召喚勇者は死にました   作:黒桜@ハーメルン

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6 模擬戦と能力差

 時というものが経つのはあっという間だ。気が付くと季節は秋になってるし、気が付くと異世界生活に順応してきている。気が付くと刃のない剣であれば人相手に振れるようになってたり、また気が付くと親友が滅茶苦茶強くなっている。そして気が付くと俺は、その友人と剣を向かい合わせていた。

 

 

 異世界生活半年目。二階席の厳つい騎士団の面々に見守られる中、決闘場にオレ達は立つ。

 

 訓練の一環として今からオレは優と、ほとんど実戦に等しい模擬戦をする。武器も(優のみ)真剣、魔法もなんでもあり。勝利条件は、相手に一発致命傷(クリティカル)を入れることだ。

 

 普通に考えたらどっちか死ぬじゃねーかって思う。グレイスから聞いたときはオレも思った。

 だが今現在、オレは何の気負いもなく立っている。その原因は、オレ達の立つこの決闘場に有った。

 この決闘場は、例えどんなけがを負おうとも外に出れば一切合切消えてなくなるというのだ。まさかそんなとオレ達は疑ってたのだが、グレイスが文字通り身を削って実演して見せたので信じるほかない。

 ちなみにこの決闘場、何代か前の勇者が建てたものでその構造は未だに解明されていないという。戦闘狂だったのだろうか。

 

 審判のグレイスが右手を上げる。その手が振り下ろされたときが、開始の合図だ。

 

 剣を握る手に力がこもる。

 正直、オレが優に勝てる可能性はかなり低いだろう。この半年の訓練の結果、優はその鉄塊みたいな大剣を見事に使いこなしており、また大ぶりという隙を埋めるように魔法も多く習得してきた。対してオレは剣術一本。一応サブ武器に投げナイフも習得したが、魔法はほとんど剣術をサポートするものばかり。

 

 だが同時に、確率は決してゼロではないことも真実だ。

 

「それでは……はじめ!」

 

 開始の合図とともに、腰の投げナイフへと手を伸ばす。慣れた手つきで三本抜くと、そのまま優めがけて投擲。決闘場のおかげか、優への信頼か。刃の付いたナイフでも、トラウマがよみがえることはなかった。

 

 優は大剣を立て、幅の広い剣腹でナイフを弾く。当然だろう。見え見えの投擲なんて防がれるに決まっている。

 

 だが、優の視線はオレから外れる。

 

「《身体強化(フォース)》!」

 

 オレは身体能力を上げる魔法を使い、全身を駆け巡る魔力を感じながら地面を蹴る。瞬きの内に優の側面へと接近し、脇腹の鎧へと身体を捻り突きを放った。

 

 長い柄の端と端を持った優は、てこの原理で大剣を跳ね上げ突きが弾かれる。剣の勢いを殺さぬよう二撃、三撃と攻撃を続けるが、大きさに見合わぬ素早い剣捌きに防がれ続けた。

 四撃目に剣を捉えられ、つば競り合いへと持ち込まれる。といっても拮抗したものではなく、オレが一方的に押し込まれていくだけだ。

 

「『万物を燃やせし破壊の炎よ……』」

 

 優が詠唱を始めた。咄嗟にオレは後ろに跳び、魔法を喰らわないよう距離をとる。

 同時に妨害にナイフを投げるが、一瞬遅くはじけ飛んだ。

 

「《灼炎》」

 

 詠唱を終えた優は、燃え盛る炎をその身にまとっていた。

 

「ちょ、しょっぱなから本気モードかよ……」

「小出しにしているうちに負けてしまっては敵わないだろう?……行くぞ!」

 

 数十キロもの鉄塊を抱えているとは思えない速度で、優がこちらへと突っ込んでくる。

 

 威圧するような大ぶりな横薙ぎ。宙に飛び上がりそれを躱すと、優の纏う炎がまるで蛇のようにその咢を開く。

 

「《空歩》」

 

 魔法名が術式を編み、オレの足元に不可視の足場を構築する。それを踏み台にすることでさらに遠くへと飛び《灼炎》の間合いから逃れ、上下反転の世界でオレはナイフを投擲した。

