せめて、皇帝らしく   作:亭々弧月

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回光返照

 その日、エ・ランテルの街は繁栄の到来を思わせる虹色の輝きにむせていた。

 

 人々は外に繰り出し広場へと向かう。そこにアンデッドに怯えるかつての市民の姿は無かった。そんな彼らのお目当ては今からまさに出発せんとする冒険者たちだ。

 

 国を挙げての式典は、集まる人々のうねりに伴って徐々に祭りの様相を呈し始めた。路上には露店が立ち並び、音楽を奏でる者や伝承を語る吟遊詩人(バード)が現れた。今日はアンデッドたちによって執政、警備、運送が行われるこの魔導国において生者たちが活躍する最初の時なのだ。未だにアンデッドを恐れ、魔導国の方針を疑問視する者もいるが、市民は徐々に自分たちを生者という括りでもって種族を超えた一体感を感じ始めている。

 

 また、最近になってあらゆる種族の知識人による様々な種族の特性や考え方について記された本が出回り始めた。それによって亜人や異形でもアンデッドよりはマシかもしれないと思う者たちが増えてきたのである。最近では他国の研究者や魔法詠唱者がさらなる交流や知識を求めこの国を訪れることも多い。

 

 

そして今、多くの市民が魔導国冒険者組合の始まりを祝っている。

 

 街の中央の広場に設営された舞台の上には魔導王やその側近だけでなく、冒険者組合長やバハルス帝国皇帝に加えクアゴアの王がいる。皆今日の式典にて冒険者たちを激励するために招待された。その舞台の前には冒険者たちが誇らしげな顔で並んでいた。

 

 今回の遠征で組織された彼らは「冒険隊」と名付けられ魔導王による勅令の下に任務が与えられている。その任務は「ドワーフの国までの安全な交易路の確保に伴うアゼルリシア山脈の探索」となっている。これは将来的に両国間に魂喰らい(ソウルイーター)による馬車鉄道を敷設することを目標としている。鉱山資源をドワーフの国から輸入し、魔導国からは酒や食品やアンデッドを輸出するというこの貿易構想は魔導国の更なる発展には欠かせないものだからだ。

 

 そして一台の馬車が到着した。馬車から出てきたのはこの街の英雄モモンであった。その瞬間、群衆の歓声が渦巻きモモンを称える声がそこらじゅうから湧き上がる。モモンはそれを手で制して拡声器を受け取り、人々に向かって語りだす。

 

「今日この日は魔導国にとって、この国に生きる者たちにとって、冒険者たちにとって喜ばしい日だ。ここにいるバハルス帝国皇帝とクアゴアの統合氏族王の両名が種族を超える友情があることを我々に教えてくれた。それでもまだまだ不安を抱く者も多いだろう。しかし、この目で魔導王をそばで見てきた私が言えることは、この王ならば更なる繁栄が望めるということだ。そしてそこには種族の垣根など存在しない。生きとし生ける者皆が手を取り合っていこうではないか!」

 

 モモンの呼びかけに応じて歓声が、拍手が、沸き起こる。観衆の顔には笑顔が浮かぶ。

 

 そもそも王がアンデッドであることを除けば、順調にかつ急速に発展を遂げる素晴らしい国なのである。まだまだほんの少しではあるがモモンに対する信頼もアインズ・ウール・ゴウン魔導王への信頼へと変わりつつあった。

 

 広場から大通りへ出て門までの道のりを冒険隊が練り歩く。群衆は彼らの勇気を称え凱旋を願っている。やがて門に着き準備された馬車に彼らが乗り込んだ。未踏の地を進む冒険隊のために魔導国からは特別に魂喰らい(ソウルイーター)の引く馬車が用意されているのだ。これから大規模な冒険隊が編成される時には特別に貸し出されることになっている。

 

 やがて彼らを乗せた馬車が見えなくなるまで、集まった人々は手を振っていた。

 

 

 

 

「くそっ、やられた……」

 

 ジルクニフが今回の異種族混合冒険者パーティー計画について聞かされた時、最初に抱いたのはしてやられたという思いである。リユロとの関係は魔導王にはすべてお見通しだったというわけである。しかもすぐさまそれを利用してきた。機を見るに敏とはこのことである。

 

 魔導国側からは、種族を超えた交流は魔導国の理念に沿うものであり非常に喜ばしく思っているなどと書かれた文書が届いたが、ジルクニフにしてみればお前のプライベートだろうがおかまいなしに常に監視しているぞという脅し文句にしか思えなかった。

 

(……式典を執り行うのでエ・ランテルに来いとのことだが、まぁ視察がてらというのも悪くなかろう)

 

 式典当日は壇上に上がって群衆の前で冒険者たちに激励の言葉を贈ることになっているが、自分の容姿が人より優れていることを自覚しているジルクニフはそれを利用してエ・ランテルの市民に一人の人間として好印象を抱かせようとも考えていた。

 

 それだけでなく、ジルクニフは魔導国の首都をこの目で見る必要があると思っている。部下から色々伝え聞いてはいるもののどれも想像のつかないものであり、実際に目の当たりにするまで理解できないだろうという結論に至ったからだ。第一、そこかしこを死の騎士(デス・ナイト)が歩き回って魂喰らい(ソウルイーター)が馬車を引いて空にはドラゴンが飛び交っているなどと言われてもピンとこない。

 

それに首都というのは国の顔である。将来的に帝国にも取り入れられるであろう制度を確認しておこうというのは自然なことだろう。しかしどうしても魔導王がまた何かを企んでいるのではないかと疑ってしまう。

