召喚勇者は死にました   作:黒桜@ハーメルン

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4 訓練開始

 異世界生活一週間目。

 

 勇者のお披露目会が王宮で開かれたり、馬車で街に出かけたときにセシリア第二王女様が乱入していたりと多少のイベントはあったものの、比較的平穏な――戦うために召喚されたのだとは思えないほど平和な一週間だった。

 

 しかしそんな平和な生活は、今日を持って一転する。召喚されてからちょうど一週間、今日は訓練が始まる日だ。

 

 早朝、オレ達は訓練場へと向かう。午前中には武技の訓練、それが終わって午後には魔法の訓練を行う予定である。

 

「なんだそのへっぴり腰は!もっと一回一回大事に剣を振れ!」

 

 剣を振る騎士たちの気合が響く中、グレイスはすでに訓練場にいた。前回会った時と同じような格好をしており、素振りをしている騎士たちに時折怒号を飛ばしている。

 

「……ん?お、来たか」

「おはようございます」

 

 果たして声をかけていいのかとオレ達が迷っていたら、グレイスの方からオレ達に気付いてくれた。 

 地面に刺していた剣を抜き、鞘に納めながらグレイスがこちらにやってくる。

 

「時間通りだな……さて、早速訓練を始めるわけだが」

「あの、もしかして騎士の人たちに混ざってやるのでしょうか?」

 

 オレがそう聞くと、グレイスは笑いを返す。

 

「それはない。流石に素人があの訓練をこなせるわけないからな。特別メニューだ」

 

 その言葉にオレはとりあえず胸をなでおろす。この一週間で何回か覗いたことがあるのだが、滅茶苦茶つらそうな訓練ばかりだったんだよな。

 

「まあ、将来的にはあれくらいの訓練を難なくこなしてもらわないといけないが……今はまず体力作りだな」

 

 体力づくり――確かに運動をするうえで体力は大事だ。部活然り、クラブ然り。学校の授業ですら、冬には体力作りと称したマラソンがあったのだ。

 おそらく、グレイスのいう体力作りも走り込みとかそう言ったものだろう。嫌いだけど、覚悟を決めねば。

 

 ――しかしこのときのオレは知らない。このスカスカの覚悟が、1時間と持たないことに。

 

「まずはこいつらをつけてくれ」

「え、これなんですか?」

 

 グレイスがオレ達に渡したのは、鉄でできた鎧のようなもの。全部で五つの部品に分かれたそれは、それぞれ両手両足、そして胴体に着けるのだろう。

 しかしオレが鎧と断言できなかったのは、その構造に違和感を感じたからだ。

 

 なんというか、防御をするための構造に見えない。腕と足の部品は分厚い鉄板をいくつかつなげただけの形で隙間だらけだし、胴体の部分のはまるで亀の甲羅のように鉄塊が背中側にきている。リュックのように背負うそれは、前面の防御力が皆無であった。

 

「重りだ」

 

 お、重り?

 

「体力作りでは走り込みをするのだが、こいつらをつけて身体への負荷を高めたほうが効率がいいからな……ひょっとして足りないか?」

「い、いえ!そんなことありません!」

 

 目測だけど、この重り絶対全身で10キロは超えている。米袋を4つ抱えるだけでも限界なのに、これ以上増やしたら果たしてオレは立つことができるのだろうか……

 

 グレイスに手伝ってもらいながら、オレ達三人は重りをつけていく。まずは脚部に、同部に着けて最後に腕部。

 

 全部つけたオレは、予想よりも軽く感じたことに少し驚きを覚えた。もちろん結構しんどいのだが、走れないことはない。やはり異世界に召喚されたことで身体能力が上がっているのだろう。

 

「それじゃあ、早速始めるぞ。走る経路はこの訓練場の壁に沿ってだ」

「あの、何周ですか?」

「何周?何を言ってるんだ。俺がいいというまでに決まっているだろう」

 

 え。まさかのゴールが見えないパターン。

 

