召喚勇者は死にました   作:黒桜@ハーメルン

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7 課外研修と思わぬ敵

 実戦形式の訓練が行われた次の日

 

 本来なら訓練場内で剣を振ってる今この時間なのだが、今日はオレは全く違うこと――王家印の馬車に揺られ、王都の外へと向かっていた。

 

 目的は実地訓練。要はいつか訪れる独り立ちの時に備え、人間以外との戦闘をあらかじめ経験しろということなのだ。

 実地訓練の情報は昨日の模擬戦の前にはすでに聞いていた。が、その時のグレイスは数日中といっていたのに、昨日の今日は流石に急すぎるのではないか。

 

 ちなみに馬車の中に優と幸助は乗っていない。グレイスさんからの指示で、オレ達三人は別々の場所で訓練を行うと言われたのだ。代わりにサポートとして一人の魔法師――エミールがオレと同行して馬車に乗っている。

 

(分ける必要あるのか?)

 

 指示を聞いたときに心に浮かんだ疑問である。幸助も同じものを持ったのか、出発前にグレイスにその理由を聞いていた。

 聞いていたのだが、その時に返ってきたのは、「実は俺もよくわからねえ。昨日の夜に突然下ったんだ。国王様の勅命だ、ともな」という、逆にわからなくなる答え。そのあと「お偉いさんの命令なんてわからないものなんだから、聞くだけ無駄さ」と大人の黒い部分を言われたので、幸助もしぶしぶと聞くのを諦めていた。

 

(こうして別々になった以上、考えるのも無駄か)

 

 そう割り切って、オレは思考をこれから戦う敵――魔物へと思考を移す。

 

 魔物とは何か。イメージとしては、ファンタジーでよく出てくるものと同じようなものだろう。この世界の定義に従って言えば、生命活動に魔力を使用する生物のことを指す。

 

 魔物は体内に、魔力を貯め込む性質を持った物質“魔素”によって作られた特殊な器官――核を持っている。核の持つ役割は不明だが、どんな魔物でも核を壊せば死ぬことから生命活動の中心的役割を担っているのは確実だろう。

 

 魔物は基本的に、人間にとって害悪だ。どこにでも生息し、何とでも対立する。かつての魔王の中には、長年を生きた魔物が知性を持ち魔法を行使するようになり、そして魔王となった魔物もいるらしい。

 

 したがって、勇者たるオレ達は一人前と認められた後は魔王が現れるまでは魔物を退治することを仕事とするらしい。ちなみに同じように魔物を狩ることを生活の糧にする職業には冒険者があるそうだ。ぶっちゃけオレの中では異世界でなってみたい職業1位なのだが、勇者なのでなれないと言われた。勇者って職業なのかよ、夢が叶えられねーじゃねーか。

 

 そんな風に思考が迷走していると馬車が止まる。どうやら目的地に着いたみたいだ。

 

 馬車から降りると、目の前に広がるのは広大な森林。しかし日本でよく見るような人の手が加わったようなものではなく、完全なる自然の森林。心なしか空気もおいしく感じる。

 

 実地訓練は、この森で行われるのだろう。

 

「エミールさん。訓練はこの森の中で合っていますか?」

「え!?あ、はい、ここで合っています、おそらく……」

 

 隣に立つエミールに確認を取ると、少しうろたえたような様子の返事が返ってくる。彼とは馬車に乗る前に自己紹介でしゃべった程度なのに、なんだろう、この漂ってくるポンコツ感は。

 

 少し嫌な予感を感じながらも、オレ達は森へと一歩踏み出す。訓練場の石畳とはまた違った、柔らかい抵抗感が鎧を通して足裏に伝わる。

 

 周囲を警戒しながら、オレ達は森の中を進む。グレイスは凶悪な魔物はいないと言っていたが、魔物は総じて危険なものだ。もし何かあっても助けは容易に来ないので、どうしても慎重になる。

 

 20分ほど奥へと進んだところで、オレの耳が草を踏む音を――オレ達のものではない、何者かが接近する音を捉えた。

 