 

 炎の蛇は動きを変え、二本のナイフを吹き飛ばす。

 

 厄介だな。

 

 体勢を整えて着地すると、すぐそこまで優が迫っていた。

 

 半身を引き、優の上段からの振り下ろしを紙一重で躱す。燃え盛る炎を鎧越しに感じながら身を後ろに引き、縦一文字に下から斬り上げる。

 

――キィン――

 

 金属に当たる手ごたえが帰ってきたが、浅い。優の右手の鎧をかすめただけだったようだ。

 

 優の大剣に炎がまとわりつく。今のような回避をさせないためだろう。踏み出しながら体を一回転させ、縦に持ったままの大剣で面での攻撃を仕掛けてきた。

 

 まともに受けるのはまずい。かと言って上に避けようにも、また《灼炎》の追撃が待っているだけだ。後ろに下がるのは同じことを繰り返すだけ。

 

 一瞬に満たない思考の末、迫りくる大剣から離れるように横に跳ぶ。鎧を付けた両足の裏を大剣の腹に向け――

 思いっきり吹き飛ばされた。膝を曲げて衝撃を殺したんだが、炎の熱まではどうしようもなく足裏が焼けて滅茶苦茶痛い。

 

 だけどこれが多分一番いい手だろう。かなりの距離を稼げたので優もすぐに追撃とはいかないはず……おいおい、あいつ何してんだ?

 

 着地したオレが見たのは、溜め切りを行う体勢で立ったままの優。どう考えてもここまで斬撃が届くはずがないのに――

 

 おいおい、まさか。

 

 頬を一筋の冷や汗が流れる。

 

「《飛炎斬》!」

 

 同時に優が大剣を振り下ろし、岩の砕ける音とともに炎の斬撃が高速で飛んできた。

 

「ちょ!?」

 

 地面を転がってかわすと、再び溜め切り体勢の優。そしてまた飛んでくる炎の斬撃。

 

「おま! それ! 飛ばすのは! 反則だろ!」

 

 途切れ途切れになりながらもしっかりと文句を言うが

 

「投げナイフ使ってるくせに何言ってんだ!」

 

 ごもっともである。攻撃をかわしながらも、オレはナイフによる牽制を行っている。

 

(くそ! これじゃあ近づけねえ!)

 

 斬撃の周期は比較的長いのでかわし続けられるが、このままでは一方的にあぶられ続けられるだけ。

 

 どうにか接近して一太刀浴びせたい。

 

 オレが攻めあぐねていると、優の構えが変わった。剣先を地面につけ、両手は腰の横に。

 

「はあ!」

 

 優の前方180度。そのすべてへと、斬撃が広がった。

 

 これは飛んで躱すしかない。そして宙のオレへと、優がまた斬撃を飛ばす。

 

 オレが《空歩》を使って躱したところで、優は斬撃を飛ばし続けるだけだろう。だったらオレは、賭けに出る。

 

「《空歩》!」

 

 《身体強化》で上昇した脚力で精いっぱい空を踏み、オレは前へと出た。

 

 炎が体に纏わりつき、全身にいくつものやけどが生じる。が、跳躍の勢いはそがれずに、炎の中をオレは進んだ。

 

 賭けに勝った。この炎は《灼炎》本体と違い焼くことはできても、押すことはできないようだ。

 

 優、お前はオレが自ら攻撃を喰らいに行くと予想できたか?

 

 右手を引き、剣を真っすぐ視線の先へ向ける。炎を抜けた先には、《飛炎斬》を打とうと構えた無防備な優が――

 

「!?」

 

 振り下ろされる鉄塊を認識した瞬間、オレは反射で剣を間に挟み込む。

 

「時雨ならそうすると思ったぞ」

 

 押しつぶさんとばかりの圧力が、剣を支える二本の腕にのしかかる。

 

「……読まれたか」

「ああ。《飛炎斬》の弱点は俺が一番知っているからな。お前が仕掛けるなら、このタイミングしかないだろう」

 

 話をしながらも、優が力を抜いたりしない。むしろ一層圧力は増し、さらには《灼炎》が燃やし尽くさんとばかりにオレの長剣へとまとわりついてきた。

 

