召喚勇者は死にました   作:黒桜@ハーメルン

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8 逃走と闘争、そして……

「異端審問会の方が出てくるなんて、いったい、何をしたんですか!?」

 

 とりあえず今の状況を整理してみよう。異端審問会――多分あのロールスさんの周りにいる黒装束の奴らのことだ。元の世界の異端審問会というものは確か、宗教的な異端者を裁く機関だったと思う。

 

 もしこの世界の異端審問会も同じようなものだとしたら……

 

 え? オレがその異端者扱いされているのか? いやでもそんなことした記憶ないんだけど?

 

 状況を整理したら余計訳が分からなくなってきた。ていうかエミールそろそろ方揺らすのをやめてほしい。なんか気持ち悪くなってきた。

 

「うぇ……ち、ちょっと待ってくださいエミールさん。マジでわからないんっす。てか揺らすの止めてください、吐きそうっす……うぇ……」

「あ、す、すみません」

 

 エミールはとりあえず離してくれたものの、まだ顔が青い。異端審問会とやらが出てくるのは、そこまで大したことなのか。

 

「シグレ、貴様が何かをしたというわけではないから、心当たりなどないのも仕方がない」

 

 ロールスの言葉と入れ替わるように、一人の黒装束が前に出てくる。

 

「勇者シグレ、貴様には魔の眷属である疑いがかかっている! よって、ここで我々異端審問会が貴様を死刑に処す!」

「……へ?」

 

 覆面越しの少しくぐもった声につい間抜けな返事が出てしまう。

 

 唐突な、あまりにも唐突な死刑宣告。なんの冗談だと思ったが、オレを見つめる目に笑っている者はない。

 

「い、一体何のことだ! 魔の眷属!? そんなものオレは知らない!」

「神託によって下された事実だ。貴様が知ろうが知るまいが関係のないこと」

「そもそも魔の眷属って何なんだ! 疑いだけで人を殺すのか!?」

「魔の眷属とは、世界に害をなすもの、または可能性を持つ者を指す。例え貴様が勇者であろうと、可能性がある以上は見逃すわけにはいかない」

 

 ダメだ、こいつら全く聞く耳持ってねえ……神託を根拠にするとか、まるで魔女狩りじゃねーか。

 

 いらだちが沸々と沸き上がってくる。

 

「……おーけー、なら百歩譲って、オレは絶対違うけど百歩譲ってそうだとしましょう。……ロールスさん、勇者のオレを処刑してもいいんですか?」

「……これは教会の判断であると同時に、王令でもある。私にはどうすることもできない」

 

 少しためらいがちな声でロールスは答える。

 

 くそ、よく考えたらロールスさんが止めてない時点で国はこれを容認してるってことじゃねーか。

 

 八方塞がり。少なくとも、話をして何とかできる状況ではない。

 

 舌打ちしたくなるような気持ちが、頭の中を悶々と渦巻いていた。

 

「そこの魔法師、両手を首の後ろに組んでゆっくりと歩いてこい。貴様は処刑対象ではないため、抵抗をしなければ危害は加えん」

 

 その言葉にエミールは、逡巡するようにオレと黒装束を交互に見る。そして悔しそうな表情で、ゆっくりとその指示に従った。

 

「……すみません」

 

 通り過ぎざまに、そんなエミールのつぶやきが聞こえた。

 

 そのままエミールは、2人の黒装束にどこかへと連れて行かれる。

 

「さて、勇者――いや、罪人シグレよ。何か言い残すことはあるか?」

 

 まるで死刑囚に言い放つように、リーダーらしき黒装束がそう聞いてくる。いや、捕まっていないだけで実質オレは死刑囚か。

 

「……そうだな、じゃあ、一つだけ」

 

 これに答えれば、死刑が始まるのだろう。果たしてそれが彼らの持つ剣で首をはねるのか、十字架にでも張り付けて心臓を貫くのか、それとも魔法で焼き殺すのか……

 

 もちろんオレは殺されるつもりはない。こんな理不尽な理由どうやっても納得できないし、例え納得したところでおとなしく死ぬつもりなどないのだ。

 

 だからオレは、できる限り憎たらしさを表情に込めて――

 