 杖を両手で握りしめ、後ろをびくびくと歩くエミールを手で止めながら音のする方向に注意を配る。

 

 いた。

 

 およそ15メートル先、並び立つ樹木の隙間から緑色の肌、小柄な身体に見合わぬ巨大な醜い頭部、額には小さな角の生えた魔物――ゴブリンだ。

 

「エミールさん、ここはオレが……エミールさん?」

 

 さっきまで近くにいたエミールがいない。振り返ってみるといつの間に移動したのか、後方の木の陰からエミールは顔だけ出してこちらを見ていた。

 

 ……いや逃げるんかい!

 

 想定外の行動にオレが呆気に取られていると、ゴブリンがこちらに気付いた。甲高い鳴き声とともに、その手に持つ短い棍棒を振り回しながら接近してくる。

 

 剣を構え、臨戦態勢を取る。

 

 走る勢いのまま、ゴブリンが棍棒を振り回す。技術も何もない単調な攻撃をオレは余裕を持って躱し、そしてゴブリンの首めがけて右腕を振る。

 

「ギャ!?」

 

 訓練用ではない、白金の刃は緑色の皮膚へと侵入し、そして侵出。

 

 あっさりと、実にあっさりとオレの剣はゴブリンの首を跳ね上げた。

 

 司令塔を失った胴体は勢いのまま地面を転がり、痙攣をしながら赤黒い液体が周囲へと広がる。

 

 つんざくような汚臭が漂い始める中、思い出したように震えが身体を支配した。

 

 嫌悪感が沸き上がる。今オレは、生き物を殺した。例えそれが魔物であろうと、命を奪ったという事実は変わらない。

 

「やりましたね勇者様!一発でゴブリンを倒すなんて!」

 

 エミールの賞賛の声も、ただただ嫌悪感を強めるだけ。元から殺すことが目的の訓練だというのに、オレは抑えきれずに嘔吐をしてしまった。

 

「あの、勇者様?……どこかその、具合が悪いのですか?」

 

 流石にオレの様子がおかしいことにエミールも気づき、心配する言葉をかけられる。

 

「……いえ。すみません、気にしないでください」

 

 吐き出したものには感情も含まれていたのか、いくばくか吐き気が和らぐ。

 

 これはオレの問題だ。……解決するために、他人の手は借りたくない。

 

「ところでエミールさん、さっきすごい離れてましたけど……」

 

 これ以上踏み込まれないために、オレは話題を強引に変えた。

 

「いやー、実は撲、新人でして……魔物を実際に見たのも今日が初めてなんですよ」

 

 へえ、だからあんなに逃げて……ちょっと待て、今新人って言ったか?

 

「はい、今まで宮廷魔法師として修行してきたのですが、実戦は今日が初めてです」

 

 ……グレイスさん。新人(オレ)のサポートに新人(エミール)をつけちゃあダメでしょ。

 

 心の中で我らが鬼教官に文句を言う。聞こえるはずもないが、きっと彼は今くしゃみをしただろう。

 

 ふと、嫌悪感が薄らいでいることに気が付く。この気が抜けるようなやり取りが功を成したのだろうか、体を支配していた震えは収まっていた。

 

「基本的には私は手出ししないよう言われているので、問題ないと思います!」

「何があったときどうするんですか……まあいいや。先に進みましょう」

「勇者様、具合はもう大丈夫なので?」

 

 オレは頷きを返す。そしてゴブリンの死体をその場に放置したまま、オレ達は再び探索を始めた。

 

 10分後、再びゴブリンを発見する。先ほどとは違い3匹で行動していたが、オレの姿を認めた瞬間一体目と同じく奇声を上げながら襲い掛かってくる。

 

 腰からナイフを一本、抜くと同時にゴブリンへ投擲。眉間に深々と刺さって、ゴブリンは地を転がった。

 

 心の奥からトラウマが手を伸ばしてくるが、敵が残っているので無理やり殴り返す。

 

