いずれ来ること
意識が、朦朧としていた。
「おい、寝るなよ!」
怒鳴るような声が、鼓膜を揺らす。
だが、目を開けることも億劫で、やっとのことで開けても、視界は定かではない。
「――寝ない、ねない」
寝たときは、死んだときだろう。
死んでも、また生まれる呪いを受けているとはいえ、レイシフト先でマスターが死ぬのは問題だ。
「あと、帰るだけ。そんな、心配しなくていいよ、クー・フーリン」
実は今、クー・フーリンがおぶってくれている。
致命傷を負った。体を貫かれ、骨が折れ、肉を、肺を突き破った。
端的に言うと、死にかけた。
けれどもどうにか死なないくらいまでに傷が癒え、話すこともできている。
ぼんやりとした視界の中、心配そうにこちらを見るサーヴァントを見た。
「リンドウ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。おれの、采配ミスのせい、だから、」
全ては己の力を過信しすぎた自分のせいだ。
魔術師の中でもそこそこ実力があると知っているだけに、過信してしまったのだ。
そして、致命的な怪我を負ってしまった。
過信し、ミスをしたせいで心配させているのだからどうしようもない。
救いは、作戦は無事に終えられたことか。
「リンドウくんはすぐにこっちへ!」
「意識は――」
声は遠ざかり、視界は閉ざされ、何もかもが消えていった。
久しぶりの夢を見た。遠ざかる夢、手の届かない夢、一人になる夢。
――夢を見た。
「……そうだよなぁ」
目を開いて、目覚めて、真っ白な天井が見えた。
痛みが響く体を感じ、規則的な電子音が鳴る。
「――意識が戻りました!」
夢から覚め、リンドウは現実に帰り、現実を見た。
けれど、すぐに目を閉じる。そんなことをしても、見てしまったものは消えないのに、そうせずにはいられなかった。
忘れていた。いや、忘れていたかったのだろう。
その未来があることを。
*
怪我は完治した。体調も良好だ。
「こんなところで外を見ていて、何か見えるかな」
「……マーリン」
柔らかに声をかけられて、ぼんやりしていた意識が戻った。
そのときには、隣にマーリンがいた。
にこりと笑う彼を見て、かけられた言葉を思い起こす。
「中々の吹雪が見えるよ」
外は雪が吹き荒れ、見事に白一色。
建物の、人気がない隅にリンドウはおり、窓の外を向いていた。
本当に外を見ていたわけではないけれど、目には映っていた。
酷い吹雪だ。外はどんなに寒いだろう。
「確かに中々の吹雪だ。見ていて面白いかい?」
「面白くはないけど、見ていられる。マーリンって雨が降ってるところとか、空とかずっと見てるの、苦手なタイプ?」
「そんなのは飽きるほどに見てきたからね」
必要なのは面白みらしい。
その言葉で、ふと彼の現状を思い出した。
「マーリンはさ、今もアヴァロンの塔にいるんだよな」
魔術師マーリンはアヴァロンの塔にいるという。
彼がここにいるのは、「彼自身」ではなく、分身だからだ。サーヴァントとは言えない特殊な形でここにいる。
本体はこうしている間もアヴァロンにいるはずだ。
「そうだとも」
「退屈しない?」
世界が終わる日まで、彼は世界を見続けるため、生き続けている。
「私にはこの眼がある」
「あぁ、なるほど」
千里眼。この世界のあらゆる場所を覗ける眼。
ただただ塔におり、その周辺の景色だけを見ているのではない。
それに、彼は本体ではないとはいえ、ここにいるのだ。
でも本体と分身とでは勝手が違うだろうというのは、彼にとって些細なことなのだろうか。
「それに私が選んだことだ。――キミは退屈か?」
「俺? 退屈じゃないよ。退屈になる暇もないし」
さっきまでぼーっとしていたが、一日中そうする時間があるわけではない。
「『今』を指しているのではなく、リンドウが生き続ける歳月は退屈かと聞いているんだ」
窓の外を見ていた目を、横に立つマーリンに向けた。
マーリンはいつから視線をこちらに移動させていたのか、目が合う。
世界を見渡す眼は、何物をも見透かしそうだった。
事実、今、見透かされているのか。
「……知ってたのか」
「私は優秀な魔術師だから」
キミにはたちの悪い呪いが蔓延ってるようだ、と偉大な魔術師は言った。