「誰が簡単に殺されるかよ!《白霧》!」

 

 魔法名とともに、真っ白な霧があたり一帯を覆いつくした。

 

 

 

 

 

 

「な!?目くらましか!?」

 

 突然の魔法の行使に、異端審問会執行部隊――通称、暗部の彼らは騒ぎだす。生まれた煙は濃厚で、視界はほとんど通らない。

 

(まったく、たかだか水蒸気の煙じゃない。国の裏組織も聞いてあきれるわね)

 

 逃げていくシグレをスキルで眺めながら、ロールスは内心ため息をつく。

 

 魔法で霧を吹き飛ばすことも可能だったが、ロールスはそれを実行に移さない。暗部の者たちに手出しは無用とくぎを刺されていたのもあるが、彼女自身、どうにもこの任務に乗り気ではなかったのだ。

 

 

 

 

 ロールスがそれを知らされたのは、今日の朝だった。

 

「シグレ・ハナミヤは人類の敵となる」

 

 知らせてきたのは、モルドール教皇。一大組織のトップであるにも関わらず、フットワークが軽い方だ。今日の知らせはとても重いものであったが。

 

「それは、事実なのかしら?」

 

 ロールスの問い返しに、頷くモルドール。

 

「彼を鑑定した日の晩に、神託が降りました」

 

 シグレ・ハナミヤ。召喚された三人の勇者の中で、最も才を与えられなかった勇者だ。剣の才も決して特出したようなものではなく、魔法の才は悪い方向で特出していると言えるだろう。

 客観的に考えれば、人間に仇をなすほどのものには到底思えない。しかしロールスは多量の驚きを覚えていても、疑いはなかった。

 

 このエインズにおいて、神託とは絶対のもの。幾たびもこの国の危機を知らせ繁栄を促したそれに、疑いなどというものが侵入する余地はないのだ。

 

「……それは、すでにエインズ王に?」

 

 再び頷く教皇。ロールスは卓に置かれたカップを取り、紅茶を一口。はぁ、とため息を一つ吐いた。

 

「今日の内に処刑せよ、との命が下っております」

「今日中……なるほどね」

 

 今のモルドールの言葉で、ロールスはだいたいを理解する。

 

 つまり、森で魔物に襲われて死んだように見せかけるつもりなのだ。残りの二人の勇者に恨みを持たれ、勇者として支障をきたさないように。

 

「……グリム殿、それを伝えるためだけに?確かに教え子が神敵であるというのは衝撃的だけど、私は優先するものをわかっているつもりよ」

 

「ええ。ロールス魔法師長、あなたには処刑の同行を願います」

 

 不可解なその要請に、ロールスはわずかに眉をしかめる。

 

「私が? 処刑を行うのは暗部ではないのかしら?」

「その通りです。しかしまだ話していないというのに、よくお分かりになりましたな」

 

 モルドールの感心は、しかしロールスにとって大したことではない。こんな表沙汰にできない仕事を行えるのを、ロールスは暗部以外知らないだけだ。

 

 暗部は、そのほとんどが謎に包まれている。魔法師長であるロールスでもその戦力のすべてを知っているわけではないが、その仕事が露見することがないという事実が実力の高さを知らしめているだろう。

 

 果たしてシグレを相手に、暗部が後れを取ることなどあるのだろうか。

 

「万が一が起きるかもしれない、と神はおっしゃられました」

 

 返ってきた答えに、ロールスは手に持つカップを思わず落としそうになった。

 

 絶対であるはずの神託。それが可能性というあやふやなものを下すなどとは想像だにできなかった。

 

「……なるほどね。わかったわ」

「感謝します。それでは、『太陽が橋を下るころ、白き門にて』」

 

 最後にそう言って、モルドールは立ち去る。

 

 残されたロールスは紅茶を飲むと、また重く息を吐いた。

 

 

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 巨大な岩の陰に座り、荒くなった呼吸を整える。

 慣れない森の中だからだろう、いつもの数倍は疲れやすく感じる。

 

 煙幕を使った逃亡は大成功だった。不意を突かれたあいつらの顔を見てみたかったが、流石にそれは無理な話だろう。

 