 残っているゴブリンは仲間が殺されたことを気にした様子もなく、オレへ向かって短剣を振りかざす。後ろへ飛んで躱そうと試みるが、一瞬だけ出が遅れ短剣が胸鎧をかすめた。

 

 攻撃が躱されることを想定していなかったゴブリンたちは前のめりにバランスを崩す。好機とみてオレは剣を横に一閃、致命傷を負ったゴブリンはそのまま倒れて動かなくなった。

 

「ふう……」

 

 一体目同じくあっさりと戦闘は終了する。そしてオレは、沸き上がる感情が明らかに薄くなっているのを自覚した。

 

「3匹同時に……流石は勇者様です!」

「……ありがとうございます……次、行きましょう」

 

 

 その後、30分に1回のペースでオレ達はゴブリンと遭遇。ゴブリンを殺すたびに、自分の中の嫌悪感が薄らいでいくのを感じた。

 

 いいことなのだろう。勇者となるには、どうしても克服しないといけないことなのだから。

 だけどまるで麻痺していくかのような自分の心に、オレはわずかな恐怖を感じる。まるで、あの日のような……

 

――ギギギ――

 

 突然、そんな奇怪な音が聞こえた。ゴブリンのものとは明らかに違う、低い唸り声のような音。

 

「え?今のは……?」

 

 エミールも聞こえていたようだ。きょろきょろと周りを見まわしている。

 

「……あっちの方からですね……魔物の鳴き声か何かだとは思いますけど、どうします?」

「……どうしましょう?」

 

 いや、オレが聞いてるのに聞き返してどうするのさ。

 

 うん、とりあえずゴブリンから逃げる姿といい、新人である点といい、間違いなくエミールはポンコツだ。ここはオレが判断するしかないか。

 

「とりあえず、見に行くだけ見に行きましょう。ちなみにこの森で、強い魔物はどれくらいのが出るとか知ってますか?」

「えーっと……確か、オーガ種程度って聞いた記憶が……」

 

(Cレート下位か……)

 

 魔物には、その種の危険度によってレート付けがされている。最下レートはEであり最高はSSSなので、Cはかなり下の方に位置するだろう。最もSSSレートに分類されるのは魔王とかそのレベルだから、実際には弱いほうの魔物として分類されるギリギリといったところだ。

 ちなみにゴブリンはDレート下位。Eじゃないのは、最下レートであるEレートには、スライムなどの危険度が皆無に等しい魔物が分類されているためだ。

 また魔物が群れであったり、同種と比べて特異的に強力であった場合はいろいろとレートに変動があるのだが……まあ、それは今はどうでもいいだろう。

 

「オーガであれば戦う許可は下りてるので、確認の意味も込めて調べてみませんか?」

 

 オーガ種は強靭な肉体を持ち、怪力を武器にする魔物だ。並みの剣ではその外皮を貫けないし、彼らの拳を喰らえば一発でお陀仏となる。しかしそんな魔物のレートが低いのは、彼らの足の遅さに起因する。

 どれくらい遅いのか例えると、小さな子供と競争しても負けるほど。そのためオーガ種から逃げることは非常に簡単で、軍でも新人には「オーガ種とあったらとりあえず逃げろ」と教えているらしい。

 

「いやいや!無理ですって!」

 

 ここにも教えられている人間がいた。別に逃げるのは簡単だからそう怖がる必要はないと思うのだが……

 

「大丈夫ですって、いざとなれば逃げますから……」

「いやでも危険ですし……」

 

 危険。確かにそうだ。別に絶対に侵さなければいけない危険ではないので、行く必要などないのだろう。このまま声のした方向へと行かずにゴブリンを倒していけば、安全なまま訓練を終えることができるだろう。

 

 でも、そうじゃないんだ。あの二人と並び立つためには、それじゃあダメなんだ。

 天才と凡才は違う。凡才のオレが天才の二人と同じ訓練をしただけでは、絶対に勝つことはできない。才能の時点ですでに一敗しているのだから、最後に勝つためには二勝、どこかで勝ち取る必要がある。