リンドウの身にある呪い。
死んでは生まれ、死んでは生まれと、生が際限なく続いていくかのような呪いをマーリンは言い当ててみせた。
いつから知っていたのだろう。
カルデアで知っているのは、ドクターとダ・ヴィンチちゃんとギルガメッシュくらいだ。
立花にも他のサーヴァントにも言っていないし、見抜かれたこともない。
「退屈なときもある。それは、誰だってそうだろ?」
再度質問に答え直した。
退屈なときはある。
退屈、とは時間をもて余すことだろう。そんなこと、どれくらいあったか分からない。
マーリンが生きてきた時間は、リンドウよりももっと長い。
彼は夢魔との混血であれど、見た目は人と言っても差し支えないだろう。
人が生きられる年数を越えた年数を過ごしてきた。その点では、リンドウと似ている点もある。
だが明確に異なるのだと、感覚だけでも分かっていた。
そこは、混血で人よりはあちら寄りだからか、単に個人の性格か。
千里眼を持つからか、単に読み取れないだけか。生きる環境が違うからか。
長く、生き続けることは苦しくないかと、問いたかった。
その問いは、無意識に口から零れていたらしい。
「キミは何が苦しい」
急に問われたと思い、心が読まれたと思って、次いで自分が疑問を声にしたのだと察した。
「……俺だけまた生まれるのが苦しい。……生まれて、また、知っている人はいなくなる。時間は流れるのに、俺は巻き戻った気分になって、取り残される気分になる。――同じ時間を生きられない。俺は死ぬ。また生まれ、また生きて、人と出会い、どれだけ付き合いが続こうといずれ別れる。……人との別れが、苦しい」
一言出ると、次々と溢れてきた。
苦しい、苦しい。
「それでも関わらずにはいられないんだね」
そうだ。関わらずにはいられない。温かさに惹かれずにはいられない。
別れは来るのに。
「そこが、私とリンドウの違いだろう。私は本来、何にも関われない存在だ」
ここにいるのは特殊なことだ。
似ているようで否なる点の一つ、大きな点だ。
彼は何にも関われない。誰にも。
塔の中で一人、世界が終わる日まで世界を眺める。
「確かに、そうだね……」
「まあ見ているだけで楽しいものだから」
花の魔術師が華やかに笑う。
やはり、根本的なところから違うのだと、感じることになった。
「……マーリンとなら、ずっと居続けられることになるんだろうなぁ……」
世界が終わるまで居続ける存在。彼とならば、同じ時間を生きられるのだろうか。
リンドウは生きて、死にをどれだけか分からないけれど繰り返すのに対し、マーリンは生き続けるようだが。
流れる時間は、普通の人よりも似ているだろう。
そんなことが、頭に過って、苦笑した。口に出してみたことにすぎなかった。
一方、マーリンはぱちぱちと瞬いて、首を傾げた。
「僕の元に来るかい?」
「……マーリンのところって、アヴァロン?」
来るかって、唐突なことだ。しかしそれより。
「そもそも行けんの?」
「さあ、どうだろう」
「どうだろうって」
何だよそれ、とリンドウは笑った。
たぶん行けないやつだろ、それ。
「俺の話、聞いてくれてありがとう、マーリン」
話を終わりにする証に、窓の外に目を戻した。
つまらない、仕方のない話に付き合わせた。
マーリンは「私でいいならいつでも聞くとも」と言った。
「ああ、ところで、ギルガメッシュ王が探していたよ」
「……そっか」
どこで、とはすぐには聞けなかった。
最近側にいると、苦しくなる。悲しくなる。ふと、泣きそうになる。
そんな、自分でも救いようがない状態になっていた。
まるで、以前の聖杯戦争のときのようだ。
だが会いたくなる。顔を見ると嬉しい。好きで、愛している。
――ゆえに、どうしようもなくなる。
側にいたい。だから避けてはいない。だけれど、時々心から笑顔になれないときがあって困る。
ギルガメッシュは目の前におり、側にいるのに。「そのとき」は、頭に過ってはおれど、まだ来ていないのに。
「それで私が歩いていると、見つけたから、声をかける前に知らせておいた」
「……は?」
その辺を歩いていたキャスパリーグをちょうど見つけてね、こう、メモを忍ばせて、とかマーリンが話しているときだった。
「リンドウ」
彼の声が、聞こえたのは。