 籠手から両手を抜き、胴、腰を守っていた鎧を取り外す。流石に足のは外せないが、今の状況では鎧は不快で不要なものでしかない。

 

 《アイテムボックス》を開き、紫の液体の入った瓶を取り出す。

 魔力回復薬(ポーション)だ。エミールと休んだ時は本当に体を休めたのみで、寝てもいない状態じゃあ魔力はそんなに回復していなかった。

 

 (何かあれば、ってことでグレイスさんからもらったやつだけど、まさかこんな形で使うことになるとはな)

 

 栓を抜き、一気に呷る。胃袋に液体が流れ込むのと同時に、身体の芯に魔力が満ちていくのを感じる。

 

 さて、ここまで逃げてきたはいいもののここにずっといるわけにはいかない。一時間もすれば、捜索の手はすぐにあちらこちらに伸びてくるだろう。

 

 オレに選べる選択肢は三つ。逃げるか、隠れるか、それとも戦うか。

 

 まあ、戦うは論外だ。そもそも戦わないために逃げたんだし。

 

 隠れるのは……これも悪手か。サバイバル知識がないオレじゃあこの森で生き続けるのは難しい。

 いや、数日程度なら可能かもしれないが、奴らは数日程度じゃあ諦めないだろう。数週か、あるいは数ヶ月か……オレが死んだかすでにいないか、そう判断してもらえるまで果たしてどれだけ長い期間潜伏する必要があるのだろうか。

 

 結局、逃亡が最善の手のようだ。その後どうすればいいかわからないが、時間がない今出ることを最優先に考えないと。

 

(どっちが出口に近いかはわからないけど……来た方向の逆へ向かうのが安全か。下手に方向転換して迷ったら目も当てられない)

 

 そう結論付けて、オレは立ち上がる。まだまだ体は休憩を欲していたが、休みすぎても体が動かなくなるだけだ。

 飲み干したポーションの瓶、不要になった鎧を《アイテムボックス》にしまう。痕跡は残さないほうがいいだろう。流石に走った足跡はどうにもできないが。

 

「さて、急がないと」

 

 向かう先を確認し、オレは再び走り出した。

 

 

 

 

「ちくしょう、こっちもかよ……」

 

 遠くに黒装束の姿を認めたオレは、茂みの中に隠れ潜み悪態をつく。

 

 あれからだいたい三十分。森の出口にたどり着くことができたのだが、そこにはすでに審問会の奴らが見張りに立っていた。

 一か所だけではない。視界の通る範囲に必ず二人以上の黒装束が見張っていた。このままではバレずに森を出るのはほぼ不可能だろう。

 

(困った展開になってきたな……)

 

 森を出るだけでいいのならバレるのを承知で走ればいい。だけど森の外は見たところ草原だ。身を隠す場所がないのでは、追っ手をまくのはかなり難しくなる。

 

 やはり、こっそり抜け出せるような箇所を探すしかないのか?……いや、そう考えて進んできた結果が今の状況だ。もしすでに森が完全に包囲されているのなら、ただただ時間を浪費するだけになる。

 

 思考を張り巡らせるも、妙案はそう簡単に思いつかない。

 

 解決策の出ないまま、いたずらに時間が過ぎていく。そして周囲への注意が薄れてしまっていたのだろう。後方、かなり近い位置から人の足音が聞こえた。

 

 心臓が跳ね上がる。確実に見つかっているだろう。

 

 どうすればこの場を切り抜けられる。

 

 いや、方法はわかっている。だがそれはオレが最も忌避しているものであり、果たして身体が言うことを聞くかどうかわからない。

 

 だがもう既にどうしようもない。それ以外に、方法などないのだ。

 歯を食いしばり、震える右手をゆっくりと腰の剣に掛ける。オレが気づいていることを知られないよう、剣の留め具をこっそりと解除する。

 

 耳を澄ませ、足音の場所に集中する。

 

(…………今だ!)