 不要の危険を冒すのはマヌケだが、転がっているチャンスをただ見送るのもマヌケだろう。

 

「……今まで通りエミールさんは何もしなくていいですから」

「うぐっ、わ、わかりましたよ……だけど危なかったらすぐに逃げますからね!」

 

 若干恥ずかしそうに言葉を詰まらせ、エミールはそう釘をさす。

 

「わかってますよ」

 

 声の下方向へと、オレ達は進路を変更した。

 

 このときのオレはまだ知らない。この森で待ち受けていたのはオーガ種などではなく、もっと恐ろしいものであるということを。

 

 

 声を聞いてから約30分。途中に現れたゴブリンを倒しながら、オレ達は声がしたと思われる場所にたどり着いた。

 

 たどり着いたが、何もいない。代わりにいくつかの魔物の残骸と、踏み倒された草の跡が一直線に伸びていた。

 

「どうやら移動したみたいですね……方向もわかっていますし、後を追いますか」

「あの勇者様?なんかこれ、オーガの足跡にしてはおかしくないですか?」

 

 言われてみれば、確かにそうだと感じる。二足歩行型ではなく、爬虫類の這った後に近い。

 

 やっぱりオーガ種じゃなかったのだろう。追跡するか一瞬だけ迷い、そしてすぐに結論を出す。

 

「エミールさん、後を追いましょう」

「うえ!?マジっすか?」

「万が一強力な魔物だった場合、さっさと逃げ帰ってグレイスさんとかに任せますよ」

「わかりましたよ……行けばいいんでしょ行けば」

 

 ふてくされた様子でエミールは同意する。

 

 そして足跡をたどること五分。生い茂った暗い茂みの向こうに、もぞもぞと動く巨体を発見した。

 

「跡が続いているから、あいつですかね……」

「……なんか、変な輪郭してません?」

「……確かに。……いや、灯りをつければわかることです。お願いできますか?」

「え?まあ、それくらいなら……《点灯(ライト)》」

 

 エミールが唱えると仄かに光る光の玉が生まれ、ふわふわと影の方まで飛んでいく。そして停止したそれは一瞬のうちに明るく輝き始め――

 

――ギギギギギ――

 

 鈍重そうな巨大な胴体から、横に生えた短い四肢。そしてその胴体の付け根には、蛇のように長い首が三本。

 

 地球では伝説までとなった怪物。ヒュドラが、そこにいた。

 

 

「「な!?」」

 

 ヒュドラを視界に収めた途端、オレ達二人は思わず驚きの声を上げてしまう。そして同時に、それ以上声を出さないよう自分の口をふさぐ。

 

 この世界で一番強いとされている魔物は、竜に分類される魔物である。彼らは他の魔物とは一線を画す戦闘性能、知恵を持ち、そして魔力を操り強力無比なブレスを放つ。

 その末席であるが、ヒュドラは竜に分類される魔物であった。

 

 オレ達が戦ったら勝つのは少々、いやかなり厳しいだろう。

 

「ゆゆゆゆ勇者様!?ヒュドラが!ヒュドラが居やがるんですけど!?」

 

 慌てふためきながらも、しっかり小声で動揺するエミール。

 

「とととととりあえず落ち着きましょう!慌てたらだめでござりまする」

 

 同じく小声でエミールを落ち着かせようとするが、うん、まずオレが落ち着かないとダメだ。

 

「ふう……とりあえず、様子を見ましょう。幸いなことにオレ達の存在には気が付いてないようです」

 

 食事後なのだろう、蛇のような咢を赤く染めたヒュドラは、3本の首で周囲を警戒している。どうやら声は聞こえてたようだが、その発生源までは特定できていないようだ。

 

「奴が警戒を解いたら、ゆっくりと逃げましょう。耳はそこまでよくなかったはずなので、ある程度離れられれば安全になるかと」

 