 腕が、焼かれていく。長剣は赤熱化し始め、形が歪んでいく。

 

「今のが渾身の一撃だったんだろう?」

「……ああ、そうだな」

「……まだやるのか? 正直言っちゃあ悪いんだが、逆転は無理だと思うぞ。お前の身体強化も、二分も続かないだろうし」

 

 明らかな降伏宣言。しかし、事実だ。自分の魔力が残り少ないのは、半年間の持続練習でちゃんと把握している。

 この状況では確かに、勝敗はすでに決したと言ってもいいだろう。

 

 オレも素直に認めよう。正規の方法じゃあ、オレはどうやっても優には勝てない。

 

「やるさ……オレばっかり見てると、痛い目に合うぜ?」

 

 だけど非正規の方法(奥の手)なら、まだ一つ残っていた。

 

「……どういうこと――」

「《開門(オープン)》!」

 

 今までの戦いの間に密かに仕掛けていた布石。残りわずかな魔力を対価に、鍵言葉によって起動した。

 

 決闘場のあちこちに散らばるナイフの柄――幾何学的な模様が光り輝き、直径10センチほどの魔方陣が浮かび上がる。それらすべては優の方に向いており、直後、無数のナイフを射出する。

 

「な!?」

 

 身を削った奇襲が予想されたのは驚いたが、流石にここまでは予想できなかっただろう。

 

 オレが使ったのは《火球》のような攻撃魔法でも、《身体強化》のような支援魔法でもない。無色魔法最高難易度の収納魔法(アイテムボックス)だ。

 

 オレの《アイテムボックス》は、ロールスの使ったそれとは少し違う。彼女から教わった魔法なのだが、オレの《アイテムボックス》は魔力をさらに消費することで改造ができるのだ。

 例を挙げると容量増加、フィルター追加、ボックス増加……などなど。流石にボックス内の時間を止めることはできなかったが、それ以外のことであれば大抵のことは可能だった。

 

 そしてオレが《アイテムボックス》に施した改造は運動保存。つまり、物を投げ入れた場合は出口から物が勢いよく飛び出てくるようになる改造だ。

 

 別に火薬で発射されたわけでもないから、ナイフが飛び出るときは無音のはず。それなのに反応した優は、もはや常人の域から一歩踏み出しているのではないか。

 

 片手で大剣を持ちオレに圧をかけ続けながら、優は空いたもう一方の手と炎の蛇でナイフを処理していく。

 《身体強化》の切れたオレでは優の剣を支えるだけで精いっぱいであり、十秒もすれば弾幕も切れるだろう。そうなれば、オレの負けだ。

 

 だからオレは弾幕を囮にして、最後の一手を発動する。

 

(開門(オープン)!)

 

 頭の中で念じると、オレの手元にもう一つの魔方陣が浮かび上がる。

 オレは《アイテムボックス》をただ覚えたんじゃない。《アイテムボックス》含めたすべての無色魔法を、無詠唱で行使することができる。

 今まで短縮詠唱をしていたのは、優に『魔法を使うときは声が出る』という先入観を持たせるためだ。

 

 音もなく、一本のナイフが射出される。優の視線はこちらを向いておらず、気づいた様子もない。

 

(勝った……!)

 

 そう思った途端

 優の姿が、まるで煙のように掻き消えた。

 腕にのしかかっていた圧力も急に消え去ったことによって、オレは前のめりにバランスを崩す。そして、優がいなくなったことによって射出されたナイフが一本、オレの眉間に向かって飛んできていた。

 

 体勢が崩れている今、躱すことができない。沸き上がる恐怖心を感じながら、即死しないことを緩やかに流れる時間に祈りながら、オレは目を瞑った。

 

 痛みは、やってこなかった。代わりに渇いた金属音が、いくつも鳴り響く。

 

 恐る恐る目を開けると、距離十センチのところでナイフは止まっている。そして、それを止めたのは――

 

「俺の勝ちだな」

 

 優だった。《灼炎》ではなく赤いオーラを纏った優は、ナイフを放るとオレにデコピンを一発かます。

 