 

 間合いに入ったのを確信した瞬間、オレは振り向く勢いのまま剣を振り抜こうとし――

 

「わあ!?」

 

 聞き覚えのある声に、オレの動きは止まった。

 

 オレの後ろまでこっそりと接近し、今は驚いて尻もちをついているのは

 

「……エミールさん?」

 

 審問会に連れて行かれた時と何ら変わらない格好の、魔法師エミールその人だった。

 

「ちょっと勇者様、いきなり振り向かないでくださいよ!?」

「え?あ、すみません」

 

 状況が理解できず咄嗟に謝るが、よくよく考えるといろいろとおかしい。なんでエミールがこんなところにいるんだ?

 

「なんでって、抜け出してきたから?」

 

 違う、そうじゃない。オレが聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。

 

「そりゃあもちろん、勇者様を助けに来たんですよ」

「いや助けに来たって……エミールさん、あいつらの言ってたこと聞いてなかったんですか!?」

 

 いうなれば今のオレは国家レベルの悪人だ。そんなオレを助けたとなると、罰則は免れないだろう。オレに降りかかった理不尽に、今日に会ったばかりのエミールが巻き込まれる理由などどこにもないのだ。

 

「そんなわけないじゃないですか」

「なら、一体なんで――」

「勇者様が、彼らの言う悪には思えなかったんですよ」

 

 まっすぐオレを見るエミールに、思わず言葉を失う。

 

「たった半日の付き合いですけど、私にはどうしても、勇者様が悪い人間には見えなかった。……私は、恩を返すためにここに来ているんです」

 

 ひどく真面目な表情で、エミールはそう言い切る。

 

 最初に感じた頼りなさはもうどこにもない。今のオレには、彼がどうしようもなく頼りがいのある男に見えた。

 

「……ありがとうございます、エミールさん」

「あ、敬語はいらないです。ただでさえ勇者様は目上の人だというのに、敬語を使われるのはひどく申し訳なく感じるんですよ」

「わかった。なら、オレも時雨でいい。勇者様って呼び方、どうにも、むずかゆかったんだよ……どうもオレはもう勇者じゃないようだし」

 

「それは……わかりました」

 

 少しためらうような表情を見せるが、エミールは了承してくれた。

 

「それで、エミールさん。ここまで来れたってことは、どこか抜け道があったのか?」

「もちろんですよ!私が先導するので、シグレさんは後ろからついてきてください!」

 

 四面楚歌の手詰まり状態は、思わぬ援軍によって解消されたようだった。

 

 エミールの後を追って、森道を慎重に進む。途中追っ手の姿を見かけるが、隠れ潜んでやり過ごす。

 

 そうしておよそ三十分ほど、まるでそこだけ忘れ去られたかのように、見張りの一人もいない森の出口へとたどり着いた。

 

「ここからは草原ですけど、草の丈が高いのでゆっくり進めばばれにくいはずです」

「わかった……行こう」

 

 お互いに頷きあい、屈み歩きでゆっくりと進む。ここを抜けさえすれば、審問会の奴らから逃げられるんだ。最後ほど慎重に気を引き締めていかないと。

 

 だが、その追っ手を警戒する心が仇を成したのだろうか。足元に注意を向けっていなかったオレは何かに足を引っかけ――

 

 カランコロン

 

 軽快な木琴のような音が、静かな森の中に響き渡った。

 

(しまった!?鳴子か!?)

 

 動揺するももう遅い。鳴子の鳴ってしまった今、追っ手に自分の位置は完全に知られた。

 

「シグレさん!走って逃げますよ!」

「あ、ああ――っつ!?」

 

 動揺しながらもエミールに従い走り出そうとした瞬間、何かが顔の横を通り過ぎ、同時に頬に痛みが走った。

 

 剣を抜きながら咄嗟に振り返る。

 

 黄昏時の悪い視界の中、振り降ろされた黒い刃を白銀の剣ではじき返した。

 

「ほう……伊達に勇者ではないということか」

 

 黒い覆面の奥から男の声が響く。

 

 最後の最後で、オレ達は追っ手に見つかってしまった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「どうやら、罪人は発見されたようだ」

 

 掌に青く光る石を見つめ、暗部総隊長はそう口にする。

 

「その石、共明石かしら?」

「その通りだ。流石魔法師長、博識でいらっしゃるな」

 