 ヒュドラから逃げられるのは、見つかっていないときに限られる。なぜならヒュドラはその鈍そうな図体に反して、実際の動きはかなり速い。もし補足された状態で逃げようものならあっという間に追いつかれ、巨大な口にパクリと行かれるだけだ。

 

 全身全霊で、ばれないことを心の中で念じる。

 

 やがてその思いが届いたのか、ヒュドラは三つの首を前へと戻す。それを確認したオレ達はお互いに頷き、逃走の為の一歩を――

 

 なぜ小枝の折れる音というのはあんなにも響くのだろうか。

 

 パキッといった軽快な音と同時に、ヒュドラの三つ首がこちらへと一斉に向けられた。

 

 目と目が合う瞬間、オレは気づいた。

 

 あ、これアカン奴だ、と。

 

 不協和音のような咆哮を上げ、ヒュドラがこちらへと接近する。

 

「く!《身体強化》!」

 

 ばれた以上、背を向けるのは非常にまずい。エミールが巻き込まれないためにも、オレは剣を抜きヒュドラへと相対する。

 

 ものすごい迫力だ。胴体だけでもオレの身長より高いし、人一人を丸々飲み込めそうな蛇の首に三方向から睨まれては、オレがカエルだったらもはや即死するレベルである。

 

 左の首が勢いよく噛みついてくるのを、宙に飛び上がって回避。二段構えで迫る右の首を《空歩》で飛び越え、目の前に迫っていた中央の首を斬りつける。

 

(硬いな!)

 

 だが、斬れないほどではない。現にオレの剣はその鱗を通り、その肉を半分ほど切り裂いた。

 

 間は与えない。体勢を逆さに再び《空歩》を使い、重力も乗せた一撃を斬られかけの中央の首へとかます。

 

 嫌な感覚とともに硬い骨の隙間へと剣は入り込み、太い首が二等分にされた。

 

「ギュアアア!!」

 

 残る二本の首が叫び声をあげ、滅茶苦茶に暴れだす。

 

 巻き込まれないよう、ヒュドラのそばから離れる。

 そしてヒュドラを見て、オレは思わず目を見開く。

 

「おいおい……回復力高すぎねーか?」

 

 切られた首口から肉が盛り上がる。赤い肉は咢の形へと変貌し、鱗が現れ、瞬く間に元通りとなっていた。

 

 ヒュドラ含めた魔物の生態は一通り雨の日の座学で学んでおり、当然ヒュドラの才視力が高いのは知っている。けれど知識として知っていても、実際に目の当たりにすると驚かざるを得ない。

 

 再生したてのその首はこちらをにらみ、口からは炎が漏れ出る。

 

 まずい、ブレスだ。

 

 身を隠そうにも、周りにあるのは植物ばかり。

 

 無色魔法《防膜》を使い、オレは痛みに備えて目を瞑った。

 

「《土壁》!」

 

 魔法名を唱える声とともに前から何かが盛り上がるような音が、そして燃え盛る炎の音が耳の横を通り過ぎていった。

 

「エミールさん!」

 

 いつの間にか後方に下がっていたエミールが、震える手で杖を立てながらこちらを見ている。今の《土壁》は彼が使ってくれたもののようだ。

 

 間一髪で助かった。炎に突っ込んだことがあるとはいえ、竜のブレスは《防膜》程度じゃあ防げなかっただろう。エミールの張った《土壁》も表面が融解してガラスのようになっていた。

 

「ゆ、勇者様無事ですか!?」

「はい!助かりました!」

 

 後方のエミールへ声を張って返事するが、一息つく暇をヒュドラは与えてくれない。

 

 最初とは違い、逃げ場をなくすような攻撃をヒュドラは仕掛けてくる。それを体術で躱し、剣でいなし、魔法でしのいでいく。チャンスがあればそのたびに攻撃を入れるが、すぐに再生されて全く聞いた様子がない。

 

 拮抗したように見えるやり取りは、しかし長くは続かなかった。

 

 突然視界が揺れる。そこだけぬかるみがあったのか、足を滑らせてしまった。

 