 その赤いオーラに見覚えなどなかったが、何なのであるかは直感的にすぐに理解した。

 

 オーラの正体は、魔力だ。『魔装』と呼ばれるそのスキルは、わずかな使い手がいない。それはスキルを手に入れるより最上級魔法を使えるようになる方が簡単な難易度の高さだけではなく、魔力を常時消費するというデメリットの影響が大きい。

 魔装というのは、近接戦闘用の技術だ。対して魔法は、基本的に遠距離攻撃。最上級魔法を使える者というのはそれだけでも重宝されるので、近接戦闘もできないと意味がない魔装を使おうとする変わり者はほとんどいないということだ。

 以上、すべて過去にグレイスから聞いた話である。ちなみにグレイスさんも、優同じくその“変わり者”の一人なのだそうだ。

 

「……ああ、まさかそんな隠し手があったなんてな。小出しにしないんじゃなかったか?」

「奥の手は別だろう。それに、こいつは燃費がすこぶる悪くてな。一分も維持出来たら上出来なんだ」

 

 そういう優のオーラはもう既にかなり薄い。本人の言う通り、数秒で消え去るだろう。

 

 落ちているナイフを一つずつ拾い上げ、まとめて一気に《アイテムボックス》へと回収する。どうにも弾幕が予想より薄いなと思っていたのだが、拾い上げたナイフの中には彫り込まれた《アイテムボックス》の魔方陣が炎によって形を成していないものがあった。

 

(これ、彫るの結構苦労したんだよなー)

 

 フィールドから降りると、手に光が集まる。消えたときには、やけどがすべて消えていた。

 魔力を回復させたら幸助との模擬戦が待っているので、けがが無くなるのは本当に助かる。いやそもそも、この効果があるから本気の模擬戦ができるのか。

 

 心のどこかに、安堵する自分がいた。

 

 

 

 一時間ほどの小休憩で体力を回復させ、失った魔力は魔法薬ポーションを飲んで取り戻したオレは意気揚々に幸助との模擬戦に臨んだのだが……結果だけ言うと惨敗である。

 開始早々全色の様々な魔法を連発してくるわ、それをやり過ごしたと思ったら弓を連発して放ってくるわ、弓も切れたら体力も魔力もほとんどないオレを双剣で嵌め殺しに来るわでもうほんとひどい惨敗。試合後本人に文句を言ったら「これが僕の戦い方だから仕方ない」と返されて何も言えなくなった。

 

 

 

 その日の晩

 

 テラスの柵にのしかかり、夜空に浮かぶ削れた半月をただぼーっと眺める。

 

 眠れないわけではない。実験も兼ねた《アイテムボックス》の改造をやれば魔力はすぐに尽きるから確実に安眠はできる。

 今のオレは、ただ寝たくないだけだ。

 

 昼間の記憶が、最後に行われた優と幸助の模擬戦が脳裏に浮かび上がる。

 

 光の奔流、水の濁流。雪崩れ込むような土砂の拳に、意志を持つかのような植物たちの輪舞。幸助の魔法はオレが相対したときより何倍も盛大で、猛烈で……そして、容赦がなかった。

 その魔法の嵐の中を、優は《灼炎》を纏った状態でただただ突き進む。防御もくそもない。水は蒸発し、土石は融解し、植物は燃え……苛烈極まりない幸助の攻撃は、《灼炎》一つと拮抗を示した。

 

 最終的な試合結果は『魔装』を発動した優の勝利。だけどオレは、そんな結果にはさほども興味がない。

 明らかに二人とも、オレの戦いで手を抜いていた。

 

 そもそも優は、オレのナイフを防ぐ必要はなかった。

 逃げ場をなくすような大規模魔法を連発していれば、幸助はすぐにオレに勝つことができただろう。

 

 それなのに優は律儀に攻撃を防ぎ、幸助の攻撃は点を突くようなものに限定されていた。

 

 同じ時間だけ訓練したはずだ。わかっていたことなのだが、この差は一体どこから生まれてきたのだろうか。

 

「時雨」

 

 不意に後ろから声をかけられる。振り返ると、カップを二つ持った幸助が立っていた。

 

「紅茶淹れたけど、飲む?」

 

