問題ないわよね?」
職員二人に振り返り、アンジェリーナが尋ねる。
「あ、ああ。おそらく……ただ、前例がないので私たちだけでは刑期などの判断が……そもそも、刑になっているのだろうか」
「私としては3、4年は働いてほしいわねえ。その間ずっと私の監視下にいるわけなんだし、あなたたちとしても文句はないんじゃないかしら?」
「……なるほど」
マルコが納得の声を漏らす。
「彼らへの用事はもう済んだと考えていいですか?」
「そうだねえ、2人ともまだ何かあったりする?」
ネブラの問いかけにオレとアンジェリーナは首を横に振る。
「では、一旦先ほどの部屋へ戻りましょう。申し訳ありませんが、上の判断が下るまでお待ち願います」
「わかったわ……あ、あなたたち、私の店で働くからには覚悟してねん」
ウィンクとともに、男たちにそう言い残すアンジェリーナ。
何かを察したように震えあがる男たちを後に、ジェシカに案内に従って先ほどに取調室へと戻った。
「思ったよりも長くなっちゃったねぇ」
衛兵所から出ると、朱色の陽光が建物を照らす。
昼頃に冒険者ギルドに行ったことから、4時間以上衛兵所にいただろう。アンジェリーナの提案がマルコ達だけじゃあ判断できないと聞いたときはまた長くなるなと思ったが、やはり暇な日なのだろうか30分も待つことなく結果が帰ってきた。ちなみに何の問題なく許可は下りたが、やはり前例がないので手続きに数日必要とのこと。完了次第通達するということで、オレ達は解放されたのだった。
「ねえ、ブランちゃん。あなた達今日はまだ忙しいかしら?」
相変わらず一通りのない政務区を3人で帰っていると、アンジェリーナにそう尋ねられる
「いえ、特に何もないですけど……」
「なら、私のお店に来ないかしら? 待たせちゃったお詫びもしたいし」
……うーん、あのバーか……この時間、普通にお客がいそうなんだよな。もしオレの想像通りだったら正直なところあまり会いたくないんだが……
「ハニーもいるだろうから、自慢の料理も出せるわ」
なんですと?
付け加えられた一言に、行きたくないという気持ちが大きく揺らぐ。
前行った時は会うことができなかったアンジェリーナの奥さん。どんな人かものすごく気になる。果たしてどんな女性……いや、そもそも女性だと決まったわけじゃない。というか男性の方が可能性は高い気が……いやいや、流石にないか?……もし女性だったとしても、かなり変わった趣味を持っていそうだな……
「……行きます」
一分程度の逡巡の結果オレはそう答えた。
所詮、怖いもの見たさには勝てなかったのだ。
「じゃ、決定ね。ギルマスはどうかしら?」
「そうだねえ。思ってたより時間かかっちゃったし、仕事がまだ残っているから僕は無理かな」
「あらそう、残念ね」
「あはは、時間ができたときに顔を出させてもらうよ」
苦笑いを浮かべそう返すネブラ。
そう話しているうちにオレ達3人の足は、商業区へと侵入した。
読んでいただきありがとうございます
予定よりも多く書き溜めを吐き出してしまったので、次の更新までまた時間が空くことになります。具体的には数カ月程度には