 

「ただの式典で終わればよいのだがな……」

 

 

 

 

 

 結論から言えば特にハプニングや想定外のことが起こることもなく式典は終わった。長い間敵国であった王国の民たちが多いエ・ランテルで自分が受け入れられるのかという心配はあったが、自分のスピーチの際に観衆の様子を窺ったところなかなかいい感じだったと思う。当然モモンほどの人気ではなかったが。

 

 この後は視察と称して3日ほどこの魔導国に滞在する予定となっていた。今まで見た限りでは帝都ほどの繁栄はしていないものの、今日のエ・ランテルはそこかしこにお祭り気分が満ちており、ジルクニフの予想以上に人々は幸せそうであった。

 だが、視察するからにはただ見学して終わりというわけではない。

 

 (何もかもが完璧な国など存在しないはずだ。魔導国の農村部はどうなっているかも知っておきたい……)

 

 例え属国となったとしても、いや属国だからこそ宗主国の情報は怪しまれない範囲で収集したい。というのは建前で本音のところは好奇心によるものだ。下手な好奇心は身を滅ぼしかねないが、帝国に将来導入されるであろうシステムの把握はしっかりしておきたかった。

 帝国の行政はほとんどを魔導国任せにしているものの、自分の国が将来どうなるかは覚悟しておきたい。

 

 そこでジルクニフはエ・ランテルの視察を終えた後、農村部で行われているというアンデッドによる大規模農耕の見学を申請した。魔導国側から正式に許可が下りた以上都合の悪い部分は見せてこないとは思うが、行く価値はあるという判断だ。

 

(そのうち我が国でも始めるだろうしな。元々考慮していたとはいえ、心構えぐらいはしておかねば……)

 

 

 

 

 

 

 

 そして農場視察の日、ジルクニフを待ち受けていたのは想像を絶する光景であった。

 

 どれほどの広さか予想もつかない広大な農地を何頭もの魂喰らい(ソウルイーター)が車輪付きの(すき)と思しきものを高速で引いて耕している。その速さゆえに土埃が舞うぐらいだ。また別の畑では何体もの死の騎士(デス・ナイト)が土をひっくり返している。そしてその耕された後の畑に大量の骸骨(スケルトン)が種を蒔く。

 

 アンデッドが農業に従事するという名状しがたい不気味で異様なその光景は事前に覚悟していたジルクニフをしてなお震え上がらせるに十分であった。

 

 聞けばちょうど魂喰らい(ソウルイーター)死の騎士(デス・ナイト)のどちらが早く畑を耕起できるかの実験を行っているらしい。より効率的なアンデッドを使用した農法を模索し続けていくとのことだ。

 

(─────アンデッドの導入だけでも使用料をとられそうだというのに効率的な利用法まで確立されるとこちらの立つ瀬はあったもんじゃない……。食糧生産の全てを握られるというのは……)

 

 今回の視察では予測よりも遥かに帝国は魔導国に依存する状況に置かれるということが分かった。

 

 それに魔導国産のアンデッドは魔導王の支配下にある。農民が何か怪しい行動を起こしたら鎮圧せよと裏で命令を下されているかもしれない。

 

 本来ならば危機感を覚えて奔走したりするのだろうが、今のジルクニフにはそのような行動をとる気などない。

 

(まぁ私にできることなどないからな。全て魔導国に委ねるしかないのだ。どうせ当分の間は周辺国へのアピールとして多大な援助のもと繁栄が約束されているんだしな……)

 

 すっかり諦め癖がついてしまったと自分でも思うが仕方ない。仕方がないのだ。

 

 

 

 

 視察を終えエ・ランテルに戻りいくつかの公務を済ませ、翌日ジルクニフら帝国使節団は帰路についた。それに際して魔導国側から転移魔法を使って送ろうという申し出があったがジルクニフは丁重に断った。転移で一瞬のうちに移動できるのは確かに便利だか少し味気なく思われたからだ。

 

(どうせすぐ帰っても暇を持て余すだけだ。それにあの言いようだと馬車の中ぐらいは覗かれてないだろう。……多分)

 

 

 晴れた空の下、一面の草原を馬車は颯爽と駆けていく。しかしそれでも魔法が施された車内は静かだ。ジルクニフは考え事をしながらぼんやりと窓の外の地平線を眺めている。

 いろいろと口に出したいことはあるが、向かいに座っている部下たちの手前、独りごつわけにもいかない。

 

(確かに気は楽になった。しかしこれからどうなるかサッパリ分からん。ある日突然用済みだと消されるかもしれん。まぁ、それも仕方ない────その日が来るまで……せめて、皇帝らしくあれればよいのだが……)

 

 

 

 

 ふと気づけば、すでに草原が茜色に染め上げられていた。蜜柑色の太陽もすでに下半分が埋まっている。

 

 この地平線の彼方に沈まんとする夕日が闇夜の暗黒時代の到来を示唆しているのか、はたまた一時の夜の後に来る光り輝く新時代の日の出を仄めかしているのか。ジルクニフには見当もつかなかった。 

 

 

 

 

 




回光返照(えこうへんしょう)・・・自らの光を外へ向けるのではなく、 内なる自分へ向けて、心の中を照らし出し、自分自身を省みること。
紫電星霜(しでんせいそう)・・・容姿がすぐれていて意志が固い人のたとえ。

強引な感じもしますがここでいったん終わりです。(気が向けば番外編みたいなのを書くかも)

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

(誤字報告ありがとうございます)

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