 すぐに体勢を立て直すことに成功するが、目の前に凶悪な白い牙が迫る。咄嗟に剣を挟み両手で受けるが、踏ん張りきれず土壌を削った。

 

「く……『炎よ、矢となり我が敵を打て』!」

 

 今にも食いちぎらんとばかりに開かれている咥内へと、初級赤魔法《炎矢(ファイアアロー)》をぶち込む。オレでは高威力の属性魔法など使えないが、敏感な口の中となれば弱い炎程度で十分だ。

 

 タンの直火焼きはかなりの痛みを誇るのだろう、ヒュドラの首全てが悶え暴れ出し、オレへの攻撃が途絶える。

 

 やっと一息つける時間が生まれた。額の汗を手で拭いながらオレは呼吸を整える。

 

 しかし、どうしたものか。切ってもすぐに生えてくる再生力とか厄介すぎる。

 

(ヒュドラの倒し方は学んだはずだ。思い出せ、確か……首を三本全部切ると死ぬんだったか?)

 

 だけどあの再生力じゃあ、切ってもすぐに治る。あの再生力を止めないといけないのだが……

 

(そういえば、神話じゃあ切った傷口を炎で焼いたら再生が止まったとか……やってみる価値はあるな)

 

 一つの案が頭に浮かんだオレは、エミールへと協力を求める。

 

「エミールさん! 手を貸してください!」

「へ? あ、な、なにをすれば?!」

「オレがヒュドラの頭を斬り飛ばしますので、エミールさんはそれを魔法で焼いてください!」

「や、焼く?! 無理ですよそんなの! 暴れまわられて狙えるわけがない!」

 

 首がちぎれんばかりの勢いで横にぶんぶんと振るエミール。首を斬れば途端に暴れだすヒュドラを狙撃するのはきっと難しいことだろう。

 

「オレが斬ると思ったら打ってください! 暴れだす前なら狙えるでしょ!」

「そ、そりゃあもちろん! ……わかりましたよ! 巻き込まれても知りませんからね?!」

 

 売り言葉に買い言葉でエミールは了承し、恐る恐るといった様子で木の陰から歩み出る。オレは彼に頷きを返し、そしてこちらを一層忌々しそうに睨むヒュドラへと視線を戻す。

 

「ギュオオオオ!」

 

 噛みつきを主体としていた攻撃は、頭突きを主体とした攻撃へと変わる。よっぽど直火焼きが堪えたのだろう、威力も範囲も狭くなった攻撃は随分と躱しやすくなっていた。

 

 二連続でヒュドラの首が上から突っ込んでくるのをバク転の連続で躱し、着地と同時に腰からナイフを三本、唯一こちらへと向けられている目へと投擲。内一本が眼球へと刺さり、ヒュドラの視界を一瞬だけ奪い去る。

 

 そしてその一瞬のうちに、オレは地に刺さった首の一本へと全力ダッシュ。跳躍し、勢いのまま深緑色の左の首を一刀両断した。

 

「《炎球》!」

 

 直後、飛来した魔法の炎がその傷口へとまとわりつく。肉の焼ける匂いとともにヒュドラが悲鳴を上げ、そして攻撃が苛烈になっていく。

 

 どうやらエミールは正確こそ臆病なものの、その腕はかなりのものであるようだ。

 

 一旦オレは防御に専念しながら、ヒュドラの傷口を観察する。十秒、二十秒……肉が盛り上がるようなことも、骨が突き出るようなことも何も起きなかった。

 

 仮定が確信へと変わる。やはりヒュドラは、傷口を焼けば再生ができない。

 

 勝ち筋が見えてきた。

 

 重心を前に倒す。上からの押しつぶす頭突きを進出して躱し、攻撃の届かない胴体付近へと潜り込む。

 

(2本同時、行けるか!?)