「ああ、もちろん全力で走れよ? 楽しているところ見つけたらその分だけ後の素振りの回数に上乗せだ」

 

 しかも罰ゲーム式。一筋の冷や汗が、オレの頬を伝う。

 

「そら、始めるぞ! 3、2、1、走れ!」

 

 強引なグレイスの号令に、オレ達は慌てて走り出す。

 

 やっぱりグレイスは鬼教官だったよ……

 

 

 一体、何週走ったのだろうか。

 

 元々あまり運動しない体は2週目から悲鳴を上げ始め、5周目を迎えるころには限界に達する。しかしそんなオレの様子をグレイスが気にすることなどなく、むしろ重くなった足取りを指摘され素振りの回数が募ること募ること。グレイスが止めるまでに走った時間は約3時間、オレ達3人は一様に地面に転がり、指一本動かせないほどに疲れ切っていた。

 

「なんだ、このくらいでへばるのか……予想以上に体力がないな」

 

 このくらいじゃない……絶対このくらいで済ませられる量じゃないと断言する。だって騎士の人たちの、訓練の合間に休憩している彼らのこっちを見つめる目に憐れむような色が入ってた。

 

「しょうがないな……悪い!こいつらにもかけてくれないか!?」

 

 のどの痛みにしゃべることすらままならないオレたちにグレイスがため息を一つつくと、手を振りながら大声で誰かを呼ぶ。

 

「グレイス団長……流石に最初ですし、もう少し手加減してあげましょうよ」

「これでも手加減をしたつもりなのだが?」

「……はあ、団長はそういう人でしたよ」

 

 グレイスが呼んだのは女性のようだ。寝っ転がる視界の端にしか見えないが、その声には呆れがありありとにじみ出ている。

 

「俺のことはいまはどうでもいいだろ。それより、頼めるか?」

「はいはい、任せてくださいな……『彼の者らに、より高き癒しを』」

 

 女性が呪文を唱えた途端、オレ達を黄色い光が包む。まるで何かが流れ込んでいるような感覚を覚えると、光が消えるころには疲労感もきれいさっぱり消え去っていた。

 

 死にそうなほどの疲労が消えたことに、オレは生き返ったかのような錯覚を覚える。

 

「流石に流れた汗とか失ったものは戻せないから、水分補給はちゃんとしてね」

「ほら、これでも飲め」

 

 上半身を起こしたオレに、グレイスが革製の布袋――水筒なのだろう、円錐の底に半球を付けたような方をしており、先端には金属製の蓋が取り付けられている――を投げて寄越した。

 

 スクリュー式の蓋を回してとり、中の水を喉へと流し込む。容量一リットルはありそうな水筒の中身を、オレは瞬く間に飲み干した。

 

「……ふう、ありがとうございます」

 

 まだ痛みは残っていたが、直に治るだろう。それにしても魔法って疲労とかもとれるのか。

 

 オレが魔法の利便性に感心していると、グレイスが一発拍手を打つ。

 

「さて、それじゃあ次のメニューに行くぞ」

「……へ?」

 

 いやあのグレイスさん?オレ達さっきまで死ぬほど走ったんですよ?流石に休憩が欲しいんだけど……

 

「そのための回復魔法だろう。さあ時間がもったいない!次のメニューは筋肉鍛錬だ!」

 

 グレイスの無慈悲な言葉に、オレは絶望という2文字を理解する。

 

 どうやらあの女性は救いの女神ではなく、三途の川の死神だったようだ。

 

 

 

 創作物では、異世界の鍛錬法には欠陥があったり、そもそも筋肉鍛錬をしない世界だったりといった展開がよく見られる。それはおそらく文明の発展度合いを考えた結果なのだろう。そしてもしそれが転生ものだった場合は、正しいやり方を知っている主人公が幼少期からそれを行いチートな身体スペックを手に入れるといった展開が見られる。

 