 無言でうなずき、カップを受け取る。唇をつけ温度を確かめると、半分ほどを一気に飲んだ。

 強い苦みとわずかな酸味が、口の奥を刺激する。

 

「眠れないの?」

 

 オレの横で幸助は柵に寄りかかり、香りを楽しむかのように少しずつ紅茶を飲んでいる。

 

「別にそういうわけじゃない……ちょいと考え事をしててな」

「ふうん……なんで模擬戦で手加減をされたんだ、一体いつこんなに差が生まれたんだ、といったところかな?」

「……幸助お前、エスパーかなんかだったのか」

 

 思考をドンピシャで当てられ、つい揶揄するような言葉が口から出る。

 

「そんなわけないでしょ。何年一緒にいると思ってんのさ」

「……八年?」

「答えを求めたわけじゃないんだけど……」

 

 苦笑する幸助。オレだって、そんなことはわかっている。

 

 八年。決して短い時間などではない。インコであれば一生、犬猫は半生、そして人間で言っても人生の一割をも占める。

 

 それだけ長い時間を共に過ごしてきたのだから、お前の思考なんてお見通しだと幸助は言いたいのだ。

 

「そうだね……確かに僕は、時雨と戦った時に手加減をしたさ」

「……なんでか聞いてもいいか?」

「言い訳っぽくなっちゃうんだけど……獅子博兎って言葉知ってる?」

「シシハクト?いや、わかんないな」

 

 四字熟語なのだろうが、残念なオレの頭の辞書には載っていない。

 

「じゃあ、獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、ならどう?」

「あ、それならあるな……それ、どんな時にでも本気を出すべきって意味の言葉じゃね?」

 

 むしろ幸助たちの所業はその真逆だと思うんだが。

 

「まあまあ、今はそんな一般的な話は置いといて……この言葉だけで考えたら、獅子は狩りの対象が何であれ全力を出す、という意味が含まれているでしょ?」

「まあ、そりゃことわざの元になっているんだからな」

「だけどさ、捻くれた考えをすると、獅子が全力を出すのは狩りの時のみ――つまり、勝つ必要がある戦いのときのみっていう意味にもなると思うんだよね」

「……つまり、オレとの模擬戦は勝つ必要もない程度のものだって言いたいのか?」

 

 声に棘が混ざる。いくら幸助といえど、何でも許せるほどオレは人間ができていない。

 

「いや、うん、そうだけどそうじゃないんだよ」

「じゃあどういう意味だ?」

「……そもそも時雨、今日の模擬戦はなんで行われたのかわかってる?」

「そりゃあ、訓練の一環だろ?」

「うん。……今日の訓練で、勝つことは重要だった?」

「重要……じゃないな」

「そうだよね。じゃあ、重要だったことは?」

「……オレ達の実力の確認?」

 

 確か、グレイスさんが始まる前にそんなことを言っていた。

 

「そう。……だから僕らが全力を出さなかったのはそのため。もし優がただただ強引に攻めてたら、もし僕が押しつぶすように魔法を使ってたら、時雨の実力が発揮されることなく模擬戦は終わっていた」

 

 つまり幸助は、模擬戦の目的を果たすために手加減をしていたのだろう。

 

「……まあ、理由は分かった。ものすごくもやもやするけど、そういう理由だって納得するしかないか」

「時雨は実力の差にも思い悩んでいたようだけど、そこは僕は何も言えないね。そんなのはただの結果だから」

 

 歯に衣着せない容赦ない言葉に、オレはむしろ清々しさを感じる。

 

「だったら、次の機会には今日の結果をひっくり返してやる」

「うん、その意気だ」

 

 挑戦的にオレが言い放つと、幸助は穏やかに微笑む。

 

「それじゃあ、僕は先に寝かせてもらうね……そうそう、最後に一つだけ。僕らは確かに全力を出さなかったけど、手加減は一切していないよ」

 

 最後にそう言い残して、幸助は部屋へと戻った。

 

 ……下げてから上げるとか、随分と卑怯な手を使う。

 

 手元に映る赤い月をしばらく眺め、オレは温くなった紅茶を一気に飲み干した。




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