 

 鎧の足で地面に踏ん張り、剣を両手で持って左から斜め上に振る。

 

 硬い。その一言に尽きる。鱗も厚く、骨も太い。さらには筋肉ですら、その繊維一本一本がまるで鉄線でできているようだった。

 

「う……らぁ!ってうわ!?」

 

 魔法《理力》をも剣に乗せ、何とか切断することに成功し体が右へと傾くと、そのすれすれを炎が飛来する。

 

 ……あっぶねえ……切るのにもうちょいでも時間がかかってたら巻き込まれてた。

 

 内心冷や汗を掻きつつも、ヒュドラから視線を外さない。

 

 首を二本失ったヒュドラは激高して攻撃が激しくなっているも、三本の時と比べて攻撃の隙間が大きい。

 単調化した攻撃をオレは余裕を持って捌き続け、確実に首を取れる隙を探す。

 

 そして、それはすぐにやってきた。

 

 今までに何度も放ってきた、上からの頭突き攻撃――その予備動作を捉えたオレは宙に飛び上がり、上下反転した姿勢で剣を構える。

 

 地面へと突き刺さった最後の首へと、《空歩》で飛び落ちようとすると――

 視界の端に、焼けただれた肉が迫ってきていた。

 

(まず……!)

 

 何とか剣を挟み込み防御するが、頭のない左首に吹き飛ばされてオレは地面を転がる。

 

 切られた首が動くはずがない――そう思って完全に油断していた。

 

 そして、不幸はさらに積み重なる。

 

 回転する視界は進行方向から接近する炎の玉を映し出し――

 

 森の中に、轟音が鳴り響いた。

 

 

 

「勇者様!?」

 

 爆煙の広がる森の中、エミールの悲痛そうな声が響く。彼の瞳には、自分の放った魔法へと突っ込む時雨をしっかりと確認していた。

 

 誤射なのだろう。もし時雨が首を斬ることができていたのなら、確実にその傷へと当たる軌道だった。

 

「そんな……勇者様……」

 

 直撃したのは間違いない。煙で姿は見えないが、無傷というのはありえないだろう。致命傷を負った可能性も十分にある。

 

 どちらにせよ、エミールにとっては望ましくないことだろう。時雨が戦えなくなれば、エミールはヒュドラになす術がない。

 

 やがて煙は散っていき、視界が通るようになる。

 

 そこにいたのは――

 

 全身に軽いやけどを覆いながらも五体満足の時雨と、3本の首全てを切られ倒れ伏すヒュドラであった。

 

 

 今のはかなり危なかった。

 

 炎の玉を認識した瞬間、オレは《空歩》を使って転がる勢いを殺した。そのまま跳んで炎球を躱そうとしたのだが間に合わず、足に振れた瞬間に爆発。

 だけど幸運なことに爆発の威力はオレを吹き飛ばす推進力に使われ、また飛ばされた方向にはヒュドラの首があり、勢いを乗せた斬撃で首を斬り落とすことに成功したのだ。

 

 結果的には炎球はいい方向に作用したが、もしそれを認識するのがあと少しでも遅くなったら、確実に爆発で足の一本はやられていただろう。

 

 ひりひりする頬をさすりながら、オレはほっと胸をなでおろす。

 

「勇者様!無事だったんですね!」

 

 晴れた煙の向こうから、安心したような表情でエミールが駆けてくる。

 

「はい。結構危なかったですけど何とか……」

 

 オレが笑って返すと、エミールは途端に顔をしかめて頭を下げる。

 

「あ……その、申し訳ありません!」

「いや、今のは仕方ないですよ。オレも斬ると思っていたので魔法を打っても仕方ないです」

 

 というか、別に誤射してもいいから!ってオレが言ったからなんも文句言えないんだよな。

 

「しかし……」

「それより、回復魔法を使ってほしいです。顔も手もひりひり痛くて……」

「は、はい! わかりました!」

 

 何を言ってもエミールは自分を責めそうだったので、オレはそう頼んでこの話を終わらせた。

 

 

 

 

 夕方

 

 ヒュドラを倒したオレ達はしばらくその場で休み、体力と魔力をある程度回復させてから帰路に着いた。

 

「しっかしヒュドラ、倒せてよかったですよ!見つかったときは軽く死を覚悟しちゃいました」

 