 小馬鹿にしたような口調に、しかしロールスは眉一つ動かさない。魔法師長という立場の彼女にとって、妬みやっかみはとっくに慣れ切っている。

 

「驚いたわね。非常に高価なはずのそれを隊に一つ……いえ、一人に一つ配っているのかしら?」

「我々の仕事上、遠距離で連絡ができるこの石は非常に重宝するもの。それに高価といっても、我々の持つ資金にとっては微々たるものだ」

 

 共明石は、魔力を流すと発光する。ただしそれは魔力を流した石のみではなく、リンクするすべての石が、魔力を流した石との距離によって違う色に発光するのだ。

 つまりこの石を使えば、離れた位置の仲間に自分の位置を知らせることができる。まさに審問会にとっては必須といってもいいものなのだろう。

 

 共明石の輝きは3秒続いて消える。彼らにとって、それが発見したという合図のようだ。

 

「……何もしないのかしら?」

「必要がない。ひよっこ勇者の始末など、すぐに片が付く」

「その割には逃げられているわね」

「……それは我々を挑発しているのか?」

 

 ロールスの言葉に、総隊長は不快そうな返事を返す。

 

 (ちょっとした仕返しのつもりだったのに、暗部って随分と正直なのね)

 

 シグレに逃げられた時といい、もしかして暗部は経験が少ないのだろうか?

 

 ロールスが審問会にさらなる呆れを覚えていると、総隊長の共明石が再び光りだした。

 

 ただしさっきのような持続的な光ではなく点滅している。ロールスは審問会の合図など知ってるわけないが、総隊長の眉間を見るにあまりよい合図ではなさそうだ。

 

「何かあったのかしら?」

「……緊急事態を知らせる合図だが、我々が行動を起こす必要はない。他のものが駆けつけてすぐに処理するはずだ」

 

 共明石の光の色――青色が示すのは、合図の発生元からかなり離れているというものだ。これが近づけば緑、黄色と変色していき、最後には赤となる。

 

 総隊長の言う通り、遠くにいるロールス達が動く必要はないだろう。

 

 間もないうちに、点滅が止む。緊急事態とやらが解決したのだろうか。

 

「……なに!?」

 

 しかしそんな期待にも似た予想は、再びの点滅に裏切られる。

 

 一度目と比べて、点滅の間隔が短い。焦っているのだろうか。

 そして二度目が終わった数秒後、3度目がやってきた。

 

 明らかに、おかしい。

 

『万が一が起きるかもしれない、と神はおっしゃられました』

 

 ふとロールスは、モルドールの言葉を思い出した。そして同時に、得体のしれない不安が這い上がってくる。

 

 まさか、今がその万が一なのか?

 

「……仕方がない。第四隊、援護に向かうぞ」

 

 4度目の点滅を苦々しそうに睨みながら、総隊長は残っている暗部に指示を出す。

 

「魔法師長、申し訳ないが我々とともに来てもらいたい。できれば貴女の手は借りたくなかったのだが……」

「この異常じゃあ、そうも言っていられないようね。……元からそのつもりよ」

 

 総隊長は頷く。そして5度目の点滅と同時に、彼らは宵口の森へと突入した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 剣を構え、油断なく目の前の黒装束の男を観察する。

 

 男の両手には黒く塗られた双剣が。しかし先ほどの飛来物――おそらくナイフ――からもわかる通り、武器はそれだけではないだろう。

 

「……どうやら、戦わないとダメなようだな」

 

 きっと逃げたところでいつまでも追いかけてくるだろう。安全に逃げるためには、こいつを倒す必要がありそうだ。

 

「シ、シグレ様、私はどうすれば?」

「魔法で援護を。ただしできれば音と光の出にくいほうがいい」

 

 視線は男に向けたままエミールに返事する。

 

 鳴子の音はもうどうしようもないが、森に散らばっているであろう他の追っ手に無駄にオレ達の位置を知らせる必要はないのだ。

 

 男が、動く。オレは無詠唱で《身体強化》を発動し迎え撃つ。

 

 躍るような動きで連打が繰り出される。その一つ一つを冷静に躱し受け流し、二本同時の振り下ろしを受け止める。

 