 しかし、そんな異世界独特の設定は、この世界には存在しなかった。研究が進んでいるのか、それとも過去に召喚された勇者が伝えたのか、どちらにせよこの世界の鍛錬法は地球と遜色ないレベルだと思う。いや、もしかしたら効率はよりいいのかもしれない。

 

 結論何が言いたいのか――滅茶苦茶つらい筋トレをしてオレはもう死にそうです。

 

 いやマジで。体力作りの重りランニングよりつらかった。

 なにせまず重りを脱がない。そのため腕立ての時にはオレの細腕にプラス10キロの負担がかかり、召喚で上がったスペックでも体を数回押し上げるのがやっとのレベルだった。

 そこにグレイスは100回とか無茶ぶりな数を課せてくるものだからもう苦しいこと苦しいこと。

 

 ただ、訓練を一番つらくした要因はやはり回復魔法だろう。これが終われば少し休めると思って最後を頑張ると、待っていたのは回復魔法による次の地獄へのエレベーター。筋肉がつろうと断裂しようと回復魔法でそんなものはきれいさっぱりに消えてなくなり、怪我はしてもそれを言い訳に休むことができない。

 

 結果、回復魔法で肉体は非常に健康的だというのにグロッキー状態で倒れているオレ達が訓練場に生まれていた。

 

「おいおい、もう疲れは全くないはずなのに、なんでお前らは地面に寝っ転がってんだ?」

「すみません……流石にこれ以上の訓練は勘弁してください……」

「うぅ……やばいよ……お腹の中何もないはずなのに何かでそうだよ……」

 

 不思議そうな表情をするグレイスにオレは全力で懇願する。隣の幸助は青い顔で口を押えており、さらに隣の優は顔を土にうずめて表情が見えない状態だ。

 

「そう頼まれなくても、今日の訓練はこれで終了だ。もうそろそろ昼だし……」

 

 グレイスが昼と口にした瞬間、獣の吠えるようなものすごい轟音が鳴り響いた。

 

 隣を見ると、青かった幸助の顔は今は少し赤くなっている。

 

「……そうだな、食べるのも訓練だ。しっかりと食べてこい」

 

 この日、オレ達はいつもの三倍は食べた。

 

 

 

 午後

 

 腹の服れたオレ達は、魔法の訓練の為に城の一角へと向かう。ここ一週間の生活で、城の間取りは立ち入り禁止の場所以外はだいたい把握していた。

 

 自分たちの部屋から歩いて約20分。装飾も何もない扉の前に、オレ達はたどり着く。

 

 グレイスの話によると、オレ達に魔法を教えるのはこの国の宮廷魔法師長、言い換えればこの国で一番の魔法師であるとのこと。グレイスさん然り、モルドール教皇然り、この国のトップの方々は暇を持て余しているのだろうか。

 

 少し緊張した面持ちで、幸助が無骨な扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

 女性の声が聞こえた。許可の言葉に従い、扉を開く。

 

「失礼しま……」

 

 思わず言葉を失った。

 

 広大な部屋の天井は高く、壁一面を占める本棚はその天井に届くほど。またそれに隙間なく詰められた本は一冊一冊が装飾されており、全部で一体どれくらいの価値になるのか想像すらできない。

 

 床には大小さまざまな魔方陣が描かれている。しかし用途が多いわけでないのか、それらの上に見たこともない器具が無造作に散らばっており、わずかに埃をかぶっているよう。

 

 そしてそんな部屋の中央。コの字の形をした長い机に本を積み重ね、一人の女性が本を片手に何か作業をしていた。

 

「……おや? 君たちは……ああそうか、もうそんな時間なのか」

 

 こちらを見た女性が首をかしげるが、すぐに思い至ったようで本を山に積み上げると立ち上がる。

 

 身長はオレより少し低いくらい、女性の中では高いほうだろう。歩を進めるたびに長い金の髪が、彼女の背中で左右に揺れる。

 

「初めまして、私の名はエルシア・ロールス。あなたたちが異世界の勇者ね」

 

 そう自己紹介をしたロールスは、凛としたという言葉がよく似合う美しい人だった。




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