 エミールはさっきからこんな調子だ。よっぽどヒュドラを倒せたのが、生存できたのがうれしいのだろう、さっきから何度も同じことを繰り返している。

 

 まあ、うれしいのはオレもだけどさ。

 

(勝てないと思っていたヒュドラを倒すことができた……昨日の模擬戦じゃあよくわかんなかったけど、あんな化け物を倒せるってことはオレも成長してたんだな)

 

 少し自信が沸いてくる。昨日は思いっきりネガティブになっちゃったけど、そこまで悲観する必要はなかったかもしれない。

 

「でもほんとなんでこの森にヒュドラがいたんですかね。魔物は弱いほうだから新米冒険者に優しいこの森に」

 

 これもさっきから何回も言っている。オレもそれは疑問に思っており、色々と原因を考えていた。が、わからなくてすぐに断念する。

 やっぱり原因とか対策とかを考えるのはそういう専門家に任せるのが一番だからな。決してわからないから思考放棄しているわけでは断じてない。

 

「元からいたなんてことはありえないし、かといってどこかから来たと考えるにはこの近くにはこんな強力な魔物な魔物が生息する環境はないし……」

 

 おお、これは初めての言葉だ。なんだエミール、てっきりうれしさのあまり同じようなことしか喋れない魔法師になったのかと思ったぜ。

 

「もしかして、誰かによってここに連れてこられたり、とか?」

「……いや、エミールさん。流石にそれは飛躍しすぎなんじゃ?」

「まあ、そうですよね……」

 

 再び思案顔になるエミール。しかしオレは自分から否定したはずなのに、なぜかエミールの発想がどこかあり得るものに感じられた。

 

(誰かが連れてきた、か……)

 

 そんなことができるのは、地球のゲームで言うところの召喚士や調教師、といった者たちだろう。

 

 残念ながら、この世界でもそれらは幻想のものであるが。

 

 人間は魔物を手なずけることができない。それが、この世界の常識である。

 

 まだどこかでこの世界が非現実的なものだと思ってるから、エミールの言葉に可能性を感じたのだろうか。

 

「は~わっかんないですね……あれ勇者様、どうしました?」

「え?何がですか?」

「いえ、どうも難しい顔をしていたので……あ、もしかして何か気づきました?」

 

 期待の眼差しでエミールが聞いてくる。やべ、顔に出しちゃってたか。

 

「あー……いえ、とくには。エミールさんの案が少し気になっただけですよ」

「そうですか?自分で言っておいてなんですけどほとんどありえませんって」

 

 手を振りながらエミールは笑って答える。

 

「……まあ、こういうことは専門の人に任せちゃえばいいでしょ。オレ達か解決する必要なんてないですし」

 

 推理小説を読んでも犯人が誰なのか考えずに、最後の解説を読んでふーんって納得する人間だ。

 

「それもそうっすね……あ、勇者様、もうすぐ森を抜け……」

 

 前方を見ていたエミールの言葉が途切れる。魔物でも出たのか?と思い警戒しながら前方を見ると――

 

 普段と同じく赤いローブを纏ったロールスが、覆面黒装束の集団とともに森の出口に立っていた。

 

 迎えに来たのだろうか?それにしては少し、いやかなり異様だ。

 

「あれ、ロールスさん?どうしたんですかこんなところに?」

 

 ひとまず知っている人物がいたので、警戒を解いて話しかける。

 

「……少し、貴様に用があってな」

 

 だが返ってきたのは、重々しく冷たい声。普段とは一転したロールスの様子に、不安が顔をのぞかせた。

 

 突然、エミールがオレの肩を掴んで前後に思いっきり揺さぶってきた。よく見ると顔色も少し青ざめている。

 

「勇者様! いったい何をしたんですか!?」

 

 何をした?オレは何もしていないし、そもそもエミールがここまで取り乱す理由がわからない。

 

「異端審問会の方が出てくるなんて、いったい、何をしたんですか!」

 




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