 つばぜり合いとなった瞬間、オレは男の腹へと蹴りを放つ。しかし確かに直撃したはずなのに返ってきた足応えは軽く、まるで軽業師のように男は空中で一回転。着地したと同時に、腕を横に振ってナイフを投擲した。

 

「《土壁》!」

 

 地面が盛り上がり、軽い音とともにナイフはそれに刺さる。横に跳んで視界を確保すると、男は目の前まで迫っていた。

 

 再び剣と剣が交じる。何度目かの打ち合いの瞬間、隙を見たオレは剣に力を込めて振り、男の右手から剣を弾き飛ばした。

 

 追撃を仕掛けようとするが、一瞬だけ早く男が後方に逃れる。そして荷物など持っていなかったように見えるのに、どこからともなく新しい武器――鎖鎌のようだが、分銅の付く位置に短剣がつけられている――を取り出す。

 

 先ほどとは違い、大ぶりで変則的な軌道の攻撃が飛んでくる。予測のできないその攻撃は、まともに相対すれば厄介なものだろう。

 

 だがオレにとっては、むしろ楽なものだ。

 

「《理力》」

 

 短剣を弾き上げた瞬間、オレは《理力》をそれにかける。放物線を描いていたそれは突如軌道を変え、操者である男へと襲い掛かった。

 

 短剣が男の肩に刺さる寸前に、男はそれを手で掴んで止める。また《理力》をかけられるのを警戒してか、鎖鎌と短剣で直接切りかかってきた。

 

 鎖がある分、さっきのように簡単には奪えない。再び始まる剣の打ち合いに、オレは一つ確信をしていた。

 

 こいつは、そこまで強くない。手数は圧倒的に幸助の方が多いし、一撃の威力も優の方が断然上。武器に多彩さはあったが、オレが対処できないような攻撃は何一つなかった。

 攻勢に移れば、確実に勝てるだろう。

 

 ただ果たしてオレに、人を相手に攻撃ができるのだろうか。

 

 しかし攻勢に回らないといずれ他の審問会の奴らが合流して、勝ち目が無くなってしまう。

 

 生きるためには、これが最後のチャンスなのだ。できるできないじゃない、やるしかないんだ。

 

 覚悟を決め、オレは一歩前へと踏み出した。

 

「む!?」

 

 鎧を履いた右足が、垂れ下がる鎖を捉える。同時に剣を強く振り鎖の根元を破壊、蹴りを放ち、鎌を遠くへと弾き飛ばした。

 蹴った勢いのままオレは体を一回転、突き出された短剣を、その刃ごと叩き折る。

 

 男は後方へと跳ぶ。またさっきのように、どこからとなく武器を取り出すのだろうか。

 

 そんなことはさせない。肉薄するように跳躍し、がら空きの腹へと拳を叩きこむ。手ごたえあり、今度はちゃんとダメージが通ったようだ。

 

「くっ……」

 

 覆面の下から苦しそうな声が漏れる。その一瞬の隙に、オレは回し蹴りを男の脇腹へと放つ。

 咄嗟に男は腕を盾にしたが、勢いを殺せずに地面へと倒れ込む。仰向けに転がる男ののどへと剣先を向け突き出し――

 そしてあと一センチといったところで体が動けなくなった。

 

 生き延びるための最初でおそらく最後のチャンスは、たった一つの心傷によって台無しとなった。

 

「どうした、殺さないのか?」

 

 違う、殺さないんじゃない。殺せないんだ。

 

(やれよ! 覚悟を決めたんだろ!?)

 

 だがダメだ。やはり覚悟程度じゃあ、そんな簡単に決められるものじゃあ足りなかった。やるやらないじゃない、できないんだ。

 

 全身が震えに包まれていると言うのに、男に向けられた剣先は微動だにしない。まるで見えない鎖が、四方八方から腕を縛り上げているようだ。

 

「う……あ……」

 

 汗が背中を伝う。視界が揺れる。

 

 意識が眩み今にも消えてしまいそうな中

 

 突き刺す鋭い痛みとともに、視界の端でエミールが、薄氷のような笑みを浮かべていた。




読んでいただきありがとうございます
次の投稿で序章は終わり、一章は一日ひとつのペースで投稿を行います
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